表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
監獄街  作者: 俊衛門
278/349

第十六章:14

「侵入者です」

 そう告げにきたときの皇帝は、意外なほど落ち着いていた。それはその後に、真田省吾が脱走したと追加の報告を受けたときも同様だった。

 真田省吾の牢は破られ、見張りは喉を切り裂かれて果てていたという。セキュリティロックがかけられた隠し通路が開けられ、侵入を許したという報告を、この男はまるで何も感じないかのように聞いている。

「そろそろ、くる頃だとは思っていたけどな」

 皇帝はコーヒーを満たしたカップをデスクに置き、悠々と腰を上げた。

「どうやってここまで入り込んだの」

 麗花はとてもじゃないが、皇帝ほど悠長には構えていられない。切迫した声で伝令の男に問いつめる。

「清掃業者の中に、紛れていたようです。セキュリティは、簡素なハッキング基盤が仕掛けられていて、プログラムを一時的に変えられた痕跡がありました」

「相手はギャングなのに? そんなことがどうやって」

「ただのギャングならば、そんな知恵も回らないだろうよ」

 皇帝がモーゼル拳銃に手を伸ばしたが、果たしてこの男はそれを使うつもりなのか疑問ではあった。

「そんな装備もないはず。だが、そういうものが手に入らないわけでもない、この街でも」

 モーゼルのスライドをいじっていたが、すぐにそれを懐にしまい込む。そして皇帝は向き直った。

「さて、真田省吾が出たということは、麗花」

「始末をつけます」

「この場はお前に任せるよ」

 そして屈託なく、皇帝は笑ってみせる。

「いいウォーミングアップにはなるだろう」

 やはり、というべきか、予想通りの言葉に、麗花はため息をつく。 

「殺してもかまわないのですね?」

「まあ、出来れば生け捕りがいいけどな。あともう一人の方は始末してやれ。下手に生かしてしまうと、どんな目に遭わされるか分からない」

「敵の心配などしている場合ではないのでは。まあ、それはそれとして」

 麗花がきびすを返す、その眼にはもう皇帝の姿は映ってはおらず。

「私の武器を」

 すでに獲物を追う、獣のそれである。


 四度、角を曲がった。

 連を先頭に立たせて、省吾は後ろにつく。追ってくる敵に銃撃を浴びせながら走った。

「次の角、きます」

 連が叫んだ、その瞬間。省吾はすぐに察した。角を曲がる寸前に連が閃光弾を投げ込むと、破裂音とともに煙が充満してくるのに、その中に省吾が飛び込む。飛び込むと同時に銃を構えた。

 五連射。煙の向こうにいる敵に向かって撃つ。銃が手の中で暴れ、ひとつ反動で跳ね上がる度に悲鳴が上がる。銃撃で撃ち抜いたという確かな手応えを得るとともに、刀を抜いて突っ込んだ。

 煙が晴れる。黒服の一人がこちらを向く。

 横一文字切りつける。長脇差の一閃があり、それは喉を切り裂く。血を噴き出させて黒服が倒れた、その躯を飛び越えて省吾はなおも深く踏み込む。煙は刺激性の強い成分があるのか、食らった連中は閃光の強さと相まって目を押さえて、対応出来ないでいる。

 そしてそれは隙となる。

「はっ!」

 駆ける、長脇差を縦横切りつける。刃を通し、正確に男どもの顔と喉を斬る。八相から右手一本で切りつけ、返す刀で横なぎに斬り、斬ったと同時に抜きつけて体ごと転換。刃の軌道が一筆を描き、その軌道をなぞるがごとく血の霧が舞い上がった。

 左方向。回復した黒服たちが構えをとる。

 すぐさま省吾、発砲する。黒服たちが撃つのとほぼ同時に銃撃を浴びせた。黒服の銃弾が省吾のこめかみをかすめ、省吾の銃弾が黒服どもを射抜くのを確認すると、再び省吾は走る。角を曲がり、遮蔽物に身を隠した。

「こっちだ!」 

 省吾がそう呼びかける声に導かれるように、連は走った。倒れる男どもの死体を踏み越え、ナイフと峨嵋刺を両手に持ち、跳躍。男たちの頭上を飛び越える。

 背後に着地した。黒服が三人同時に振り向き、振り向きざま銃を突きつける。

 その瞬間、連の右脚が躍る。テッキョンの速い蹴りが銃を弾き飛ばした。あわてる黒服どもの喉に峨嵋刺とナイフを浴びせる。反応するまもなく急所をえぐられ、黒服どもが倒れる。やはり三人一緒に。

 さらに跳躍。飛び込み、黒服の一人に跳び蹴りを食らわせる。連は蹴り込んだその男の顔を、踏み台代わりにして、さらに高く――天井近くにまで舞い上がった。

 黒服たちが見上げている――呆けた顔で見送る――連はそんな男どもを後目に空中で身をひねり、舞いながら閃光弾を投げ込んだ。

 弾けた。閃光が男たちの目を刺すのとほぼ同時に連は着地する。そのまま棒立ちになっている男どもに向かった。ナイフと峨嵋刺、蹴り脚を交互に繰り出し黒服どもの急所をえぐり、蹴り潰す。果たして男どもは目を押さえたままの格好でくずおれる。

「行きます」

 連が声をかける、その声に向かって省吾は走った。連の動きを見失わないように視界の端に捉え、何とかついて行ってはいるものの、連の変則的な動きの前に翻弄されそうになる。連の動きはは、空中を飛ぶとか舞うとか、そんなものではない。縦横斜めと、まるで空間全体を走り回っているかのような動きなのだ。黒服どもの胴から首まで駆け上がったり、頭を踏みつけたりしているから、そんな風に見えるのだろう。

「やりやがるな、畜生」

 省吾は銃の弾倉を換え、走った。

 角を十ほど曲がった先で連が止まる。目の前には壁があり、行き止まりを表していた。

「おい、袋小路か」

「いいえ」

 あわてた様子もなく連は携帯電話を取り出す。だいぶ古い形のものだ。

「何だよそれ、救援か」

「あいにく救援は来ませんよ。それより後ろ、敵が来ています」

 連の言葉に省吾は振り向く。二十メートル先、黒服が三人駆けてくるのをみた。

 省吾はすばやく銃を抜き、三連射撃つ。黒服どもは廊下の角に身を隠して銃弾を避け、サブマシンガンで応戦してくる。省吾は角に身を潜めながら、黒服どもの方に向けて銃撃を加える。連は身を低くしながら、省吾と同じように角に隠れた。

「耳、ふさいで」

 連が小さく言う、と同時に、携帯電話のキーを素早く三つ押した。

 かちりと何かがはめ込まれるような音を聞く。それとほぼ同時、目の前の壁が吹っ飛んだ。

 正確には天井付近だ。行き止まり壁と天井の境目が、突然吹き飛ぶのを目の当たりにする。

「な、なに」

 驚く間もなく、天井が崩落し、壁が崩れ落ちる。崩れた先にはまた新たな通路があり、その向こうで白衣の男がぎょっとした表情を浮かべて立っていた。

 連は省吾の袖を引き、まだ呆けている省吾を誘導する。白衣姿の白人には目もくれず、新たに現れた通路を走る。通路には同じような格好の白衣たちがいて、皆が皆、壁から出てきた珍妙な格好の来訪者たちを驚きの表情で出迎える。

「何だよここ、一体なにをしたんだお前」

「見ての通り、隠し通路ですよ。もっとも、こちらが表という扱いですが」

 走りながら連は周囲に視線を走らせる。白衣の職員たちを押しのけて、最短距離を探る。

「ここが『マフィア』の巣窟だってこと、あなたもご存じでしょう」

「じゃあここは」

 ふと、連が手を広げて制止する。省吾が立ち止まった、その先。廊下の向こうから警備服の男が三人駆けてきた。手にはサブマシンガン、その存在を認めた白衣たちが慌てて退避する。

「伏せて」

 連が声をかけると同時に省吾は身を伏せる。

 銃声。頭上を銃弾が一続き飛来した。背後にいた白衣の職員たちに被弾して倒れるに、白衣たちはますますパニックになる。

「こっちへ」

 連が引っ張るのに、省吾はすぐに身を隠した。廊下の消火箱に身を寄せる。

 そこから省吾は半身だけ出して、3連射撃つ。手前の警備兵が倒れるが、もう二人は素早く廊下の角に身を隠して銃撃してくる。撃ち込まれる九ミリ弾が、鉄の消火箱に着弾して甲高い音を奏でた。

「弾はありますか」

 連はじっと様子をうかがいながら訊いた。

「もう無い、これじゃ持ちこたえられない!」

 銃声のせいで声を張り上げなければならなかった。警備兵たちは近づきながら、サブマシンガンの掃射を行う。耳元すれすれを銃弾が飛んでくるような状況だ。

「では三秒、耐えてください」

「三秒?」

 振り向くと、連はなにやら携帯電話を操作していた。旧型端末のボタンを押して、最後に通話ボタンを押す。

 その瞬間、廊下の真ん中で爆発が起きた。天井から勢いよく粉塵と黒煙が噴き出し、警備兵たちの頭上に降り注ぐ。

 警備兵たちがひるんだ瞬間、省吾は消火箱を飛び出した。照準あわせ、兵たちに銃弾を浴びせる。吐き出した鉛玉がきっかり警備兵の眉間を射抜き、脳みそをぶちまけて倒れるのを爆煙の中に見た。

「これを」

 煙が晴れると、連は警備兵の躯に近づきサブマシンガンを奪い取る。ヘッケラー&コックのクルツと予備の弾倉を三本。

「お前、なにを仕掛けてんだよ」

「見て分かるように、爆薬です。久路さんのものよりも小型かつ高性能なので、天井裏に仕掛けるなんて造作もないこと」

 そんな簡単に言われても困る、と思った。東辺に来るまでが一苦労、ましてや「マフィア」の懐にもぐり込み、工作までしてしまう、なんて芸当が一介のギャングに出来ることだろうか。

「ただし、うまく出られるかどうかは分かりませんよ」

 先をゆく連がつぶやいた。

「この先は運と、あなたの抵抗次第です」

「それは、つまり俺が頑張ればいいってことか」

「半分はそういうことですね」

「そうかい」

 背後から警備兵たちが走ってくる。走りながら発砲してきた。もう白衣の職員たちはとっくに逃げていて、ブルーの制服たちが黒い短銃を遠慮なしに振り回して鉛玉をばらまいてくる。

 角を曲がった。省吾は壁際に寄り、警備兵どもの足下を狙い撃つ。手前の兵の膝を撃ち抜いてやると追っ手は総崩れとなる。

 さらに撃つ、短連射で三度、四度と撃ち込んだ。兵どものむき出しの顔面に銃弾がめり込み、脳内でさんざん暴れ回った銃弾が後頭部に抜けて肉と脳液をこぼれさせた。

 弾倉を換えて、すぐに省吾は走り出す。連はすでに正面を見据えていた。二ブロックも走ったところで連が立ち止まる。

 止まった理由は省吾にも分かった。警備兵たちが角を曲がった先にいるのだろう。連は携帯電話を取り出し、ボタンに指をかけた。

「合図します」

 そうして押す、ボタンを三つ。送信。

 すぐさま爆音がした。腹に響く振動を感じれば、それが合図だと知れる。省吾は角を飛び出し、爆発の後、粉塵の最中に突入した。 

 粉塵の中に警備兵たちがいる。皆天井が爆発したことに対して戸惑いを隠せないでいた。それはすなわち隙である。

 発砲――クルツを五連射撃つ。手前と左右の兵を撃ち抜いた。

 迷うことなく銃口を右に滑らせ、指切りバーストで撃つ。煙の中、視界もそれほど良好ではないその中で、輪郭だけを頼りに撃った。一人、二人、三人、こちらに向けて撃ってくるのを、省吾は走り回りながら火線を避けてただ撃つ。銃口から緑色の火炎がほとばしり、銃撃の音が耳元で鳴り、着弾の血飛沫があちこちで昇るのを目の当たりにする。

「もう一度!」

 連が叫んだ、と同時にまた十メートル程先の天井が弾け飛んだ。警備兵どもが狼狽し、その警備兵に向かって今度は連が飛び込む。

 跳躍した、その先。連が手前の兵を蹴り込んだ。連の右足裏で胸を踏みつけられてたその兵がのけぞる。

 連はそのまま脚を入れ替えて、空中でもう一度蹴りを放った。兵の顔面を踏みつけ、それを足がかりに跳ぶ。ちょうど男の体を駆け上るような格好だ。高く舞い、兵たちの群に突っ込む。それとほぼ同時に蹴りを繰り出した。

 右の回し蹴りが炸裂する。手近にいた兵の顎を砕いた。

 連が着地する、と同時に銃口が一斉に向けられる。しかし発砲する間も与えず連は走った。銃をかいくぐり兵の懐に飛び込み、無防備な白い喉をかききる。遅れて飛び出る血をものともせず、すぐに体を転換させる。

 脚が躍った。連が低空の踏みつける蹴りで、兵たちの膝をひしぐ。兵たちの体が崩れた、その一瞬を見計らって連が合図を送った。

「今!」

 声を聞き省吾が飛び出した。クルツ短銃を構えてセミオートで兵たちの頭を正確に撃ち抜いてゆく。銃で撃ち漏らした兵は、連が背後から近づいて喉を切り裂き、連の間合いにいない兵は省吾が撃つ。そうして二人して蹴散らし、ものの一分ほどでその場にいた警備兵を片づけた。

「この先がエレベータ、階下まで行けば出口があります」

 連は返り血を拭おうともせずに、ただナイフにこびりついた血だけを拭った。

「ここから先、どれほど敵がいるか分かりませんが」

「いいから案内しろ」

 省吾はクルツを投げ捨てて、警備兵の銃を拾い上げる。もはや弾倉交換する時間も惜しい。

「では」

 そうして連が走り、省吾が後を追う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ