第三章:5
「前衛にSMG40、ショットガン20。後衛にアサルトライフルが……30挺か」
暗闇に光る、紅点。雪久の左目が煌々と輝いていた。千里眼に備わる暗視スコープ、赤外線センサーを作動させ、敵の装備を俯瞰する。
「あとの10は何だよ」
省吾が聞いた。
「ん〜、ナイフと鉄パイプと……銃じゃねえな」
「白兵で挑もうってか、オレらに」
チョウが歩み出た。さすがに素手では対処できないので、今日は狼牙棒を携えている。金属棒の先端部分に、狼の牙のような棘を複数、配列させた鈍器だ。
「そうは言っても90人は銃を持っているんだから、不利なのは変わらない」
「うるせえよ、真田。新参者が仕切んなや」
チョウはあからさまに敵意をむき出しにする。
「言っとくが、オレはお前を許したわけじゃないぞ。ユジンをあんな目にあわせたんだから、それなりの仕打ちは受けてもらう。この戦いが終わったら覚えていろ」
そう吐き捨て、後ろに下がった。
「敵が多いな」
雪久が楽しげに笑う。
「そんなことより、本当にあんな作戦でうまく行くのか」
省吾にとって、チョウよりも眼前の敵の方が気がかりだ。
「銃は脅威だが、地の利を生かせば勝てない相手じゃない。あと、俺の眼があれば」
「その、眼だがな」
省吾は話をさえぎった。
「何だ」
「あまり発動させないほうがいい。手足の機械化とは違ってそれは直接脳髄につながれている」
「そうか」
「千里眼の移植なんて聞いたことないからな、どうなるか分からんが用心に越したことはない」
「しかし、こいつがなけりゃ負けるぜ」
雪久は前方を見たままだ。
「武器と言えば鉄パイプと刀。そんなチームがいままで生き残れたのはこの「眼」があったからさ。千里眼あっての『OROCHI』だ、違うか?」
「そうかい」
省吾は頭を振った。
「つまり、『OROCHI』はお前のワンマンチームなんだな」
「そう思ってくれても構わん」
雪久は鉄パイプを取り上げる。それを
「俺がいなきゃ、皆死ぬ」
肩に担いだ。
敵方、あと500メートル地点まで迫った。ここまでくると小銃なら十分届く距離である。雪久は銃を構えるギャングたちの姿を確認した。
「よし、行くぞ」
雪久、クラウチングスタートのような格好を取った。
徐々に、足に力を加える。すぐにでも、飛び出せるように。
ぱんっ、と誰かが撃った。それが、合図となった。
雪久は走った。
それにと同時に、青い男たちの銃が火を噴いた。一つ、二つ、それは増えてゆく。潮騒のように銃声が押し寄せ、反響する。
やがて90の銃口全てから弾が放たれた。銃弾は螺旋状に回転しながら、雪久めがけ飛んでくる。
雪久は左目を、見開いた。
『目標補足』
紅い画面の右端に、小さく表示が出る。
とたん、眼底に仕込まれたコンピュータが作動する。人間の情報処理能力を凌駕したスピードで、敵の銃口位置、弾道、到達時間を瞬時に割り出す。そのデータは雪久の脳に直接送られる。その情報をさらに大脳と、埋め込まれた人工頭脳が処理する。
そして、世界は雪久の支配下に置かれた。
予測弾道が、黄色い線となって表示された。一つ一つのラインは雪久に向かっている。
赤黒い画面上に、これから飛来する弾丸の軌道が無数に映し出された。
「あらよっと」
身を反らし、翻し、次々と黄色い線を避ける。鉄パイプをライン上に翳せば、かきんと心地よい金属音が鳴り響いた。
敵は狼狽している。銃弾をよけるなど人間業ではない。
散弾の群れを薙ぎ払った頃である。
最初の敵に遭遇した。雪久は鉄パイプを長く持ち、顔めがけて振り下ろす。パイプは頭蓋骨を陥没させ、血を撒き散らせた。
体をゆらりと転回させた。まだ、驚いているH&Kのクルツを構えた男の首筋に鉄パイプを叩きこむ。さらに右に振れば、違う男の顎を砕いた。
次に空中に身を躍らせる。雪久の体は弧を描き、群れの真ん中に着地した。そして、右足を軸に体を回転させる。左に持った鉄パイプを、振り回した。
くるくると回る雪久は鉄の竜巻。それに男たちは弾かれ、空を舞い、地面に叩きつけられた。顔を砕かれ、倒れこんだその数20。あっという間に5分の1を片付けた。
あと80人
雪久の頬を、5.56ミリ弾がかすめる。白い肌を赤い線が伝った。その血を拭う。
「っしゃあ!」
気合を入れ、後衛のライフルの群れに向かって走り出した。
雪久の作り出す暴風から何とか抜け出した者は、続く省吾たちの雷の洗礼を受ける。
「来たぞ」
列車の上の砲座から、劉が叫ぶ。見ると、列車の間をSMGを持った男が6人、駆けている。
「よし、やれ!」
燕が閃光弾を投げ込んだ。白い閃光が走り、辺りが一瞬、外の景色のように明るくなった。その光をまともに食らった男たちが、立ちすくんでいる。
その男たち目がけ、省吾と燕が飛びかかった。
省吾、まず一人を両断にしとめる。返す刀で二人を袈裟に切った。
一方の燕は、槍をしごく。一突きで男三人の首をまとめて串刺しにした。
「ほう」
省吾は感嘆の声を洩らす。
「お前も我流なのか」
「いや、一応武の心得はある。お前には敵いそうもないけどね」
薄く笑ったかと思うとすぐに真顔に戻った。といってもこの男、目を見開くことがないので笑い顔と真顔の区別がつかない。
「次だ」
また、閃光弾を投げ込む。今度はショットガンの男だ。省吾はかけだし、首を切った。だが刃は肉を切ることなく、分厚い皮膚に跳ね返されてしまった。
(もうかよ!)
刀というものは人間の脂がまとわりつくと切れなくなる。さらに脆い刀なら人を2,3人切っただけですぐに刃がこぼれ、使い物にならなくなるのだ。
(長脇差じゃあな……これが終わったらまともな刀を探そう)
そんなこと思いながら男に刃を突きたてた。
閃光弾による目くらましと、一撃離脱作戦。
これが、雪久が考えた作戦である。列車の上から雪久が取りこぼした、あるいは雪久から逃れた者の目を閃光弾でつぶす。それにひるんだ隙に斬る、と言うものだ。閃光弾の数にも限りがあるため、いかにして一回で多くの敵を倒せるかが鍵になる。
「ついでに、長脇差の数にも限りがある」
誰に言うでもなく、新たな刀を抜き放った。
(斬るよりも、突いたほうがいいな。刃こぼれが少なくて)
閃光が咲くと同時に走る。走りながらイングラムを持った男の、喉を突いた。
突く場所にも注意が必要である。胴体部は的が大きく突きやすいが引き抜くときに大変である。というのも、突いたあと筋肉が収縮して刀が抜けなくなるからである。刃をねじるようにして引き抜く手もあるがそれだと刃がこぼれる。
狙うならやわらかい喉、目、そして金的だ。
(残り、およそ70)
倒しきれるか。刃を引き抜けば、赤い噴水が飛び散った。返り血は、舌にしびれる鉄の味。
銃弾が耳をかすめ、鉛の唸る声が鼓膜を刺す。
「新手か!」
10メートル、ライフルを持った男たちがいた。H&KのG3小銃だ。
閃光弾に火をつけ、投げ込もうとする。だが新たに飛来する弾丸にそれを阻まれた。手の甲を傷つけられ、閃光弾を落とす。
――やべえな、こりゃ。
一旦退却せんと、省吾は走る。足元に銃弾が刺さった。
四方の銃口が省吾を捉えた。その時
「でぃやあー!」
気合と共に、チョウが列車の上から飛び出した。狼牙棒を振るい、省吾を狙っていたギャングをなぎ倒す。血と脳片を撒き散らし、男たちは絶命した。
「ボーっとすんな、傷野郎!」
悪態をつき、チョウは再び走りマグネシウムの光に消えた。
「貸し借りはこれでチャラ、ってか」
生意気な、と言いつつ敵の落としたSMGを拾い上げ、左手に持つ。右手の刃は次なる獲物を求めていた。