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監獄街  作者: 俊衛門
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第十五章:6

 トラックが横転して、車内にこもってから30分程経過している。タイヤを打ち抜かれて運転不能となり、そこから5分と経たずに包囲され、反撃の体制を整えるのに3分かけ、そして現在。

「もっと弾ぁねえんかい」

 上から黄が怒鳴ってくる。今、リーシェンと黄は横になったトラックの中に入り、黄が銃口だけ出して包囲する黒服たちにむけて応戦している。その状態で20分以上、持ちこたえていた。AK小銃を四方八方に向けて撃ち、弾をいたづらに消費するも多勢に無勢。徐々に包囲が狭まり、黒服の攻撃は激しくなり、一方でリーシェンの手元にある弾倉は心許なく、弾数は明らかにこちらの方が劣っている。

「もっと考えて撃って下さい。弾だって無限じゃないです」

「うっさい、黙って渡せ」

 黄は撃ちながら、周りの黒服たちに向けて怒鳴った。

「てめえらっすっこんでろ! こっちにゃさっきてめえらの巣に撃ち込んだ10倍の火薬があんだ、踏み込んだらトラックごとふっとばすぞ!」

「はったりかよ」

 ぼそりとリーシェンがごちた言葉が、なぜか黄の耳に入ってしまった。

「おま、何だその言いぐさはよ。弾だけ運ぶっきゃ能のねえ奴が。もたもたしてっと殺されるぞ」

「誰のせいですか、誰の。もたもたは黄の方です、揚動だってのに、あんなはりきって何発も撃ち込んで。ただ逃げてればいいのを追ってくる黒服に挑発みたいに撃ちまくって」

「何だっておめえ」

 掃射する手を休めずに、黄はトラック内にいるリーシェンに怒鳴った。

「おまえこそなんだよ、あんな下手な運転で追いつかれねえって思うのがどうかしてんだよ。ノロノロノロノロ走りやがって、包囲なんて車当てりゃいいのにそれも躊躇してタイヤ撃たれっからこうなってんだろうが」

「誘導するのは黄の仕事でしょう! 最初にそう打ち合わせした、それをあなた、戦闘するのに夢中で」

「張っ付かれたんだから、振り払うのは当たり前だろうが」

「だからあなたが――」

「お前だってんだ、もたつくのはてめえの専売特許だろうが。いつもいつも行動がワンテンポ遅えんだお前は」

「あなたは後先見ないでしょ!」

 銃撃しながら、弾を受け渡ししながら罵りあうという、傍から見れば器用なやり取りをしていると、いよいよもって黒服たちの包囲が狭まってくる。黒服たちは一気に畳みかけるのではなくじわじわと距離を縮め、確実に体力を削ってくる攻め方をする。あるいは黄のはったりを信じているのか、それは定かではないが。

 リーシェンが掴む手が、一瞬空をかいた。弾倉はすでになく、リーシェンは黄に向けて手を交差させた。頭上で掃射する黄の表情がこわばり、やがて諦めたように肩を落とした。

「どうするですか、それで」

 リーシェンが言うと同時にAK小銃が弾切れとなる。黄は銃を放り投げた。

「10倍もねえが、それでも少しぐらいの火薬はある。そいつ、使うしかないな」

 黄の言葉に驚くことはない。やはり、という気がしていた。リーシェンもギャングの端くれだ、そのぐらいの覚悟はある。

「エンジンに、仕掛けますか」

「もうちょい奴らが近づいたら」 

 黄は肩をすくめ、リーシェンはため息をついた。

「最後があなたと心中なんて、ヤですよ、私」

「まあそう言うな。あの世に着いたらおごってやるよ」

「そんなんで騙されるとでも?」

 火薬の入ったパッケージを開けて、粘土ブロックめいたそれを取り出す。トラックのエンジン付近に仕掛けたいところだが、それをやるには外に出なければならない。

「俺が行く」

 黄は爆薬を受け取った。外をうかがいながら飛び出すタイミングをはかる。

 出る瞬間だった。

 いきなり、外の方で爆音が響いた。

「何?」

 リーシェン、もう次の瞬間にはトラックが大破するものと身構えていたので、爆音そのものをトラックの爆破だと勘違いしたが、そうではなかった。

「外で」

 黄は爆薬を抱えてトラックの荷台から飛び降りる寸前で固まっていた。リーシェンはおそるおそる、トラックの荷受け扉を開いて外をうかがう。

 また爆音。トラックから100メートル手前の黒服たちが乗る車が吹っ飛んだ。黒服の何人かが爆風で飛ばされて、もう何人かは応戦してる。彼らが撃つ方向から、オレンジ色の火球が飛び、着弾とともに爆発した。

 リーシェンは運転席側に這い出て、頭半分だけ外に出して様子を伺う。黒服たちの、破壊された車両の向こう。明らかに異様な無骨さを湛えた車体を認める。全体に角張った形、灰色のボディはずんぐりとした低重心で、頭から砲身を突き出させている。その砲が回転し、黒服たちに向けて砲撃を加え、また新たな火の手を上げた。

 リーシェンは目を見張った。その鉄の塊が動き出すと、足下には六輪のタイヤが備わっているのが分かる。見かけの割には俊敏に動くと思った。

「誰か来ている?」

 リーシェンと黄が顔を見合わせる。黄は思い出したようにあっと声を上げた。

「そういや彰が」

「彰が、何です」

「いや来る前に、なんか援軍が来るみたいなこと言ってなかったか」

 そう言われると、そうだったような気がしたが、リーシェンはしかし首を振った。

「イ・ヨウたちは扈蝶についていったよ」

「そっちじゃなくて、援軍だって」

「だからその援軍がイ・ヨウたちなのじゃないですか?」

「だって俺らに言ったじゃんか、援軍来るからって」

 また砲撃。腹に響かせる爆音とともに包囲車の最後の一台を吹っ飛ばした。あわてて二人して頭を引っ込める。破片がトラックに降り懸かり金属同士が甲高く鳴った。おそるおそる、顔を上げると、装甲車はすぐ傍にまで迫っていた。

「ありゃ、連合側の装甲車だぜ」

 黄が忌々しげな顔をして見つめる、車両の上蓋が開き、中から人が出てきた。

「なんか大騒ぎしてっと思えば」

 間延びした声が聞こえる。

「『OROCHI』んとこの、小僧っ子どもか。何してるこんなとこで」

 伸び放題の長髪、頭二つは高い高身長がぬっと現われる。朝鮮訛りの強い口調でその男が言うのに、最初は誰かわからなかった。たっぷり5秒ほど、男の無精髭面を眺めて、ようやくリーシェンは発した。

「えっと、金」

 まさしく北に消えた『STINGER』の筆頭、金とだけ呼ばれて本名不詳のその男が、愉快そうににっと笑ってみせた。

「だいぶ苦戦しているようだな。少ない武装でよくもまあ」

「あんた、《北辺》じゃなかったのかよ」

 と、黄が言う。

「北で、くたばったものかと」

「俺が最初に北に行った目的を忘れたか? 北の連中に援軍を頼みに行ってやって、それで死んだ扱いたあ、ひどくねえか」

 金は含むように笑いを漏らした。装甲車からは、金の捜索にあたっていた、いずれも『OROCHI』の面々が降りてきて、リーシェンはようやくその意味を理解する。

「じゃ、じゃあ北の、なんだかよくわからないけど《北辺》を支配している連中に援軍頼めたんですね?」

「残念ながらそうはならなかった。ただ手みやげにこいつ、買い付けてきたからまあ何も成果がなかったわけじゃない」

 金は装甲車の車体を軽く叩いて見せてから、急に真顔に戻って言った。

「つもる話は後だ。今はどんな状況なんだ? 彰から事前に聞かされた話だと、あいつらヒューイの首を取りに向かったって」

「聞かされている範囲で言うなら、その通りだ」

 黄はなぜか警戒しているかのような目をしている。

「ただ、状況は最悪だ。俺ら囮で市内を引き回っていたけど、本部に攻め込んでいる奴らはじり貧だろな。あんたのとこの遊撃隊もいるみたいだけど、あの人数じゃ」

「なるほど、大方の予想通りだな」

 あまり気負いする風でもなく金はひとりごちた。少し考え込むように、虚空をにらみ、次いでリーシェンたちに向き直ると

「今から奴ら、やりに行くからよ。お前らも乗れよ」

 そう言って装甲車を顎で示した。

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