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監獄街  作者: 俊衛門
228/349

第十四章:22

 10メートル、走った。路地が切れ、視界が開けた。

 その一角だけ、構造体の中にあって異様な光景だった。密集したコンクリートと鉄筋の林が切れ、完全に地面を晒した広々とした空間が、ビルの谷間に生まれていた。

「広場……」

 孔飛慈がそこに躍り出たとき、もう一本向こうの路地から、韓留賢と玲南が駆けてくるのが見えた。数秒遅れて飛び出した、孔翔虎の肩と背中に、ステンレスの矢が刺さっている。だからといってその分ダメージを背負い込んでいるというわけではなく、疲労をため込んだ顔の玲南の方が余程深刻なダメージを負っているように見える。苗刀を振り回す韓留賢も、さすがに動きが鈍くなっているようだった。

 中央で、対峙した。ユジンが棍をしごき、突く。孔飛慈が身を捻り避けるのへ、連続で突いた。まるで猫のように体をしならせて棍の刺突を回避し、避けながら孔飛慈はユジンの懐に入ろうとにじり寄ってくる。ユジンは牽制しつつ下がり、懐への侵入を拒んだ。棍を回転させ、かかる剣を払いながら突きを繰り出す。いつの間にか広場の中央にまで追いやられ、同じく追いつめられた玲南と背中を接した。

「存外、しぶとい」

 玲南がうめく。息が、上がっていた。

「玲南、一度だけだよ」

 ユジンが棍を構える。玲南は縄標の縄を張った。

「奇襲だ」

 ユジンが言うのに、玲南がうなずく。

 孔飛慈が走ってくる。連が追うが、間に合わない。

「3」

 カウント。玲南の目には孔翔虎が近づくのが写った。

「2」

 あと、数歩。剣の間合いと拳の間合い、そのギリギリの間を、見極める。互いに互いの呼吸を読み、その時が来るのを待つ。

「1」

 剣と拳、同時に迫る。剣先が閃く、拳が唸りを上げる。

 それを合図に。

 ユジンは右に、玲南は左に回った。背中をあわせたまま、立ち位置を入れ替える。身を転じながら、棍と縄標、互いの武器を水平に振り抜いた。

 縄標と棍、それぞれ捉えた。標は孔飛慈の顔を跳ね飛ばし、棍の先は孔翔虎の腕を打つ。孔翔虎が防いだ右腕に、深くめり込んだ。

「離れえ!」

 イ・ヨウが怒鳴る声が聞こえた。それを受けて、ユジンは距離を取った。玲南も同様に離れた、そこに数ダース以上の弾と矢の雨が降り注いだ。発光する橙の火を纏った銃撃が水平に切り裂き、四方のビルからは鋼の煌めきが閃いた。同時に注がれた、孔翔虎と孔飛慈、それぞれ銃弾と矢を弾くが、それでも弾は兄妹の背を穿ち、矢は肩に突き刺さる。一定時間、銃撃に耐え、2人して膠着していた。

「どうだ?」

 玲南は肩で息をしながら言う。これで駄目ならば救いようもない、と半ば祈るような声音だった。

 しかし。

「まだだね」

 ユジンが言った瞬間。孔翔虎が動き出した。自らの肩に突き刺さった矢を引き抜き、投げつけてきた。慌てて避ける、背後の壁に矢がめり込んだ。

 孔翔虎が駆けた。低い体勢から地を這うような歩でもって、一気に飛び込んでくる。まっすぐ、ユジンの元に向かい、彼我の距離を縮める。ユジンは下がりながら、応じる。

 踏み込んだ。孔翔虎、中腰の体勢から震脚を打ち鳴らし、突きを放った。冲捶と呼ばれる、八極拳の突きが、ユジンの胴に伸びた。

 誰一人、応じることが出来なかった。ただ一人、ユジンは棍で受けた。それも紙一重、拳が肉に埋まり臓器を圧する、直前の防御。

 かち合う、拳と棍。衝撃で最大限、棍が歪んだ。威力を殺しきれずに後ろに飛ばされる。どうにか踏みこらえたところに、孔翔虎の前蹴りが飛んだ。靴の裏を見、首を傾けるが避けきれず、顎の先に蹴りを受けた。顔を弾きとばされた瞬間、目の前に白い霧がかかり、意識を失いかける。足下から崩れ落ち、その先で孔翔虎の掌が迫るのを見た。

 韓留賢が駆けた。苗刀を突き出したのに、孔翔虎は体を開いて剣先を逸らした。続けざま、韓留賢が体当たりを繰り出すが、なんと当たった韓留賢の方が弾き飛ばされた。孔翔虎が発する勁力に逆らえず、韓留賢の力がそのまま跳ね返されたという印象だった。

 同時に向かう、連と玲南。左右から同時に、孔翔虎に飛びかかる。標と峨媚刺、それぞれが降りかかるのを孔翔虎は避け、弾き落とす。弾きながらも、孔翔虎は再度踏み込む。

 ユジンはどうにか立ち上がった。棍を構える間もなく、孔翔虎の掌が迫った。ユジンが棍で防いだところ、孔翔虎は足をかけながら体当たりを繰り出す。足下を掬われ、さらに巨体に弾かれ、一瞬の浮遊の後に地面に叩きつけられる。背中を打ち、呼吸を断ち切られた。さらに孔翔虎が踏み込んで来る。間近に迫る、拳の圧。

 銃撃が鳴った。孔翔虎の目の前を銃弾が一ダースほど通過し、行く手を阻む。孔翔虎が足を止めた隙に、ユジン立ち上がり、大きく退いて間合いを取る。壁際まで下がったとき、ようやく呼吸が戻った。大きくせき込むに、まるで空気が肺の中で爆ぜるような心地にさせられる。

 孔飛慈が立ち上がるのが見える。標で打たれた頬が破け、中から地金が覗いている。剣を振り、連に連続で突きかかるのを、連は身を翻して剣先から逃れる。玲南が標を振り回し、投げ打つのを、剣で弾き、弾きながら孔飛慈切りかかるのを、遠目に見やる。

「随分と粘るものだ」

 孔翔虎は馬歩の体勢をとりながら、拳を向けた。ユジンが棍を構え直す。孔翔虎の背後では、韓留賢が苗刀を正眼につけていた。

「それほどまでにしても、お前たちに勝ち目などあるとは思えないが」

「優しいのね、西の龍は。存外に。いえ、東かな」

 半歩、前に出る。孔翔虎の間合いに近づく。たったそれだけでもかなりの勇気を試される、そんな気がする。一歩と間合いに近づくたびに、全身にわたる神経が全て、拒否反応を示しているように、ざわめいた。

 だけどここで引き下がるわけには行かない、あと少し。あと少しなんだ。

「しゃべるのは後にしなよ。無駄口叩くのは」

 やおら、飛んだ。ユジンは棍を振りかぶった。韓留賢もまた駆け出す。孔翔虎が深く、息を吐く。

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