第二章:10
少々、ジョーの言葉遣いを不快に感じるかもしれませんのでご注意ください。
乾いた寒風が吹きはじめる時刻。1人の男が街を駆けていた。
日は沈み、辺りが完全な闇に支配されるまでの数時間、世界は群青色に染まる。土くれと鉄筋の瓦礫の街に、青黒い空間が現出した。
その街の景色よりもさらに青いパーカーを着込み、足早にビルの狭間を走り抜ける。脇のホルスターにはオートマチック拳銃が刺さっている。
ビルの一つに駆け込み、階段を上った先に彼らはいた。
もともとはオフィスがあった場所であろう。机やPCのハードディスクの残骸が散らばっている。崩れた天井とはがれた床からコード類がむき出しになっている。
「何だ」
左手にもった林檎をかじりながら、ジョーは口を開いた。右手のアーミーナイフを、小手先でくるくると回す。
「猿の尻尾をつかんだ」
部屋に入るなり男はそう叫んだ。
男の言葉に、一同どよめく。
「やったじゃねえか。これで一気にそこに進撃すりゃいい」
ジョーの右隣にいた、ユーリ・ウロボスが吠えた。太い腕をぶんと振るい、短い首を鳴らした。
「落ち着けよ、ユーリ。それで場所は」
「《南辺》よりさらに下った、《放棄地区》だ。朴 留陣と“クロッキー・カンパニー”の作業着を着た男がそこへ向かったのを見た奴がいた」
「《放棄地区》か……厄介だな。あそこは不発弾が眠っている」
「なあ、ジョー。何を悩むことがある。場所も分かってるんだし、100人で一斉に探索すりゃすぐに……」
「だから落ち着けよ。不発弾の恐ろしさを知らねえのか? 戦中使われた小型核も埋まってるかもしれん。少しでも触ろうものなら消し飛ぶぞ。少しは考えろ」
まったく、この男は……ジョーは首を振った。
兵隊を預かったはいいが、その補佐としてビリーがつけたのは直情型のロシア男。脳みそまで筋肉で出来上がっている男である。「軍隊にいた」というが、ジョーには信じられない。というのも、軍人にもっとも必要な知性や思考力が備わっているとは思えないからだ。
討伐隊参加の理由も単純だった。曰く、「奴らに店を潰された」とのこと。経営していたパブを襲撃され、財産を失ったと言うのだ。
(ウォッカしか出さねえあんな店、潰れたところでどうってことねえだろうがよ)
ふっ、と誰にもわからぬようにため息をついた。
「じゃあどうするんだよ」
ユーリは憮然として腕を組んだ。
「100人で大挙して歩くのは危険だ。まず、捜索には10人単位の分隊で臨む」
「10人? そんなんで見つかるのかよ」
「まあ聞け。奴らもアジトにこもりきりじゃねえさ。外に出てきたところを狙うんだ。各所に張り込んでればそのうち出てくる」
ジョーには確信があった。
『BLUE PANTHER』のメンバーがそうであるように、ギャングのアジトは「住処」ではない。例外もあるが、大抵は各自の生活の拠点を外部に設けている。
実際、朴 留陣が住んでいたのは《南辺》のスラムである。襲撃に遭ったとはいえ、実際に住むのはそこ以外にありえない。イエローどもは家とか家族、そういうものに弱いからな――もっとも、家族など持っているほうが稀であるが。
「で、不発弾は?」
やっぱり危険だろ、とユーリは尋ねる。その危険を先ほどまで無視していたのは誰だよと言おうとしたが、ジョーはその言葉を飲みこんだ。
「金属探知機を手配しろ。軍用のな。“クロッキー・カンパニー”のホワイトカラー野郎にでも出させるんだな」
「あいつ、うちと縁を切る、とかほざいてたぜ。なんせ、こちとら『OROCHI』の一件で工員狩りどころじゃなかったからな」
「尻に銃口突っ込んで脅してやれ。『鉛弾でカマ掘られてえか』、ってな」
冴えたジョークとは言い難いが、ささくれたメンバーに一時の笑いをもたらすには十分であたようだ。だが、ジョー自身が笑うことは無い。
「奴らが出てきたら、とりあえず撃ち殺せ」
右手のナイフの動きを止め、虚空に刃先をかざしながら言った。低く唸るように。
「アジトを突き止め次第、全員で攻める。そして……」
ジョーは左手に力をこめる。
「一気に潰す」
握った林檎に、左の指が食い込む。果汁を飛び散らせ、その赤い果実は四散した。
「ところで、カンパニーの作業着の男、と言ったな」
ジョーが伝令の男に話しかけた。
「そいつ、顔に傷がなかったか?」
「さあ、聞いてねえけど。そいつがどうかしたか?」
「いや」
あの時、朴 留陣に助けられ、そのまま逃走した。もしやあの男がそのまま『OROCHI』に入るようなことがあれば。
「厄介な敵が、1人増えることになる」
だが
なぜか興奮を抑えきれない自分がいた。