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監獄街  作者: 俊衛門
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第十五章:15

 階下の銃撃と爆音がレイチェルの耳にも届いていた。

「あの音が聞こえるか? 『飛天夜叉』」

 銃撃は20ミリ、爆音はおそらく対空ミサイルの類。そこまでわかっても、レイチェルは動くことが出来ない――目の前の男が構えるモーゼルのせいばかりではない、いくつもの状況がどれもこれも飲み込みきるには膨大すぎた。

「幕引きは鮮やかに、シンプルに。今の今までご苦労だったな、といってもそんなに自覚はないだろうが」

 抵抗、あるいは逃走といった選択全てを放棄してしまったような、自分の足、身体。頭で考えたことが脳内で完結してしまって、神経に巡って行かないかのような。足がすくんで、声すらもままならない。

「なにせ、あんなものを引っ張る羽目になるとは思わなかったから。途中で予期しない拾いものもしたことだから、百パーセントの達成でなかったとしても良しと出来る」

「……お前は」

 ようやくそれだけ声を出した。ただそれだけだった。そこから真に問いつめてやることもののしりめいた言葉を吐き出すことも出来ない。レイチェルはただ一言だけしか発することが出来なかった。

「お前は一体」

「それを言わせるのか、野暮だな案外」

 やがて男は、モーゼルをゆっくりと下ろした。撃鉄を戻しながら。

「わかるだろう、『飛天夜叉』。お前は自由になったつもりでも、この街とあの場所――お前が逃げ出した場所はそう変わりはない。それどころかこの特区そのものが我らの庭場だ。知っているだろう、どこかにいったつもりでも、お前たちは結局籠の中だということを」

 薄く笑みをかたどる男の表、しかし目線だけは鋭い。隠しきれない殺気、鉄の空気がまとわりついて、それは決して隠そうとするものでもない。

「今回の功に免じて、今は殺さない。ここはまだお前の領域だからな。もっとも、深追いするようならば話は別だ、レイチェル・リー。ここで終わるか、これから先も西の頭で満足するか。おまえ次第だ」

 男が顎でしゃくる動作をすると、特殊部隊風の突入員たちがヒューイの躯をかつぎ上げる。二人がかりで、頭半分失ったヒューイの身体を持ち上げ、ほかの突入員たちは未だレイチェルと彰に銃口を向けたままだ。

「レイチェル……」

 彰が弱々しい声で呼びかける。すでに脚が限界といった様子で、その場にへたりこんでいる。

 レイチェルは拳を握り直す。今すぐにでも飛びかかりたい衝動をこらえた。

「分かっていると思うが、『飛天夜叉』。妙な気は起こすなよ」

 モーゼルの男が足下にあったマグナムを蹴り飛ばした。

「初期ロットタイプは出来損ないとはいえ、もっと深い思慮を持っているはず。この男一人のために賢明な判断を失うとすれば、お前はもう」

「黙りなよ、さっきから」

 レイチェルが噛みつくと、周りの突入員たちが若干色めきたったように見えた。もちろん、一歩でも動けばレイチェルはおろか彰にだって危害が及ぶ。だからそれ以上抵抗しようなどとは思わない。それでも言わざるを得なかった。

「さっきから勝手なことばかり。人の獲物を横取りしておいて、さらに訳の分からない講釈を。何様だよ、あんたは」

 それが精一杯の虚勢だとしても。レイチェルの物言いに、果たして男は小馬鹿にするように鼻で笑い、哀れむような視線を投げかける。

「私が何者か知りたがるものは多いが、そのほとんどが志半ばで倒れているものだ。お前もそういう愚を犯すか? この街で知りたがりは、長生きしない」

「気に入らない奴は、文字通り踏みつける。それだってこの街の流儀だ」

「踏みつけられる方は力のないものだ。この場合がどちらか、それを見極めることが出来ない貴様ではないだろう」

 そういって男が指を鳴らした。

 銃声。単発で響く。突入員の誰かが撃ったのだ、と気づいた瞬間、レイチェルの右股に焼け付くような痛みが走った。

 すでにヒューイとの戦いでダメージを蓄積していた身体を崩れさせるには十分すぎた。意志とは反対に、レイチェルは撃たれた右足から順に膝を折り、地面にくずおれた。

「レイチェル!」

 彰が動こうとした、その足下に一ダースほどの銃弾が撃ち込まれる。それだけで彰は動けなくなった。

「かすり傷だ、飛天夜叉」

 男が見下ろしながら言う。

「お前が生まれたプールは所詮出来損ない、それでも再生力は普通の人間よりはある。しばらくは動けないだろうが、致命傷というほどでもない」

「貴様……」

 レイチェル、感覚のある左足だけで立ち上がろうとするが、突入員たちが銃口を向けているとなれば、それ以上は動けない。レイチェルは片膝をついたまま、右股の傷を押さえて、そのままの状態で睨みつけた。

「貴様は、あそこを。あの場所を知って――」

「口がすぎるのも、初期シリーズの欠陥だ。そのおしゃべりな舌だけでも切り取ってやってもいいが、そろそろ時間切れでね」

 男の言葉にかぶせるように、ヘリの爆音が段々と近づいてくるのが分かった。おそらくは屋上に向かっているのだろう、音は上昇している感じがした。

「もう会うこともないだろう、貴様が妙な気を起こしたりしなければ。一生西にこもりきり、一生この街で過ごす限りは。『飛天夜叉』、お前は《西辺》で。『千里眼』は《南辺》で」

「何を」

「分を弁えろと、そういうことだ。余計なことに首を突っ込み、足元掬われるよりは、何も知らず、何も語らず、見もしないでいる方が幸せになれることもある」

 男がきびすを返す。それを追いかけようと立ち上がりかけた瞬間に崩れ落ちる。レイチェルはなすすべなく男の背中を見送り、見えなくなるまでその背中を見続けた。

 

 路地裏に隠れて、様子を伺っていた。爆撃ヘリが徐々に遠ざかる音を受けて、扈蝶はおそるおそる頭をもたげ、通りをのぞく。炎上する車両、黒服たちの躯から遠ざかる爆撃ヘリと入れ違いに横長の輸送ヘリが近づき、それがビルの屋上に降り立つまでを目の当たりにする。

「どんな感じよ」

 同じように路地に隠れていたイ・ヨウが隣で発するが、屋上の様子はさすがに下界からは見ることが出来ない。

「あまり芳しくないみたい」 

 ただし、『黄龍』には輸送ヘリなどの装備はなく、そしてそれが降り立っているということはすなわち『黄龍』以外の誰かが、輸送ヘリを使わなければいけないほどの人員を送り届けた、あるいは迎えに来たということだ。爆撃ヘリといい、いちギャングの資金力を越えた力を有する者の、いきなりの介入。それが何を意味するか、などと考えるまでもない。

「きっと、ヒューイは切り捨てられたんだわ」

「何て?」

 イ・ヨウは状況が飲み込めないようだったが、しかし扈蝶にはその懸念はもはや実在であった。

「まだ火種は消えそうもない……」


 その日のうちに、ヒューイ・ブラッドは失脚した。その日のうちに、勝負は決した。誰もが予想だにしなかった方法で、誰もが見失ったような恰好で。勝利ならざる勝利によって、《西辺》の戦いが幕を閉じた。

 それがひとたびの休止であることを、誰もが知っていた。火種は、未だくすぶり続けることを知り、それこそがこの街であると。再び燃え出すその日は、遠くはないことを、《西辺》に新たに上がった火の手を見れば明白だった。

 硝煙の匂い。

 昇る黒煙。

 銃撃の唸り。


 成海は死なず。


第十五章:完

 


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