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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:21

「あまり効き目はなさそうですね」

 連は電気銃を仕舞い、峨嵋刺を抜く。かすかな諦観すら伺える口調だった。

「あれを受けても意味がないとは」

 孔飛慈はしかし、立っているのもやっとという風情だった。足下がやや、おぼつかない。人間であったら気絶しているほどの電流、もし機械の体にも生身の部分があるのならば、おそらくは残った生身もやられている。

「こ……の」

 ただし、孔飛慈の両眼はおそろしいほどの光に満ちている。ありったけの憎悪を込めた視線で、ユジンを睨んだ。必死の形相、背筋が粟立つ。

 孔飛慈が駆けた。剣を突き刺した。ユジン、下がり、棍を下から掬い上げる。剣を弾き、棍を廻して横に打った。

 孔飛慈、踏み込む。間合いの内、さらに奥。ユジンの棍を掻い潜ったその先は、攻撃の及ばない範囲。懐に、入られた。

 刺突する。首筋。喉を狙う――ユジン、首を傾ける。皮膚を、刃が滑る。頸動脈、その真上。皮一枚、切った。

 ユジンが膝を合わせる。孔飛慈の水月に突き立つ。そのままユジンは離れ、距離を取る。首筋に手をやり、ユジンは血を拭った。幸い、動脈は傷つけていない。

 孔飛慈が迫る。剣を縦横斬りつけた。危うい距離でユジンは見切り、棍で突きを打つ。刃が耳元を過ぎ、瞼の上をかすめた。

 連が背後から近づく。峨嵋刺を投げ打った。孔飛慈、振り向き、剣でそれを全て叩き落とした。連は慌てることなく次の峨嵋刺を抜き、向かう。

 斬撃見舞う。孔飛慈の剣が、袈裟に走った。連のパーカーの一部を切った。連は素早く避け、身を低くし、剣の間合いを踏み越える。剣先を潜り抜けた先は、連の間合いだ。

 体当たり。連の小柄な体がぶつかる。孔飛慈の胴に、峨嵋刺を突き立てた。峨嵋刺は先端のみが刺さり、浅く傷をつける。孔飛慈、喚きながら剣を突き下ろす。連が離れる。離れ際、フードを切る。連の明るい髪がこぼれた。

 ユジンが走った。棍を脇に構えながら、孔飛慈に向かう。それを認め、連も走り出す。

 孔飛慈が追ってくる。電撃が少しは効いたのか、幾分動きが鈍くなっているようだった。上から射る遊撃隊と下から撃つ襲撃部隊の矢と弾丸を跳ね返す、その勢いも、先ほどよりはキレがない。

 だが、それでも機械。

 あと半歩、そういう距離に近づいた。孔飛慈の端正な顔が、憤怒を表し、視線そのものが刃じみていた。

 その、孔飛慈の背後から、連が近づくのを見た。フードの奥で、連が目配せした。

 孔飛慈、突き。剣が上からの軌道で下ろされた。

 ユジン、身を沈め、剣を避ける。と同時に、棍を水平に薙、孔飛慈の脚を払う。それに合わせて連が飛び上がり、孔飛慈の顔面に回し蹴りを見舞った。

 同時に、捉えた。靴の刃が少女の即頭を突き刺し、棍が足首を打った。上と下、同時の攻撃を受け、孔飛慈の体が傾ぐ。ユジンがさらに棍を打ちつけるのに、孔飛慈は剣で受ける。刃と棒がかち合う。その間に連は着地、孔飛慈に電気銃を向けた。

 発砲。ワイヤーが、孔飛慈の首に絡みついた。ユジンが離れると同時に電流が駆けた。

 連が離れる。孔飛慈は膝を落とし、ぐったりとうなだれた。その背中めがけて、屋上の遊撃隊が矢を射かけた。重厚な刃めいた矢が、3本、孔飛慈の背中に刺さった。孔飛慈、うめき声もあげず、その場に倒れ伏す。

「やった?」

 ユジンは構えたまま、近づいた。

 いきなり、孔飛慈が顔を上げた。目を剥き、歯を食いしばり、凄味を帯びた形相で睨みつける。それだけで背筋を震わせるに十分すぎるほどの。

 孔飛慈、立ち上がる。ユジンは棍を向けた。

「ふざけてんな、あんたぁ!」

 叫び、孔飛慈が突っ込んできた。剣を二度三度と振り、斬りつけた。

 ユジン、棍を叩きつける。上段から下段まで一気に振り下ろす、渾身の一撃だった。

 孔飛慈が左手を伸ばした。なんと、ユジンの棍を掴み、打ち込みを止めた。そのまま棍を引き寄せ、ユジンに斬撃を浴びせた。顔をそむけ、ユジンが斬撃を避けるのに、孔飛慈、突き刺す。さらに連撃、喉と心臓、左眼に剣が伸びる。首を傾け、半身になり、棍を掴まれた状態のままユジンは刃をかわす。動きを制約されたままの状態で、うまく避けきれず、ところどころ皮膚を切り裂かれた。

 孔飛慈が突く。水月。空気を、裂く。

 ユジン、飛び上がった。剣を避けると同時に手を入れ替え、空中で身を捻り、棍を旋回させる。回した勢いで、孔飛慈の手から棍をもぎ取った。

 着地する。孔飛慈が剣撃を浴びせてくる。ユジンは上体を逸らし、避ける。

 連が近づいた。背後から駆け、峨嵋刺を投げつけた。孔飛慈、後ろ向きのまま二本とも弾き落とす。連の方を向き、剣を突き出した。連は素早く身を返して間合いの外に逃れる。ユジンと並び立った。

「折れました」

 唐突に連が言うのに、ユジンが訊き返した。

「何が?」

「仕込みナイフです。今の蹴りで、根元から」

 連の右足を見るに、先ほどまであったつま先のナイフが、今はなくなっている。元々が隠し武器の類であったもので、鉄の塊に蹴り込むような使い方は、想定されていないのだろう。強度も、せいぜい並程度と知れた。

「もうあまり攻撃はできません。あとどれくらいですか」

 連が訊いた、直後に。

 孔飛慈が突っ込んでくるのが、見えた。剣を貫き、手首を返し、横に斬る。髪を散らし、空気を切り裂く音を鼓膜に受け、ユジンは飛び退いた。必死に間合いの外に逃れる。孔飛慈が追ってくるのに、閃光弾を投げつけた。光が弾け、濃い白煙が立ちこめた。

「移動するよ」

 ユジンが走るのに、連が続く。背後で孔飛慈が何事か喚き、追ってくるのを感じる。

(あとどれくらい……)

 どれほど走ったのか、もう正確には分からない。体感では、10キロも走っているような気がしていた。実際はまだそれほどでもないのだろうが。とっくに息は上がり、乳酸が溜まった足は重い。通う血液に鉛が流れている感覚に陥る。真綿のような疲労感を抱き、徒労感を覚えてもなお、目的には遠かった。

 到着地点までは、少なく見積もっても2キロほどはある。その間、少しでも機械たちにダメージを負わせなければならない。

 だが、電気銃を浴びせても、孔飛慈の足は止まる気配がない。

(このまま突っ切るか、あるいは)

 迫る、刃。銃撃が鳴り、矢が降り懸かっても、それは止まらない。追いつき、孔飛慈が切り閃く。水平に切り、斜めの斬線を刻みつけ、直下から突き上げる。剣は自在に走る竜だった。刺剣が伸び、点で突き、斬り落とす。剣を持つ手は円を描き、直線に伸びる腕しなり、剣先は跳ね上がる。確実に喉を抉る剣に戦慄し、棍の回転でもって弾き飛ばしても、孔飛慈の勢いは止まらない。

「どうした? どうしたよ。あたしをヤるんだろ? ぶっ壊すんでしょあんた。もっともっとヤるって言っただろ? んじゃあもっと出来るでしょ、なあ?」

 悦楽めいた色さえ浮かべた、孔飛慈の瞳。加速し、近づくのにつれ、その目の中にユジンが映り込む。一瞬、気圧されそうになるのを、こらえる。まだ恐れてはいない、恐れを抱いてはならない。

 足を止める、相対する。正面から、孔飛慈と向き合う。

「はあぁああっ!」

 恐怖を、祓う。そんな意識で、声を上げる。呼気に気勢を乗せ、叫んだ。胸を衝き上げてくる得体の知れない恐れ、それを一時でも鎮めることができるのならば何度でも叫ぶつもりだった。

 飛び上がった。棍を振りかぶり、頭上で旋回させた。体ごと廻り、胸を弓なりに張り、全身をしならせ打ち込んだ。先端が孔飛慈の肩に当たり、鉄を打ち鳴らした。孔飛慈の体が傾くのに、ユジンは棍を返し、逆手に持ち替え、水平に振り抜いた。

 棍が捉える、直前。孔飛慈が後ろに跳んだ。先端が流れる。ユジン、棍を振りかぶり、追う。

 孔飛慈、剣を投げた。半歩遠い間合いから、刃が迫った。ユジンが棍で防ぐと、孔飛慈は剣穂を手繰り、剣を手中に収め、切っ先を向ける。刃の先、その延長線上にユジンの心臓が据えられている。もうすでに、剣の存在だけで殺せるというような圧力を感じる。

 連が飛び出す。孔飛慈との間に割り込み、峨嵋刺を複数掴み、投げ打った。孔飛慈が剣で弾くに、防ぎきれなかった峨嵋刺が孔飛慈の衣服を裂く。驚くほど薄い肩が露わになった。孔飛慈はひどい屈辱を受けたように顔を歪ませた。肩を押さえ、剣を逆手に持ち替え、向かってくる。ユジンと連、2人して併走し、孔飛慈から逃れる。

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