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監獄街  作者: 俊衛門
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第十六章:7

 『夜行路』を、東へ下ればたどり着く。成海、この街の中心であり、最大の経済区画がそこだった。

 《東辺》――およそ見知らぬ者はいない、その名を口にしたときに、おそれとあこがれを同時に抱かせる場所だった。比較的密接している南辺と西辺と違い、東辺はそのどちらとも隔絶されている感がある。同じ都市であっても、西や南とは違うルールで動き、『マフィア』のお膝元、あるいは総督府が置かれているとだけあって、ひとつ都市国家がそこにあるかのような扱いなのだ。

 といっても、実際にそこに国があるわけでもなく、検問によって境が区切られているわけでもない。東辺へは、距離の問題を度外視すれば比較的簡単に行ける。ただしギャングが、それも難民が行くとなれば、たちまち『マフィア』に目を付けられるだろう。行けば、やはり危険を伴う場所、東辺。そこに連はいた。

 東洋人は目立つ。最初にそう訊かされていたので、それに見合う格好を装って行った。パーカーはもちろん脱ぎ捨てたが、襤褸をまとったままでは当然、難民であることを宣伝して回るようなものだ。今、連が身につけているのは、およそギャングとは思えないぴったりしたジーンズと革のベスト、キャップを目深にかぶり明るい色の髪は頭の後ろで束ねてある。

 気配を隠すのは得意だった。息づかいと身のこなし、「忍び」などと言われるほどには、その辺りは熟知している。ただし、街を歩くものとしてはあまりふさわしいとはいえない。周りに注意を向けながらも、あまりこそこそしないようにと意識しながら歩けば、南辺や西辺とは違う東辺の町並みの違いに少なからず驚かされた。

 建物の背が高い、というのがまず抱いた印象。廃墟しかない南辺はともかく、西辺の歓楽街にも驚かされたのに、東辺の街並みはそれとも比べものにならない。近代的なビル、整備された車道。およそ都市という都市の機能を十分に備えた作りをしている。行き交う車、信号、どこからともなく流れてくる音楽と、雑踏と騒音の中に連はいた。

(同じ街とは思えない……)

 南にここの半分の資源量でもあれば、あんな廃墟だらけの場所にはならなかっただろう。もっとも、再開発が進んだのは東辺が港に近かったというのもある。古くから交易の要所として栄えた都市があるのも、東辺だ。南辺や西辺、北辺は特区以前は村や群が連なる場所だった。それを特区形成とともにすべて同じにしたのだから、だからばらつきも出てくるのだろう。

(まあ、それはともかく)

 連はキャップを深くかぶった。そうすれば、東洋人の子供が歩いているようには見えない。なにせ自分の髪色が金色なのだから。

 ただし、体にぴったりとしたこの格好だけはなじめそうになかった。それは最近、とみに起伏が目立って来た体のラインが出てしまうからという理由だけではない。いざというときに動けないというだけならまだしも、武器を隠し持つことが出来ないのが一番堪える。その辺のチンピラならば素手でも対処出来るが、やはりナイフの一本でも身につけてはおきたいものだ。何もないと、やはり不安になる。

 とはいえ、それは次の目的地までの我慢だ。そしてそれはすぐそこにまで来ている。

 指定されたバーにたどり着く。場違いな子供の来店に、客も店員も一様いぶかしむように連を眺めた。連は一直線にカウンターに座ると、すぐにバーテンがやってきて言った。

「ここは君のような子が来るところじゃないよ」

 バーテンは四十ぐらいの中年の男だ。小太りな体型で、ドイツ訛りの英語をしゃべる。

「君がもっとすてきなレディになって、将来の伴侶となる人を見つけたらまたの来店をお待ちしているよ」

「パパとね、待ち合わせているの」

 自分でも言ってて寒気がするような甘え声で、連は言った。

「ここはパパの行きつけでしょ? パパがここにくれば、マスターが良くしてくれるからって。だからちょっとだけ待たせてほしいの」

 連が言うと、バーテンの目つきが一瞬だけ変わり、しかしすぐに柔和な目に戻る。

「ならば、奥に行くと良いよ。ここは世間一般で言われているような洒落た場所とは違う、ほかのお客さんも、君のような純真な子を目の前に日々の鬱憤をぶちまけるのは少々躊躇われるだろうからね」

 誰かが自嘲気味に笑ったような気がしたが、それを気にするまでもなく連はバーテンの男に従った。カウンターの奥の部屋をあけ、男に先導されるまま階段を降りて、地下の部屋にと通される。

「金から、使いのモンよこすって言われたから誰かと思えば」

 男は急に広東語で話し出した。口調も少しぞんざいな風になる。

「こんな子供とはな、恐れ入る」

「連、とお呼びください」

 連はキャップを脱ぎ捨てて、改めて男と対面した。男は、少しだけ不機嫌そうな顔つきをしている。どう見ても破落戸の顔だ。

「ま、金が言うにはあんた相当な手練れだっていう話だからな、一応信用はしてやるが。俺のことはディーと呼んでくれればいい」

「よろしく」

 連は手を差し出したが、ディーが握り返すことはなかった。

「どうやってあなたは、金と連携を?」

 連は握手を拒まれたことを特に気にもせず、手をおろした。

「あの男が、ふらっとこっちに来たときにな。どこでかぎつけたか、俺が『マフィア』に目を付けられているって知って、そのことネタに揺すってきたんだよ。『マフィア』には黙ってやるから協力しろってぬかしやがった。あんな朝鮮人に協力するのも癪だが、まあしょうがねえ」

 心底不本意という顔で、ディーが吐き捨てる。

「まったく、あれを知られてなきゃあんな奴に……」

 ぶつくさ文句を垂れている辺り、相当な弱みを握られているのだろう。薬か、密造酒か、多分そんなところだろう。それでいて自分は堂々と薬を捌いているのだから、金という男は計り知れない。というよりも、単に無謀なだけなのか。

(我が主ながら)

 南を放っておいて放浪していた時があったが、こんなところまで来ていたとは。感心すればいいのか呆れればいいのか分からなくなったが、とりあえずそれはさておいてディーに訊く。

「それで、その『マフィア』のことですが」

「街の中心に、連中の根城がある」

 そういってディーは地図を取り出した。東辺の全域を表している。ディーは中心部をまるで囲んだ。

「この辺は製薬会社とか電子回路の企業が集中していてな」

 確かにそこだけ、ビルが集中しているかのように見えた。地図上だけでみれば、およそ隣接というよりはほとんどくっついているのではないかと思うほどだ。

「表向きは、まっとうなビルに見えるけどな。中身は違う。いや、中身も本当の企業だろうけど、ここはもっぱら『マフィア』どもの巣になっているって噂だ」

「その噂は、どれほどの信憑性があるものですか?」

「蛇の道は蛇ってやつよ」

 ディーは、まるでその質問を待っていたとばかりに食いついた。

「奴ら、総督府に袖の下を渡して便宜を通してもらっているんだ。この街じゃ御法度な武器兵器の類がここに集まって、そういうのは全部総督府が取り締まるべきなのに、なぜかこの界隈に入る分に関しちゃ甘い。俺はその下請けの下請け、さらに下請けとつながりがある。直接に関わったわけじゃねえが、なんかあるのは間違いねえ」

「それを金大人に強請られたというわけですか」

 連は地図から目を離した。

「それで、ここ数日に何か動きがあったのですか?」

「まあ、表だって目立っちゃいない。が、人の移動は確かにここんところあった。あんたのお目当てが、このビルの中だってことになりゃ、多分それは当たっている」

 ディーはそういって、奥の戸棚をなにやら漁り始めた。

「よく分かりました。しかし、ここに潜り込むには少し骨が折れそうですね」

「そこでこいつだ」

 取り出したそれを、ディーが無造作に机の上に広げる。紺色の作業服だった。薄汚れてところどころすり切れている。

「抜け道は、ないことはない。たとえば業者の出入りにはそこまでチェックは厳しくない。何せストリートのガキが、なけなしの稼ぎを手に入れるために入り込むぐらいだ。あんたなら楽に行けるだろう」

「確かに」

 作業着を広げてみると、当たり前だが丈が全然違う。サイズを直さなければならないな、と思ったが果たしてそれで不自然になったりしないだろうか。

「ただ、入り込めるのは枝葉の部分までだ。その奥まで入りきろうとすれば、それ相応のリスクはある。分かってはいるんだろうが」

「心得ています。何かを得ようとするのならば、危険に自ら飛び込まなければなりませんのは、何にしても同じですから」

「ほう、それならその男、そこまでの危険を冒す価値はあるということか?」

「いいえ」

 連が即答すると、ディーはあからさまに驚いた顔をした。

「ないんか、価値」

「それも分かりません。戦力としては確かに申し分ないのですが、それほどまでにしなければならないかどうか、私にはまだ見えてきませんので」

「おいおい、じゃあ何か? あんたは死ぬかもしれないことに、もしかしたらどうしようもなくくだらないかもしれない男のために手を突っ込もうっていうのか?」

「そうですよ」

 ディーは呆れ顔で言う。

「何でまた」

「我が主の命ですから」

 淡々として連は答えた。

「主がそうしろと言うならば、それに応えるのが道理でしょう?」

「そういうもんかい」

 とため息をつき、

「そういう、盲目的な忠心は、この街じゃどうかと思うけどね」

「どこであろうと、変わりません」

 連は、きっとディーを見据えた。

「とうに失った命ですから」

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