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監獄街  作者: 俊衛門
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第十六章:15

 一階まで降りると、すぐに連は出口の方を向かう。

「この先です」

 省吾は連に続いて走ろうとした。

 だが、その瞬間。背筋が何か粟立つ感覚を覚える。

(何――)

 根拠のない嫌な予感だ。だがこういう感覚の時は、大抵その予感は当たるのだ。今までがそうだったように。

「待て、連!」

 省吾が叫ぶのに連が一瞬足を止め、振り向いた。

「真田さん、早くしなければまた追っ手が――」

 連の言葉を遮ったのは刃の一閃だった。ちょうど連の首筋をかすめるようにして三日月の刃が横薙に通過した。

「きゃっ」

 短く悲鳴をあげながら連が飛び退く。後ずさり、刃の主を見据える。連は峨嵋刺を掲げ、省吾は銃口を向けた。

「どこに行こうとも、この街は私たちの街。ギャング風情が逃げ出せるようなところではないよ」

 そうして掲げる刃を見やる――小太刀を手にして、その人物が歩み寄る。

「それでも、兵を死なせた報いは受けてもらう」

 小太刀の刀身は鉈のように厚く、反りは通常のものよりも深い。小太刀というよりも蛮刀のようである。まるで気負いなく中段に構え、麗花が歩を詰めた。二人から見れば、ちょうど通路をふさぐような立ち位置にいる。警備兵と同じようなタクティカルスーツを着込み、朱塗りの鞘を左腰に吊っている。

 刃を突きつける。刃渡りは1尺7寸ばかりある。それをぴたりと、省吾の方に向けている。

「やはり、すんなりと行かせてはくれないようですね」

 連は首筋を気にしながらうなった。皮一枚が切れて、薄く血がにじんでいる。もし省吾が呼び止めなければ確実に動脈を切られていただろう。

「貴様――」

 省吾はクルツの射撃機構をフルオートに切り替えた。

「最初から殺す気だったのならば、さっさと殺せば良かったものを」

「逃げなければね。少なくとも当分は殺さずとも済んだのに、こうなってしまってはこうするしかない。それに、逃げるならばこれも覚悟の内ではなくて? 真田省吾」

「確かに。なら」

 すぐに省吾構えた。照準をあわせ、クルツの引き金を引いた。一続きの連射音が響き、麗花に遠慮のない射撃が注がれる。 

 瞬間、麗花が小太刀を振るった。縦横、斜めに刃筋が走る――10連ほど斬りつけ、そのたびに刃と銃弾が触れ合う音がして、弾かれた銃弾が全て背後の壁に突き刺さった。

「な、この」

 慌てて省吾は弾倉を換えようとする、そこに麗花が迫る。滑り寄るように間合いに入り、小太刀を振りかぶった。

 省吾は体を開いて斬撃を避ける。小太刀の剣先がクルツの銃身を削った。

「くそっ」

 すぐに麗花、追いつき、今度は横薙に切りつけた。間合いの外まで逃げるが、なんと刃が斬撃途中で伸びてきた。

(な――)

 刃が喉元まで迫る。上体をのけぞらせて避けるが、かわしきれず、胸先を刃先がかすめた。薄く切りつけられた跡に血の線が引き、浅黄色をした薄手の囚人服に赤黒いシミが広がる。

 省吾は目一杯飛び下がり距離を取る。五メートルも下がった、その省吾に向けて麗花が刃を突きつける。小太刀ではない何か。

 長柄である。麗花の持つ武器は、小太刀ではなく、長大な薙刀と化してる。小太刀の刃はそのままに、柄の部分だけが伸びて長柄を構成しているのだ。

 省吾が呆けていると、麗花は薙刀を上段に掲げて見せる。

「驚いた? それも無理はない」

 麗花が薙刀を、ひゅんと血振りをするみたいに縦に振る。すると長柄がしゅるしゅると縮んで、薙刀は小太刀の姿に戻った。小太刀を振ると、また柄が伸びて薙刀になり、それを2回ほど繰り返す。

「……けったいなものを」

 省吾は呻いた。もし小太刀の間合いのつもりで近づけば、柄を伸ばして斬り伏せる。薙刀のつもりで懐に入れば、小太刀となり近い間合いで仕留められる。先も、小太刀を相手にしたまま近づき、薙刀で斬られるところだった。かわせたのは奇跡に近い。

(ならば……!)

 省吾はクルツのマガジンを換え、フルオートで撃った。薙刀の届かない間合い、それはもう銃の間合いでしかない。

 だが、省吾が撃った弾は、麗花が振るう薙刀によって空しく弾かれる。麗花は長柄を旋回し、何の苦も無くクルツの銃弾を防いでしまう。銃弾をかすらせることもできず、あっという間にワンマガジン撃ち尽くしてしまった。

「私にそんなものは効かないよ、これを覚えているでしょう?」

 じりと迫る、見据えてくる、麗花の目。黒目の中に赤い光をたたえているのを見る。

 『千里眼』だ。普段目にしているもの、またかつて見たものとはまた違って見えるが、フルオートの弾をはじき返すなんて芸当は、『千里眼』でもなければ出来ないことだ。

 しかも両目だ。両の目に、雪久のものとは違う静かな光りを湛えている。雪久のそれが眼球そのものが光るのに対し、麗花の目は瞳の中に赤みを宿しているような光り方をする。

 ふと脳裏をよぎる。『ウサギ狩り』と、機械たち。師の姿、師の顔、その師を貫いた鉄の腕と、紅の眼――。

(畜生!)

 もう換えのマガジンはない。省吾は銃を捨て、長脇差を抜いた。中段に構えて対する。右の真半身に切り、腰を落とした構え。

 麗花は出方をうかがうように下段のまま詰めてくる。もう半歩も踏み出せば薙刀の間、しかしそこでは長脇差は届かない。

 しかし、行くしかない。短い得物で対するには、間合いに入り込むことが大事。己の命をさらす覚悟で、相手の懐まで。

 省吾が飛び込む。頭を低く、獣がそうするように低空を這うようにして突進する。

 薙刀が伸びる、下からすくい上げる斬撃が襲う。眼前に差し出される刃の前にも止まらず、さらに奥へ。

 一挙に三歩分踏み越えた。

 間合いが近づく。薙刀の奥へ、長脇差の制空圏内に。

「はっ」

 刺突する。体ごとぶつけた。

 不意に左の胴に衝撃を覚える。薙刀の長柄が省吾の脇腹を捉えたのだ。肋骨を砕くような一撃に、息が詰まり、たまらず体を折る。

 そこに刃。薙刀の――否、長柄が収納されているから小太刀の斬撃。袈裟に斬ってくるのを省吾は体を開いて避けるが、間に合わず。額を浅く切られた。

(くっ)

 もう一度踏み込むが、麗花は小太刀のまま応じる。小太刀ならば、省吾の長脇差と間合いは変わらない。

 切り結ぶ。

 刃先が交わる、縦と横。刃同士がぎりぎりと鳴る。すぐに刃を振りかざし、省吾は袈裟に切る。麗花もまた刃を二度、三度と突きつけて、切りつけた。互いの刃が交差して、鎬を削り合い、触れ合う瞬間に火花を散らせる。刃を切り落とし、払い、交錯するたびに、刃同士が甲高く鳴る。

 麗花が後退する。それと同時に刃が伸びた。長柄が現れ薙刀となる。

 斬りつける。薙刀の斬撃――省吾の目の前を掠める。寸でのところで避けたものの、次には麗花、長柄を返して石突を突き出す。

「せいっ!」

 不意をつかれた省吾は全く反応出来ず、胸に石突きを受ける。胸骨の真ん中を射抜く突き、たまらず腰を折り後退する。

 斬撃。薙刀が天頂から真っ向振り下ろされた。

 とっさに左手で受ける。薙刀の鍔もとが省吾の尺骨にめり込む。

 すぐに麗花は薙刀を引き刺突するが、省吾はそれより早くに下がり薙刀の突きをやり過ごす。

 それでも、麗花は攻撃の手をゆるめない。横薙に切りつけ、切る瞬間に長柄を手中で滑らせる。刃先が伸び、逃げる省吾を追うように斬撃が迫る。省吾はもう下がるしかなくなるが、麗花は長柄を操り巧みに斬りと突きを織り交ぜて迫ってくる。

「このっ」

 どうにかして避けるが、それでも追い回されて、ついに壁際に追いつめられた。

(手が出ない)

 ゆっくりと歩を進める麗花に対して、焦燥が胸の内に広がってゆく。

(間合いに入れない)

 薙刀という武器には、長脇差はあまりにも貧弱であるように思えた。緩急自在に刃先を操り、手の内で滑らせれば間合いは近くも遠くもなる。たとえ刃をかわしたとしても、石突き、柄の部分で打ってくる。薙刀は全方位的な得物であり、薙刀術はそれ故に「最強の武術」などと呼ばれたりもする。

(どうすればいいんだ)

 加えて、麗花の薙刀は小太刀にもなる。長柄の弱点、懐の死角がそれによって潰れる。どういう原理か分からないが、長柄は自由自在に伸び縮みして、しかもこれまたどういうわけか特殊警棒のような継ぎ目が見当たらない。つまり、継ぎ目を攻撃して武器破壊を行うことも出来ない。

 でたらめにもほどがある。だがあれはともかく、そういう武器だ。伸縮は麗花の思い通りなのだろう、そうなれば手の打ちようのない。

(どうすれば)

 麗花が踏み込む。

 刺突が伸びる、刃が向かう。省吾は頭を下げて避ける。鼻先を刃が通過する。

 そのまま倒れ込むように前へ。前転気味に麗花の脇をすり抜けた。すり抜ける瞬間に小太刀の剣先が肩に触れるが、そんなことは気にしていられない。走り、目一杯間合いを取るが、麗花はすぐに追ってくる。

 向き直る、長脇差を両手で保持し、中段に構える。

 縦の斬。麗花が振り下ろす。

 そのとき、麗花の後ろから陰が飛びかかるのをみた。連が、ナイフを逆手に持ち、体ごと突き刺すように飛び込むのを。

 麗花が薙刀を返す。石突きが連の胴を捉えた。果たして連の軽い体が吹っ飛ばされ、ナイフと峨嵋刺、携帯電話が飛び散る。連は壁まで飛ばされ、そのまま動かなくなった。

「連!」

 無我夢中で走った。省吾が近づくのへ、麗花が薙刀で切りつける。それだけでもう、省吾は近づけない。なおも迫り、麗花は縦横に切りつけた。

 跳び下がり、省吾は壁に背を接する。そのとき足下で、何か堅いものを踏みつける。今し方連が落としたナイフだ。すぐに拾い上げ、左手で逆手に持つ。

「崩!」

 麗花が切りつけた。

 袈裟切り。省吾は思い切り横に跳んで、すんでのところでかわす。それでも刃は肩を傷つける。血の筋が空を引いた。

 十歩ほど退く。長脇差を中段に、ナイフは大きく後ろに引いて、脇構えに近い状態で対峙した。

 麗花は動かない。下段構えのまま対している。そうして切っ先を突きつけられると、いいようのない圧力を感じる。

 半歩詰める。麗花はまだ動かない。動く必要もないのかもしれない、薙刀の制空圏は広く、遠いのだから。

(やっかいな……)

 薙刀は間合いが自在ということだけではなく、威力も刀剣とは比べものにならない。斬る瞬間に柄を手の内で滑らせる。すると慣性モーメントが増して、先端の衝撃が増す。だから石突き側で打たれても致命傷となりうる。

 だが、逆にインパクトが先端に集中する瞬間は、中心部はおろそかになる。単純な力学の問題だ。円弧にかかるエネルギーは半径に比例して増すけれども、その起点は零地点なのだから。

(だが)

 だが、間合いに飛び込めば小太刀にやられる。踏み込んだ瞬間に、長柄を収納するだろう。

 ならば麗花が攻撃する瞬間、その一瞬しか機会はないと考えた方が良い。長柄を縮ませる間もないほど速く――。

 じり、とまた詰めた。じり、じりと。徐々に麗花の間に近づき、仕掛ける瞬間を狙う。それは待つのではなく、自ら斬られにゆくという覚悟だ。

 麗花が薙刀を八相に構えた。省吾は深く腰を落とした。

 動いた。

 麗花が薙刀を打ち下ろす、真っ向。省吾は同時に飛び出す。

「はあああっ!」

 気勢をかける、声をあげる。刃の先、さらにその奥まで踏み込んだ。

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