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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:16

「妙な手応えだ」

 孔翔虎が唸った。呼吸をやられ、ゼイゼイと息を吐くユジンに向け、右半身に構えながら言う。

「何、こいつ生きてるし」

 孔飛慈が呆けた声を出した。力一杯叩きつけたのに、まるで堪えていない。

「ボディーアーマーか、何か。そんなところか」

「あんたたち相手なら」

 ユジンは胸元を押さえ、右手だけで棍を構えた。

「このぐらいしないと」

 ジャケットの下にある、衝撃吸収材を意識した。彰がどこからか仕入れてきた、耐圧と防刃を兼ねたボディアーマーを、全員身に着けている。防具を着ければ動きが鈍くなり、かといって何も対策を打たないわけにはゆかない。ほとんど苦肉の策とも呼べるものだった。もし、何も着けていなければ、今の一撃で内蔵ごとやられていたかもしれない。そう思えば、気休めでも無いよりはマシなものだ。

「小賢しい」

 言うや、孔翔虎が跳んだ。ユジン、棍を打ち払った。

 孔翔虎の左手が躍る。棍を絡めとるように、腕が弧を描いた。棍が、柔らかく絡め取られる。カマキリの手を模した蟷螂手でもって円く捌き、捌きながら孔翔虎は棍を引き寄せ、蟷螂手をユジンの喉に押し当て、同時に足を払った。

 脚を払われ、ユジンの身体が宙に投げ出される。天地が返り、重力のままに地面に叩きつけられた。喉の圧迫と背中の打撃で、息を詰まらせる。ユジンが倒れたところに、孔翔虎の下段蹴りが飛んだ。

 跳ね起きる。孔翔虎の蹴りが、流れた。ユジン、飛び退きながら距離を取る。

 奇声。耳元で。孔飛慈が突っ込んでくるのが見えた。反射的にユジン、首を捻る。瞼の上を、刃が紙一重で通過した。孔飛慈は舌打ちしつつ、剣を返し、刺突。剣先が喉元向けて突き出される。棍の端で剣を弾くと、さらに孔飛慈、手を返して連続で突いた。ユジンは棍を旋回し、迫る剣を打ち落とし、払い、弾いた。グラスファイバーが剣先と接触し、鈍い金属音を奏でた。

 孔飛慈が身を沈めた。低い体勢で飛び込み、斬りかかった。 

 下がり、棍で受ける。棒の本身に、刃が食い込んだ。

 一瞬、孔飛慈が笑ったように見えた。少女の酷薄な笑みを目の当たりにする。背中が、粟立った。

「うらあっ!」

 いきなり、孔飛慈、蹴りを放った。胴に衝撃を受けた。孔飛慈の右脚が、ユジンの胴体を穿った。内蔵を押し上げられた心地になり、苦いものがこみ上げてきた。たまらず身体を折ったところに、孔飛慈、剣を突き上げるように刺突してくる。

 間一髪、避けた。ユジンが思い切り身を退くと、数瞬遅れて剣先が目の前に閃いた。鉄の感触を間近に受け、額に薄く傷を受けた。ほとんど潰走するようにその場を退き、どうにか孔飛慈の間合いの外へと逃れところに、再び孔翔虎が追ってくる。あっけなく間を詰め、ユジンの間合いに踏み込んだ。  

 脚が唸った。孔翔虎の前蹴り。ユジンが身を捻って避けるのに、さらに踏み込み手刀を打つ。ユジンは棍で受けるが、衝撃でよろめいた。一気に下がり、また壁際に追いやられる。

「何かつまんない」

 孔飛慈が至極残念そうに顔を歪めた。

「逃げてばっかじゃん、さっきから。受けるかいなすかって、全然掛かってこない。やる気あんの?」

 剣先を突きつける孔飛慈に対して、ユジンは左半身に構えを取る。前方には、二人。距離は7、8メートルというところだが、この二人ならばそのぐらいの間合いは、2、3歩で越えてしまうだろう。

「一人で乗り込むぐらいならさ、もうちょい楽しませてくれても。ねえ?」

 孔飛慈が同意を求めるように、兄の顔を見た。孔翔虎は何も答えず、ただじっとユジンと対峙している。そうしいているだけでも、ぴりぴりとした神経のささくれが体中に満ちてゆくようだった。ひどく大きな獣を相手にしているような重圧を、二つも相手しているのだ。まともな感覚ではいられない。

 孔飛慈が剣を掲げた。右半身を引き、剣身に左手を添わせて切っ先を向ける。

「もっとヤれるとこ見せてよ、もっとさあ?」

 ユジンは棍を短く保持し、相対する。

 孔飛慈が駆けた。まっすぐ、剣を突き出す。

 銃声がした。何の前触れもなく、それは響いた。

 孔飛慈の顔が弾かれる。着弾の瞬間、岩を叩いたような音がした。

 再び銃声、今度は連射音。断続的に鳴り、銃弾の雨を降らせた。孔翔虎が素早く退いたその背後の壁に、一ダース以上の弾痕が刻まれる。

 ビルの陰から飛び出した。赤い装束の集団が、二人を取り囲み、一斉に射撃した。孔翔虎の身体に銃弾が当たるたびに衣を裂き、その下にある人造皮膚を焦がす。

 孔飛慈が立ち上がった。わけの分からぬ事を吠えながら突進し、射手たちに斬りかかった。

 ひゅっ、と空気が切れる音が響いた。天上から銀色が降りかかり、孔飛慈の頬を切り裂いた。孔飛慈が狼狽していると、さらに二本、降ってくる。孔飛慈が退くのに、地面にステンレスの矢が突き立った。鉄を貫く、超重量の矢。

 ユジンは上を見た。『STINGER』の遊撃隊が、ビルの屋上から下をのぞき込んでいる。朝の陽に照らされた紺色の装束が、やけに仰々しいものに思えた。

「退け!」

 上からクォン・ソンギの声が聞こえた。それと同時に、遊撃隊たちが矢を射かけた。八方飛来する銀色を、兄妹それぞれ拳と剣で打ち落とし、しのぐ。

「舐めんなぁ、貴様!」

 孔飛慈が吠えた。矢を打ち払いつつ駆け、ユジンに向けて剣を突き刺した。ユジンは剣先を打ち払うと、すぐに横斬りに転ずる。受け止め、剣と棍が十字に噛み合った。

「舐めんなよ、こんな程度の策で、あたしらヤろうってのかいあんたは。孔兄妹を舐めるな!」

 怒りの形相だった。孔飛慈のあどけない顔がひきつり、眼を見開く。

「こんなんで、あたしらがどうにかなるとでもっ!」

「思ってないよ」

 ユジンは棍を振り払い、孔飛慈から離れた。孔飛慈は逃がさじと、追ってくる。

 目の前に影が降ってくる。孔飛慈が狼狽し、立ち止まったところに、両断で斬りかかった。苗刀の閃きが照り栄え、孔飛慈の表を割る。紙一重、孔飛慈が下がり、果たして刀は前髪を散らすにとどまった。韓留賢は苗刀を返し、さらに水平に斬る。孔飛慈の首の皮膚を、薄く斬った。

「飛慈っ」

 孔翔虎が叫んだ、そこにまた新たに影が割り込む。菱形の標が飛来し、孔翔虎の額に届いた。孔翔虎が顔を背け、標をやり過ごすのに、標の持ち主は縄を繰る。標を振り回し、再び投げつける。孔翔虎は標を弾き落とし、その標は玲南の手中に収まった。

「玲南、遅い」

「悪いね」

 ユジンが言うのに玲南は短く応え、孔翔虎と対峙した。予備の縄標を腰にいくつも巻きつけていている。動くたび、金属が触れ合い、音をたてた。

 孔飛慈が向かう――韓留賢に向けて、剣を突き出した。韓留賢が苗刀で刺突。互いの剣先が交わり、互いの首筋の皮膚をなぞった。

 孔飛慈が下がったところに、小柄な影がビルの合間から飛び出した。一直線に向かい、孔飛慈に飛びかかった。

 孔飛慈が斬る――影が、斬撃を受けた。手中に隠した峨嵋刺で止め、そのまま上段に蹴りを打つ。つま先が孔飛慈の額をかすめた。孔飛慈、剣を返して刺突するのに、連は身を翻し、離脱。去り際に峨嵋刺を投げ打つのに、孔飛慈の背中に突き立った。

 4人が4人とも、距離を取った。ちょうど兄妹を、取り囲む格好になった。その外縁を、さらに『OROCHI』の襲撃部隊、そして『STINGER』の遊撃隊が囲み、完全に兄妹を包囲した形となる。

「一人で乗り込むなんてことはしない」

 ユジンは棍を向けながら言った。孔飛慈はひどく悔しそうに、顔を歪めた。一方の孔翔虎は、変わらぬ無表情のまま、対峙している。

「この数が、あんた達に対する答えだよ。これでも少ないくらいだ」

「それであたしらに勝とうってか」 

 孔飛慈が呻く。峨嵋刺を引き抜き、握り潰して、地面に叩きつけた。

 ユジンが棍を左半身に取った。韓留賢が刀を担ぎ、玲南は縄標を振り回す。連は峨嵋刺を両手に抜いた。

「最大限の敬意をもって潰してあげるよ。あんた達、二人分」

 孔飛慈が歯噛みした。孔翔虎は黙って構えを取った。

 ユジンは駆けだした。ほかの三人もそれに倣う。一気に、棍を振り下ろす。

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