第十四章:4
報せ通り、黒服たちはいた。《南辺》の第5ブロック区画の、繁華街を外れたところ。雑居ビルの中に目立たないように備え付けられた『黄龍』の拠点、その一つを見据える。
リーシェンが到着したのは、報せを受けてから30分後のことだった。南の拠点で、単独で襲撃をかけろと言う命が下り、リーシェンら襲撃部隊が選出された。慣れない小銃を持たされ、件の『黄龍』南侵略拠点を襲うなどという重要なことを、あたかも使いっ走りにでも行かせるような気楽さを以て言われ、少々辟易としながらも襲撃に向かった。
黒服を相手にするなど、初めてのことだった。『黄龍』がただのギャングではない最大の理由は、私服兵とは別にいる、黒服たちの存在だった。傭兵や生粋の殺し屋、中には正規軍にいたものまでいる。チンピラ相手ではなく、そうした暴力に関しては手慣れた連中とのいざこざは、なるべく避けて生きてきた。
それが今になってなぜ、という気持ちもある。正直、貧乏くじだと思ったが、しかし戦力が足りない以上、自分のような未熟な者でもかり出されなければならないという事情も分かっていた。分かってはいたが、非常事態だと自身を納得させるより無い。
ビルに仕掛けを施した、工作部隊の連中が出てくるのを見た。襲撃チームはリーシェンとともに隣のビルに移り、じっと外をうかがっている。やがて、合図の信号が、リーシェンの端末に入った。
一瞬おいて、目標のビルから火の手が上がった。一階部分に備えた爆薬が、窓ガラスをすべて吹き飛ばし、白熱した質量が一気に膨れ上がった。酸素を求めて火炎が増し、紅の炎が壁を這って二階三階へと駆け上った。ガスボンベに引火して再びの爆発を引き起こすのに、ますます炎の勢いが強くなり、ビルを包んでゆく。どれほど離れていても皮膚を焦がしてしまいそうな圧倒的な熱を前にして、リーシェンは服の下でじんわりと汗が滲んでゆくのを感じた。
一人、ビルから飛び出した。それが合図だった。襲撃隊が飛び出し発砲。黒服が銃を抜く暇も与えなかった。
一人二人とビルから避難してくる黒服に、リーシェンは小銃を向け、一人ずつ片づけた。リーシェンの小柄な体にはおよそ不釣り合いのAK小銃、それを単射できっちり狙いをつけながら、四名ほど立て続けに撃った。ほかの者たちもめいめい、得物を駆使して片づけてゆく。黒服たちは爆発の混乱もあって案外簡単に始末できた。
全員始末した――とイ・ヨウが血濡れた斧を引っ提げて来たとき、ようやくリーシェンの緊張もほぐれた。黒服たちの死体が10体ほど連なり、路上に転がっている。一人として残ってはいない。拠点だったビルは、完全に炎の中に埋没していた。
「状況終了」
リーシェンが端末に向かって言った、その言葉は遙か第2ブロックの地下、『OROCHI』の拠点にまで届けられた。地下でリーシェンの報告を受けた彰は、端末を握り締めた。
「ご苦労だった、リーシェン」
それだけ言って端末を切り、『STINGER』たちと向き合った。作戦会議室に詰めているのは、遊撃隊、『OROCHI』と、わずかな『黄龍』の面々。レイチェルと雪久は相変わらず稽古を行っているらしく、欠席だった。
「今聞いての通り」
彰は、一つずつ言葉を選びながら、口にする。
「黄龍の拠点はこれで3カ所。いずれも警備が手薄な場所だが、こうやって一個ずつ潰してゆけばさすがにヒューイも動くだろう」
「そんなせせこましく立ち回って、効果などあるのか」
とクォン・ソンギ、まさしく疑念の塊であるかのような物言いでもって、詰め寄る。
「せせこましいっても、ゲリラ戦法とはそういうものだろう、遊撃隊だって同じような手段だっただろうに」
「『黄龍』は巨大だ。一つ一つを相手にしても、頭を潰すには至らない」
「小さな傷でも、重なれば致命傷にはなる」
彰は壁に張り付けた、成海の地図に向き直る。《南辺》の至る所に印をつけてあり、それらが『黄龍』が《南辺》に築き上げた拠点だった。印の大きさで規模を表していて、また以前から存在した出先は赤く、最近新たに設置したと思われる拠点は黄色に塗ってある。いずれも扈蝶と連の情報収集で分かったものだった。
「手薄なところから、狙って行く」
彰は青いピンを取り出し、印の上に刺した。襲撃した箇所は、与えた被害の大小を問わず、攻略したとみなして旗を立てる。すべての印を攻略することは不可能なので、印のより小さいもの、少なくとも10人前後しかいないような拠点は全て襲う。それが当面の目標だった。今刺したものを含めて、襲撃済みは3カ所。まだまだ遠い。
「手薄とは言え、黒服だ」
クォン・ソンギのもっともな意見に、遊撃隊の面々が首肯する。
「いずれ返り討ちに遭う」
「そんな、全力で当たる必要はない。まあ襲撃部隊にもそれなりの奴を配置しているから、ただでやられるということは無いとは思うけど」
「敵も馬鹿じゃない。兵力をこちらに差し向けてくることは確実だ。そんな付け焼き刃のゲリラ戦法でどうにかなるとは思えないがな」
「南にその名をとどろかすゲリラ遊撃隊に付け焼き刃などと言われちゃ、その通りだと認めるより他ないけど。でもそれこそが目的なんだから、それはそれで良い」
意に介さないといった顔のクォン・ソンギに、彰はさらに言う。
「機械どもがどこから派遣されたかってのは、まあ今は定かじゃないが。とりあえずレイチェルや、あとは多分『千里眼』の和馬雪久を叩き潰したい狙いがあるのだろう。その、一番潰したい相手が、今もまだ《南辺》にいるとあれば、ヒューイだって心中穏やかじゃいられないはずだ」
「だからといって、何故こちらから動く」
「つまり、揺さぶりをかけてやる。奴らどうせ、こちらに攻め込むつもりではいたのだろうが、早い段階から突っついてやれば、さすがに焦るだろう。すなわち」
と彰、地図上の、第2ブロック辺りを指さす。
「こちらを潰そうと、機械どもを動かす可能性がある。そこを襲撃する、という算段だ」
「そんな都合よく、行くものか」
クォン・ソンギ、まさしく予想通りの反応だった。普通に考えれば、今述べたことなど全て希望的観測でしかなく、事がそんなにうまく運ぶなどとは、疑問を持って然るべきだ。
だが、それでも彰には確信があった。
「ユジンが襲われたときも、あの機械どもの片割れが動いただろう。どれだけ俺たちを殺したがっているか、分かるというものだ。こちらがレイチェル・リーを擁し、雪久も健在な今、反乱の芽があるとみなして奴らも本気で奪りにくる。場合によっては機械どもを動かすこともありうる。暴れて、レイチェル・リーと『千里眼』ここにあり、と主張してやれば、もう奴らも西の番人とはいられないはずだ。あっちが動くのを待つよりも、こっちが打って出て奴らを動かす。それが目的だ」
遊撃隊の連中が、朝鮮語で何事か話し合っていた。今、彰が述べたことを、どのように受け止めるべきか。彼らの間でも、今の話をそのまま呑み込みかねている。そんな印象だった。
クォン・ソンギは一人腕を組み、黙していた。長い思考の後に、ようやく口を開いた。
「動かしたとして、それに勝てる見込みは」
「そのままじゃ、無いだろう。だけど、あんた達のその矢があれば、龍の目玉だって抉り出せる」
「どのようにするつもりだ」
「ここは《南辺》。奴らが兵力を増しても、廃墟と地下に紛れてしまえばなかなか見つからない。そのぐらいは、俺たちでもやって見せる。だから、『STINGER』の矢はもっと別の、龍の飼ってる化け物を倒すために使いたい」
彰は、クォン・ソンギの顔をのぞき込んだ。クォン・ソンギの鉄面皮が、かすかに不快を表すような色を帯びた。
「あの機械どもが現れたら、こちらから精鋭をぶつける。勝てる見込みは薄いが、奴らとやり合えるだけの力を持った人間だ。あんた達遊撃隊は、以前見せた鉄を貫く矢でもって、機械どもを狙い打つ。後方支援は、こっちの人間と元『黄龍』から、射撃に慣れた連中を5、6人。近距離と中距離、そして遠距離からの同時攻撃で、奴らの体力を削る」
「それでも、機械を倒すには至らないかもしれないが?」
「無論、そうだ。だから奴らを倒すのは、矢でも銃弾でもない。決定打となる手は、まだ他にある。ただそれをぶつけるまでに、奴らにある程度ダメージを負わせるための攻撃だ」
「その、決定打とやらは、何だというのだ」
「爆薬」
果たして、その場にいる者全てがどよめくのを、聞いた。
「それも、ビル一つ吹っ飛ばせるぐらいの、だ。機械どもが、南のどこに現れても良いように、各ブロックごとに適当な廃ビルを選び、そこに爆薬を仕掛ける。たとえば第3ブロックに出没したら、第3ブロックのその拠点に、奴らを誘導する。もちろん、攻撃を加えつつだ。そしてそのビルに入ったら、全員待避させ、爆破する。瓦礫の重さと爆圧で、連中を潰すんだ」
「やたら大量に火薬を仕入れていたのは、そのためか」
「“シルクロード”を通じて手に入れた爆薬だけでは、まだ足りない。今は俺手作りの新型爆弾を作っている最中だ。試験も兼ねて、工作部隊に使わせている」