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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:27

 闇の中で、息を潜めた。頭上ではコンクリートの破片が降り注ぎ、絶えず鉄を叩く音がしていた。それが鳴り止んでもしばらくは、そのままでいた。

 外が静かになったのを見計らって、ユジンは頭上の天版をはねのけた。上にコンクリートが乗っているのか、うまく押し上げることが出来なかったが、そこはどうにかして這い上がる。下水の、淀んだ空気に代わって砂埃にまみれた外の空気を吸い込む。

(やったの?)

 下水道から這い出して、ユジンは周囲を見回した。至る所、瓦礫が広がっている。まだ砂埃が舞い上がり、そこにビルがあったことを伺わせるものは何もないとしても、一つ建物を潰した証拠としてただの破片と化したコンクリートが広がっている。

 爆破地点は、ただ闇雲に選んだわけではない。彰が提示した条件は、地下経路の真上であることだった。地下経路が通っている場所で、爆破後にタイミング良く地下に逃げ込めるような場所。もし爆破しても、ユジンたちが巻き込まれては意味がない。そういった意味でも賭けだった。逃げ遅れたら、ビルの下敷きになっていたのかもしれない、そう考えればうまく逃げ込めたといえる。地下経路でなく下水道ではあったが。

「大丈夫ですか」

 後ろに連が立っていた。連は足をくじいたのか、クォン・ソンギに肩を支えられている。そのクォン・ソンギも、立っているのがやっとという呈だった。

(もし、あのときクォン・ソンギが来てくれなければ)

 遊撃隊と襲撃部隊は、ビルの周りには近づかないという決まりだった。言うまでもなく、爆破に巻き込まれないためだ。彰が遊撃隊に遠慮していたのか、それとも単純に戦力を削りたくないがためか。しかし、この男は来た。あえて、危険を省みず。

「助かったわ」

 そう言うと、クォン・ソンギは嘲るように鼻を鳴らし、

「貸しだぞ。それよりも」

 クォン・ソンギが眺める、瓦礫の山をユジンも見る。砂煙は、大分収まっていた。

「やったのか?」

「分からないよ。普通に考えれば、ビル一つ分の重みに耐えられるとは思えないけど」

 それでも構えを崩さず、砂煙を見つめた。このまま何もなければ、あの二人の遺体を回収しなければならない。少しでも息があれば、とどめを刺さなければならない。だけど、出来ればこれで終わりにしたい。終わっていて欲しい。祈るような気分だった。

(何もなければ――)

 瞬間、煙の中に、銀色の閃光が走るのを見た。光が、ユジンの首をかすめ、背後のクォン・ソンギの元に届いた。

 振り向く。クォン・ソンギの胸に、剣が突き立っているのが見えた。長い剣穂が伸びた、長穂剣。クォン・ソンギは自分の身に降り懸かったことが理解出来ないというように、目を見開き、一声も発することなく倒れた。

「なっ……」

 隣にいた連が呆気にとられていた。心底、信じられないという表情だった。その連が、煙の間から忌々しい白い衣が現れるのを見たとき、ますます表情を堅くさせた。

「確かにビル一つ潰されては、危ないところだ」

 ユジンが振り向いた先。孔翔虎が悠然と立っている。ところどころ衣が擦り切れ、破けた皮膚から機械部分を覗かせてはいるが、全く今の発破でダメージを受けた風でもなく、変わらぬ姿をしている。

「ったく、結構気に入ってたんだけど、この服」

 連の前には、孔飛慈が立っている。やはり、どこかしらダメージを負った風ではない。

 声を失った。ビルをまるまる一つ吹っ飛ばしても、この二人にはまるで利いていない。いかに機械の体が頑丈だとしても、ここまで耐えられるものなのか、そうなれば打つ手などないではないか!

「そんな」

 ユジンはその場でヘたり込んだ。今まで我慢していたもの、張りつめた緊張が一気に崩れ落ち、忘れようとつとめていた苦痛と疲労が今更のように蘇ってきた。今立とうとしても、もう不可能であるように思われた。それぐらい、衝撃を受けている。

「いいセンだったんけどねー」

 孔飛慈は汚れた服を気にするように襟を引っ張り言った。

「でも、あんたらの手なんてみんな透けてるから。いきなりだったら、まあやばかったかもしれないけどさ。まあ、惜しかったってことで」

 言い終わらないうちに、連が立ち上がった。

「この……」

 フードの下で、恐ろしく形相をゆがませ、連は睨みつけた。クォン・ソンギの胸に突き立った剣を抜き、連は剣を構える。

「なあに、どうすんのさ。お嬢ちゃん」

 孔飛慈が挑発するように言う。連は剣を諸手で持った。

「よくもっ」

 いきり立ち、連は孔飛慈に向かった。振りかぶり、剣そのものを叩きつけるように、切りつける。剣が届く、直前。孔飛慈の蹴りが連の胴に突き刺さった。連が体を折った。

「人のモンを勝手にさわるなよ」

 倒れ伏す連をよそに、孔飛慈は剣を拾い上げた。胴を打たれた連は、うずくまったまま動かない。

「さて、まだやるのかい?」

 剣を向け、孔飛慈が笑う。ユジンはどうにかして立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

(どうして)

 手は尽くした。最大限、使える戦力を全てぶつけ、どうすれば一番効果的にダメージを負わせるか考えた。死力を尽くし、犠牲も払い、自らの命を差し出す覚悟でさえいた。それでも。

(どうしてっ)

 立てない。新たに立ち向かう力はない。どうあっても勝てない、絶望とか悲観などを感じることも出来ないほど、打ちひしがれていた。

 どうしてこれほどやってもダメなの? 無力なのは最初から分かっていたが、持てる力を出してもまるでかすりもしない。私はどうして、こんなことでさえ、うまく出来ないの――

哥哥にいさん、こいつ私がヤっちゃっていい?」

 孔飛慈、剣を振り回し、刃に染み着いたクォン・ソンギの血を払った。

「虚仮されたっから、ちょーっとムカついちゃってんだよねえ」

「好きにすれば良い」

 孔翔虎はもう、ユジンに対する興味など失せたかのようにはき捨てた。

「もう終わりだ」

 孔飛慈はそれを受け、剣を振りかぶった。剣先が、ユジンの喉に向いている。

「じゃあ、遠慮なく。悪いね、でも結構楽しかったよ」

 ユジンはもう、抵抗する気力もなかった。剣先を見上げて、これから殺されるのだとぼんやりと思った。刃が肉を貫き、気道を潰して脊椎に抜ける。それで全てが終わる。

「お祈りはいらない? じゃあ遠慮なく」

 終わる?

 こんなところで、ここで死ぬのか? 何の価値も示せずに。

(終わるなんて――)

 剣先が降り懸かった。刺突する直前、ユジンが棍を跳ね上げた。剣先が逸れたところに、ユジンは棍を突き出し、そのまま孔飛慈にもたれかかるように、体を密着させる。

「な、この」

 孔飛慈は慌てて身を引こうとするが、ユジンは抱きつくような格好で身を寄せる。見てくれはともかく、剣の間合いを潰すもっとも効果的な方法だ。

「離せ、バカ」

 言うと、孔飛慈はユジンの腰に手を回した。足を払い、腰を跳ね上げ投げ飛ばした。

「往生際が悪いね。終わりだっつってんのに」

 地面に伏したユジンを、呆れたように孔飛慈が見下ろす。ユジンは棍を杖代わりにして立ち上がった。

「終わりなんて」

 息を、切らし。声を、枯らし。苦痛を、刻まれても尚。立ち上がろうとした。神経を、必死に巡らせようとしていた。

 終わりになんて、出来るわけがなかった。何一つとして、達っしていない。一矢報いることもなく、このままむざむざ殺されてたまるか。

(殺されてなど)

 膝が笑う、目がかすむ。もうどうあっても動きそうもない四肢を、無理にでも奮い立たせる。懇願する。お願いだから立って、戦って。ここで倒れないで。

(もう少しだけでも!) 

 孔飛慈が剣を差し出した。ユジンは棍を構えようとした。膝が落ちるのに、もう一度立ち上がり、しかしどうあっても立ち上がることが出来ない。

 孔飛慈が剣を突いた、瞬間。横から何かが飛んできた。

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