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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:14

『連中が動きました』

 そう告げる連の声は、張りつめていた。端末越しでもはっきりと分かる、切迫した声音でもって、短く。それだけで十分だった。

「追って連絡する」

 彰は端末を切った。急激に鼓動が高鳴った。どうしようもなくこみ上げる気の高ぶりが、吐き気混じりに喉を突き、震えてくる腰の辺りをどうにかして鎮めようと腿を抑えた。だが、抑えようとすればするほど、震えはますます大きくなってゆく。

 椅子に座った。目の前の端末を睨み、彰は大きく息を吐いた。

「機械どもか」

 向かいに座っていたレイチェル・リーがハンカチを差し出してくる。そこで彰は、自分の額が汗にまみれていることに気が付く。ハンカチを受け取り、汗を拭った。

「第5ブロックに、兄妹揃ってそこにいるらしい」

 どうにか、呼吸が整えようと、彰は深呼吸をした。こんなところで気を乱していてはならない。落ち着け、落ち着くんだ。

 端末を手にする。ユジンに電話をかけた。

 すぐにユジンが出た。彰はすぐに告げた。

「第5ブロックだ」

 自分の声が震えないように、かなり気を使いながら言う。そのせいでそんな短い語句しか告げることが出来なかった。

 果たして、ユジンの声が返ってくる。

『すぐにそっちに向かうわ。現場には誰が?』

「連が、そっちにいる。あとは二人で連携取ってくれ。韓留賢とも。こっちからは襲撃部隊を向かわせる」

『了解』

 彰は通信を切り、ゆっくりと端末を置いた

「来るべき時が来た、ってことだ」

 彰はタバコをくわえた。火を点けようとしたが、なかなかライターから着火出来ない。何度も点け直そうとしていると、横からレイチェルがライターを差し出した。

 レイチェルが彰のタバコに火を点ける。彰は煙を吸い込み、吐き出す。少しだけ、鼓動が収まった気がした。

「ここから第5ブロックまでは少し時間がある。その間、ユジンに足止めしてもらう必要があるが」

「一人でか」

「足止めだけなら何とかなる。部隊が到着するまで持ちこたえてくれれば良い。あとは玲南と、他の連中――」

 彰が後ろを見やると、壁に寄りかかるようにしてクォン・ソンギがいた。相変わらず、気配の欠片もない男だ。2人の会話をいつから聞いていたのか分からないが、少なくとも事態は飲み込んでいるはず。

「それで、どうする。協力してくれるのか」

 クォン・ソンギは黙している。彰は立ち上がり、向き直った。

「ここで腐ってゆくよりも、打って出るべきとは思わないか」

「確実に、仕留められるという保証は」

「ない。が、あんたたちの働きで100に近づけることは可能だ。あんたらの力が、欲しい」

 一瞬、クォン・ソンギの鋭いまなざしとかち合った。彰は目を逸らさずに言った。

「奴らを討つには今しかないんだ!」

 クォン・ソンギはかぶりを振った。

「さっきまで震えていた男が、虚勢張ってもね」

 そう言って、扉の前まで歩いた。

「聞いての通りだ、おまえ達」

 扉が開かれる。彰は、声をあげそうになった。廊下に『STINGER』の紺色姿が、全部で20程、控えていた。手にはクロスボウを携えている。

「第5ブロック。奴らはそこにいる。作戦は以前の通り、爆破拠点までダメージ与えつつ誘導しろ。いいな」

 応、と遊撃隊が答えると、すぐさま散会した。

「感謝するよ、クォン・ソンギ」

「別にいらないさ。こいつは一つ貸しだ」

 クォン・ソンギはクロスボウに矢をつがえ、言った。

「連中を倒したら、それなりの見返りはもらう。それまでは貴様につき合ってやる。命をかけてやるんだ、約束違えたら許さんぞ」

「分かっている」

 クォン・ソンギがフードの奥で、一瞬だけ歯を見せた、ように思えた。すぐに真顔に戻り、彰に向き直る。

「では、行ってくる」

 そういってクォン・ソンギは部屋を後にする。彰はクォン・ソンギを見送ると、部隊に指示を飛ばした。短く、第5ブロックと。通信を受けたイ・ヨウは誰よりもその意味を理解したらしく、短く返答した。

「あとどれぐらいで着ける?」

『30分かね、ここからなら』

 彰が問うのに、イ・ヨウの間延びした声が端末から聞こえた。

『今は、2ブロックだから。急げばそのぐらいだ』

「いいだろう。20分だ。20分で行け」

『まあ、出来ないことはないだろうから。すぐに向かうさ』

「頼んだ」

 そう告げると通信を切った。端末を押しやり、息をつく。背筋が、冷たい汗で濡れていた。

「思ったより早かったな」

 彰が身震いが止まらないというのに、レイチェルは涼しい顔をしている。どうしてそれだけ落ち着いていられるのかと、少し憎たらしく思うぐらいに平静さを保っていた。

「もうちょっと、連中が動くのは後かと思ったが」

「早いなら早いに越したことはない。こっちの消耗が少なくなるから」

「早すぎる、気もするがな」

 レイチェルは、どうにも懐疑的な目をしている。

「こうまで都合よく、機械どもが現れてくれるというのは、逆に怪しい」

「そうだとしても、ここを逃したら連中を叩く機会など失われる。ここは何として仕留めておかなければ」

 レイチェルはそれ以上は追求せず、壁に張り出された地図を見た。すでにいくつかの拠点が青く潰されている南の拠点に対して、手つかずの西。ただ一つ、黄色のマーカーで記されているのが、『黄龍』の本部ビルのある場所だった。

「それで、こちらも動くのか」

 レイチェルの問いかけに応える代わりに、彰はジャケットの下から銃を取り出した。旧型のグロック拳銃の、黒い地金が露わになる。

「ユジンたちが機械を討ったら、向こうで扈蝶と合流し、襲撃部隊の一部も西に入る。扈蝶の分断工作はぎりぎりまで続けて、連中がばらばらになったら、こちらから『黄龍』の本部に乗り込む」

「そうなると現場の指揮はどうする」

「ユジンが、後は全てやってくれることになっている。問題はない」

 手の中の銃を、操作した。何度も分解と掃除を行い、作動性を確かめたにも関わらず、いざ使うとなれば不安に駆られる。ちゃんと撃てるだろうか、暴発はしないだろうかと。何度でも確かめたい衝動に駆られるのだ。

「無理して、私につき合う必要なんてないんだ、彰」

 レイチェルは、呆れの色さえ浮かべて言った。

「俺がやりたいって言うんだから、無理してつき合うわけじゃないよ。それに、レイチェルは俺が戦えないと思っているのかもしれない……」

「違うのか?」

 弾倉を押し込んだ。

「雪久やあんたみたいなのとは違うけど。それでも俺だって、伊達にこの街で生きてはいないってことだ」

 ジャケットの下に吊ったホルスターに、銃を押し込めた。フィンガーレスグローブをはめ込み、拳を握った。

「それより、留守中の雪久はどうするつもり? あんたがいなければどうもならんでしょう」

「鉄鬼に見させるよ。あいつにはどうしても、生き残ってもらわなければならないからな」

「保険、って奴か」

 いまいち意味が飲み込めず、しかしそれを問いただす気にもなれず、彰は立ち上がった。

「いいだろう。ともかく、急ごう。連中が南に気を取られている間に」

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