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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:31

(予想はしていたが)

 省吾は再び対する。契木は石突の方まで目一杯握り、鎖は棒と一緒に握りこんで左半身のまま正眼につけた。

(簡単には届かせてはくれない……)

 意識しないつもりではあった。けれど、どうしても普通の人間を相手にするのとは違うのだと、思わされる。

 今の一撃は腕を潰すに足る一撃だった。相手が生身ならば、分胴で骨ごと潰せたはずだった。そうでないという事実が、どうあっても相手が機械であると証明していた。自分が対峙しているものが圧倒的に異質であることを、嫌でも思い知らされる。

 やはり、機械だ。動きも、作りも。丈夫さと機動力が段違い。

 それが、事実。普通の人間ではない。

 だから何だというのだ。

「せやぁあああ!」

 叫ぶ、走る、契木を振りかぶる。孔翔虎が動くより先に、鎖を振り抜いた。孔翔虎が首を傾け、分銅を避けた。

 契木を返す。石突で突いた。

 手刀が差し出された。鉄の腕が、省吾の突きを弾く。省吾は契木を持ち換え、左右に二連、打ちつけた。カーボンの棒、孔翔虎の掌、互いに交わり、ぶつかり、弾けた。

 省吾は棒の本体と分銅、交互に叩きつけた。振り出し、突き込み、打ち込む杖と錘は、全て鉄の手に阻まれた。掌と蟷螂手で捌き、肘で防ぎつつ、孔翔虎は間隙を縫うように拳を差し出す。鉄を叩く度に掌が痺れ、その痺れを忘れるために省吾はさらに打った。

 どちらが攻め、どちらが防いでいるのか、もはや判別のつきようもなかった。ただ夢中で、省吾は振るった。もしここで手を止めてしまえば、そこで終わってしまう。そんな懸念があった。止まってはいけない、ここで仕留めるか、せめて倒さなければならない。そうでなければ、恐怖が再び支配してしまう。圧力に押しつぶされてしまう。それではダメだ、俺はここで折れてはいけないんだ。折れぬためには手を出すしかない――

(手を出すしかっ)

 踏み出す。左半身に切り返し、石突を突き出す。相手に体を預ける要領で、剣に体重を乗せた突きを放った。

 孔翔虎が手を伸ばす。省吾の突いた杖を、なんと先端が届くより先に掴み取った。

 いきなりのことで狼狽した。省吾は杖をもぎ取ろうと引っ張った瞬間、孔翔虎は呼吸を合わせるように、杖を押し込む。引く力に押す力が加わり、省吾は杖を持ったまま後ろに飛ばされる。

 無様に尻餅をついたところに、低空の蹴りが襲いかかる。慌てて飛び起きるのに、頬を孔翔虎の斧刃脚がかすめる。立ち上がったところ鉄の鞭打が縦横走った。危うい間で、省吾は孔翔虎の拳を捌き、かわし、間合いを切った。

 省吾は契木を正面に構える。鎖は棒と一緒に握り、中段にとる。

(さっきから下がってばかり)

 孔翔虎が半歩前に出る。近づけば、それだけ孔翔虎の拳を、意識せざるを得ない。圧力が歩みより、まるで山が動くかのような気配をまとっていた。

 また一歩、にじり寄る、孔翔虎。省吾は半歩、後ずさる。

(下がるな)

 そう、言い聞かせた。自分を奮い立たせ、あるいは自分を戒めるためだった。

(下がれば負ける)

 臆しているのか、自分は。目の前の男に、機械の拳に。だから下がってしまう。そんな自分を情けなく思いつつも、しかしそんな自己嫌悪などは後でやれば良いこと。今は目の前のこの男を、倒すことだけ考えれば良いんだ。余計なことは考えるな。

(倒さなければ)

 契木を右脇に構えた。自らの身を晒し、得物は半身に隠す。決死の構えと言えた。

 前に、出る。少しずつ間を詰める。一歩ずつ、死に近づいてゆく気配がする。だが臆するな、下がるなと。何遍も言い聞かせる。

 心臓の音が、聞こえた。汗が首筋に流れた。背中が凍り付き、ざわめき、ささくれる不快感を、かみ殺した。

 どちらが先に動いたのかわからない。孔翔虎が踏み込み、省吾が契木を打ち込んだ。

 分銅がうなる、孔翔虎の横面。捉える直前、孔翔虎が崩錘で弾き落とし、前進する。

 震脚。それとともに拳。省吾、迎え討つ――杖を繰り付け、石突で拳を押さえ、軌道を逸らした。拳が流れた隙に、突きを放った。

 突端が、孔翔虎の喉に伸びる。

 首をひねる、孔翔虎。直前にかわされる。石突が孔翔虎の人造皮膚を削り取る。

 巨体が迫る。杖の間を殺し、体ごと孔翔虎が割り込んでくる。踏み込み、肘を突き出した。

 胸に、頂肘が刺さる。強烈な圧が胸骨を押し、衝撃が肺を潰した。喉の奥が勝手に鳴り、空気と血とが同時にこみ上げた。

「がっ……」

 うめき、後退する。体を折り、痛みに震える腹を抱えた。体内に鉛を詰め込まれたような鈍い痛みを覚えた。すさまじく苦く、血の味を口中に広げた。

 再び孔翔虎、左の崩拳。機械の圧力そのままに、まさしく体そのものをぶつけるような突きが襲った。

 杖で受ける。棒の本身が大きくたわむ。省吾が下がった、瞬間孔翔虎の体当たり。省吾の胸を打ち、飛ばされた。

(くそっ)

 こらえた。省吾はただ気力だけで持ちこたえる。震える膝に力を入れ、すくむ筋肉に拳を打ちつける。己の意志とは別に、根を上げそうになる脚に力を戻そうと、した。そうでもしなければ、その場で崩れ落ちてしまいそうだった。

 踏み込む、同時に。孔翔虎が低く飛び込み、省吾は鎖の側を横に振り抜いた。分銅と拳が交わり、鉄同士が堅い音を打ち鳴らした。さらに踏み込む――二人して、その先にある敵の一番弱いところに手を伸ばした。杖と肘がかみ合い、押しつけあって、また離れる。この間2秒。

 伸びる、杖の端。突き出す、拳。互いに互いをやり過ごし、分銅を弾く拳、掌を繰り付ける杖が、交わっては離れてを繰り返す。速さが、上回り、鎖と腕が交錯し、杖と拳がかち合う。

 その間も省吾は耐えていた。圧力と切れ味、すべてにおいて圧倒する、孔翔虎という存在に呑み込まれそうになるのを、省吾は気力で押しとどめた。

 間合いの遠さではこちらの方が有利だった。だというのに、なぜこの男はこんなにも不安にさせるのか? かかる拳は、機械であるということを差し引いても、非常な脅威をはらみ、殺気を放っている。何気なく差し出される速い拳、鋭さを帯びた掌、重い体から繰り出される肘に、打ちつける分銅は弾かれ、杖は押し戻された。手応えのない岩をただひたすら打ちつけているようなものだ、空しささえ、ある。

(どうあがいても力の差)

 孔翔虎の蹴りが伸びる。眼前、靴の裏を見る、0・5秒。のしかかる、鉄の脚。襲いかかる、蹴りがうなる。

 首を傾ける。一寸差、かわす。蹴りが頬を擦り、摩擦で肌を焼く。耳元で空気が弾ける。

(おまけに、生身より強い体)

 踏み出す、前。孔翔虎の首めがけて石突を差し出した。

(ダメなのか、やはり)

 手刀。省吾の突きを、孔翔虎の左手が弾く。そのまま孔翔虎の手が、蟷螂手に変化する。指をすぼめた形のまま、孔翔虎が突きを放つ。

(畜生っ)

 離れる、省吾。突きをやり過ごす。前髪に触れた機械の突き、顔を空気の塊が、叩いた。

 踏み出す、孔翔虎。省吾は分銅を打ち据えた。 

 孔翔虎、難なく分銅を打ち払う。省吾は石突を返し、突いた。

 首筋。孔翔虎の喉を捉える、直前。孔翔虎が体を開いた。果たして突きは流れ、省吾はバランスを崩した。

「しまっ――」

 体勢を整えようとした、瞬間。孔翔虎が腕を振り上げるのを見た。右の手を五指を折り曲げた形に、熊の手につくり、振り下ろした。

 咄嗟に受ける。衝撃で契木が大きくたわむ。カーボン製でなければ、杖は呆気なく折れていたと思われた。

 手を、孔翔虎に掴まれる。暴れる省吾の腕を極め、手首をひねる。関節が軋み、思わず声を漏らす。

 孔翔虎はそのまま、省吾の体を地面に引きずり倒した。省吾はうつぶせになり、地面に押し付けられる格好となる。上を見上げると、孔翔虎が省吾を踏みつけようとするところだった。

「離れろっ!」

 声がした。省吾の頭上を、影が通過する。影は長尺の棍を振りかざし、孔翔虎の手を打ち払い、飛び蹴り気味に体当たりを繰り出す。それと同時に、省吾の拘束が解けた。

 省吾は立ち上がると、その影たる人物が孔翔虎に閃光弾を投げつけるのを見た。

 白い光。弾け飛ぶ音響が耳を衝いた。目の中に光が飛び込み、網膜の裏を焼いた。一瞬、自分の立ち居地が分からなくなる。

 何者かに手を引かれた。煙に飲まれるより先に手を引っ張られて、路地に連れ込まれた。

「無駄に突っ込んでも仕方ないでしょ」

 路地に逃げ込んだあと、手を離し、影の主は省吾に向き直る。視界が戻り、ようやく省吾は強く問いつめるその主を見た。

「勇気と無謀は違うものよ、省吾。あなたなら、その辺はわかっていると思ったけど」

 ユジンは語気を荒げてなじる。心底納得がゆかないという、不快さを表すような表情をして。

「無茶をして、それで死んだらどうするつもり?」

「お前が言っても、あまり説得力はないような気が――」

 省吾の言葉を待たずして、いきなりユジンは省吾の胸倉を掴み、引き寄せた。整った顔が迫るのに、省吾は思わず目を背けた。

「これでも私、結構苛ついてるの。何でか分かる? 今まで雲隠れしていたくせに、人を寄越して警告だとか何とかいって、いざ現れたと思ったら人を無視して勝手に立ち向かって。省吾、どういうつもりなのかしらね?」

 そんなことを言われては返す言葉もない。何とか誤魔化すための文句を考えていると、ユジンは省吾の襟を離した。

「まあ、それはあとで。とにかく、今はあの機械倒すよ。あなたと、私で」

「馬鹿お前、あれだけのダメージ負ってまだやるつもりか」

 言い終わらぬうちにユジンが飛び出した。孔翔虎は、すぐそこまで来ていた。走りながらユジン、棍を水平に打ちつける。孔翔虎が下がったところ、棍を体側で旋回して縦に打ち据えた。

 孔翔虎が防いだ。左腕。蟷螂手が棍を絡め取った。

 省吾が飛び出す、契木の石突を握り、孔翔虎の右手側に向けて分銅を振り抜いた。六角の錘が孔翔虎の横面を捉える、巨体がわずかにぐらつく。

 二人、離れる。省吾とユジン並び立ち、孔翔虎に対した。孔翔虎の左のこめかみに、わずかに打ちつけた痕が残っている。分銅をまともに食らったとはいえ、それだけでは大した傷にはならないだろう。しかし孔翔虎は忌々しげに、右面を撫でた。

「倒すなら二人。省吾は私に遅れをとるなんてこと、ないでしょ? それで、今までの分をチャラにしてあげる」

 ユジンは左半身に棍を取る。目は、孔翔虎の方を向く。こんな状況であるのに、ユジンは口元にかすかに笑みをたたえている、ように見えた。

「やるならば、確かに」

 省吾は契木を脇に構えた。鎖を杖本体に沿わせ、一緒に握り込む。右手は石突に、左手は杖に添えて。

 同時に動いた。合図をしたわけではない。だが互いが互いの呼吸を読み、計ったようなタイミングで、二人して飛び込んだ。

 孔翔虎、踏み込む。ユジンが棍をしごき、省吾が分銅を振り抜く。拳が棍と分銅を弾き、孔翔虎が沖錘を放つのに、省吾とユジンは左右に分かれた。孔翔虎の、正面に省吾、後方にユジン、それぞれついた。

「応っ!」

 叫び、奮い立たせる。分銅を担ぎ、降り出す。ユジンが向かい、棍を突き出す。孔翔虎の拳が躍る。二の衝撃が一つとぶつかり、弾け、大きく爆ぜる。

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