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監獄街  作者: 俊衛門
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第十五章:14

 ヒューイの体を見下ろしていた。前のめりに倒れ、地面に口づけるかのようにへたり込み、その倒れた箇所に血の溜まりが出来ている。ヒューイが起きあがってこないことを確認すると、レイチェルはゆっくりと後ろの壁まで後退する。壁に背をつけると同時にどっと疲れがあふれてきて、そのまま座り込んでしまった。もう一ミリも動ける気がしなかった。

「終わったか」

 そのレイチェルに手をさしのべるものがいた。彰が自らの足をかばうように、壁を背にして立ち、レイチェルを見下ろしている。

「助かったよ、彰。あんたいなきゃ……」

「それはいいから。殺ったのか?」

 彰は警戒を解かず、ナイフを手にしていた。といっても、彰の今の状態ではとどめを刺すのも辛かろう。

「手応えはあったよ、これでもう」

「下の連中に知らせてやらなきゃな」

「それより、こいつが死んだ証拠でもなければ」

 レイチェルは彰の手を借りることなく立ち上がる。彰自身足をやられているのだ、手を借りればそのまま彰も倒れることは必至だった。それでも手を伸ばしてしまうのが、久路彰という男なのだから、それはこちらで調整してやらねばならない。

 何とか立ち上がり、ヒューイが落とした銃――彰に打ち落とされたコンバットマグナムを拾い上げる。

 その時、いきなりヒューイが起きあがった。

 とっさに身構えた。銃を構え、ハンマーと引き金に指をかける。だがヒューイは身を起こしたまま、じっとレイチェルの方を見つめるばかりだった。

 ヒューイの口が動いた。何かを言おうとしているようだったが、ただ空気が漏れる音がするばかりだった。

 口から粘着質の血が滴り落ちる。切れた舌先を動かそうとしている。その目は未だに死んではいないものの、立ち上がり抵抗する気配を見せないと言うことはすでに覚悟しているのだろう――単純に立つことが出来ないだけかもしれないが。

 だが何かを言おうとしている。伝えようとしている。それに耳を傾けるべきかどうか、迷った。今は敵であってもかつては自分の右腕でもあった、この男の言葉に。

「レイチェル……」

 彰が声をかけるのに見れば、彰は黙って首を振っている。聞く耳など持つなということだろう。レイチェルはすぐにヒューイに向き直り、銃のハンマーを起こした。

 ――こいつは敵だ。

 敵で良いのだ。耳を傾ける必要はない、情けなどいらない。かつてがどうあろうと、こいつが生きている限りは戦いは終わらない。終わらせなければいけない、そのために私は来たのだ。

「悪く思うなよ」

 引き金にかけた指に力を込める。

 銃声が響いた。


 目の前の男――ヒューイの頭が弾け飛んだ。即頭部に突き立った銃弾が脳内をかき回し、反対側に抜ける瞬間に割れた頭蓋骨の破片と千切れた肉を散らし、脳と血を吹き出す様が、スローモーションめいて写る。

 何が起こったのかすぐには飲み込めず、思わずレイチェルは自分の銃を見、彰の顔を見――彰も呆気にとられている――最後に崩れ落ちたヒューイの躯を見やる。

 即頭部だ。レイチェルの手にある銃は沈黙を保ったまま、引き金は定位置のまま、もし撃てば銃弾はヒューイの額を打ち抜くはず、それなのに。

「随分と時間がかかったな」

 訛りの少ない完璧な英語の発音が割って入った。全く予期しない第三者の声。彰とは違う男の声だ。

 声のほうを向く。柱と柱の間に、人影を認める。スーツを着込んだ姿、その人物が一歩前に出ると、右手にモーゼル拳銃が握られているのが確認できた。かすかに銃口から煙がたなびいている。

 もう一歩出る。男の顔を確認することが出来た。

 彫りの深い顔立ち。尖った顎と高い鼻がどことなくいかめしい印象の、白人の男だ。まだ若く、30代そこそこに見える。もっとも若いといっても、目尻と眉間に刻み込まれた皺が年月を感じさせ、実年齢は想像よりも上かもしれないが、男の全身から漂う気迫が若いと感じさせるのだ。上物のスーツを着こなし、高級そうな靴を履き、きっちり頭髪を整えた風体はいかにもホワイトカラー然としている。

「もっとも、それほどの期待は込めていないが。ストリートの破落戸ごろつき一匹、それにしては頑張った方か」

 そう言って、男はモーゼル拳銃をレイチェルの方に向ける。磨かれたシルバーの銃身に、金の宝飾を施したカスタム銃。グリップには象牙をしつらえている。

「……何、お前は」 

 ようやくそれだけ発した。レイチェルはゆっくり男の方に顔を向ける。

「いきなり出てきて」

「それを聞くより先にやるべきことがあるだろう。その手のものは、会話するには不向きだと思うが」

 会話する気など毛頭無い風情で、男は言った。カスタムモーゼルをぴたりとつけて、しかしその意味するところを分かっているだろう、と問いかけてくるように。レイチェルは銃を置き、男の方に蹴り飛ばすと自らもそちらを向いた。

「物わかりの良いことだ、レイチェル・リー。その賢さがあれば、今後も西の頂点に居続けることは可能だろう」

「御託はいい」

 声が震えてくるのはどうにもならなかった。今更ながらに傷が堪えて、痛みが増してくるのだ。

「するべきはした、だから答えろ。いきなり乱入してきてどういうつもりだ」

 レイチェルが声を絞り出す、それが虚勢を張っているかのように見えたのか、男はバカにしたように鼻を鳴らした。

「手を貸してやったのだから、感謝されこそすれ責めを負われる筋合いはないな。いつまでも躊躇しているのだから、私が代わりに始末をしてやっただけだ」

「こいつは私が」

 とレイチェルはヒューイの躯を指さし、

「私がとどめを刺すところだったんだ、それを貴様は」

 突然、男が発砲した。

 耳元を灼けた鉛が通り過ぎる。モーゼルから放たれた銃弾が空を切り、レイチェルの顔面すれすれを通り背後の柱に突き立つ。

「やはり初期ロットナンバーは不良品か。感情の御し方というものを知らない。もっとも最初期のモデルは護身術に特化させてあるから、情動系にまでは手は加えていないのだろう、だが」

 照準を数センチ横にずらす、それだけでモーゼルはレイチェルの額を狙う形となる。次は外さないという意思の表れでもあった。

「だが反抗的というのは、やはり問題だな。自我の強さは、オリジナル故か、同じプールで生まれても性格まで同じになるというわけではないようだ」

 男がひとりで何をかぶつぶつ呟いているのを、レイチェルは聞き耳を立てていた。

「何、あいつ」

 彰は、わけがわからないという顔をしている。だがレイチェルにとっては――少なくとも、この男の漏らす断片的な情報だけは知ることができる――初期ロット、オリジナルモデル、つまり――

「お前」

 断片の情報はひとつの解を導き出す、レイチェル・リーという個体に関わるすべての解を。

「私のことを」

 そのとき、爆音。

 かすかなものだった。遠くから鳴り響いたそれはレイチェルの足下、さらに下の方で巻き起こる。階下で響き、かすかな震動――それは微弱なものではあったが――を感じ取った。

「お前たちとは随分遊んでやったが」

 モーゼルの男が指をはじいた。その途端、柱の陰から黒ずくめの集団が飛び出してきた。ゴーグルとヘルメットで顔と頭を固め、特殊部隊並のタクティカルスーツに身を包み、全員が全員MP5のサブマシンガンを携えている。集団はたちまちレイチェルと彰を取り囲み、銃口を向けた。

 二人して諸手を上げた。ただ集団はそれ以上何かをするでもなく、そのまま銃を向けたまま動かない。

「これで終わりだ、レイチェル・リー」

 モーゼルの男が目配せすると、集団の中から二人ほど歩み寄り、ヒューイの躯をかつぎ上げた。それを確認して男が薄ら笑いを浮かべて言う。

「幕引きだ」


 空中を漂う点。モニター越しに最初にそれを見たときには特に気にもとめなかった。

 金と扈蝶たちが建物の中に入ってからすぐに、リーシェンと黄は装甲車に乗り込み、一度ビルの外に出てから装甲車の迫撃砲をビルに向かって撃ち込んでいた。市内に散らばっていた黒服たちが集まり装甲車に銃撃を加えてくるも、もちろんそんなものが利くわけもなく。黄は喜きとして砲撃を加え、リーシェンは画面を注視しながら砲弾を装填する、その最中の発見だった。

「黄、何か……」

 だがその点が徐々に近づき、実体を露わにするにつれて不安が増してくる。点と思ったものは角張った機体で、不吉なデザートパターンに彩られたそれ。いくら見慣れぬからと言って、それが何であるかが分からなかいことはない。戦時中に嫌というほど目にしたそれ、故郷の村を焼き払った悪魔――ローターとミサイル筒、いかつい軍用ヘリの姿が脳裏をよぎり、いままさにその時の姿そのままの機体が降下しながら近づいてきたのだ。

「リーシェン、やばいですよあれ、あのヘリ」

「ヘリ? ヘリが何て――」

 黄が口にするよりも先だった。急降下してきたヘリから火球が吐き出されたのは。

 機体の両脇を固めるカノン砲と機銃の武装よりもひときわ目立つ筒から小型のミサイルが射出されるのを見た。吐き出されたそれはつんざく爆音をとどろかせて炎は装甲車の上を通過し、ビルの壁に突き刺さる。

 刹那の遅れ、その後閃光が弾け、直後に火炎が膨れ上がった。オレンジ色に朱が差した長い炎の舌が瞬時に黒服たちを飲み込むのを目の当たりにする。爆炎がビル壁の破片を混じってちぎれた手足を舞上げる。車両の脇を固めていた少年たちがめいめい逃げだして路地に飛び込む。 

 ヘリは周遊し、旋回すると舳先をこちらに向けた。

「まずい――」

 黄が砲撃の手を止めた。

「出ろ!」

 黄が怒鳴るより早くリーシェンは装甲車のハッチを開けて外に飛び出し、すぐに黄が外に出る。転がり落ちるように装甲車から飛び降りたとほぼ同時。武装ヘリが火を吐いた。

 とっさに路上に身を伏せた、その瞬間。背後の装甲車にミサイルが突き立つ。車両が爆発し、炎を上げた。黄がリーシェンの体に覆い被さって爆風から身をかばい、リーシェンはリーシェンで最大限身を縮ませて爆発が収まるのを待つ。頭上をヘリの爆音が過ぎ去るのを感じ、そのヘリから機銃の発射音が鳴り響いているのが分かる。誰を撃っているのか、それがいつ自分に向けられるのか、頭を上げようとすると黄に押さえつけられた。

「じっとしていろ」

 耳元で黄が言う。リーシェンはひたすら額を地面にこすりつけて嵐が去るのを待ち、そんなリーシェンを押さえつけながら黄は上空を見上げる。ヘリが撃ち込む先、本部ビルに向けて20ミリの機銃を、黒服たちに向けて撃つのを。

「何、何が起きている……」

 その爆音は扈蝶の耳にも届いていた。

 ビル内部、黒服たちと交戦している最中のこと。砲撃とはまた違う種類の爆発で、すぐに何か異変があったのだと知る。

 再びの爆音。扈蝶は銃撃の手を止めてその音の出所を探る。

「外じゃねえか?」

 イ・ヨウもまた銃弾尽きかけのミニミを撃つ手を止めて言った。回廊挟んだ先の金を見ると、やはり爆音の方が気になるようで、身を潜めながら聞き耳を立てている。

「援軍かや?」

 イ・ヨウが壁から顔を出して回廊の向こうを見る。黒服たちがあわただしく走っている――入り口の方だ。

「黒服どもの」

「まさか」

 とはいえ、あり得ないことでもない。正直言って、これ以上来られたらもうお手上げだが、しかし黒服たちの様子を見る限りそれも当たっていないようだ。明らかな動揺を浮かべて、狼狽している。援軍ならばもっと期待に満ちた顔をしても良いものを。

 扈蝶は金に目配せした。金が頷くのを受けて立ち上がった。

「行ってみるよ」

 扈蝶が言うとイ・ヨウが驚いたように目をみはった。

「黒服どもまだいるぜ」

「何かイヤな予感がする」

 そしてそれは金も感じているようだった。扈蝶が立ち上がると同時に金も立つ。イ・ヨウだけが状況を飲み込めていないようだった。

「おい、今離れるのは危険じゃないか」

「ならばそこにいればいいよ、別に無理強いはしない」

 そう言うと扈蝶は廊下に飛び出す。走る扈蝶の後を、あわててイ・ヨウが追い、金がその後に続く形となる。曲がり角のたびに立ち止まり、黒服どもの様子を伺いながら走る。

 ビル入り口まで走った、時に。信じられない光景を目の当たりにした。

 金曰く、《北辺》からの戦利品だという六輪の装甲車が炎上している。砲座が完全に潰されて炎に包まれて、周囲に黒服どもの躯が転がっていた。20ミリに貫かれて、首から上が千切れていたり、内臓を散乱させた躯の数々。ビル壁の一部が崩落して、その瓦礫に押しつぶされた者もいる。

 そして上空。デザート迷彩の角張ったフォルム、ローター音を響かせて空中停止する武装ヘリがこちらを向いている。左右に備わる銃座が動き、こちらに狙いを定めたのを見た。

 反射的に左に跳んだ。同時にヘリの機銃が火を噴いた。コンマ何秒前まで扈蝶がいた場所を20ミリ弾が通過して背後の柱を撃ち砕く。イ・ヨウと金はちらばりながらヘリの機銃に対してジグザグに逃げて狙いを外し、路地に逃げ込み、ほかの少年たちも二人に倣ってめいめい散らばる。

 扈蝶も同様に逃げる。ヘリの射程から逃れるに、追ってくるのかと思いきやすでに銃口は扈蝶の方からはずれていた。代わりに20ミリの矛先を逃げ遅れた、あるいはビルからでてきた黒服たちに向け、掃射している。

(何故味方を?)

 てっきり黒服たちの援軍だと思っていたが、あのヘリは視界に入るものを無差別に撃っているように見えた。黒服も『OROCHI』の襲撃部隊も関係なしに、そもそも最初に放ったミサイルだって何かの意図があったかわからない。装甲車を潰し、ビルも同様に攻撃して一体なにをしようというのか。あのヘリを操るものにとって、少なくとも『黄龍』の黒服たちは味方ではない――。

「扈蝶、避けろ!」

 遠くで金が怒鳴っている。ヘリがゆっくりと旋回して三角錐めいた機体の先端を向ける。扈蝶が逃げる、とたんにヘリの銃口が火を噴く。連続的な重低音がひとつながり響いた。

 逃げる、扈蝶の背中側でローター音が響く。路地に逃げ込もうとした、刹那。するどいロケットランチャーの唸りが上空を切り裂くのを聞く。

 咄嗟に身を伏せた。直後、爆音が響いた。

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