表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
監獄街  作者: 俊衛門
27/349

第三章:4

「アジトを捨てる」

 と雪久が発した時、『OROCHI』メンバー30人が驚愕の色を見せた。

「はぁーっ? 何でだよ」

「リーダー、今更ビビッてんのかよ!」

 口々に罵声を浴びせるメンバーたちをいさめるように、雪久は手をふった。

「まあ、落ち着け。奴らが上のビルを突き止めた以上、ここの存在はばれたも同然だ。俺たちのような小規模チームにとってアジトの場所を突き止められることは死を意味する」

 俺には知られてもいいのかよ。

 と省吾は言おうとしたが黙っていた。話の腰を折るほど野暮な事はない。

「だから、アジトを換える」

「換えるって言っても、じゃあどこに行くんだよ」

「こいつを見な」

 雪久は傍らの紙を広げた。

 左端には『地下経路俯瞰図』と書いてある。そして紙一面に大小様々な線が伝っていた。人間の神経のように入り組み、交じり合っている。

「これは地下補給通路を表した地図だ。成海市にはあと3つ、補給基地がある。これを元に行く。彰、先導を」

「分かった」

 二つ返事で彰が唱えた。多くは語らない。

「そして奴らは……俺と燕、チョウ、真田、他5名で足止めする。ここでなんとしても食い止める」

「ちょっとまてリーダー! なんでこいつも一緒なんだよ!」

 立ち上がりながらチョウが叫んだ。じろりと省吾を睨みながら。

「いいじゃねえか、使える物は使わなきゃ。真田も、いいって言ってるし」

「でもよ……」

「文句あるなら今すぐ真田を倒してみろ。ただ、奴らも陣容を整えている今そんな悠長なことしている時間あるか?」

 そういわれるとチョウはいいよどみ、口をつぐんだ。

「随分と少ないんだな。たった9人かよ」

 省吾はしかし、あまり驚いている様子ではない。

「俺の「眼」がありゃ、50人は殺せるさ。俺が先行し、あらかた叩くからあとはお前らで止めをさせ」

 雪久は口角を大きくゆがませ、笑みを浮かべた。

「お前が仕損じたら?」

「大丈夫だ。俺は負けねえ」

 大した自信だ、と省吾は思った。それが千里眼を装備しているからか、それとも生来のものなのかは分からない。

「私も行く」

 背後の声に、皆一斉に振り返った。声の主は

「ユジン!」

 チョウがいった。

「雪久、私も参加するわ。当然、攻めるほうに」

 ユジンの足を、省吾は見た。若干、足を引きずっているようにも見える。

(骨に異常がなければいいが……)

 省吾の不安は、おそらく雪久も感じていたのだろう

「お前はだめだ」

 と、冷たく言い放った。

「でも」

「その足じゃあな。足手まといになるだけだ」

 ユジンは俯き唇を噛む。

 そんな言い方しなくてもいいだろう、と抗議するチョウを無視して雪久はさらに話しかけた。

「それより、ユジン。お前は逃走組の殿しんがりを頼む」

「えっ」

 上を向いた。

「もし、俺たちが取りこぼした敵がいたらユジン、お前が最後の砦になる。頼むぜ」

雪久の言葉に、ユジンはぱっと笑顔をはじけさせた。

「うん、分かった!」

 省吾が今まで見たこともない、輝くばかりの笑みだった。



 和馬雪久、真田省吾、以下9名は『BLUE PANTHER』討伐隊の迎撃。

 九路彰、以下22名は現アジトからの脱出と決まった。殿はユジン。

「これを持って行け」

 別れ際、彰から長脇差の束を渡される。あわせて5本。

「長脇差なんて脆いからね、このぐらいは必要だろう」

「確かにな」

 省吾は長脇差を受け取り、身につける。背中に二本背負い、左腰に二本さす。もう一本は鞘を抜き払った。

 その鞘を捨てようとした時

「待った」

 彰が止めた。

「なんだよ」

「省吾、お前がどう考えているか分からないけどこの戦い、死にに行くんじゃないんだ」

「は?」

「鞘を捨てるってことは死ぬって事だ。その覚悟は立派だけど、死ぬ事を考えるな」

「何をいってんだ」

 冗談かと、思った。だが彰はこの上なく真面目な声である。

「忘れるな、お前には帰りを待っている者がいる。ユジンも、孫も、もちろん俺も省吾が死ぬ事を望んでない」

「帰りって、お前……」

 当惑する省吾は、目を背けた。

「邪魔だから捨てるだけだ、死ぬ事なんか考えてない。最後の一本はちゃんと鞘に収めて帰ってくるさ」

 それを聞くと彰は再び笑みを浮かべた。

「なら、いいよ。じゃあ、しっかり戦ってくれよ」

 彰は最後に付け加えた。

「ユジンのためにも、ね」


「ったく、気色悪い奴だ」

 軍用列車に体を預けながら、呟く。「先生」と死別してから天涯孤独の身であった。省吾が死んでも悲しむものなど誰もいない。だから、「帰りを待つ」者など当然いるはずもなかった。

 (仲間、か)

 ユジンの顔を思い出していた。思えばこの街に来て、初めて「仲間」などという単語を聞かされた相手である。

 省吾は脱出組、つまりユジンが行った方向に首を向けた。

「気になる?」

 ふと、傍らを見ると赤い髪の少年が座り込んでいた。開いているのか分からないような細い目を、省吾に向ける。

(ヤン)……って言ったか」

「そ、よろしく省吾」

「名前で呼ぶな」

 面倒くさそうに省吾はいった。

「で、どうなの? やっぱりユジンが気になるの?」

「そうじゃねえよ」

 省吾は篝火代わりのドラム缶の火を、じっと見つめた。

「まあ気持ちは分かるよ。ここにいれば皆あの子の事を好きになる。チョウもその一人だ、もう察していると思うけど」

「あの子、ってお前幾つだよ」

「19」

 さらりと答えた。

「でも、残念ながらユジンは雪久しか見ていないよ。当の雪久はあまりそういったことに関心がないようだけどね」

 針金のような目を、緩ませた。

「けなげに尽くしているんだけど、不憫だよねえ。雪久ももうちょっと気にかけてやればいいのに」

 ゆったりとした口調。微妙に語尾を延ばしたしゃべり方は、少し間が抜けて聞こえる。

「まあ、雪久があんなだからチャンスないわけじゃないがね。でもユジンが他の男になびくとは思えないねえ」

「だから違うっていってんだろ」

 ややイラついた心情をにじませ、省吾は声を荒げる。

「いい加減に……」

「しっ」

 燕が手で制した。省吾も口をつぐんで入り口の方、地上への通路を見据える。

「おいでなすったか」

 燕は槍を取った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ