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監獄街  作者: 俊衛門
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第十五章:8

 階下で爆発音がいくつも響いている。それこそ何十階層と下でも爆発があったと悟ることができた。

(下では一体なにが……)

 一週間前に捜索隊から連絡を受け、そこで金の無事を知らされた。なんでも、捜索隊が北に着いてすぐに金の方からコンタクトしてきたらしい。捜索隊共々、《北辺》より移動後にリーシェンたちを援護し、市内の黒服たちを片付けてすぐに本部の攻撃に向かうようにと指示してある。

 その際、金は当初の目的は果たすことができなかったが、それなりの成果はあったのでそれを持ってくると言っていたが、階下の爆発がその成果とやらなのだろうか。

「着くよ、彰」

 そんな声に、我に返る。レイチェルが怪訝顔で見ていた。

「考えごとでも?」

「いや……」

 彰はかぶりをふった。ばかげたことだ、と言い聞かせる。気にしている場合ではないのだ、階下のことなど、今はどうでもいい。目の前に集中すべきは今だ、ようやく敵の喉笛に食らいつくというところなのだから。

 広間にいた。階段が途切れ、だだっ広い空間が目の前に広がっている。石膏の柱が、立ち並び、それぞれが互い違いになるように配置されていた。

「この奥に」

 レイチェルは弾倉を装填する。今までばらまいた弾数から推測するに、これが最後の弾倉なはずだった。かく言う彰も、残弾は少ない。弾倉は最後の一本を残すのみだ。

「奥に、ヒューイがいる」

「どっかに逃げたってことはないのか?」

「屋上のヘリはバートラッセルに言って燃料を抜いてある。下まで降りる秘密の通路のことヒューイは知らないはずだから、逃げようがない」

「それならいいけど――」

 続く言葉を述べようとした時、ふと視界の端に影をとらえた。

 反射的に身を引いた。レイチェルも同じく飛び退いた、瞬間。断続的な銃声が轟いた。背後の壁に着弾し、石膏に弾痕を刻みつける。

 彰とレイチェルは左右に分かれて柱に身を隠す。彰はナイフを引き抜いて、刃を鏡として様子を伺う。

 柱の影に、黒服の姿が確認できる。取り回しやすい、特殊部隊が扱うようなサブマシンガンを持っている。ドイツはH&K社製、MP5サプレッサーモデル。ギャングが使うような銃ではない。

 レイチェルが身振りで伝える――ハンドサイン。敵は彰から見て11時方向、3時方向、50メートル四方。

(人数は……)

 彰もまたサインを送り返すと、レイチェルは首を振った。ここからでは全体が見えないということだ。

(一人ずつ潰すしかないか)

 息を吐いた。ここまで来るまでに、恐怖心をなんとか押さえ込んだところだったのだ。また新たにぶり返して来ないとも限らない。落ち着かせるため、そしておそれを抱かないため、今一度心を鎮めるべく。

 レイチェルが発砲した。背後で着弾音が響き、それを受けて彰半身を乗り出し、閃光弾を投げ入れた。数秒おいてマグネシウム火薬が爆ぜ、それと同時に飛び出す。柱から柱に逃げ込み、身を隠した。

 見る。数メートル先、閃光弾の煙が立ちこめ、その中に黒い影が躍る。2体。徐々に煙が晴れてゆく。

 発砲。狙いを定め3点バーストで撃つ。照準の先で影が倒れるのを認めると銃口を真横に移動させてもう一度撃つ。一人、倒れた。

 銃撃音が連なる。彰が身を引くと耳の横を銃弾が一続き通過した。石膏柱に着弾してぼろぼろと崩れ、彰が潜む柱も徐々に削り取られてゆく。じりじりと近づいてくる黒服たちの気配を感じながら、彰は入り口の方に目を走らせる。黒い陰が視界の端にちらつき、数ミリでも体を動かせば即銃弾の餌食になる、それゆえに身動きが取れない。精一杯身体を縮めてはいるが、もはやすぐ脇を銃弾が通り過ぎている心地がしていた。敵方の銃声が徐々に近づいていることからも分かる、徐々にプレッシャーをかけつつ接近して仕留めるつもりだ。

(ジリ貧だな……)

 彰は閃光弾に手を伸ばすが、残りは一本を残すのみだった。ここまで来るのに、無駄に使い過ぎた。これを最後に、手放してしまえば。あとは少ない弾数で対峙しなければならない。

(ちゃんと計算するんだった)

 などと、後悔する間もない。顔の横を銃弾が過ぎ去る。敵は近い、もう真後ろにいるかもしれない。

 閃光弾を握りしめた。ライターに着火する。導火線に火をつけようとした、そのとき。ひときわ甲高い銃声が響いた。


 撃ち込んだ銃弾が、黒服の一人を穿った。

 レイチェルが構えるAK小銃、その照準の先。彰が身を隠す柱に近づいた黒服を狙い撃ち、側頭部を捉えるのを確認する。

 銃口を左にスライドして、セミオートで撃つ。黒服の頭を撃ち抜いた。即座に他の黒服たちがレイチェルのいる方向に一斉射撃を加える。慌てて身を引いた、レイチェルの首筋を9ミリ弾がよぎった。

 身を翻して、柱の反対側から銃口を差し入れる。発砲。彼方で黒服の悲鳴、倒れる手応えを得る。

 黒服たちの銃撃が勢いづいた。彰に向いていた銃口のほとんどがレイチェルに向けられ、フルオートで撃ちこんでくる。レイチェル、身を隠し、隠れながら叫ぶ。

「3時方向、座標5-7」

 その声を彰は、ヘッドセット越しに訊く。レイチェルと事前に打ち合わせた合図だった。「この場所」に来たら、互いに互いの位置を方向と座標で伝え合う。それで各自見えない個所を補うという、単純だが分かりやすい手法だ。

 飛び出す。遮蔽物から遮蔽物、身を隠しながら走り、柱4本を過ぎ去った辺りで止まる。黒服たちの姿を確認した。

 5連射。スコーピオンが腕の中で暴れた。

 フルオートが黒服たちに着弾。二人が倒れる。黒服たちがこちらに気づくのに、素早く身を引く。MP5の小気味良い連射音が追いかけてくるのに彰はそこから遠ざかるようにして走る。

 背後、黒服の一人が柱から飛び出してきた。

 銃撃。4連射撃ってくる。彰は無我夢中で逃げるが背中に着弾する。彰は逃げながら発砲し、発砲しながら柱の陰に飛び込んだ。

「4時、8、1」

 彰が怒鳴ると、AK小銃のセミオートマチックが響いた。彼方で悲鳴がして、やがて銃声が止んだ。

(くそっ)

 肩がずきずきと痛む。防弾服を着込んでいるとはいえ、衝撃まで殺しきれるものではない。近くで撃たれれば骨をやられることもありうるのだ。今、至近距離で撃ちこまれた彰はまさにその状態。腕全体に痺れを残すような鈍痛が支配している。

(こんなことで)

 痛みなど、とつぶやいた。痛み程度、いくらでも殺すことが出来る。そうでなければならないのだ。俺が矢面に立たなければいけない、雪久やレイチェルのように。戦うことを見せなければいけないのだ。そのためには、死すらも。

 飛び出す。銃撃。それと同時に、ヘッドセット越しに指示を飛ばす。

「5時方向」

 その声よりも先に、レイチェルは動いていた。小銃を下に向け、柱の陰に隠れながらひた走る。比較的中央に溜まっている黒服たちに対して、外側から攻める寸法だ。

 銃声が一続き。レイチェルの行く手を阻む。頭を下げると、その頭上を9ミリの束が通過した。毛髪の一部を焦がし、耳たぶを削り取り、鼓膜に直接銃弾の唸りを届けさせ、それでもかろうじて避ける。柱の陰に飛び込むとすかさず銃撃の方向に撃ち返した。セミオートで、確実に一発ずつ。しかし敵もさるもの、素早く身を隠してレイチェルの銃撃を避けた。

 彰との連携で敵の位置はある程度推測できる。だが敵にはこちらの動きははっきり見えている。単純な射撃では押し切れない、そうなれば火力の勝負だ。そしてその意味でも、こちらは圧倒的に不利である。

「炙り出すか……」

 レイチェルは小銃に取り付けた銃剣の固定を確認すると、最後の一つとなった手榴弾を取り出す。柱から半身を乗り出し、黒服たちの方向に投げた。

 乾いた音、続き破裂音。間髪入れずに二つ響き、それが合図となった。

 レイチェル、飛び出した。

 手前の柱に走る。硝煙の中に飛び込むとすぐ、陰に隠れていた黒服を銃剣で貫いた。黒服が倒れるのを見届けることなくレイチェルは次に向かう。すぐ脇の柱に潜む黒服に向かい、体当たり気味に刺突する。年若い黒服は首を貫かれ、応戦する間もなく絶命した。

 10メートル先、黒服5人が銃口を向けるのを見る。

 レイチェルが向き直る。黒服たちが撃ってくるのを、今しがた仕留めた黒服の体を盾にして避けた。銃剣に刺し貫かれたままの黒服の死体が、着弾するたびに痙攣しているようにぴくりぴくりと躍り、傍から見れば異様な光景なのだがそんなことを気にする場合でもない。レイチェルは死体を盾に拳銃で応戦。6連発リヴォルバーできっかり5人を撃ち抜いた。

 銃撃が鳴る。前方二方向。火線を避け、柱に逃げ込む。銃声から察するに敵は3人、姿は見えない。

「弾はもうない、か」

 AKのマガジンは、すでになく。レイチェルはリヴォルバーの弾を入れ替えた。堅牢とはいえ、やはり装弾の少なさはこの期に及んでは痛い。

 銃剣を引き抜き、刃にこびりついた血を振りぬくとすぐに黒服たちが彼方で集まっているのを見る。すでに銃としての役目を終えたAKを構え、切っ先を下に向け、飛び出すタイミングを伺いながらレイチェルはヘッドセットを通して指示を飛ばす。

「10の7、2時」

 声を受けて彰は斜めに後ろに下がった。柱に逃げ込み、顔半分だけ出して様子を伺う。柱の陰からちらちらと黒服たちの姿が見えた。

 マガジンを入れ替える。スコーピオンの、最後の一本だった。銃弾は二人して、底をついているようだった。レイチェルの銃声がマグナム弾のそれに代わったのも、気づいていた。

 柱から飛び出し、黒服たちが見える位置まで移動。すかさず構え、撃った。フルオートで撃ち、かすかに黒服たちに着弾するのを見、しかし次の瞬間には柱に身を隠していた。果たして彰が撃ち込んだ弾数の倍近くが撃ち込まれ、壁と柱に弾痕を刻み付ける。

(どんだけいるんだよ)

 このフロアがどれほどの広さ、ある程度レイチェルから聞いてはいたものの、今では聞かされた以上の広さがあるように感じていた。加えてそこにいる黒服は、無限に近いものとすら感じられた。どれほど撃ち込んでも無意味ではないか、とすら思えるほどの。

 銃声に交じって黒服たちの悲鳴が聞こえる。AKのそれではない、銃声はサブマシンガンの軽快さをたたえた音をしている。レイチェルはおそらく接近戦のみで黒服たちを沈めているのだろう。

(こっちも仕上げに入らないと……)

 最後の閃光弾に火をつけた。柱に背をつけて、床を滑らせるようにして銃声の方角に投げた。

 爆ぜる音。拍手するように2度、3度。一瞬だけ銃声が止む、その間隙を突いて走る。走りながら煙の中にいる影に向け、スコーピオンの射撃を加える。時折撃ち返してくる射撃が、耳元を、肩口を、よぎり。彰が駆ける足元にも着弾する。それでも走る、撃ちまくる。ただひたすらに。

 煙が晴れる。それと共に彰は遮蔽物に飛び込んだ。

 息が切れていた。走っている間中ずっと水か真空の中でも通っていたような心地だった。呼吸する間もなく、己の向かう方角も分からず、ただ照準の先にある影を撃つのみで。

「くそっ」

 立ち上がる。腰がひけて、膝が笑っていた。無様だ、戦うことに慣れていないから明らかに無理がたたっている。

 戦いに赴くのは、これが初めてではない。けれど『BLUE PANTHER』のとき、舞を救出しに行ったときとは明らかに違っていた。今相手にしているのは、黒服たちの中でも親衛隊は慣れた連中だ。ストリートのギャングどもとは違うのだ。

(だけど)

 息を、整える。指を、動かす。ちゃんと体は動くだろうか、銃の撃ち方は忘れていないだろうか。俺はまた恐れてはいないだろうか――これが最後の確認のつもりだった。それを終えれば、あとはもう大丈夫なはずだ。大丈夫にするんだ。

「撃ってこいよ、黒服ども」

 我知らず、呟き、そして。

「8時方向、レイチェル!」

 叫んだ。わざと黒服たちの耳に届くように。何かのサインかと黒服たちが身構え、そのせいで一瞬だけ動作が遅くなる。

 それが狙いだった。

(今っ!)

 サブマシンガンを抱えて突撃する。黒服たちとの距離が縮まり、懐に入り込んだ。

 撃ち尽くす。四方に銃弾をばら撒き、柱の陰にいた黒服たちに9ミリ弾を浴びせた。虚を突かれた黒服たちは総崩れとなり、彰の撃つスコーピオンの餌食となった。撃ち砕かれた黒服たちが、折り重なって倒れ、一気に5人を打ち倒す。

 ひときわ高い銃声がした。

 腹に衝撃を得た。彰から見て左、柱の陰にもう一人、黒服の姿を見る。すぐに拳銃を、彰の頭に向けた。

 また銃声。

 しかし衝撃は訪れず、代わりにの男がゆっくりと倒れ込む。その後ろにレイチェルがコンバットマグナムを構えて立っていた。

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