表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
監獄街  作者: 俊衛門
25/349

第三章:2

 二人は地上に出た。

 最初に省吾が案内された、地下補給基地へ続く階段。その通路がある廃ビルの中に舞い戻ったのだ。

 ずっと地下にいたためか、崩落した壁の隙間から差し込む光も眩しく感じる。

「《放棄地区》を出るまで、案内するわ。不発弾が危ないし」

 そう言ってビルの二つしかない出入り口の一つ――東側の通用口から外に出た。

 その時。

「待て」

 100メートルほど歩き、その場で省吾は立ち止まった。先を行くユジンに、声をかける。

「何かおかしい」

「え? 何が」

 ユジンは首を傾げる。

「何が……ってなんとなく」

 言葉では表せなかった。ただ、来た時と空気が違った。鋭い冷気が肌をなぞるような、身体の芯が凍りつく感覚が省吾を襲う。

 省吾はこの感覚を知っている。彼自身、渡り歩いた幾つもの死地。そこには必ず、この空気が現出していた。

「伏せろ!」

 省吾は駆けだしていた。その勢いのままユジンを押し倒す。

「え、ちょっとなに……」

 当惑するユジンの鼻先を


 銃弾がかすめた。


 倒れこむ、二つの影に降り注ぐ鉛の雨。

 規則的な連射(フルオート)の銃声がいくつも重なり、不協和音を奏でる。銃火が空を飛び交い、弾丸が地面に刺さるたびにぱっと土煙をあげた。

 省吾は耳を澄ませて銃口の位置を探る。視覚には頼れない。頭をもたげようものなら頭蓋は破壊され、脳を撒き散らすことになるだろう。

「こっちだ。ついて来い」

 ユジンに告げ、自らは匍匐前進で銃弾から逃れる。

 10メートルほど進んだところに戦車が廃棄されていた。敵の予測位置とは反対の影に身を潜めた。

「青豹どもめ……」

 ぎりっと唇をかむ。戦車の影から様子を伺った。

「敵は、おそらく10人。得物はSMG(サブ・マシンガン)だな、どうやら」

「なんで、ここがばれたの?」

 ユジンは狼狽している。

「そりゃお前の家を突き止めるくらいだしな。100人いればそのぐらいは可能だろう」

「でも、ここは《放棄地区》よ。簡単に足を踏み入れられるところじゃ……」

「甘めえよ。これを見な」

 足元の土を掬って、ユジンに見せた。

 やわらかい、水分を含んだそれはどうみても掘り起こしたあとの土である。

「ご苦労なこった。いちいち地面をかきわけながら歩いたんだろうよ」

「そんな……どうやって」

「でかいスポンサーがついていると見た」

 不発弾の探索など、専用の機器がなければ出来ない芸当である。街のギャングにそれほどの設備があるとは思えない。それを準備できるとなれば、その後ろ盾はよほど強力なものである。

「厄介だ」

 と省吾は呟く。

 不利な状況だ。二人とも武器はない。徒手の心得はあるが、これだけの間合いを取られたら成す術はない。懐につめる前に撃たれるであろう。

 「どうしようもないな……」

 頭を抱える省吾に、ユジンは円筒状の物体を差し出した。

 「なんだよこれは」

 「覚えている? 雪久との戦いで彰が出したもの」

 「それってまさか」

 黒い紙を幾重にも巻きつけ、ビニールテープで固定してある。上部からは導火線が伸びていた。おそらく、中は火薬とマグネシウムが詰まっているのであろう。

「閃光弾か」

「私たちは緊急用に一つずつ持っているわ。これを敵の方に投げて。ひるんだ隙に基地に戻りましょう」

 「ナイスアイディアだ。だが一つ気になるのだが、「戻る」ってのには俺も含まれているのか?」

「当然よ」

 ユジンは声を殺している。

「奴ら、あなたも狙っている。それは分かるでしょ?」

 ごくり、と唾を飲み込んだ。確かに、自分に降りかかる殺意を感じ取ることが出来たからこそ、初弾をかわすことが出来たのだ。

「仕方ない。で、どうやって使うんだ」

「まあ、任せて。これを……あっ」

 ユジンが突然、声を上げた。

「どうした」

「……火を忘れた」

 こんな状況であるにも関わらず、脱力を禁じえない。

 張り詰めた緊張の糸が解け、省吾は盛大なため息をついた。

「あのなあ……」

 がっくりと肩を落とす。

「ごめん、出かけにライター置いてきちゃった」

 片目をつぶって舌をちょん、と出すユジンを見ると怒る気にもならなかった。

「……もういい、ちょっと貸せ」

 ユジンから閃光弾をもぎ取り、頭上に掲げた。

 戦車の、ちょうど砲台のあたりから導火線だけを敵に晒す。

(うまく当たるか……)

 そのままの体勢でいると。

 ちゅん、という音がした。銃弾が空を切り裂く音だ。

 その弾は導火線に触れ、着弾熱によって火がついた。

「どうやら、向こうにはいいスナイパーがいるようだな」

ちりちりと導火線は火花を散らす。それを思い切り、敵のいると思しき箇所に向かって、

投げた。

 3秒後。ぱん、という火薬の爆ぜる音。その後、複数人の叫び声が聞こえた。成功である。

「行くぞ。奴らが視力を取り戻す前に中に入るんだ」

 省吾は走った。ユジンもそれに続く。

 敵方は撃ってこない。マグネシウムの光に当てられ、目も開けられない、と言う状況だろうか。その隙に一気に走り去ればとりあえずは安心である。

 ビルの入り口まで駆け、省吾は中に転がり込んだ。

「よし、あとは……」

 地下まで行けば、と口を開いた瞬間ユジンがいないことに気がついた。

「おい、どこに行ったんだよ」

 まさか、と思い外を見やる。

 戦車からビルまでのちょうど中間地点、ユジンが倒れていた。足から血を流している。どうやら、いち早く回復した敵の一人に撃たれたようだ。

「ユジン!」

 省吾は叫んだ。後方から銃声が単発で、再び聞こえ始めたのだ。ユジンの周りに、一つ、二つと着弾する。ユジンはというと、なんとか立ち上がろうとするたびに転ぶ。赤い水溜りが、徐々に拡がっていった。

(奴ら回復してきた)

 自分で経験したから分かる。彰の閃光弾を浴び、完全に視力を取り戻すまでに約2分。それまでに駆け込む必要があった。だが

(ここに来てとんだアクシデントだな)

 徐々に、銃声が増えてくる。

 ふと、ある考えが頭に浮かんだ。

――放っておけばいい。

 もともと、望んでユジンと関わったわけではない。勝手に自分を助け、勝手に引っ張りまわした。そんな女を助けて自分に何の益があろうか、と。

――所詮は、赤の他人だ。

 自分が生きることだけを考えればいい。今までそうして来た。確かに恩人ではあるが、そのために自分を危険にさらす理由にはならない。

――そう、放っておけば……

 一瞬、背を向けた。だが。

「……ちっ」

 なにかが、省吾の心の奥底で疼いた。ほんの些細な戸惑い。それが省吾を踏みとどまらせた。

(放っときゃいいんだって、あんな女!)

 自分に言い聞かせるも、足が逃げることを拒んでいるかのように動かない。

 「くっそ、面倒くせえな!」

 体を向きなおした。だっと駆けだし、ユジンの元に向かう。降り注ぐ銃火の中に、省吾は身を投じた。



「ジョーか? ケネスだ」

 ケネス・コリーは電話をかけた。

 右の肩にVz61を担いでいる。別名、「スコーピオン」。小型、軽量のチェコ製SMGである。

『見つけたか』

 電話口からジョーの声がする。平静を装っているがやや興奮気味の声だ。

「西方、旧陸軍基地跡だ。朴 留陣の姿を確認した」

()ったのか?』

「いや、すまん、仕損じた。あと一歩のところで奴らどっかのビルに入り込んだ」

『ふん、まあいい』

 ジョーは落ち着いている。

「どうする? 追撃するか?」

『いや、今すぐ各分隊に連絡して一気に攻め落とす。それまでお前らは待機していろ』

「分かった。ああ、それからジョー」

 ケネスは、にやりと笑った。

「一緒にいた男が、例の傷の男だった。“クロッキー・カンパニー”の格好じゃねえけど、お前の言ったとおりの風貌だったぜ」

『そうか』

 電話の向こうで、ジョーも笑っている。その様子をケネスは容易に想像できた。

『やはりいたか……『疵面(スカーフェイス)』め』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ