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監獄街  作者: 俊衛門
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第十四章:5

 黒服達の拠点に爆薬を仕掛け、爆撃によってひるませる。その隙に襲撃部隊が攻撃するという、単純な作戦だった。工作部隊は、その手の作業が慣れているものを選出させている。拠点攻撃の目的以外に、爆発の規模や効果を調させ、それによってどれほどの量を機械どもにぶつけるかを計算する。そういう策だった。

「レイチェルの伝手で仕入れたTNT火薬。それと手製の爆弾。爆発の威力はTNTが圧倒的だが、あれは希少だからね。俺の手作り爆薬と交えて使うんだけど、どれぐらいの分量を配置すれば良いかは、まだ試算中だ」

 そこまで言うと、クォン・ソンギの目の色が。それまで拒否感しか示さなかった男の、頑な表情が、初めて興味深さを表していた。

「うまくいけばそれも良いだろう。だが」

「まだ何か足りないかい?」

 彰は、クォン・ソンギだけでなく、遊撃隊の、その場にいる全ての者に語りかけるように言った。

「このまま地下でくすぶって、何もしないでいても状況は変わらない。目の前に敵がいて、そいつらがこちらに向かっている。それを、討つ手を考えずに内輪で揉めていては、自殺するのと同じ事だろう。打つべき手を打ち、それで殺られたとしても、何もせずに黙って蹂躙されるより、どっちが良い? そんな態度じゃ、少なくともこの街じゃ生きていけない、分かりきっているだろう」

 遊撃隊が、目をみはり、『OROCHI』の連中がざわついている。誰も彰の口から叱咤めいたことがしゃべられるとは思っていなかったのだろう。明らかに、動揺が広がっていた。

 クォン・ソンギが立ち上がるのに、ざわめきが収まる。

「一度、考える」

 一言、そう告げると、それが合図だったかのように遊撃隊の面々が立ち上がった。

「今夜、一晩。話し合う。明日までに結論をまとめる」

 クォン・ソンギが言うのに、彰は薄く笑いながら、

「いい返事を待っているよ」

「抜かせ」

 クォン・ソンギが部屋を去るのに、遊撃隊の面々が続いた。他の面子もそれにつられるように部屋を後にして、気づけば彰一人だけが残った。

「もうちょっと、演説の技術を磨いた方が良いな」

 いや、もう一人。いつの間にいたのか、レイチェル・リーが背後で腕組みしながら、壁に寄りかかっていた。

「俺はそういうタイプじゃないから。力でも弁論でもまとめることは出来ないから、せめて策を設けて連中に頼み込むしかない」

「そうかい。まあお前にはお前のやり方がある、と言ったばかりだから。口を出すつもりはないよ」

 レイチェルは、自身の前髪に触れながら言った。ここに来る前は短く整えてあった黒髪も、今では肩にかかる位にまで伸びている。髪そのものも、若干痛んでいるようだった。

「雪久はどうしているんだ?」

 と彰が訊くと、レイチェルは髪を弄ぶのを止めた。

「今は鉄鬼に任せてあるよ。腕も回復したから、稽古相手としては申し分ない」

「ああ、そう」

 体格に恵まれない雪久が、あの巨体に何度も弾かれているかと思うと、少しばかり不憫になってくる。

「雪久も、もう戦いには出られるんじゃないのか」

「あいつは最後の切り札だよ。何事にも保険は必要だ」

 何やら意味ありげなことを言うと、レイチェルは煙草を取り出した。

「保険ねえ。何でもいいけど、そろそろ不満が溜まっているんじゃないのか、雪久。稽古ばかりじゃ、飽きるだろう」

「そんな不満を漏らす暇など与えないよ。こう言っては難だが、今の雪久を参加させたところで足手まといになるだけだ」

「随分はっきり言うね」

「真実だからな」

 多分、何を言ってもレイチェルは真意を語りそうもない、そう思った。いくら問い詰めても、それが必要なのだと主張し続ける。レイチェルにとって、そこは譲れないところであるらしい。

 だから彰も、それ以上追及しない。

「あの連中、動くと思うか」

 レイチェルは煙草に火をつけ、箱を彰に放った。彰はそれを受け取ると、箱から一本、引き出す。

「動かなければ、俺たちだけでやるしかないよ。でも、あの様子じゃそれなりに心は動いたはずだ」

「それも、一晩で心変わりするかもしれない。もう少し説得してみたらどうだ」

「行け行けで押しすぎても、かえって嫌われる。あいつらが考える時間も与えてやらなければ」

 ゆっくりと煙を吸い込むと、何日かぶりのニコチンの味が染み込んだ。最近は煙草を口にすることもなくなり、これを機に禁煙でもしようかと思っていたが、どうやらこの味と別れることは無理であるらしい。

「まだるっこいやり方かもしれないけどね」

「それはそれで良いだろう。それよりも」

 レイチェルが煙草を投げ捨てた。彰が半分ほどまで吸っている間に、レイチェルは一本丸々吸いきってしまう。どういう肺活量をしているのだろうか、と感心するやら呆れるやらだ。

「さっきは誰も指摘しなかったが、あの機械を殺ったとしてもそれで話半分だよな」

「ヒューイのことか?」

 彰は煙草の箱をレイチェルに返した。

「そっちも考えているよ。南の拠点を炙り出した後、扈蝶には西に行ってもらう」

「西へ?」

「なんだかんだで、『黄龍』の内部事情に詳しい人間が、この仕事にはふさわしい。西に散らばる私服たちには嘘の情報を流して、混乱させるつもりだ。うまくいけば、相手の力を分断することが出来る」

「あの子一人で大丈夫か、そんなの」

「噂ってのは広まるのは早い。あの男の今の地位は、レイチェルから無理矢理奪い取ったもの。青豹の時も思ったけど、そういうやり方って人心が離れるのも早いものだから、悪い噂も浸透し易い」

「そう聞くと」

 レイチェルは、火のついた煙草を噛みながら言った。

「雪久のやり方も否定しているように見えるが」

「そういうことになってしまうかもね。でも気づいたんだよ。何で『STINGER』の連中が、あれだけ強固なのか。やはり金って男の元に集まったから、なんだろう。あんたや、金のやり方は、効率が悪いかもしれないけど、いざというときにはそっちの方が強い」

「私を持ち上げているつもりなのか知らんが、人心を掴んでいればそもそも足下を掬われたりはしない。お前は少々、私を買い被り過ぎだ」

 苦笑しながらレイチェルは、煙を吐き出した。照れと悔恨、あるいは情けなさがない交ぜとなったような顔をする。

「ただ、足下を掬う人間が一度上に立ったら、もう今まで通りとはいかない。案外、内部は脆いのかもしれなくて、そこに俺らが付け入る隙がある。『黄龍』だけでなく、《西辺》全体としても」

「だからといって、兵力のほとんどを機械どもに注ぐのならば、あまり効果は期待出来ないんじゃないのか」

「姉御が心配していることは分かるよ。だから、仕掛けがうまくいけば、そこから先は決死隊だ。大軍で攻められるよりも前に、一気に頭を潰しにかかる、それしかない。すなわち、直接介入。あの男の居場所に潜入して、叩き潰す」

「簡単に言うな、彰。あれでも手練れだ。機械を潰すのに、人員を裂くとなれば」

「そいつは、おいおい考える。今は、あの機械どもを殺すことと、西の工作がうまいこと運ぶ、それが先決だ」

 レイチェルは、果たして疑念めいた目でもって、彰を見据えた。

「お前はまだ、何か考えているのだろうな。考えても、それを明かさない」

「そうかもね。誰に似たのか知らないけど」

 彰はそういって、薄く笑った。レイチェルが思うこと、言いたいことをすべて呑み込んでの笑みだった。

「ただ、これだけは言っておくけど、俺はあんた一人を西にやるつもりはないよ」

「な、何を」

 レイチェルの顔に、初めて狼狽が浮かんだ。やはり、と彰は思って、

「多分、あんたは一人でヒューイのところに行って、決着つけようとか思っていたんだろう。差し違えても、って」

「こういう事態になったのは、私の責任でもあるから、それは当然のことだろう」

「当然だなんて、言われても困るよ。今では俺とあんた、『STINGER』の遊撃隊共々一蓮托生。勝手に死なれるわけにゃいかない。少なくともあんたが知っていること、隠していることを、すべてぶちまけてもらうまでは」

 レイチェルは、降参したというように肩をすくめた。

「あまり、お前には隠し事は出来ないな。そんな簡単に見透かされるようでは」

「それなりに付き合い長い奴なら、分かるんだけどね。別に見透かしているわけじゃなくて、あんたが下手なだけだ、隠すのが」

 彰は煙草を落として、靴の裏で踏みしめた。あまりにも呆気なく、燃え尽きてしまった感じがした。

「ま、とりあえず。今はあの機械どもだ。遊撃隊と、それと」

「それと、何だ」

「ああ、いや。もう一つ懸案事項があってさ」

 彰が言うのに、レイチェルは不思議そうな顔でみていた。

(あと、もう一人)

 戦力の差を埋めるために、必要なこと。その一人を説得出来るかどうかで、今後のあり方も変わってくる。

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