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監獄街  作者: 俊衛門
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第十五章:1

 成海に幾筋か通る、路がある――『夜光路』、『鳳凰路』、『天江路』は《南辺》と《西辺》、《東辺》を三角に結び、そこを通って各、隣の街へと移動できる。もっとも、再びそこを通って帰ることが出来るかどうかの保証はない。特に南から西へと行って戻るものは、そうはいない。南から東へ、あるいは西から東へ赴いたものは、戻ることがないというのがこの街の常だ。

 またここを通ることが出来るだろうか――彰は車の外を眺めながら思った。西辺まであと数キロという地点になって、腹の具合が悪くなったり、変に口の中が乾いたり、背中に冷たい汗を感じたりと、そうしたものすべてが、近づく場所が死地であることを示している。死地だとわかっているならば、また戻れるかなどと愚にもつかないことを考えるはずはないのだが、それでも人間という者は勝手だ。覚悟を何度決めたとしても、何度でも揺らぐものだ。

「緊張しているのか」

 隣に座るレイチェルが言った。

「そう見えるかい?」

 彰はため息混じりに言った。

「こんな暗い車内で、顔もわからないのに」

「呼吸を聞いていれば、わかるよ。そんな詰まりそうな声していると」

 レイチェルが言ったと同時、車体ががくんと上下した。彰は体勢を崩して、レイチェルの肩とぶつかる。暗がりの中で他の者たちも同じように、隣の人間とぶつかったり壁に頭を打ったりしていた。

 今、彰たちがいるのはトラックの荷台だった。軍用のトラックで、紛争中に使用されたもの。ただし軍用独特の濃緑に塗れた幌は張り替え、車体の色も白く塗りつぶして見た目には民間の輸送用と変わらなく改変してある。南から西へ出向くのに、軍用のものはあまりに目立ちすぎる。

 トラックには、襲撃部隊が12人ほど詰めている。レイチェルと彰が選んだ、『黄龍』と『OROCHI』のなかでも精鋭に属するものたち。この後、南に残した部隊も、孔翔虎たちを片付けたらすぐに《西辺》入りをすることになっている。

「リラックスしろ、とは言わないが」

 レイチェルが小声で言った。

「あまり緊張しているようだと、動きも悪くなる。それにみんなにも伝染する、恐怖が」

「そんなことは分かっている、が……」

 息を吐き出して、抱え込んだサブマシンガンの銃身に手を添えた。鉄の冷たさを感じているうちは、まだ心が落ち着く気がする。これが熱く焼けるときは否が応でも戦場。落ち着く暇も恐怖する暇もなくなる。

 トラックがカーブを曲がるのにあわせて全員身体を傾けた。舗装された道路からはずれたことを表すように、車体が小刻みに上下し、振動が直に伝わってくると、いよいよ路地に入ったとわかる。もうすぐ、目的の場所だと知れた。

 車が停まったのを受けて、彰が指示を飛ばす。めいめい立ち上がり車から飛び出し、最後に彰とレイチェルがトラックを降りた。

 出迎える廃ビル――《南辺》ではありふれた石の牙城だが、《西辺》ではあまり見かけないものだった。整備された西の街並みにはそぐわない、ここは西でもかなりはずれの方だった。

「ここだけ見れば」

 彰はつと、レイチェルの方に向き直る。

「《西辺》って感じはあまりしないな」

「これから西の醍醐味を、イヤでも味わうことになる。そうだろう?」

 レイチェルはそう言って、暗がりの方に目を向けた。彰以下全員が同じように向き直ると、二本差しのサーベルと都市迷彩のズボンが見える。その人物が暗がりから歩み寄ると、段々と全体像が明らかとなる――剛性繊維のジャケットを羽織り、その下には袖無しの旗袍チーパオを着込む。上半身はいわゆるチャイナドレスと呼ばれるもので、それに都市迷彩の軍服を組み合わせた、なんともちぐはぐな格好に思われた。

 そんな服装に身を包んだ扈蝶は、ふてくされたような顔をして彰たちを出迎える。

「ご苦労だったな、扈蝶」

「いえ……」

 扈蝶は憮然とした口調で応えた。どうにも機嫌が悪いようだった。連と共同して機械たちを捜索させ、それが終わったら単身、《西辺》へと向かわせ、工作を行わせた。思えば休む暇もなかっただろう、ずっと奔走していたのだから。

(そりゃ、機嫌も悪くなるか)

 などと、他人事のように考える。

「大変だったでしょう、一人で西を回るのは。いくら慣れた土地だからって、ここは広いし」

 一方、レイチェルは扈蝶に労うような言葉をかける。扈蝶は幾分、表情を和らげた。

「このぐらいは何でもありません。レイチェル大人のためならば」

「そう。でも無理はしないで。私にとっては、西の覇権を取り戻すことよりも、残った皆の方が大事だから」

 レイチェルが微笑みかけ、扈蝶は気恥ずかしそうにうつむき、彰はといえば苦笑を禁じ得ない。どちらもひどい変わり身の早さだ、と。

「それで」

 彰はもう一人、扈蝶の後ろにいる人物に声をかけた。

「あんたがもう一人の協力者か」

 『黄龍』の黒服と同じ、スーツに身を固めた初老の男。名前はすでに、扈蝶からの連絡で知っていた。

「ミスタ・バートラッセル、あんたの方から扈蝶に協力を申し出たと聞いたときには驚いたよ。本部付けの、今じゃヒューイの側近みたいなものだって聞いたけど」

「側近というわけじゃないが、まあ」

 バートラッセル、ぶっきらぼうでどことなく覇気のない風ではあったがスーツの着こなしだけなら紳士だった。レイチェルがいた頃の『黄龍』では黒服たちの取りまとめをしていたが、それは今でも変わらないらしい。

「それで、私は何をすればいいんだ?」 

 バートラッセルが訊くのに、彰はビルの奥を指さした。その先には何もない闇が広がっている。

「あんたら『黄龍』も把握していると思うけど、成海に地下経路が巡っていること」

「一応はな。細かいところまでは、知らんが」

 バートラッセルは本気でどうでもいいという風情だった。

「細かいところなんてどうでもいい。俺たちの攻撃はその地下経路を使うんだけど……」

「地下、使うのですか」

 扈蝶がいきなり口を挟んだ。邪魔されて少し、彰は気分が悪くなる。

「はいそこ、質問なら後で受けるが」

「ご、ごめんなさい。でも私、聞かされていなくて」

「そりゃ作戦そのものは南で伝えたから。お前さんには、後で言うつもりだったんだけど」

 ちらりとレイチェルの顔を見たが、レイチェルは特に関心を払う風でもない。説明したければすればいい、というように軽く顎でしゃくっただけだった。

 彰は息を吐いた。

「あのトラックは、ここから先は囮として機能してもらう。俺たち本隊は地下経路を伝って、本部ビル近くまで行き、地下から仕掛ける」

「あのトラックだけで、囮なんて」

 とリーシェン。若干不安そうな面もちだった。戦闘に慣れていないこの少年には、黄と組んで市街の黒服たちの攪乱を命じてある。

「心配することはない。少し遅れるが、お前たちのとこに援軍を寄越すから……それで、ミスタ・バートラッセル。あなたにやってもらいたいのはそんなに多くない、このときに黒服どもを寄せ付けず、ただ奴らに偽の情報を流してもらいたい。俺たちの襲撃ポイントをずらし、黒服どもを別の場所に誘導してもらう。これだけでいい」

「その程度造作もないが……」

 バートラッセルが扈蝶、そしてレイチェルを鋭い目で交互に見据えた。一定時間、ねめつけて、最後に彰の方を向く。

「あんた等に協力するのは、その時だけだからな」

「ええ、それで良いです」

 と扈蝶。薄い笑みを浮かべ、バートラッセルを見据えた。

「ちゃんと協力していただければ、レイチェル大人が戻った暁にはあなたにそれなりのポストを」

「そんなものどうでもいい。ちゃんと解放するんだろうな」

 バートラッセルが低い声で凄んだ。一瞬、バートラッセルの姿が何倍にも膨れあがったように錯覚した。この小柄な、背中を丸めた男のどこに、そんな気迫がこもっていたのか。恫喝するわけでもないのに、妙な迫力がある。

「もちろん、ちゃんと仕事をして頂ければ親子そろってお返しします。仕事をして頂ければね、少しでも変な動きを見せたら。分かりますね」

 扈蝶はそう言って笑いかけ、バートラッセルは忌々しそうに唇を噛みしめる。レイチェルは冷めた目で見つめ、彰の方は全くやりとりが見えず、首を傾げるしかない。

 全員トラックから降りると、武器弾薬、糧食やら寝袋やらを下ろした。今夜一晩は廃ビルの中に泊まり、翌朝には地下経路を伝って本部周辺まで行く。

「じゃあ、頼んだよ。リーシェン、黄」

「任しな」

 トラックの助手席側で黄が親指を突っ立てて言った。

「あいつらをひっかき回せばいいんだろ、そういうの得意だから」

「ひっかき回す言って、あまり調子に乗ってやるとそのままやられるです。あくまで陽動です、私たち」

 運転席にいるリーシェンが嘆息して言う。ハンドルにもたれ掛かるようにしていた。

「黄はいっつもいつも、特攻するから。疲れます、ホント」

「んだよ、気が滅入る奴だな。そんなこと分かってんだよ」

「本当に分かってるですかねえ……」

「ああ? なんつったてめえ」

 放っておけばそのままおっぱじめそうだったので、彰は慌てて黄を止めた。

「まあ、やり方は任せるから。思いっきり暴れてくれればいい、ただし無理はするなよ。相手は黒服なんだから」 

 この二人を組ませたのは間違いだったか……そう思ったが、黄と組ませられる人間などリーシェンぐらいしかいない。

 トラックを見送った後、彰は全員に休むようにと告げた。

「南からの援軍を待つ」

 めいめい、腰を下ろした一同を彰は見回す。少々疲労の色が見えていた。

「さきほどイ・ヨウから連絡が入った。機械どもをやったそうだ」

 彰が告げると、皆がざわめいた。疲れ切った空気が一瞬だけ引き締まる感じまでして、活力が戻ったようになる。

「これから動ける奴だけ、こっちに向かうそうだ。連中と合流したら、作戦決行。囮が動いたらこっちも動く……なんだ」

 一番奥の男が手を挙げているのを、彰は見つけた。確か『黄龍』の生き残りで、シナ人系のドイツ人だったはずだ。

「襲撃部隊の損害はどうだったんだ? 何人こっちにこれるんだ」

 質問の内容は、果たして予期していたものだが、彰はそれでもため息を禁じ得ない。ありのまま、報告のまま、こいつらに話すことは得策なのか、と――すぐに、思い直す。伝えるべき情報と伝えるべきでない情報を選別する。

「それに関しては、俺も詳しく知らない。全員こっちに来る訳じゃない、ということだけ言っておく。イ・ヨウから詳しく聞いてくれ」

 彰は全体を見渡した。

「決行まで各自、身体を休めてくれ。以上だ」

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