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監獄街  作者: 俊衛門
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第十五章:4

 粘着質な水たまりを踏みながらすでに30分以上は歩いていた。

 地下通路は、旧補給路を外れてから細い迷路じみた回廊が続いていた。路から路へ、トンネルや隠し扉を抜けながら歩く。右へ左へ曲がり、入り組んだパイプをよじ登ったかと思えばタラップで下る。壁を伝いながらひたすら歩き、しかし全く目的地に近づいている気がしない。

「上でおっ始めたようだな」

 先頭をゆく彰がいう。端末には扈蝶からの通信が入っていた。文面はただ短く、「出」とだけあった。

「急いだ方がいい、上の連中がやられる前に。あとどれくらいで着く?」

「まだかかるよ。近くまでは来ているはずだが」

「なら早く行かないと」

 彰が駆け出そうとするのに、レイチェルが押しとどめた。

「落ち着きなよ。足場が悪いんだから、走れば足を滑らせる。よけいな体力も使う。焦ってもいいことはない」

「あんたはのんびりし過ぎなんだよ」

 彰は半分苛立ちながら言った。

「急ぐことに越したことはないだろうよ。いいから早く」

 左足が流れた。ぬめった水に足を取られて転倒して、無様に尻餅をつくまでに数秒とかからなかった。

「ほら、だから」

 レイチェルが呆れ顔で手をさしのべた。

「危ないって言ったでしょう」

 彰はその手にすがりつき、ようやく立ち上がる。立ち上がる時にまた足を滑らせそうになるが、どうにかこらえた。

「急ぐのと焦るのでは違うよ、彰。少し余裕もって行動しな、気持ちの上でも」

 ずっと手を掴まれたままというのも決まりが悪いので、彰はやんわりとレイチェルの手を払いのける。

「だから無理してついてこなくてもいい、って言ったのに。あんたはこういうことには慣れていないし、そういうタイプでもないし」

「くどいよ、レイチェル」

 彰は再び先頭に立つ。息を整え、気を静めると、サブマシンガンの重みと銃身の冷たさが蘇ってくる。

「俺が行くと決めたんだから、それ以上は」

 レイチェルが後ろでため息をついた、ように聞こえた。

「気になるか?」

 再び前を照らしてレイチェルが言う。

「真田省吾のこと。機械たちに勝ったのは良いが妙な連中が介入してきて、雪久は傷を負い、なぜかその場にいた真田は連れ去られて行方不明と」

 よく拉致される男だとか何とか、レイチェルは広東語でぼやいた。 

「状況がよく見えないな。そもそも真田省吾と雪久がどうしてそこにいたのか。雪久は鉄鬼に見てもらっていたはずだが、どうやって抜け出したんだあいつ」

「あとで見に行った方がいいよ。たぶん、鉄鬼さんのされている。あの血の気の多い雪久を、手負いの力士じゃ抑えきれない」

「反省するよ、そこは。それで真田省吾は、何故?」

「そっちは俺だってわからない」

 あるいは何か別の事情でもあったのだろうか。憶測はいくらでも立てられる、立てられるがしかし。

「今はそのこと、議論している場合じゃない」

「同感だが、それを一番気にしているのはお前のように思えるよ」

「気をつけるよ」

 彰は短く応えた。

 後ろを行くレイチェルが不意に足を止めた。それを受けて彰が上を見上げると、タラップが壁づたいに延びているのを目にする。その先は相も変わらず闇に包まれているが、よくよく目を凝らせば5メートルほど上空、そこに地上へ続くマンホールがあるのがわかった。

 二人して目を見合わせた。彰が頷き、タラップに足をかけた。注意深く昇ってゆき、上蓋を押し上げる。

 目の前に四輪のタイヤがあった。見回すと同じようにタイヤの列が並んでいるのが分かる。

「誰もいないか」

「ばっちりだ」

 彰が地上に這い出ると高級車の群が出迎えた。本部ビルの地下駐車場、レイチェルや胡蝶以外には知らない裏道の一つだという。今、目にしているのは幹部クラスの黒服たちが乗る車だ。

「こんなところがあるなんて」

 彰の後に続いてレイチェルが這い出てくる。銃身の長いAK74を苦労しながら穴から引き出して、外に出ると軽く腰を伸ばした。

「逃げ仰せたのも、裏道のお陰だ。緊急経路は複数、確保してある」

「ヒューイにいくつか見つかっているんじゃないのか?」

「見つかっても良いダミーの隠し通路と、さらにそのダミーを用意してある。本当の経路は分からないようにしてある」

「このマンホールも?」

「シンプルなぐらいが騙しやすいものだよ」

 レイチェルは粘土質のブロックを切り崩し、傍らのプジョーのホイールに詰め込むと信管を差し込む。

「きっかり、5分後だ」

 彰もまたレイチェル同様、プラスチック爆弾を車体の隙間に詰め、信管を取り付ける。高い取引でアラブの商人から仕入れたC4を、慎重な手つきで取り付けて、全ての車に埋め込むと駐車場を出た。

「5分後にセットして、その間に私たちは30階までエレベータで行く。その後は階段しかないから、ヒューイの居場所までひたすら昇りだ」

「どれくらいあるんだよ」

「ざっと12、3階ぐらいは」

 エレベータまでたどり着いたところで、遠く爆音が響く。地下駐車場に仕掛けた爆薬が問題なく作動した証拠だった。これで黒服たちの目は一時的にそらすことが出来る。それでもすべての黒服を欺くことなど出来はしないだろう。

「早く乗って。あまりひきつけられないから」

 そうレイチェルが促したのは、運搬用の小型エレベータだった。彰は身を屈めて、本来ならば物資を詰め込むであろう鉄の箱に収まる。レイチェルも乗り込むと、銃身の長さも相まってほとんど身動きがとれない。

「何でこんなもので行くんだよ」

「こんなものが動いているなんて、誰も思わないだろう」

「これも隠し経路の一つ?」

「そんなところだ」

「恐ろしいな」

 階数表示がなかなか進まないことがじれったく思えた。物資運搬用ならばそれも仕方ないことではあるが。そのせいで少しばかり皮肉めいた響きになってしまったのだろうか。

「上に立つということは、そういうことだ」

 ぽつりとレイチェルがこぼした。密着しているため、ほとんど耳元で囁かれたかのような感覚がした。

「なんて?」

「本当の意味で、真の意味で、部下を信用しないからこんな隠し通路を用意する。いつ謀反を起こされてもいいように、そして実際に役に立った」

「役に立ったならいいじゃないか」

 エレベータが止まり、扉が開いた。彰が先に出て四方に銃口を向け、人の気配がないことを確認するとレイチェルにゴーサインを出す。

「備えあれば憂いなし。こうして生きているのも、ヒューイにやり返すのも、隠し通路が必要、だけど」

 レイチェルが、誰に聞かせる風でもなくつぶやく。

「最後まで使いたくはなかったよ」

 その言葉を、彰は聞こえない振りをした。


 エレベータを降りてから注意深く進み、三区画曲がったところで階段にたどり着く。そこから10階ほど、上らなければならない。

 レイチェルの合図で、彰が先行する。身を低く保ち、階段を上る。ある程度上ったところで体を低く保ち、身を潜めた。ナイフを引き抜き、刃を鏡にして上の様子を見る。

 4人、いた。黒服たちがめいめい、サブマシンガンを手に、次の階にさしかかる階段で待機している。おそらくすべての階にいることだろう、侵入者が必ずこの階段を使うと踏んでのことだ。

(敵の銃はMP5K)

 おそらく世界の警察部隊で一番使用されているサブマシンガン。そんな銃がギャングどもに出回ることなどありえない事と思えた。『黄龍』の資金力故か、それとも。

 彰は簡易ヘッドセットを装着すると、レイチェルも同じように付ける。《南辺》界隈で手に入る簡単な電子部品と単純な回路でもって作成した、彰の手作りだ。近い距離ならば充分にやり取りできる。

 人差し指と親指を交互に突き出し、事前に決めたサインの通りレイチェルに合図を送る。突入の合図を。

 彰が閃光弾を投げ込んだ。黒服たちがそれに気づいたときにはもう遅かった。

 光がはじける。白煙がひとかたまり膨れ、火薬が爆ぜた。黒服たちが一瞬止まる、その一瞬だけで十分だった。 

 彰が飛び出す。サブマシンガンを2連射撃った。防弾を着込んでいる可能性があるので確実に頭だけを狙う。9ミリの弾が二人分の頭蓋骨を貫いたのを受け、さらに奥の方に狙う。

 10連、撃つ。

 黒服たちが倒れる。

 後ろからレイチェルが追いつき、階段に身を伏せて7・62ミリを浴びせた。駆けつけてきた黒服たちの頭部をきっちり三点バーストで撃ち抜いてゆく。AKにバースト機能などないので、おそらく指先で調整しているのだろう。反動の大きいAKシリーズはフルオートで撃つと狙いを定めにくい。

「下がれ」

 レイチェルが短く発した。いつのまにか手にした手榴弾を黒服たちに投げ込む。

 数秒遅れて爆発する。破片が飛び散り、黒服たちの目と肌を引きちぎるのを彰は爆煙越しに確認する。

「行くぞ」

 レイチェルが言うのに、駆け出す。階段を昇り、上から駆け降りてくる黒服たちに次々と銃弾を浴びせ、なおも駆けあがる。彰が先行して戦端を開き、後ろでレイチェルがAKで仕留める、その繰り返しでもって進む。

「この先は」

 3階層ほど上がったところで、彰は弾倉を換えた。フルオートで撃つと、さすがに手が痺れてくる。

「あと10階ほど」

「保つかよ、そこまで」

 後ろに向かって怒鳴ると、上から黒服が3人ほど駆けてくるのを見た。無我夢中で応戦すると、いきなり目の前に影が飛び出してきた。レイチェルが彰の頭上を飛び越え、黒服たちの目の前に躍り出たのだ。

 面食らう彰や黒服たちをよそに、レイチェルが小銃を突き出した。いつのまにかAK74の銃身には銃剣が、それを先頭の男に突き刺し、刺した状態のまま発砲。男が倒れると同時、レイチェルは銃剣を二度、振るう。果たして黒服二人の首と喉元をきっちり刻み込み、声もなく崩れ落ちた。

「保たせるしかないだろう」

 血の付いた銃剣をそのままにレイチェルは銃口を向ける。彰の後方、走ってくる黒服たちに向けて発砲した。

「私とお前で」

「そうかよ」

 階段をさらに駆け降りてくる黒服たちに向けて発砲する。弾倉をつがえてさらに走った。

(ここから先は修羅場)

 上の階には黒服たちが少ない。ほとんどの兵力が下界に集中している今、一気にかけあがってヒューイのもとにたどり着かなければならない。兵が手薄なうちに、仕留める。それまでに。

(間に合うか)

 銃撃を加える。彰が撃つスコーピオンが先頭の集団をうち崩し、AKを撃ちながらレイチェルが銃剣を振るう。目指す階層はあと10階。

 手榴弾を投げた。

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