第十五章:2
各自が銃を取り、散らばった。思い思いにビルの中を徘徊し、それぞれ寝心地の良さそうな場所を求める。見張りを交代でつけながら休み、襲撃部隊の合流を待つこととなった。
彰はサブマシンガンを手にした。チェコ製のVz61スコーピオンの銃身をばらして銃身の清掃と点検を行う。機構の作動、銃身の破損確認。これを怠れば銃弾の詰まりや、ひどいときには暴発を引き起こすものだ。
点検を終えて、銃を元に戻すと、すぐ近くで扈蝶も同じように銃の点検をしていた。こちらは小ぶりのマシンピストルだ。
「あんたも銃は使うんだな」
彰が近づいて言うと、扈蝶は弾倉をつがえながら応える。
「剣だけでは心許ないので」
そう言う扈蝶はUZIピストルを組み付け終えると、サーベルを抜いた。刃の状態を見、わずかな刃こぼれを見つけると砥石を取り出し、刃をとぎはじめた。
「それより、ご苦労だったな今回は」
「あなたから労いの言葉を聞くとは、思いませんでした」
扈蝶は淡々として応じて、刃をとぐ。彰は自分が苦笑しているのに気づいた。
「これでも感謝はしているんだがね。西の連中に協力を取り付けてくれとは言ったけど、なんだっけ。あのバートラッセルとかいう男。あいつってヒューイの側近だろ? そんなところにまで食い込むとはね」
「あの人は、昔から『黄龍』にいましたし。私もあっちにいた時は世話になりましたから」
一本目のサーベルを鞘に収めて、二本目を抜き、扈蝶はとぎに入る。刃が石とこすれる摩擦の音が、静まった空間にはよく響く。
「それにしてもあの男、なんか妙なことを。解放するとかどうとか、何のことだ」
「あの人、息子がいるんですよ」
扈蝶がサーベルを掲げた。ぞっとするほど輝かしい、銀色が薄暗闇でもよく映える。
「何て?」
「息子です。同じ『黄龍』に身をおいていますが、まあともかくその息子と、彼の家族を誘拐して、作戦が終わったら解放する約束です。それまでに何か反抗すれば一家共々水の中、そう言ってありますからおそらくは逆らわないでしょう」
サーベルを納めて、扈蝶はようやく向き直った。
「西にはレイチェル大人に同情的な人はいますし、組織の中でもヒューイに反発するものもいます。バートラッセルさんもそういう中の一人と思っていましたが、あの人は職務に忠実でこっちになびかない。ならば、と思ってちょっとご家族にも協力いただきました」
それが特別な意味を持たないかのように、扈蝶は無表情のまま語る。彰は少しだけ背筋が冷たくなるのを感じた。
「別にそこまでしなくても」
「黒服たちを実質的に指揮しているのはあの人ですから。もちろん、ことが済めばちゃんと解放しますよ。まあもし、決行時になってごねたら、そのときは可愛いお孫さんから沈んでもらうことになりますけど」
本気でそうするつもりだと、言葉の端々から分かる。彰は深く息を吐いた。
「えげつないやり方するもんだな」
「この街に、家族連れで来る方が悪いんですよ。詰めが甘い、《西辺》が比較的治安がいいからといって」
「だが俺は、そんなやり方許可していないが」
「私が許可したんだよ」
と、背後から声が割り込んできた。随分古めかしいAK小銃をひっさげて、腰に手をやりレイチェルは見下ろすような格好で言う。
「バートラッセルの家族の居場所を伝えて、拉致するようにってね」
「何でまたそんなこと……」
「決まっている。私たちはギャングだ、このぐらいのこと当たり前だろう。それとも」
まるでそのものが疑念であるかのように、レイチェルは目を眇めた。
「それとも、そういうやり方は許せないとでも?」
そう問われてしまえば、彰は言葉に詰まってしまう。
「許可なくやられたら困るって、そういうことだ」
彰は目を逸らした。それ以上レイチェルとは目を合わせてはいられない。
「作戦自体に障りがあれば、困るから」
「まあそういうことにしておこう」
レイチェルは肩をすくめた。
「バートラッセルには、とりあえずは決行時に、黒服たちはあさっての方向に召集させるよう言ってある。他の拠点からの援軍は、市内の協力者たちのおかげで大分遅れるはずだ。ただそれでも、本部には数人残っているだろう、奴の親衛隊が」
「そいつは俺と、あんたで沈める」
彰は扈蝶の方に向き直った。
「で、扈蝶。以前に言ってあるとおり、お前は別働隊を率いて正面からぶつかってくれ。イ・ヨウたち《南辺》の襲撃部隊は裏口から侵入。その間に俺とレイチェルは本部に忍び込む。すべてシミュレートした通りだ」
扈蝶は頷き、その顔に緊張が走っているのがうかがえる。これほど大掛かりな作戦は、『黄龍』の時にも経験はなかったのだろう、だがその顔に恐れの色はない。
「扈蝶、お前も休んでいろ。何せ一人で西を這いずり回っていたわけだから、疲れただろうに」
彰の物言いに、扈蝶は意外なものでも見たように目を瞠った。
「何か、労っているような言い方ですね」
「労っているんだが」
彰は苦笑いして頭をかいた。
扈蝶や、他の者達が寝静まった後、彰は屋上へと出た。地下への入り口となるビルは決して背が高くないが、それでも《西辺》のきらびやかな夜を一望するには足りる――ネオンサイン、享楽の歓楽街は売春窟とカジノ、その合間合間に存在する闇を縫って、『黄龍』が息づく。黒服も、黄を身に着けた私服どもも、全てがそこに潜み、そのもの全てが敵である。《西辺》を見渡し、その巨大さを実感するほど、敵の強大さも見えてくる。
(それでもやるしかない、か)
煙草を投げ捨てた。コンクリートにぱっと赤い火花が散るのを見届けて立ち上がろうとする。
「あまり感心しないな、こういう真似は」
後ろからレイチェルの、あからさまに不機嫌そうな声が降ってきた。見れば彰が捨てたばかりの吸殻を手にしている。
「ポイ捨て禁止ってか。自分の街を汚されるのは嫌だとか」
「それもあるけど、無用心だってこと。どこから足がつくか分からない、私達は隠密行動をしているのだから、わずかなことにも気を配らないと」
「気をつけるよ」
彰は吸殻を受け取った。火はすでに消えていた。
「それで、何か問題でも?」
レイチェルは彰の隣に腰を下ろして、同じように街の明かりを眺める格好になる。
「問題なんて別に」
「さっき、目が泳いでいたよ。機械たちを倒したって言ったとき、少しだけ質問されただろう。そのとき言いよどんだ」
この女は……などと悪態をつきそうになるのをこらえ、彰は深く息を吐く。
「何だって姉御には誤魔化しが利かないのかな」
「長い付き合いだ。分かるところだって増えてくる」
「いやそんなに長くないし」
観念して彰は両手を振り上げた。すべて降参、という意味で。
「ここには私とお前しかいない。もし言いづらいことならば、無理に話すことはない、が……」
レイチェルはそこで彰の目を見て、
「何か心に引っかかっているようなら、命を落としかねない。戦う前の気の迷いは、禁物だ」
「迷いってわけじゃないよ」
もう一本煙草に火を点けようとして、しかし思いとどまり、一度くわえたそれを元に戻した。
「機械を倒したのも確か。襲撃部隊にはけが人もなく、ユジンたちもまあ……無事と言えば無事。クォン・ソンギがやられて、韓留賢は重傷。それでも勝ちは勝ち。ただ」
「ただ、何だ」
「いや、これは言いづらいとかじゃなくてさ」
彰は意を決して、口にした。
「ちょっとね、話がややこしいことになってきた」