第十六章:5
「救援は出せない?」
何度聞き返しても、彰からの答えは同じだった。ユジンは詰め寄りながら問いかけたとしても、たとえ脅迫しようとも結果は同じことのように思えた。
「何度も言わせるなよ、ユジン。聞き分けられない君じゃないだろう」
「だって……何で」
ユジンはすぐにでも彰に掴み掛りそうだった。そんなことをしても、まるで意味のないことだと分かってはいたが。
「奴らから受けた損害。勝ちは拾ったものの、南も西もまだ不安定だ。あいつ一人のために人員を裂くことは出来ない」
「それは、そうだけど」
「大体だ、お前が報告した通りならば奴はすでに生きていない可能性の方が高い。乱入していたのは明らかに《東辺》の連中だ。そいつらに連れ去られたなら、生きていると考える方がおかしいだろう」
平然とそう言ってのける。それが事実であるのだから、それについてはもう終わった話だという風に。
「私が、行って」
「馬鹿なことを言うな。韓留賢がやられて、玲南も動けない。守りの要は少なくなっているんだ。ユジンが抜ければ、それだけここの守りは脆弱になるんだぞ。第一、君だって傷を受けているじゃないか。無茶をしてやられたらどうする」
「でも」
もっともだった。彰の言うことはいちいち正論だったし、それは身に染みて分かる。今なお盤石とは言えない、ヒューイが死んだからと言って『黄龍』の私服どもがまだ《南辺》に散らばっている。機械どももいない、『黄龍』の指揮系統は滅茶苦茶、そんな状態でもまだ勝ちとは言えないのだ。
「分かるだろう、俺の言うことを」
状況を鑑みれば無理なことを言っているのはユジンの方だ。そんなことは痛いほどわかるのだ。分かるのだが。
「分からないよ」
ユジンが言った、その一言に彰が眉根を寄せ、周りの人間たちがどよめいた。
「何て」
「分からないよ、あんたの神経」
だからこそ、腹立だしいのだ。平然として、淡々として、その事実を告げているということが。ここで時折にでも、悲痛さをにじませたり、我慢をかみ殺した表情でもあればまだ納得も出来る――出来ないまでも、彰の胸の内を汲むことだって出来る。本当は彰だって省吾の身を案じているのだと、仲間であると思っているのだと――そう確認できるのに。
「どうしてそんなに平気なの? 省吾が死んだことにしたいの、あなたは」
「そういうことじゃないって、分からんかな」
かすかに彰の物言いには苛立ちがにじんでいた。
「いいか、状況を見るにそうとしか考えられないんだ。俺だって、省吾が死んだとは思えないし、生きているとは信じたいけど。でも、どうなんだよ実際? お前も見たんだろ、東の連中。奴らがどうして、省吾を生かすかもなんて考えるんだよ。奴ら、ギャングだろうと難民だろうと考えていると思うか?」
「どうしてそんな冷静でいられるのか、って聞いているの」
「冷静じゃない方がどうかしている」
二人して言い争っているのを、『OROCHI』と『STINGER』の者たちが遠巻きに見ている。二人を止めようともせず、否止められるはずもなく、ただ見ているだけであったが、その空気を壊す声が響いた。
「まだやっていたのか」
雪久の声がした。二人同時に振り向くと、雪久とレイチェル、扈蝶の順に広間に入ってくる。
「俺は疲れてんだからよ、あんま厄介ごと引きずるなよ。なあ彰」
雪久はユジンをひと睨みしてから、彰に向き直る。
「で、省吾が何だって?」
「……救援を出さないかって、そういう話だ。《東辺》に連れ去られた可能性があるならば、って」
「救援、ねえ。彰、お前は何て?」
「そりゃあ、俺もそうしたいのはやまやまだけど。でもこの状況見ろよ、そんな余裕はないだろう。ユジンだってそれ分かっているはずなのに」
彰が言うと、今度はレイチェルが口を開く。
「私に決定権はないだろう、が仕方ないだろう。あいつがどれだけタフなのか分からないが……」
レイチェルがなぜか、扈蝶の方をちらりと見やる。扈蝶はずっと顔を伏せたままだった。
「私も、東の連中に遭遇した。奴らはこちらが知る以上に、装備をそろえている。東は我々にとっても未知、うかつには近づけない」
「ま、しょうがねえだろ」
案外明るい声で雪久が言うのへ、ユジンはきっと睨みつけた。
「何がしょうがないのよ。どうして皆、そんなに冷淡なの」
ユジンは爆発しそうな気分を抑えきれない。
「省吾に私たち、どれだけ助けられたと思っているの? 彼がいたから、青豹も退けられたし、機械だって倒せた。そのこと忘れてない? いくら省吾はメンバーじゃないからって、もう仲間でしょ。その仲間にあなたはっ」
「戦争やっているんだ、俺ら」
さも当然、というばかりに彰が答えた。
「あいつ一人のために、無駄な体力使うのか?」
「無駄なって」
「彰の物言いはともかく」
ユジンが口を開きかけたところにレイチェルが割って入る。やはりどこまでも、冷徹な口調でもって。
「現状難しいならば、そうするしかないだろう。救い出すのは無理、あの男だってそれは分かっていて、その覚悟もあるだろうに」
それ以上、言葉を告げることは出来なかった。もっと抵抗すれば活路はあるかもしれないというのに、レイチェル・リーの言葉はあまりにも説得力に満ちている。
そんな風に気圧される自分が情けなかった。いくら主張しても、認められることはないと分かってしまっている自分自身が何より腹立だしい。
「相手が悪すぎるんだ、ユジン。分かれよ、これが西や南のギャングならばまだ望みはあるけど」
彰がたしなめるように言う。
「東のマフィアじゃ、何とも」
「もういい」
あるいは、それでもどうにかなると思っていた、自分の心根の甘さを、レイチェルに見透かされているかのように。
「もう分かったわよ。これ以上は期待しないから、この話はこれで終わり」
ユジンは一方的に話を切った。
「本当に分かっているのか? そうやって一人で東に行くとかは無しにしてくれよ」
「そんな気はないわよ。だだ……」
去り際にユジンは、雪久を一瞥した。
「この街を統べると言った割に、どうしてマフィアに対してそこまで臆病にならなければならないのか分からないわね、雪久。いずれはマフィアに挑まなければならないと、わかっておきながあら」
「そんな風に見えるかい、ユジン」
雪久は否定も肯定もせず、にやにやと薄ら笑いを浮かべていた。
「そう見えるってなら、まあそれでもいい」
雪久がそう言うと、ユジンはそれ以上何かを言うこともなく立ち去った。