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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:7

 ふと、話し声が聞こえた。ひどく小さな声で、何事か囁いている。良く聞けば英語に聞こえなくもないが、要所要所が聞き取れない。ユジンは声のする方に歩くと、韓留賢が端末に向かって何事か話をしていた。誰かに聞かれたくないというように、送話口を手で覆っている。

「韓留賢」 

 声をかける。韓留賢はユジンの姿を認めると端末に何事かしゃべって――おそらくはまたかける、とかなんとか――電話を切った。

「説得は済んだのか」

 韓留賢が端末を仕舞う。成海ではあまり見ないタッチパネル式だった。

「一応、言えるだけのことは言ったけど。それより今の電話は?」

「私的なことだ」

「ああ、もしかして例の彼女? まあプライベートなことに口を挟む趣味はないけど、ちゃんとこっちの仕事のことも忘れないでよ」

「分かっている」

 韓留賢はいつもと変わらぬ口調で言った。端末越しに話をしている時もやはり変わらない。相手が誰であろうと、この男は全く態度は変えない。

「それより、お前の方はどうなんだ」

 そう韓留賢が訊いてくる。誤魔化しなど効きようのない、鋭い眼光で射抜かれた気がした。

「問題ない、と言いたいところだけどそうもいかないわね。まあ、もう一度ぐらいは説得してみるけど」

「別にあいつの助けなど、要らんがな」

 韓留賢は本気でそう思っているかのようだった。その言い回しに、少しばかり腹が立ち、ユジンは語気を荒げた。

「言いたくないけど、事態がこれだけこじれているの、あなたのせいでもあるんだよ。そこのところ、自覚してもらわないと」

「この程度でこじれる方がどうかしているとは思うがな。最初から下に見られているから、そうなる」

「だから力で従わせろ、ってね。あなたはこの間から、同じことしか言わない」

「だが、お前だって少なからず、そう思っているのでは?」

「私がいつ――」

「あの娘とか」

 心臓が高鳴った。努めて平静さを保とうとしたが、どうやら少し顔に出てしまったようだ。韓留賢は、ため息をついて

「あの少女、宮元の妹。もしお前が話し合いによって解決しようというならば、なにもあんな小娘一人に話し合いが通じないはずはない。それをしないのは何故だ。他の連中には散々説いておいて」

「それは……その」

 返答に困った。できればそのことについて、触れられたくはなかった。

「そっちは、何とかするわよ。作戦に支障が出ないようには」

「どうだろうかね」

 韓留賢は肩を竦めてみせた。時間を気にするように時計を見て、ユジンの顔と見比べる。

「あいつが承諾しなかったらどうするつもりだ」

「どうもしないよ。私とあなたで乗り切るしかない。遊撃隊の援護も受けられなければ、最悪2人だけでぶつかることだって想定しなければならない」

「2対2で、か。お前の棍は良いかもしれないが、俺の刀では奴らを斬るには不足するかもしれないな」

「だから、玲南が必要、なんだよ」

 ユジンは懐中時計を取り出した。ずっと地下にいたら、時間の感覚などすぐに狂ってしまう。10時間後といえば、明日の朝8時頃だ。それまでに何とかなるものなのか。

「標と、あとクロスボウみたいに、突き刺す武器の方が有効だから。彰の作戦は、『STINGER』頼みなところがあるし」

 だからといって、それが悪いとは思えない。やはり機械を倒すには、それくらいは必要なのだ。韓留賢は果たして、ユジンの意図をくみ取ったのかどうか分からず、背を向けた。

「まあ、楽しみにしている。玲南の返事によっては、お前が正しいのか俺が正しいのか、ある意味決定するわけだからな」

 そう言って過ぎ去る韓留賢の背中を見送った。ユジンは、一つ深呼吸をした。

 どちらが正しかろうと、それはどちらでも良い。ユジンが間違っていたのならば、それは仕方がないだろう。ただ、機械たちに相対する戦力が大幅に減るだけで。

「こんなときは」

 雪久は、こういう事態になったらどうするのだろうか、と。そう思って、しかしその考えを打ち消した。雪久のやり方は特殊だ。自分に真似ができるようなことではないし、真似をしようとしてはならない類のものだ。大体が今、雪久のやり方を考える方がどうかしている。

 だがそれでも――ことこういう事態になれば、誰かに正解を求めたくなる。これでいいのか、これであっているのか? このやり方で正しいと、誰かに言ってもらいたいのだろうか。

(馬鹿馬鹿しいっ)

 頭を振った。誰も正しさなんて証明してはくれないし、たとえ言ってくれたとしてもそれが何になるのか。正しさを証明するなら、勝つしかないのだ。勝てば正しく、負ければ間違い。一番シンプルなやり方。そうすることによってしか、正しさは証明できない。そんな当たり前のことを見逃して、何かにすがろうなどどうかしているのだ。

 

 広間に行くと、すでに合議は終わったらしく、彰と何故かレイチェルがいた。二人がな何やら深刻そうな表情で話をしているのに、声をかけるのを躊躇した。そのまま去ろうかと思ったとき、彰がユジンの姿に気づき、声をかけてきた。

「おお、ちょうど良かった」

 彰が手招きしてくるのに、ユジンは仕方なく2人に近づいた。レイチェル・リーが視線を向けるのに、ユジンは軽く会釈をした。

「そっちの話は終わったの? 彰」

「今し方。遊撃隊には粗方、説明し終えたから。あとは連中の返事次第だな。そっちは?」

「遊撃隊が首を縦に振らないものを、彼女が承諾するわけないでしょう。でもまあ、この前よりは手応えはありそうだったけど」

 油断はできない。ユジンが念を押すまでもなく、彰もそう思っていることに違いはない。彰はため息をして、タバコをくわえた。

「やめたんじゃないの?」

「何をだ」

「タバコ」

 彰の足下に散乱している吸い殻を、ユジンは示した。少なくとも10本以上は散らばっている。半分はレイチェルのものだとしても、それなりに多い数ではある。

「やめるのは、もう少し後にしようかって思ってね」

 恥じるように彰は笑い、今吸っているタバコを投げ捨てた。

「せっかく自制しても、そこの大女が持ってくるんだからしょうがないよ」

「大女とは随分だな」

 レイチェルはいかにも不服そうな口振りで言う。確かに、レイチェルは大柄というわけではない。ただ骨格や筋肉が発達しているから、大きく見えるというだけで。

「遊撃隊の返事を待つよりも、私は雪久に出てもらった方がいいと思うけど」

「そいつは」

 ユジンの問いかけに、彰は歯切れ悪く答えた。

「俺も、一瞬そう思ったんだがね」

「あいつはまだ出せないよ」

 レイチェルが彰の言葉を遮った。どう揺さぶりをかけられても必ず答えるという、自信に満ちた物言いだった。

「どうして? 雪久を鍛え直すとかなんとか言っているけど、そんなの今やることじゃないでしょう? ベストな状態のまま、戦えるならば戦ってもらった方がいいんじゃないの?」

 ユジンはそう、レイチェルに詰め寄った。

「あなた、雪久とどれくらいのつき合いがあるのか知らないけど、雪久はあなたのものじゃないんだから。保護者みたいな顔するのやめてくれないかしら?」

「私がいつ、保護者面をしたかな」

 レイチェルは涼しい顔をしている。ユジンごとき小娘に詰め寄られたところでなんら痛いところなどない、そういう風情だった。そんな態度が透けて見えるから、ユジンもつい口調が強くなる。

「自覚がないって恐ろしいね。でも、雪久だって迷惑しているはずだよ。あんたは『黄龍』で、元々は敵で、それ以上は何にもないはず。あんまり出しゃばった真似していると」

「その辺でやめとけよ、ユジン」

 彰が遮った。あまり人前では見せない、険しい表情をしている。

「内輪揉めは。雪久のことは、本人も納得してのことなんだから、その話題は引っ張るようなことではない」

「でも、雪久は戦えるんでしょ」 

「戦えるといっても」

 レイチェルが口を挟んだ。

「いつものような、猪突猛進を繰り返すだけだ。あいつは私の所で、基礎を身につける前に出ていってしまった。せめて今だけでもたたき込まないと、今度こそ死ぬぞ、あいつ」

「あなた」

 ユジンはレイチェルを睨み付けた。

「いつものように、とか雪久の何を知っているっての。昔『黄龍』に身を寄せていたのかどうか知らないけど、今は違う。あなたの弟子でも何でもないのに、何でそこまで偉そうに口出せる訳?」

「昔と違うというなら、少しはマシになっているはずだけどね。変わっていないから、困る」

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