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監獄街  作者: 俊衛門
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第十六章:11

 女のことは、彰とユジンから聞いていた。二人の話では、その女とは万力鎖を使い、省吾と何らかのつながりがあるらしいということだ。一体その女とは、省吾とどういう関係なのか。

「この街で、お前と私以外のクローン体がいる。そして、東の連中は機械たちを飼っている。手を出すのは危険だし、出来ることならば連中に近づかないに越したことはない。それでもお前は行くつもりなのだろう」

「どうして分かる?」

「そういう眼をしている。昔から変わらない、一つのことしか見えていない危うい眼だ」

「あんたの昔のことは知らないけど」

 雪久は言葉を区切りながら発する。レイチェルに言い聞かせるためだ。

「俺が見るところってなれば、最初から決まっている。ここじゃ力のない奴は奪われるだけ、だったら奪う方に回るだけだ。あんたは俺のこと、未熟だと言うんだろうけど。俺は誰だろうと、邪魔になるなら排除するだけだ」

「でも、少しだけ口を出させてくれよ。お前が生き残るためにも」

 レイチェルはそうして背を向けた。気づけばすでに、時刻は零時を回っている。

「お前が死なないためにも、私のもてる技術はすべて教えたい。それが、お前の先に死ぬ運命の者が出来ることだ」

 そう言い残して、レイチェルは立ち去った。

 雪久は東を見た。こんな深夜であっても相変わらず、煌々と照りつける東辺の光があった。

 長穂剣を抜き放つ。腰を落として刺突の体をとった。

「残念ながら」

 後ろの足に力を溜め、

「あんたの世話にはならない」

 踏み込む、と同時に剣を貫いた。剣の先には、《東辺》の灯がある。


 暗闇。寝て覚めてからあるのものは、ひたすらに暗い空間であり、少し手を伸ばせばどの方向にも、コンクリートの冷たい感触がある。

 今、省吾は人一人横たわるのがやっとな独房にいた。

 省吾がここにぶち込まれるのは、三時間の責め苦に耐えて、すべての意識を失ってからだ。腕を折られ、指を潰され、足が完全に変形されるまで砕かれてからここに運び込まれる。その間は気を失っているわけだから、目が覚めるのはいつも痛みとともにだった。

 覚醒すれば、体の痛みが思い出したようによみがえってくる。いっそ眠ったままであれば痛みとも無縁でいられるのに、身体はそれを許してはくれない。ただ痛みはあっても、あれほど手ひどくやられたはずの手足はちゃんとあるべき姿でそこにある。それが不気味で仕方がない。これが、セルとやらの作用なのだろうか。

 右足を引き上げてみる。まだ少し、形がいびつだった。すねの真ん中からぐにゃっとなって、まっすぐ立てば足裏が地面に着くことはなく足刀が接地することだろう。まともに体を支えることもできないはずだ。

 それでも、一晩たてばこの足も元に戻る。砕けた骨も破れた皮膚も元通り。だからといってここから抜け出せるということではない。元に戻っても、同じように破壊される。その繰り返しだ。

 身体を横に傾けると、ひんやりとした金属の感覚が指先に触れた。じっと目を凝らすと闇の中で、トレーの上に乗っかった椀と長方のパンを認めることが出来る。パンにかじりつき、ぱさぱさの小麦の感触が口の中に残ったわずかな水分も吸い取ってゆく。痛む口を動かして、少しずつ咀嚼し、冷たいスープを飲むとそれでも人心地つくような気がした。

「起きたようだね」

 ドアの向こう側から声がするのに、一瞬だけ身構える。声の感じからするに、女の声だ。一度聞いただけだが、それが誰だかもう覚えてしまっていた。

「麗花、っていったか」

 沈黙、それが肯定であると受け取った。省吾は粉っぽいパンが喉に詰まりそうになるのを水で流し込む。

「この程度でだめになるぐらいならば、見込み違いもいいところだったけど。案外丈夫なのね、あなた」

「褒めてんのかそりゃ」

「まさか」

 顔は見えないが、声はどことなく嘲りの色を帯びている。

「意地を張っていると、いつまでもその状態のままだよ。そうして痛みと回復を繰り返す羽目になる。セルは自己組織化を促す、あなたの身体の抵抗力が強ければ強いほど、それに応じてセル自身の修復する力も強くなるのだから、死なない苦痛を延々と味わう。それが嫌ならば、背後関係を吐くことだね」

「存外にしつこいな、あんたらも。本気で俺みたいな野良犬つかまえた程度で、目当てのものが手に入ると思っているのか?」

 省吾はパンの、最後のひとかけらを飲み込んだ。

「お前たちが何を知りたがっても無駄だ。俺は所詮難民、ストリートの破落戸。お前たちがセルだかいう気持ち悪いもん埋め込んだところで、無駄な出費になっただけ。ご苦労だったな」

 省吾は精一杯強がりを言ってみせる。

 ドアの向こうで麗花が押し黙っていたが、再び声がした。

「あなた、私を誰と間違えたの」

「あ、ああ?」

 全く関係ない話に、省吾は間の抜けた声で返してしまった。

「最初のとき、私を誰かと見間違えた」

「何故、見間違えたと? 単純にお前を殺そうとしただけだとは思わないのか?」

「誰かの名前を口にしかけたでしょう。その名は一体誰だったの?」

「何でお前にそんなことを」

「言いたくなければ、言わなくてもいい。少しだけ気になったのだけど、特にこれは尋問とは関係ないから」

「そうかい」

 当然、省吾は話すつもりなどない。麗花の言うことにいちいち反応するのも馬鹿らしく、黙りを決め込むつもりだった。

 だがドアの向こうの気配がなかなか消えない。おそらくそのまま立っているのだろう。立ったまま、しかしせかすこともせず、省吾と同じように黙している。はからずも気まずい沈黙が流れることとなり、そして。

「先生には」

 沈黙に耐えきれず、省吾はついに口に出してしまった。

「戦争が終わったあとに拾われて、しばらくは先生の傍についていた。その間、技術のあらゆることを教わった」

「その師とはいつ別れたの?」

「お前の仲間どもに狩られたんだよ」

 はっきり敵意を込めた声音をぶつけてやった。機械、白人、そういったもの全部に。それが何パーセントほど麗花に伝わったのか、定かではないものの。

「機械どもの、ウサギ狩りに遭ってな。殺されたところ、はっきりこの眼で見てんだ。死んじまっているから、もう会うことだってない」

「本当に死んだと、思っているの?」

 麗花は、実に核心を突くことを訊いてくる。

「私を見て、その師匠と間違えたのならば、その師は生きている可能性がある。少なくともあなたは、そう思っているのでしょう」

 言葉に詰まる。はっきり言って、先生が生きているかどうかなんて保証はないのだ。生きているかもしれない、その根拠と言えばあのとき――この街に来たばかりのころ、『BLUE PANTHER』の刺客、ナイフ使いのクライシス・ジョーが口にした言葉だけだ。一心無蓋流の女、と。確かにそのように言ったのだ。

 その流派は、先生がかつて適当に名付けた流派だ。伝統の武術とも近代の格闘技とも違う、あれは先生が独自に創ったものだ。それを行うならば、当然その女とは先生であるはずだと、そんな薄い理由だ。

「どうでもいいだろう、そんなこと」

 複雑な気持ちを悟られまいと、強引に話を切った。これ以上話せば、余計なことまで言ってしまいそうになる。

「こんなこと、お前に話したところで何にもならない」

「そうね、確かにどうにもならない。私たちが知りたいのは、あなたの背後関係。個人的な師弟関係など無用だから」

「じゃあ何で訊いたんだよ」

「言ったでしょう、気になっただけだって。ただそれだけの話」

 そんな無駄話が許されるとは到底思えなかった。関係ないと言いつつも実はこれも尋問の一つなのかもしれない、と勘ぐったものの、話した以上は今更どうにかなるものでもない。

「そろそろ時間ね」

 ドアの向こうで麗花が言った。何の時間か、という疑問は湧かない。六時間ごとに行われる尋問は、もはや体感で分かるようにすらなっていた。

「クロードがもうすぐ迎えにくるから、それまでに食事は終わらせておくように」

 麗花が立ち去り、靴音が遠ざかるのを聞く。それと入れ違いに硬質な軍靴の音が近づいてくるのを聞いた。

 足を見る。折れ曲がった足首は、すっかり元通りになっていた。

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