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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:23

 車上にいる間、ずっと雪久は不機嫌だった。ヨシが結局1分少々遅刻したことが、どうも気に食わないようで、あるいはもっと別の原因なのかもしれないが――ともかく、燕が残していったハーレーのサイドカーに乗った雪久は、出発してから一言も口を聞かず、足を投げ出した格好でふんぞり返っている。そんな乗り方は危ないと、何度か注意したけれども言うことは聞かない。耳には入っているらしく、ヨシが注意するたびに雪久は、いちいち睨み返してくる。ヨシは顔を背けた。

(全く……)

 ため息をついたが、おそらく雪久には聞こえていない。聞こえていたとしても、そんなことをいちいち気にかける男ではない。下がなにを思っているか、どういう心持ちであるのか、そんなことを憂うなど雪久にはありえないことだった。そうしないからこそ雪久であり、それによってチームとして保っていたようなものだ。

(だけど、ここ数日で変わった)

 実質、彰が指揮を執るようになってからだ。全員が全員、役割を持ち、目的に向かわせる彰のやり方は、それまでにはないことだった。雪久のやり方は、それまでのギャングとほぼ変わらないが、彰は違う。あれほど反目していた遊撃隊を説得させ、機械たちの討伐に向かわせているのは、雪久ではおそらく出来ない芸当だった。

 これから先は、どうなるのか。ふと、そんなことを思う。雪久がこうして戻っている以上、彰はいつも通り、一歩引いた立場に収まるのか。もしそうならば雪久がまた力を振るうということだが、またそのやり方についてゆくのだろうか、自分は。そんなことを思うこと自体、『OROCHI』の一員としてはよからぬことであり、雪久への反発なのではないか、しかし――

「おい」

 だけど、自分はついてゆけるだろうか。この先、雪久に。たとえ戦うことが出来なくても、自分の役割を得られる彰のやり方の方が良いかもしれない。だが今まで、戦えない自分を置いといてくれたのは他ならぬ雪久だ。もし雪久がいなければ、とっくにくたばっていた。

「おい、ヨシ」

 かぶりを振った。どうしてそんなことを考える? まるで、どちらについていくか、などと思うなど。これから『OROCHI』が分裂するわけでもなく、自分がどっちかを選ぶなんて、できるわけがない。雪久も彰も等しく恩人なのだ。そもそもが選ぶとかそういうことなど、おこごましいと言うか分不相応というか。自分ごときがそんなことを考えていいものか。

「聞けってんだ、バカ」

 いきなり空き缶を投げつけられた。頭に当たり、側頭部をしたたかに打つ。そこでようやく、我に返った。

「あ、ああごめん。どうかした?」

「どうかした、じゃねえよ。なにボケっとしてんだ」

「そ、そうだね。うん、悪い」

 今は余計なことを考えまい。そう言い聞かせて、ヨシはハンドルを握り直した。

「さっき、お前。舞となにこそこそやってたんだ」

 雪久は不機嫌も露わに、そう語りかける。ヨシはまた、言葉を一つずつ吟味しなければならなかった。

「雪久が心配するようなことは何もないよ」

「当たり前だ。何かあればただではすまさねえよ」

 雪久が言うところの「ただではすまない」とは、およそこの街のギャングどもが思い描くものの平均を越えてしまっている。どういたぶり、責め苦を与えれば相手に深い絶望を与えられるか、生かさず殺さずの合間、その見極めをするのにふさわしいやり方を、この男は熟知している。

 思わず身震いした。

「そんな怖いことはしません。それに、あの子も俺なんぞ相手にしないって」

「そうかい。それにしちゃ、親密だったじゃんか。そんなもんまで受け取って」

「そんなもの? ああ」

 雪久は、ヨシが背負った得物を指し示した。合皮の包みに収まった細長いそれを、紐でくくりつけて肩にかけている。その状態のままバイクを操っているので、バランスはかなり悪い。

「これは、別に俺のものじゃないし」

「じゃあなんだ」

「まあ、何というか。これはもしも、ということでさ、渡されただけだ。機械どもを襲っている現場に、あいつも来るかもしれないってことでそれで――」

 そこまでだった。

 いきなり、雪久がハンドルを蹴りつけてきた。当然バイクのバランスが大きく崩れ、左によろめいた。反動でヨシは振り落とされそうになった。

「何すんだ」

 と、抗議の声を上げたとき、空中を銃弾が5連ほど、過ぎ去った。ちょうどヨシの頭があった場所を、切り裂き、地面に突き立って砂埃を上げた。

「左に曲がれ」

 雪久が言うのに、ヨシはハンドルを左に切る。瞬間どこからか銃撃が鳴り、地面に弾痕が刻まれるのを見た。ビルの陰に入り、そこでバイクを降りて壁に背をつける。

「い、今のって」

「おでましってことだ」

 ふと見ると雪久の左目が赤く光っていた。久しぶりに見る『千里眼』の輝きが、やけに眩しく思えた。

「『黄龍』かよ」

「見たとこ、私服兵じゃないな。黒服どもだ。射撃も正確、武器も一丁前にそろえていやがる」

 バイクを降りて、雪久はグローブを嵌め、トンファーバトンを抜いた。左手で持ち、壁際から向かいのビルを伺う。『千里眼』でなくともはっきりわかる、屋上のスナイパーとビルの陰にいる、小銃を持った男の姿。

「ざっと見積もって30ぐらいか。まだいそうだけどな」

 雪久はこともなげにつぶやいた言葉は、ヨシを戦慄させるに足る数字だった。30人を相手になど、どう立ち回れば良いのか。しかも、相手は黒服だ。

「どうすんだよ」

「どうするもこうするも」

 かかる敵を見つめながらも、雪久の声は弾んでいた。まるで活きる場所を見いだしたというように、笑みを浮かべている。その笑みも、毒々しい赤い光と相まってひどく歪んでいるように写る。不機嫌さなどどこにもない、血で遊び、殺しを楽しむ、本来の雪久だ。

「あの機械どもの前に、体暖めておくのも悪くないか」

「でも、相当数がいる。こっちには銃もないし」

「銃なんかいらんよ。俺を誰だと思っている」

 こつん、とバトンを自らの額に当てて、すでに雪久は準備万端という風情で首を鳴らした。

「いや、雪久はいいかもしれないけどね。俺はそうもいかないわけで」

「お前なんぞに何も期待しねえよ。それよりあいつに頼まれたことがあるんなら、さっさとそれを済ましちまえ」

「頼まれたことって」

「その背中の」

 雪久の意識は、すでに黒服たちに向かっているらしい。視線を向こうに向けたまま言った。

「舞と何を約束したか知らねえけど、それをどっかに持っていくんだろう。ならば、お前はそっちの方をやれよ」

「え、でも」

「だから、お前に戦いなんて期待してない。むしろ足引っ張られるぐらいなら、さっさと消えてもらった方が良い」

 ふとこれは、雪久なりの気遣いなのかと思ったが、これほど気遣いなんて言葉が似合わない男はいない。多分、本心から思っているのだろう、消えろと。そしてそれは、正しい。戦うことができないものは、結局は戦いの場においては邪魔者でしかない。

「どうせ連中の狙いは俺一人だ。お前が狙われることなどない」

 雪久が言うのに、少々釈然としない思いを抱えながらもヨシはうなずいた。

「じゃあ、まあ任せるけど……」

 不安げなヨシの表情を、雪久は嘲るような顔で一瞥した。

「何だその顔。俺がヤられると思ってんのか」

「そうじゃないけど、分が悪くないか? いくら『千里眼』といっても。一人で片づけるより、増援呼んだ方が」

「いいんだよ、こんぐらいで。姉御のせいでここんとこ溜まってるんだ、一人で遊んでもバチは当たんないだろ」

 心底、楽しげだった。こうなれば、雪久は人の言うことなど聞かない。ヨシは背中の包みを背負い直した。

「無事でいてくれよ、雪久」 

「誰に物言ってる」

 ヨシはバイクを置き去りに走り出した。ビルとは反対の方向に。それと同時に、雪久が飛び出した。

 背後で銃声が聞こえる。雪久が何事か叫び、奇声を上げていた。これが最後と思いつつも、ヨシは地面を蹴った。

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