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監獄街  作者: 俊衛門
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第二章:11

「真田さんって、意外と筋肉質ですね」

 背中に鍼を打ちながら、孫は感心したように言った。

「線は細いけど、背筋とか肩とか。よく鍛えられてますよ」

「お前が貧弱なだけだろ」

 省吾の治療には3日ほどかかった。鍼による治療と併せ、骨接ぎによる肋骨の修復。孫の相棒の李という男はその道に通じており、省吾の砕けた骨を治療した。荒っぽい治療ゆえ何度か声を上げてしまったが。

「食料の確保が大変なんで。少し栄養失調気味なんですよ」

 医者の不養生ってやつですね、と孫は笑った。

「難民の食糧事情なんてどこも同じだ。だからこんなチームつくって強盗やらやってんだろ」

「僕はそういうのには参加しないんです。あくまで皆の治療に専念するだけです。収入は、他のところで得ます」

「鍼灸院やっているらしいな。アジア人の商売なんてうまく行くはずもないだろ」

 焼け跡から店を構え、商売を始めたアジア人もいるがそのほとんどは失敗に終わる。アジア人に対する差別感情から、それらの店はことごとく白人の襲撃に遭い、潰されることが多いのだ。

「まあ、確かに何度か襲われましたが」

 そう言って舌を出した。

「でも、雪久さんのお陰で何度か救われたんですよ」

「あ? 何であの白髪野郎が出てくんだ……」

「俺らが警護して、代わりに怪我治してもらっている。理想的なビジネスだろ?」

 戸口から、第三者の声がした。


 声の主は雪久だった。

 壁に寄りかかり、腕を組んでいる。にやにやと笑いながらガムを噛んでいた。

 傍らにはシナ人だろうか、長髪の少年がいた。赤い髪を肩までたらし、細い目で省吾を見据える。その手には六尺ほどの槍を携えていた。

「何の用だ」

「ここは俺の城だ。どこにいようと俺の勝手だろ」

 省吾は身を起こした。だが、

 突如鋭い気を感じ、踏みとどまった。

「そのほうが良い。ヤンの槍ははずさないからな」

 その切っ先は省吾のわき腹を狙っている。燕と呼ばれた少年は槍を水平にして、いつでも突ける体勢を作っていた。

 距離にして二歩あまり。この間合いで槍をはずすのは至難の業だ。

「そのままにしてりゃ何もしねえよ。ただ、ちょいとばかし込み入った話になりそうだからな……孫」

 雪久に言われるまでもなかった。孫は商売道具をしまい、いそいそと救護室を後にした。

 孫が出て行った後の救護室に、重苦しい沈黙が流れる。

「俺が憎いか?」

 雪久は省吾の向かいのベッドの縁に寄りかかった。

「……ああ」

「やっぱあれか? 機械が憎くて、この「眼」が憎いのか?」

「それもあるが、今はお前そのものが嫌いだ」

 じろりと睨みつける。

「どこが?」

「まず、先生を侮辱した。難民を馬鹿にした。ついでにその髪も気に食わんな。なんだ、銀って」

「結構気に入ってんだけどなぁ」

 雪久は自分の髪を引っ張ったり撫でたりした。

「さっさと用件を言え」

「まあ、そう構えんなって」

「できない相談だ」

 省吾は敵意を崩さない。なにしろ、目の前の男は3日前に殺し合いを演じた相手だ。

「とりあえず聞きなよ」

 雪久はベッドに腰掛けると

「これを見てみ」

 懐から一枚の写真を取り出すのに、省吾は写真を見た。


 男が血まみれになって、手に杭を打ち込まれて壁張り付けられている。腹から血を流しているその人物に、省吾は見覚えがあった。

「こいつは……」

「お前とユジンに恥をかかされ、見せしめの(にえ)となった。組織の元NO.3、ジューク・フリードだ」

「ふーん、生贄って豚で代用が効くんだな。ところでこいつ、ダイエットでもしたんか? ずいぶん細くなってるけど」

写真の男は、省吾の記憶ではもっとでっぷりと太っていたはずだ。

内臓(はらわた)をすっかり抜き取られていた。血まみれなのはそのためさ」

「内臓を?」

「で、そいつの上のほうを見てみろ」

 省吾の疑問を無視し、ジュークの頭上、白い壁を指し示した。

「うちの構成員の一人が地上に出たとき、出くわしたらしいぜ。小便たらしながら『青坊主が、青坊主が』って叫びながら戻ってきた。てめえの方が青い、って言ってやったよ」

 壁には、血文字でこう書かれていた。


 ――Fuck off OROCHI !! (消え失せろOROCHI!) by BLUE PANTHER


「完璧に的にされた、ってわけだ。で、これは風のうわさだが俺らを狩るために討伐隊を繰り出したそうだ。率いているのはNo.2の“クライシス・ジョー”」

「“クライシス・ジョー”?」

「お前はこのジュークの次に顔なじみだと思うぜ。いや――その傷の分、より深い仲だな」

 雪久が、指で顔を斜めに切る仕草をした。

 一週間ほど前の記憶が、フラッシュバックする。港湾地区、青いマスクの男、ナイフ。

「あの男か!」

 途端、顔の傷が疼きだした。

「そう。『BLUE PANTHER』本隊100人を動員し、俺らを狙い打ちにしている。まあ本隊の人間が何人出ても『突撃隊』よりかマシだ。だが、ジョーが率いているとなると話は別。奴個人も相当できるが、なかなかどうして統率力もあるんだよな。ビリーなんかよりよっぽど将の器が備わってる」

「ビリーって誰だ」

「ああ、『BLUE PANTHER』の頭さ。サドっ気が強いだけの木偶(でく)の坊だが、こいつに関していい情報がある」

 雪久は吐息がかかりそうなほどに顔を近づけた。本能的に顔を背ける。

「こいつの二つ名は『鉄腕(アイアン・アーム)』って呼ばれている。なぜか分かるか」

「知らん、っていうか顔が近い」

「右腕がな、機械なんだよ」

「な……」

 言葉に詰まる。よほど驚いた顔をしていたのか、雪久は省吾の顔を眺めてにやりと笑った。

「ジュークを見てみ? まったく、いい感じに料理されてんじゃねえか。ユジンに聞いてみたんだよ。そしたらたたきにはしたけどミンチにした覚えはない、って言うんだ。これはもう、奴の『鉄腕』が(はらわた)引きずり出したとしか考えられねえ」

 省吾が黙っているのに、雪久が顔を覗きこんできた。

「どうした? アングロサクソンの趣味の悪さに言葉もねえか」

「ユダヤ人の皮でランプシェード作るような連中だ。このくらい可愛いもんよ」

 ともあれ、いい気持ちがしなかったのは確かだ。写真を投げ捨て、床に落ちたそれを踏みつける。

「なぜこんなものを俺に見せる」

「そりゃ、お前も当事者だからさ」

 何を今更、という顔を雪久は見せた。

「なぜだよ」

「わからんか。その顔の傷だ……」

 雪久が、急に真顔になった。かと思うと。

 手を伸ばし、省吾の傷をなぞった。

「なにしやが……」

「“クライシス・ジョー”は少々厄介な奴でな。狙った獲物は逃がさない、捕まえたら骨の髄までしゃぶりつくすような男だ。俺に殺されるよりも、こいつにやられるかもしれねえな」

「い、いやこれは……」

 ふと、思い出す。ナイフの閃光、昏い目。

「これは奴の『刻印』。これと決めたらとことん、追い回すぜ」

「下らん」

 省吾は雪久の手を払いのけ、ベッドから立ち上がった。鍼を引き抜き、シャツを着込む。

「俺はもう行く。貴様らに関わる気はない」

「ま、別に止めねえけど。なら帰りはユジンに送らせるか。ただ……」

 そういってまた口角を上げて不敵な笑みを浮かべた。

「お前も、奴らのターゲットの一人だ。それを忘れるな」



 第二章 完


作者多忙のため、しばらく休載いたします。再開は9月中旬ごろを予定しております。

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