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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:15

 ひたすらに、走った。

 通信が入ってから、すぐに韓留賢と連に報せた。機械どもを迎え討つため、二人ともこちらに向かっているはずだった。玲南にも電話したが、どういうわけかつながらない。まだ、迷っているのだろうか。

 だからといって、待っている時間はもはやなかった。やるしかないと決まった以上、走った。遊撃隊と襲撃部隊も、第5ブロックに向かっている。今は第2ブロックにいるという本隊は、到着までは30分程はかかるだろう。韓留賢も連も、やはりすぐに着ける距離ではない。

 結果的に、ユジンが一番早く到着するだろうと思われた。急げば10分、だがそれでもユジンが到着するまでに、機械どもがいるか分からない。少しでも早く、着かなければならない。

 人混みをわけ、屋台に接触しそうになりながらも、ユジンは走った。難民たちにぶつかり、背後から怒号が聞こえるのもかまわず、走る。露店が並ぶ通りを抜け、路地に入り、入り組んだ路を進んでいると徐々に町並みが変わってくる。難民たちが暮らす構造住宅から廃墟群に至り、人の姿もまばらになってゆく、最中。クォン・ソンギから通信が入る。

「今どこにいる?」

 相手の返事を待たずして、ユジンが訊いた。

『あともう少しというところだ。大体、15分ぐらい』

 時計を見た。そうしている間にも、足を止めない。

「何とか早くならないの」

『だから急いでいる。それより、お前は』

「もう着いたわよ。あとは見つけ次第、叩くだけ」

『着いたならそこにいろ。俺たちが行くまで動くな。一人は危険だ』

 まさか、ユジンを気遣っているわけではあるまいが、クォン・ソンギはそんなことを言う。ユジンは一言だけ発した。

「待っている暇なんてない」 

 クォン・ソンギの返答を聞くこともなく、ユジンは端末を切った。待っている暇などない、すぐに行かなければ。連中がいつまでいるのか分からない。

 路地を曲がった。

 いきなり、殺気を受けた。背中、いやもっと上。見上げる。

 最初に飛び込んできたのは、白い布地だった。真上から、人影が振ってくる。刃が目の前に差し出されるのに、ユジンは飛び下がった。

 額に傷を受ける――わずかに数ミリ、傷つけた。

 刃を備えた影――孔飛慈が、地面に降り立った。孔飛慈は剣を水平に構え、切っ先を向ける。ユジン、下がり、棍を構える。

 孔飛慈が飛び込んだ。三歩の距離を、一歩で縮める。剣を差し出してくるのに、ユジン棍を転回。剣先を弾く。孔飛慈は手首を返し、剣を四連突き刺した。棍の両端でユジン、受け、弾き、剣先を逸らし、逸らしながら棍をしごき突きを放つ。先端が孔飛慈の額を捉え、少女の顔が後ろに弾かれた。

 距離を取った。壁を背にして、相対する。額と肩が、じくじく痛んだ。完全にかわしたと思った剣は、僅かにユジンの皮膚を斬っていた。

 孔飛慈が舌打ちする。剣を振り、血を払った。

「今の、かわされると思わなかったよ。やるね、あんた」

 こんな状況でも楽しんでいるかのような口振りだった。愉快そうに、笑いを漏らし、孔飛慈は余裕の色を浮かべている。

「だから、油断はするなと」

 その後ろから、男の声がした。ビルの陰から現れた白い衣に包んだ体躯――太い脚と厚い肩とが明らかとなり、孔翔虎の姿が晒される。

(こいつら……)

 棍を低く保持した。腰を落として、先端を向ける。

 いつでも飛べる体勢だった。一瞬たりとも、構えを解いてはならない、そう思った。そうでなければ孔翔虎の拳がすぐにでも襲いかかりそうな心地がする。それほどまでにすさまじい殺気を、この男ははらんでいる。その殺気は、いつか対峙した時よりも、強くなっている気さえした。 

「一人で乗り込むとか、こいつ。あたし達に、散々ヤられて絞られたってのに? 余裕こいちゃって」

「黙ってろ、飛慈」

 じり、と孔翔虎が間を詰めた。無構えであるにも関わらず、心臓を掴まれたような圧迫感がある。

「覚悟を決めるにしても、無謀過ぎたな」

「そうかしらね。確かにちょっと、心の準備はできなかったけど」

 話しかけてくるのは、余裕の現れだろうか。ユジンは受け答えするのも精一杯だった。

「でも、こうでもしなきゃあんた達、倒せないでしょう」

「倒すって何さ? バカ?」

 孔飛慈が嘲笑じみた声を上げた。

「そんなに痛い目見たいならもっかい、ヤってやろうか? 朝鮮人」

 いって、孔飛慈が剣を向けた。それと同時だった。

 やおら、ユジン駆けた。孔飛慈に向かって真っ直ぐ、ほぼ勢いだけの突進だった。

 孔飛慈が剣を突き出す。その剣先を、棍で跳ね上げる。剣が逸れたのを、確認もせず、孔飛慈を追い抜いた。狼狽する孔飛慈を後目に、背後に控える孔翔虎向けて、走った。

 飛び込んだ。棍を降りかぶり、孔翔虎の顔面に向けて、棍を叩きつけた。孔翔虎が避けるのに、更に棍を回し、次撃を見舞った。

 拳。

 孔翔虎の右腕が突き出される――棍の先端と、かち合った。すぐさま孔翔虎、体を入れ込み、左肩でユジンに当たる。胸を圧され、息が止まり、ユジンの体が吹っ飛んだ。

 倒れ込む。すぐさま飛び起きる。胸骨に痛みを引きずりながら、ユジンは前に出た。

 孔翔虎が踏み込んだ。山が動いたような心地がした。

 一直線に、拳が伸びた。踏み込みと相まって、すさまじい速さを乗せた、重みのある突き。ユジン、体を開き、拳を避け、避けると同時に棍を振り抜いた。

 棍の先端が、孔翔虎の頬を掠めた。グラスファイバーの棒先が人造皮膚を微かに削り取る。孔翔虎が下がるのと同時に、ユジン、間を詰めた。

 目の前に、刃。孔飛慈の剣が、唐突に迫った。ユジン、慌てて歩を止め、身を逸らして避ける。剣を回し、孔飛慈が斬りかかる。棍を回し、盾としながら剣を避け、ユジンは間を取った。

 背後に、孔翔虎を。正面に、孔飛慈を。それぞれ、捉える。彼我の距離は、それぞれ5歩といったところ。どちらともが、動けばそのまま間合いに入るという距離で、下手に動けばどちらかの間合いに入る。そういう、危うい距離。

 故に、動けない。ユジンはじっと、腰を据えた。動かず、しかしいつでも動けるという体勢をとる。どれだけそうしていたのか――その時間はほんの僅かだったかもしれないが、ユジンには恐ろしく長く感じた。

 二人同時に動いた。前門の虎と後門の狼。踏み込み、轟然と突っ込んできた。

 拳と剣が伸びる。ユジン、体を開き、避けた。体を入れ替え、向き直り、棍をすくい上げた。孔翔虎の肩を打ち、離れる。

 孔飛慈が剣を突き出した。ユジン、首を捻り紙一重で剣をやり過ごす。刃が耳元で唸る――風切り音。耳朶に薄く傷を受け、皮膚が焼け付く。

 転身。脚を入れ替え、ユジンは孔飛慈の背後に回り込む。孔飛慈が振り向く際、身を沈め、孔飛慈の脚を払った。脚をもつれさせ、身を崩す孔飛慈に、ユジンは渾身、叩きつけた。

 横面を捉える。孔飛慈の端正な顔が歪んだ。孔飛慈の体が傾ぐのに、もう一度打つ。手の中に痺れを受ける。

 背後から、殺気。振り向いた時、眼前に靴の裏が迫るのを見た。身を逸らして退くのに、鼻先を孔翔虎の蹴り足が掠めた。

 構えをとった。棍を中段につけたユジンに、孔翔虎が間を詰める。ユジンが突きを放つのを、孔翔虎の手刀が棍を弾いた。

 掌底。ユジンの顔面に伸びる。ユジン、棍で防ぐ。衝撃で棍がたわむ。孔翔虎そのまま踏み込み、ユジンの胸元に献肘を叩きつけた。

 息が止まった。肺の中が潰され、呼吸を打ち断たれた。ユジンがたたらを踏むのに、孔翔虎、留めとばかりに手刀を打ち下した。

 間一髪、避ける。身をひねり、ユジンは手刀をやり過ごす。鉄の指が前髪に触れ、皮膚に熱を受ける。下がり、ユジンは壁を背にした。

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