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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:18

 その声が韓留賢の耳に届いた。それを受け、韓留賢は苗刀の剣先を下げる。孔飛慈が斬りかかってくるのをかわす。そのまま路地に逃げ込んだ。

 後ろで断続的な銃声が響く。後方支援の襲撃部隊が、孔飛慈に弾丸を浴びせていた。そんな銃撃をものともせず、孔飛慈がまっすぐこちらに向かってくる。機械であると分かっていなければおよそ信じられない、すさまじい速度で。

 すぐに、追いつかれる。走りながら孔飛慈、剣を突き出した。体重を乗せた鋭い刺突だった。韓留賢が苗刀で受け流すのに、刀の鎬を削り、剣が火花が散らした。

 また突き刺す、孔飛慈。韓留賢は体を転じ、側面に回る。振り向きざま、刀を水平に斬った。孔飛慈の首を狙う。

 刀が空を切る。孔飛慈の姿が消えていた。見上げる、孔飛慈が空を舞っている。

 孔飛慈の剣が伸びる。韓留賢が防ぐに、剣と刀が十字に噛み合った。刃が擦れ、火花を散らした。

 韓留賢、間を取る。すぐに刀を振りかぶる。苗刀で袈裟に斬った。孔飛慈、下がり、刀をやり過ごす。下がったと同時に、突き。剣の先端が、韓留賢の目に映る。

 体を転換する。剣先をかわす。韓留賢の目の前を、銀色が通過する。

 刀を担ぐ。韓留賢、渾身の力をもって振り下ろした。孔飛慈が下がるのに、肩に薄く傷を刻みつけた。

 対峙する。孔飛慈が剣を突き出した。韓留賢は身構えた。

 いきなり、孔飛慈の脇から影が割り込む。小柄なパーカー姿が孔飛慈の懐に入り込み、体当たりを繰り出した。鉄を穿つ音がして、孔飛慈が一瞬だけ顔をしかめた。

 影が離脱する。韓留賢をかばうような位置取りに立った。

「あまり無理はしないでください」

 連が、低くうなった。手にした峨嵋刺の先端には、黒っぽい油が付着している。

「来ます」

 そう、連が言った、次の瞬間に。孔飛慈が突っ込んできた。

 刺突。剣先が喉元に伸びる。二人して飛び退き、背後に回る。

 孔飛慈、向き直る。連の方に、踏み込んだ。剣を水平に斬りつけるに、連が後ろに飛んだ。飛ぶ間際、連が投げ打った峨嵋刺が、孔飛慈の肩に突き刺さった。

 再び振りかぶる、孔飛慈。上段から剣を突き下した。

 峨嵋刺を突き出す。短い金属の棒と、剣が触れた。峨嵋刺を刃の表面に滑らせ、剣先の軌道を逸らす。連はそのまま体を転じ、後ろ廻し蹴りを打つ。連の踵が、孔飛慈の顎を捉えた。

 孔飛慈がよろめいた。その隙に、韓留賢が走った。苗刀を水平に振り抜き、斬り閃く。孔飛慈が上体を逸らして避けるのに、さらに刀を廻し、両断に斬った。

 孔飛慈の顔を捉える、瞬間。孔飛慈が左腕で防いだ。刀が腕に食い込む、孔飛慈が忌々しげに舌打ちした。

 韓留賢、刀を抜き、離れた。刀が、少しだけ刃こぼれしていた。生身相手ならば骨ごと断てただろう一撃も、機械相手ならば意味はない。

 隣から連が飛び出した。峨嵋刺を両手に抜き、攻める。孔飛慈が剣を翳し、身を低くし、飛び込んだ。

 連が飛ぶ。孔飛慈の頭上を飛び越え、背後に降り立った。孔飛慈が振り向くと同時に、両の峨嵋刺で貫く。孔飛慈の肩と頬を傷つけた。

 孔飛慈の剣が躍る。連の顔面に浴びせた。連が顔を逸らすのに、剣はフードの端を切るに留まる。孔飛慈は剣を返し、突きに転じた。

 剣が、連の喉を貫く直前、連は踏み込んだ。剣が耳元を過ぎ去り、こめかみの一部を削る。間髪入れずに飛び上がり、孔飛慈が下がるよりも早く、連は蹴りを放った。袖口のワイヤーを操作して、靴に仕込んだ刃を突出させ、蹴脚を見舞った。

 孔飛慈の首を刈る。つま先の刃が孔飛慈の首筋を斬った。孔飛慈の皮膚、その下の金属が外気にさらけ出された。

 怒号。孔飛慈、連の顔めがけて剣を突き出した。連は横にとび、これを避ける。

 韓留賢、飛び込んだ。孔飛慈の背後から近寄り、斬り上げた。

 孔飛慈、飛び退く。韓留賢の斬撃を避ける。苗刀が空振った。

 連が飛んだ。手中の峨嵋刺を投げつける。孔飛慈は剣で峨嵋刺を弾き落とした隙に、二人とも離れた。

 一気に距離を取る。その瞬間、頭上から孔飛慈めがけて数ダースもの矢が飛来した。『STINGER』の遊撃隊が放つステンレス矢を、孔飛慈一本ずつ弾き、叩き落とした。

「こっちへ」

 連が路地を指し示した。韓留賢は駆け出した。孔飛慈が追ってくる。背後に銃声を聞く。路地を曲がり、がむしゃらに走る。

 3区画。

 ユジンは孔翔虎が追ってくるのに、ただひたすら逃げた。路地はいよいよ狭く、入り組んでくる。普段から《南辺》を歩き慣れているとはいえ、迷路じみた廃墟群を歩く機会などなかなかない。事前に下見でもしていなければ、迷うことは必至だった。

 だが、決して闇雲に走っているわけではない。

「ユジン、こっちであってんのかよ!?」

 同じように走りながら、玲南が訊いてくる。走り通しで、少し疲労の色が見えていた。

「そこ、曲がって」

 ユジンは答えず、路地に飛び込んだ。玲南がついてくる。

 猛然と、孔翔虎がつっこんできた。巨体からは想像もつかない俊敏さだった。考えてみれば、あの体躯すべてが高出力のモーターであり、無駄なものなど何もないのだ。生身のユジンとは絶望的な差がある。張り合おうなどと、無理なのだ。

(だけどっ)

 ユジン、足を止めた。懐から閃光弾を取り、火をつけた。

 投げる。孔翔虎の足下に転がり、破裂した。白い光が爆ぜ、乾いた爆音を響かせた。すぐさま濃い煙が覆い尽くす。巨体を隠し、瞬間的に視界を奪った煙幕の中で、銃撃の火花が瞬いた。ビルの陰から襲撃部隊が小銃を突き出し、ワンマガジン一本消費しつくすかのような乱雑な射撃を繰り返す。狙いなど皆無、だが足止めするには十分すぎるほどの。

 煙が晴れた。孔翔虎が、飛び込む。体の所々が銃弾で傷つき、それでも尚、止まらぬという風情でもって。

 ユジン、突き。棍をしごく。孔翔虎の喉を、狙う。

 孔翔虎、棍を弾く。間が詰まった。

 旋回。左右に棍を持ち替えて、打ちつける、孔翔虎の横面。孔翔虎の肘に阻まれる。

 孔翔虎の左腕がしなる。まるで勢いづいた猛獣の尾だった。迫る、鞭打。離れ、危うい距離で避けるに、鼻先が焦げ付く。

 肌の下で、血がざわめいた。必殺の打撃を間近に得る、そのたびに一撃一撃の重さを嫌でも思い知らされる。孔翔虎の圧力を直接受け、神経が総毛立つようだった。背筋がささくれ、筋肉が凍りつく。いともたやすく打ち込まれる距離、そんな間合いに身を晒し、拳の圧力に耐えながらユジンは打ち込んだ。

「やってらんねえよ、まったくよ!」 

 玲南が悪態をつきながら駆けてきた。縄標を左右にそれぞれ一つずつ持ち、同時に投げつけた。右の標が、孔翔虎の首に、左は腕に、それぞれ巻き付いた。孔翔虎の動きが、一瞬止まった。好機。

「はあっ!」

 勢い、飛ぶ。降りかぶった棍を、ユジンは直下に叩き落とす。渾身の一撃、これが駄目ならば、もはや打つ手もない。そんな思いすらあった。

 衝撃。初めて、孔翔虎の面を捉えた。芯を打った確かな手応えを得、堅さを残したしびれが手の内に伝播した。

 孔翔虎の体が傾ぐ。もう一度打ちつける。より強く、力を込めた。皮膚の下で筋肉がうねるのを感じた。

 鉄の脚が躍る。棍を打つ瞬間、孔翔虎の横蹴りが差し出される。孔翔虎の踵が棍を弾き飛ばし、ユジンの手を離れた棍は背後の壁にぶつかり、跳ね上がって地面に落ちた。

 孔翔虎が縄を引く。玲南がバランスを崩した。孔翔虎は縄を切ると、倒れている玲南に目もくれずユジンの方に向かった。ユジンは棍を拾おうと走るが、それよりも早く、孔翔虎追いつき、踏み込んだ。

 拳。ユジン、首を傾け、やり過ごす。耳元をすさまじい風の圧力が叩き、顔の半分をもっていかれた感覚に陥る。奥歯が凍りつくのを、こらえ、こみ上げた悲鳴をかみ殺す。ここでまだ、折れてはいけないと言い聞かせる。折れてはいけない、ここで堪えるんだ。私は私を見放してはいけない――。

 孔翔虎、身を沈めた。半歩、繰り出し頂肘を打つ。ユジンの肩に刺さる。鎖骨がきしむ音を聞く。

 たまらず、体を折った。衝撃で足をもつれさせ、ユジンは壁際に追いやられた。孔翔虎が迫る――拳の先が、目に映る。

 銃声がした。孔翔虎の首筋に、複数、銃弾が刻まれる。孔翔虎の足が止まる。路地の陰から、『OROCHI』の襲撃部隊が、小銃を向けていた。

 連射。先頭のイ・ヨウが小銃をぶっ放した。孔翔虎、忌々しげに睨みつけると、襲撃部隊の方に走った。先にそちらを潰してしまおうという魂胆だ。

「やめ――」

 ユジンが叫ぶよりも先に、孔翔虎の目の前に影が躍った。孔翔虎の側頭を蹴り付け、手に持った銀色の刃を繰りつける。孔翔虎がひるんだ隙に、影は苗刀で斬りつけた。孔翔虎が下がるのと同時に、韓留賢がユジンの棍を拾い上げる。

「呆けるなよ」

 棍を投げながら、韓留賢が言った。ユジンが棍を受け取ると、正面から駆けてくる敵に対した。孔飛慈の剣が、伸びやかに突き込まれる。

 棍を転回し、剣を跳ね上げた。そのまま廻し、上から打ちつける。孔飛慈の肩を打った。さらに身を沈めて孔飛慈の足を打つ。孔飛慈、怒りの形相で斬りつけるに、ユジンは飛び退いた。肩を切られ、血の筋が流れる。体の中で暴れる痛みを堪え、構えを取った。

「あんまりゆっくりはしてれらんないよ」

 玲南がユジンに背中を預けながら言った。新たな縄標を、手に持って。

「そっち、なんとかやれ」

「いいけど、あなたはいいの? 韓留賢と」

「しゃーないだろ、この際よ」

 左右、迫る。孔翔虎と、孔飛慈。それぞれ韓留賢と連が、追う。ユジンは棍を向け、玲南は縄標を振り回す。

「やってやるよ、何でも」

「じゃあ任せた」

 孔飛慈の突きが迫るのを、見た。ユジンは棍を振り払った。

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