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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:29

 唐突に孔飛慈が走った。剣を突き出し、雪久に刺突する。雪久が左のバトンで剣先を弾くのに、孔飛慈さらに、2度、突いた。上体をしならせ、雪久は、バトンを構えながら、のらりくらりと剣をやり過ごす。爛々と輝く『千里眼』が、剣を見据え、かかる剣先に高揚感を覚えつつ、ステップを踏むように刺突をかわした。

「だから急くなって、孔飛慈」

 避けながら、雪久は笑いをこぼした。

「ここじゃ何だ。場所を変えて――」

 そんな雪久の言葉を、剣先がかき消した。刃が伸び、喉と水月、眼球に連続して突き込まれた。突き刺す剣がしなり、銀色をきらめかせる。

 刺突する直前、雪久は首をひねり、半身に切り、かわす。肉に届くぎりぎりを見極め、剣身に己が身を掠らせるように、わざと危ういタイミングで合わせた。

 孔飛慈が突き込んでくるのを、雪久は軽い足取りでかわす。こちらが手を出さずとも勝手にいきり立ち、剣を振り回す孔飛慈の姿を視界に捉えながら、雪久は避け続ける。

 孔飛慈、横に斬った。仰け反り、雪久は刃をかわす。喉元を通り過ぎる剣を半眼で見送った。その勢いのまま後方に反り返し、跳躍し、宙空で回る。後方に回りながら、雪久は剣の間合いから逃れた。

「なかなか調子は良いじゃんか」

 雪久はわざとあざけるような声を出す。そうすればますます孔飛慈はムキになって剣を振るう。届かせようと必死に突き込む様子がやけにおかしく、雪久は笑いを漏らす。

 走った。雪久は剣をやり過ごしながら手頃な廃墟に飛び込む。そのまま後退し、壁際にわざと追いつめられたふりをして、孔飛慈を誘い出す。雪久、バトンを右手に構えて、対峙した。右半身。

 孔飛慈が突っ込んできた。剣を突き刺す、それに合わせるように雪久はバトンを突き出した。

 剣先とバトンの先が触れる。直線の軌道が互いに交わり、剣の方がわずかに逸れた。雪久はバトンを剣の表面に滑らせ、懐に入り込む。バトンを中心に割り込ませることによって剣を封じ、そのまま間合いを潰した。孔飛慈が驚いた顔で見やる、その顔面にバトンを叩き込んだ。

 わずかに逸れる、紙一重。孔飛慈が下がるのに、振り下ろしたバトンは少女の頬を捉え損ね、流れた。投げたもう一本のバトンを回収しておけば良かったと思いつつ、雪久はさらに追う。孔飛慈が剣を切りつけるのを、バトンで弾き、防ぎながら剣の間合いに踏み込んだ。

 剣が伸びた。まっすぐ、喉に。剣と右手が一体になっているかのような突きを放つ。

 雪久はバトンを剣に接触させた。弾くのではなくそこに置きにゆくように、そっと。ほとんど抵抗なく、剣先とバトンが触れる。

 剣身にバトンを沿わせた。すると直線の軌道を描いた剣が、横に流れた。そのままバトンで剣を、上から押さえつけた。孔飛慈が下がろうとするのに、雪久は開いている手で少女の腕を取り、引き寄せる。引き寄せながら、バトンを叩きつけた。

 鈍い感触。バトンが孔飛慈の顎を穿ち、孔飛慈の顔が跳ね上げられる。もう一度叩きつけようと、雪久、バトンを振り上げるのに、孔飛慈は雪久に足払いをかける。雪久が足をもつれさせた隙に、孔翔虎が斬りつける。雪久は剣を避けるべく、間合いの外に逃げた。

(なるほど、攻脈線か)

 何となく分かった気がする。雪久の右手にあるバトンと、孔飛慈の剣とを一本の線で結ぶ。攻撃をするならば剣でしかなく、その剣が点で攻めてくるのを、こちらも点でぶつければ剣は左右に逸れる。剣の腹にバトンを接触させながら攻めれば、間合いを潰しなおかつ剣を封じることが出来る。線で制するという訳だ。

(全くの無駄ではないな、姉御の稽古も)

 加えて、『千里眼』がある。前回は訳も分からないまま対峙したが、改めて左目で動きを観れば、まるで捉えられない動きでもない。前は少し、気が動転していただけだ。元々出来ないわけじゃないんだ。

(未熟だと)

 誰が未熟なものか。俺はあんたの指示など受けずとも十分、やれる。そんな思いが顔に出たのか、孔飛慈は気味悪そうに顔をしかめた。

「何にやついてんだよ、気色悪いね」

「まあ良いだろうよ。久しぶりだからさ」

 雪久は余裕を見せつけるように、歯を見せた。果たして孔飛慈の顔は、不快感に彩られる。

「そうかい。こっちは結構苛ついてんだけどね」

 言うと、孔飛慈は剣を水平に構えた。

「悪いけど、あんたはムカついてしょうがない」

 孔飛慈が駆けた、瞬間を見計らい、雪久はバトンを投げつけた。孔飛慈の足下に向けて投げられたそれは、トンファーの形状も相まってブーメランのように回転し、飛ぶ。

 バトンが、孔飛慈の両足に絡まった。勢いを殺され、孔飛慈がつんのめったところに、雪久は拳をフック気味に叩きつけた。

 雪久の左拳が、孔飛慈の頬を捉える。孔飛慈の体が傾いだところに、右拳。胴に打ち付け、孔飛慈が体を折った。

 孔飛慈、無我夢中で剣を振り回した。刃をかわしながら雪久はバトンを拾い上げ、孔飛慈の背後に回る。孔飛慈が振り向き、斬りつけてくるのに、雪久のバトンが防ぐ。防いだ瞬間、雪久の左拳が唸る。正確なストレートが、少女の顔をみたび叩いた。

 距離を取った。孔飛慈は後ろに飛び、剣を構える。何が起こったか分からないという風情だった。

 雪久は自らの手を見つめる。拳を握り、開き、指を動かしても手に痛みはない。砂鉄を詰め込んだグローブは、思いの外効果を発揮してくれているようだ。

 孔飛慈が再び剣を振るう。踏み込み、剣の間合いに入ると、脇から斬り上げ、手首を返して横薙に斬り、突き込む。一連の動作が一呼吸で成された。雪久は軽いフットワークで飛び跳ねながら避け、剣先が雪久の前髪を切った。

 雪久が踏み込む。眼前に剣が迫る。雪久はバトンを跳ね上げ、剣を弾くとともに懐に入る。左肩を沈め、身を低く、飛び込む。 

 左拳を真上に突き上げた。ボクシングでいうところのアッパーカット、孔飛慈の顎を狙う。紙一重孔飛慈は避けるが、避けた勢いで仰け反った。すかさず雪久は右のバトンを切り返す。手中で回し、勢いをつけて叩きつけた。孔飛慈はとっさに剣で防いだ、瞬間。雪久が右から左にバトンを持ち変えた。バトンの先端を持ち、グリップ部分をハンマーよろしく打ち下ろした。

 孔飛慈のこめかみを打つ。少女の顔が、大きく弾かれた。雪久は再びバトンを右に持ち替えると、突きに転じる。バトンの先が少女の喉に埋まり、堅い手応えを得た。

 孔飛慈が下がる。雪久が追う。バトンを回転させ、叩きつけようとするのに、孔飛慈の剣が降り懸かる。刺突する剣を弾き、抑え、巻き上げつつ、雪久は間合いを詰めた。

 やおら、孔飛慈の蹴りが襲った。予期せず目の前に靴の踵が差し出される。あわてて雪久は仰け反りかわすのに、間髪入れずにもう一撃。少女のつま先が雪久の顎を掠った。脳が揺さぶられ、一瞬だけ足下が崩れる。そこに、孔飛慈が踏み込んだ。

 横に閃いた。長穂剣が伸びやかに斬り込まれ、雪久の首に届いた。間一髪、雪久はバトンで防ぐ。ポリカーボンのバトンに刃が食い込む。

 無我夢中で、雪久は前蹴りを放った。少女の堅い腹を蹴り込み、反動で後ろに下がる。孔飛慈、逃すまいと一定の間を保ち、剣を突き出した。

「はっ!」

 気勢とともに、突き込まれる。剣先が眼前に迫る。雪久は首を傾け刃をやり過ごし、そのまま横に飛び、剣の間合いから逃れた。さらに孔飛慈が追ってくる。雪久は壁を背にする。

 孔飛慈、構えを取る。間を詰めながら手首を返し、刺突の体勢に入る。

 孔飛慈が刺突する。それと同時に、雪久は飛び上がった。壁の凹凸を足がかりに、高く舞い上がる。跳躍し、孔飛慈の頭を飛び越えた。

 着地と同時、孔飛慈が振り向いた瞬間。左の裏拳を叩き込む。孔飛慈の頬を打ち、少女の体が傾いだ。すかさずバトンを振りかぶり、打ち据える。バトンの先が孔飛慈の首を穿つ。

「調子に乗んな、半端もの」

 孔飛慈がうめいた。いきり立ち、踏み出して、剣を突き刺すのに、まっすぐ切っ先が雪久の顔に伸びた。眼球に突き立つ直前、首を傾ける。刃が頬を傷つける。

「あんたみたいのにやられてたまるか」

 孔飛慈、剣を返し、連続で突くのに、雪久は危うい距離で避ける。前髪を散らし、皮膚に刻みつけ、衣服の端を切った。

「あんたなんかにっ!」

 孔飛慈が切りつけると同時。雪久が踏み込んだ。バトンで剣を抑えつけながら懐に入り、前足に体重を乗せ、左拳を見舞った。

 めきりと、何かが潰れる音がして、拳に確かな手応えを得る。孔飛慈は顔を仰け反らせ、たたらを振んで後退した。

「この間は調子出なかったからなあ、下らん説教のせいだったのかもしれないけど」

 孔飛慈が顔を向ける。散々叩いたわりには、綺麗な顔立ちをしていると思った。出血も打撲痕も残らない、そもそもが血の通わない機械だ。どれほど叩いても響かない。

 だが、それはあくまでも外側の話だ。堅い殻に包まれた柔らかい脳は、どれほど外が頑丈であっても、生身は生身。そこに揺さぶりをかけてやれば、いずれは脳にも影響が出る。それがどれぐらいか、あと何回叩けば効き目が出るのか。

(見物だ)

 ほくそ笑み、雪久はバトンを手中で回転させ、いった。

「今日は絶好調みたいだからよ、お前と遊んでやれる。この間みたいに退屈させることはないぜ、孔飛慈」

「そうかい。確かにこの間と違うみたい、だけど」

 孔飛慈は口元を拭った。血や唾が出ているわけではない、おそらくは癖のようなものなのだろう。

「なんだろうね。今日はあんたと遊びたいって気分じゃない。ひたすら叩き潰してやりたいよ」

「そう思うか?」

 半歩、間を詰める。双方ともに。

「あのお嬢ちゃんほどには楽しみたくないね。半端もの相手に、さっさと終わらせてさっ」

 孔飛慈が跳ぶ。剣を斬りつける。数歩、繰り出し、一足で間を越え、剣先を走らせた。

 見据える、『千里眼』の走査線上。剣が捉える先を、正確に読みとる。喉元を切る直前、雪久は上体を仰け反らせ、その反動で剣先を蹴り上げた。剣が流れた瞬間、雪久体を戻し、孔飛慈の懐に入った。

 バトンを振る。水平に。向かう先、狙う箇所は、孔飛慈のこめかみ。トンファーがうなりを上げた。

 防いだ。孔飛慈、とっさに左腕で顔面を守る。打ち込みを阻み、バトンは少女の細腕に食い込む。

 孔飛慈が最大限苦痛で顔をゆがませる――痛みなど感じないかもしれないのに、雪久には苦痛さであるように見えた。痛みを内包し、隠したもの。それでも隠しきれない何かをかみ締めた顔だ。

 踏み込んだ。身をかがめた、孔飛慈。脚に力をためた。

 蹴り込む、孔飛慈。右脚が廻し蹴りを描いた。空間ごと刈り取る、鎌のような一撃。雪久は後ろに捌きつつ、蹴りを避ける。鼻先をつま先が通過し、熱を受ける。

 孔飛慈は剣を振り抜いた。縦横に回転させ、無茶苦茶に剣を振り回す。雪久は一気に離れ、一足で剣の間合いの外に逃れた。

「つれないこと言うなよ」

 右手にトンファー、左手は握り込み、片目の紅をそのままに、笑う。和馬雪久は、高ぶっていた。

「ユジンよりは、お前を満足させてやれるぜ。今日の俺なら、もっとあんたを悦ばせてやれる」

 バトンを振りかぶる。孔飛慈に向かう。孔飛慈の剣が襲いかかるのを弾き落とし、雪久は跳んだ。

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