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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:37

 左から、飛び込む。剣先が走り、切り裂いた。

 雪久、一歩前に出た。かかる剣を鉄パイプで抑え、そのまま剣表面をなぞるように、鉄パイプを剣の鍔元まで押し込める。それだけで孔飛慈の剣を封じ、同時に雪久自身も孔飛慈の懐に飛び込むことが出来る。

 孔飛慈は離脱しようとする。それより早く雪久は手を出す。孔飛慈の膝裏に自らの足を差し入れ、左腕を少女の首にあてがう。体を押し込めるに、孔飛慈の体を転倒せしめた。

 すぐさま立ち上がる、孔飛慈。剣を振り上げ、三連、切り上げた。雪久は鉄パイプで防ぎ、防ぎながら距離を取る。

 跳躍した、孔飛慈。勢いそのままに、体を回転させるように切った。避け損ね、雪久は額を切り裂かれる。さらに前、孔飛慈が刺し貫いた。

 剣が、迫る。先端が、まっすぐ喉に向かう。そんな全てを、雪久はぼんやりとした視線で見据える。なにがしかそれで慄き、恐怖するというわけではなく、ただその剣が到達する先を見届けてやろうという気分だった。

 剣が届く直前、身をひねった。左足を軸に、体を転回すると、雪久は孔飛慈の右側面に回り込む形となる。体は、少女の細い肩を抱くほどに密着させる。

 孔飛慈が肘打ちを食らわせる。雪久はやんわりとその肘を受け止める。受けた状態のまま雪久、孔飛慈の脇に体を入れ込み、脚を払いながら肩で押した。バランスを崩して孔飛慈は体を崩す。崩れたところ、雪久が鉄パイプを打ちつける。少女の右手を打ち、孔飛慈は剣を落とした。

「まだやるか」

 雪久は落ちた長穂剣を踏みつけ、鉄パイプを突きつけた。高揚や興奮もなく、自分でも驚くほど冷静な声だと思った。

「やるさ」

 武器を落とした孔飛慈は、もはや笑っていない。完全に殺意をむき出しにしている。

「あんたツブすまではっ」

 やおら、孔飛慈駆けた。3メートル離れた箇所から飛び込み、跳躍した。

「らああっ!」

 飛び、廻し蹴りを打った。空中でしなやかに脚が伸びた。雪久の顔面に伸びるのに、慌てて身をひく。が、かわしきれず、つま先を顎に受けた。

 脳が揺さぶられた。雪久の全身を衝撃が伝播した。よろけ、後ろに倒れそうになるのをなんとか堪える。

 その隙に、孔飛慈は剣を拾い上げた。すぐさま振りかぶり、雪久に切りつける。雪久が鉄パイプで受けるに、剣と鉄が十字に噛み合い、競り合った。

「しぶといね、あんたも」

 間近に迫る少女の顔は、歪んでいた。

「とっととくたばっちまえばいいのに」

 険しく、凄惨で、なおかつ危うい線の細さを残した幼さを宿す。孔飛慈はいきり立ち、激高していた。

「そうまでして生き延びたいかよ」

「そうだ」

 雪久は身を沈めた。右肩で孔飛慈に体当たりし、その場から離れた。5歩ほど離れたところで足を止め、右半身に構える。鉄パイプをだらりと下げ、まるで力まない無構えに近いものだった。

「生き延びようともしなかった、貴様にゃ分からないだろうがな」

「まだそれを言うか!」

 威嚇するように歯を剥いた形相で、孔飛慈がうめいた。

 しばらくにらみ合っていた。孔飛慈の方から、じりじりと間を詰めてもなお動かぬというように、雪久は膠着し、構えをつくったまま対峙した。それでも気は、気だけは張りつめ、いつ動くとも知れない己が身を、奮い立たせた。

 もはや自分のみだった。この場にいるのは、雪久ただ一人という感覚。正確には、自分の腕が届く領域には自分一人で、対岸を隔てた場所に孔飛慈の姿がある。自己の領域以外の場所は河か海であり、それを飛び越え、領域に踏み込むものに対しては、迎撃するのみ。

「せあっ!」

 踏み込んだ、一つの影をとらえた。雪久の領域に踏み込み、剣がその制空圏内に入った。

 雪久は身をよじった。前進しつつ、剣を捌き、鉄パイプで剣を抑え込む。そのまま肩を、孔飛慈の身に接触させる。

 孔飛慈が離れようとした。雪久は左腕を少女の首に絡ませた。足をかけ、孔飛慈の体を巻き込むように、引き落とす。たったそれだけで孔飛慈の体は転倒する。孔飛慈は忌々しく唇を噛み、飛び起きた。

(使えるには使える、八卦掌) 

 もっとも、レイチェル・リーの拳は色々と混ざっている。太極拳や合気、武器術は北派も修めている。大陸の武術は何でも混ぜるものだと言っていたが、雪久はそうしたレイチェルのオリジナルと化した八卦掌を修得させられそうになった。

 ただ、八卦掌は雪久の性にはあわない。独特の歩法で捌き、相手の上下を崩して投げる、合理的なのは分かるがストレスが溜まる拳だ――少なくとも雪久には。『千里眼』で捌き、直接殴った方が遙かに効果的であるような気がしていた。

 だが、事こういう事態になったのならば、悔しいがこの拳に頼らざるを得ない。

(左目は、少しは見える……問題は腕か)

 こちらの方が、より深刻だった。おそらく骨折といってもひびが入った程度。だが左手首はすでに二倍ほどに腫れていて、今こうしている間も痛みを主張する。必死に頭から痛覚を追い出そうとつとめたが、無駄だった。脂汗が首と額を伝い、腕が焼けるような心地がする。

 今は、まだ良い。殴ることはおろか掴むことも出来ないので、腕をあてがう方法を取っている。しかしこれから先はどうか、この方法でいつまで続くだろうか。

(だから武術ってのはまどろっこしくて)

 鉄パイプを構えた。左手を後ろに引き、右半身となる。孔飛慈は剣を構えたまま動かない。

 たまにはこちらから攻めてみよう。

 その瞬間、雪久は走った。いきなり迫られた孔飛慈は狼狽しながら剣を切りつけた。

 鉄パイプをかざす。剣に触れる。そのまま下まで引き落とした。体をねじるほど強く振り、剣を弾くというよりも軌道を逸らす。そういう風に。

 勢いそのまま踏み込む。孔飛慈は手首を返して剣を突く。それより早く、雪久は懐に入り、孔飛慈の胸に体当たりした。密着し、左腕で孔飛慈の顎を押し上げ、上体のバランスを崩す。のけぞり、危うく倒れそうになる体を戻しながら、孔飛慈は踏みとどまった。

「くそったれ」

 孔飛慈は雪久を肩で押しのけ、自らは離脱する。剣先を向けたまま、中段を保持したまま。射抜きそうな目をして、等しく雪久を見据えていた。

「さっさとくたばれば良いものを」

 孔飛慈が呪いでもかかったみたいな、熱のこもった声を出す。

「どうせ長くも生きられないくせによ」

 雪久は鉄パイプを、下段に提げた。いつでも動けるように、腰を落とした。

「あんたも、あたしも。あそこで生まれたからには」

「その少ない命を」

 雪久は、左足に加重した。右半身を、やや前に出す。

「無駄にしているのが貴様等というわけか」

 そう告げた瞬間、孔飛慈の目が変わった。見開き、すべての憎悪の対象であるかのように鋭さを帯びた。

 跳躍した。孔飛慈の体が舞い、回転をつけて剣を斜めに切り閃いた。

 雪久も飛び込む。鉄パイプを突き出す。剣が、鉄に弾かれ、剣先が流れた。

 鉄パイプを逆手に持ち替え、すくい上げるように打った。孔飛慈が逃れる、3歩も4歩も距離を取った。

 いきなり、孔飛慈は剣を投げつけた。剣穂を握り、剣を振り回して勢いをつけての投擲だった。

 剣が飛ぶ、雪久の腿を傷つけた。刃先が肉を切り、雪久は膝をついた。

 剣穂を手繰る。孔飛慈は再び剣を持つ。地面に崩れた雪久に向けて剣激を浴びせた。

 切り裂いた。雪久の胸に、浅く傷がつけられる。皮膚を、裂き、赤い線が生まれ、数秒遅れて血が吹き出た。

 傷を押さえる、雪久。前かがみになった。孔飛慈の前に雪久が後頭部を差し出す格好になった。

「さああぁっ!」

 孔飛慈が突き下ろした。剣を直下に突き立て、雪久の後頭部をねらった。

 間一髪、雪久逃れる。立ち上がり、剣を逃れた。刃が耳元を通過し、雪久はその刃に戦慄しながらも、後ろに下がる。

(右足、やられた)

 雪久は壁際まで下がり、再び駆けだした。傷はそれほど深くはないが、少しでも力めば痛みがいや増すようだった。

(まだいけるか)

 足よりも、左手の方が問題だ。このまま放置すれば、手を動かすこともままならなくなるかもしれない。そうでなくとも痛みは、どうあっても引く気配はなかった。

(次で決めるか――決まるか)

 飛び込む。雪久、鉄パイプを前につきだした。剣の――孔飛慈の間合いに入った。

 剣が掛かる。孔飛慈が突き上げた。刃が雪久の領域に侵入した。

 雪久、身を開く。剣をやり過ごす。かかる刃は、目の前を通過する。

 すかさず孔飛慈は剣を横薙ぎに転じた。剣が首もとに襲い来るのに、雪久は鉄パイプで防ぐ。そのまま鉄を滑らせ、剣を封じた。

 身を低くする。孔飛慈の懐に飛び込む。そうはさせじと、孔飛慈が膝蹴りを放つ。膝頭が雪久の腹を打ち、胃を圧迫した。

 足を止めた。雪久はたまらず体を折った。そのまま倒れそうになる己の体を、どうにかして元に戻す。

 長穂剣の三連撃。刺突が三つに分かれ、同時に雪久に襲い来る。下がりながら応じ、避けるが、避けきれず。雪久は頬と肩を順当に傷つけた。

(まだまだ……)

 雪久は前にでた。鉄パイプをかざし、孔飛慈めがけて突きこんだ。剣と交差し、互いに互いの軌道を逸らし、果たして剣は雪久の、鉄パイプは孔飛慈の頬を、同時にかすめた。

(まだ終わらせない)

 勢いづき、互いの体が近づく。雪久はそれに合わせるように、孔飛慈の体に身を寄せる。

 左腕を孔飛慈の脇に差し挟んだ。体を密着させ、孔飛慈の腕の下に潜り込む。孔飛慈が狼狽するにも関わらず、雪久はさらに深く――もはや抱きついているといっても過言ではないほど近く、体を接した。

「ふっ」

 体重を預けた。同時に、少女の足を払った。孔飛慈の体が傾き、後頭部から地面に落ちる。ごつんと鈍い音を立て、孔飛慈の頭部が地面を叩いた。その頭めがけて、雪久。鉄パイプを打ち下した。

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