第十三章:23
「こいつは専用のホットラインでつながっている」
あまりにも古めかしい外観の通信端末である。角ばった、大型のフォルムは、一昔前の型だ。
「これしか用意出来なかったが、物は悪くない。二人にはこれを持たせるから、都度連絡を取り合ってくれ。俺も持つから、何かあれば――」
「あの、ちょっとすみません」
おずおずと扈蝶が切り出すのに、彰は扈蝶の方に向いた。
「何、質問は後にしてくれよ」
「いやあの、私は納得してませんけど……その、探索に」
「ああ、あんたはもう決定だから。レイチェルがさ、褒めてたよ。『黄龍』じゃ身のこなしは一番なんだってな。何せ省吾とやりあうぐらいだから、腕も相当なものなんだろう」
「いや、だからって。何で私まで」
「まあまあ、一人じゃ大変だろう? こういう仕事はさ、二人で協力してやってくれよ」
「そんなこと言われたって、《南辺》に詳しいといってもたかが知れてますよ。大体、私じゃなくてももっと他に適任が」
「お前さんしかいないんだよ」
彰は扈蝶の肩に手を置いた。一言一言、噛んで含めるようにして言う。
「今、主戦力と言えば遊撃隊とわずかに残った俺達『OROCHI』。『黄龍』側の戦力といえば、もうレイチェルかお前さんぐらいなもの。この戦いにおける『黄龍』の関わりが薄ければ、それだけ他の連中にも響くから、ここらで実績を作っとかないと反発が生まれかねん。ただでさえ敵はヒューイを筆頭にした新生『黄龍』だ。縁の下の力持ちだけでなく、無理にでも表に出てもらわなきゃならない」
扈蝶は、それでも不満げだった。彰は念を押す意味で二、三、扈蝶の肩を叩き、
「ってことだ、まあこういうことは腕のない奴には頼まない。あんたの腕を見込んでのことだってことだから」
「それ、本気で言っているんですか。というより、そんなことを問題にしているわけじゃないのですが」
「心配せずとも、あんたは機械にぶつけることはしない。もっと別の配置につけるつもりだ。飽くまでメインは連で、扈蝶は補佐を。頼むぜ」
扈蝶は意図を掴みかねるという表情だったが、彰はそれ以上説明する気はなかった。再び連に向き直り、
「これでやってくれるか?」
「まあいいでしょう。不測の事態になれば、それはそのときに対応します」
「助かるよ。何せ、あんたが承諾してくれなきゃ、『STINGER』には頼める奴っていないからな」
「それはどうも」
連は特に有り難がるようでもなく言った。社交辞令じみたことなどいらないというように、
「では、後ほど。私は少し、玲南と話してきますので」
「説得してくれるってか?」
「いえ、そういうことではありませんが……」
連は最後、少しだけ歯切れが悪くなった。訳を言うことはなく倉庫を出て、果たして彰と扈蝶だけが残された。
「さて、あとはやるしかないって状況だな」
「あの人、信用できるのですか」
扈蝶はひどく顔をしかめながら言う。
「というと?」
「だって、何考えているか分かりませんし。それに『STINGER』ですから」
「そういう考え方は、今は捨てておけ」
彰は、携帯端末を机から取った。本当は動作テストをしようと思っていたが、それは次回に持ち越しとなりそうだ。地下であろうともかならず電波を拾ってくれる、台湾製の端末。
「敵の敵は敵で、そのためには今手を結ぶしかないんだから、どこどこの出自だからって疑ってちゃ団結なんぞ出来ない」
「でも、あの人は自分の手の内をさらそうとしない。他の、遊撃隊もそう、まるでこちらの出方を探っているようで気味が悪いです」
扈蝶の思いは、少なからず彰も抱いていることだった。遊撃隊との橋渡しどころか、連が介入することで事態が悪化することだって考えられる。それがどのようになるのか、と具体的に想像出来ないことが、また恐ろしくもある。この《南辺》で、一度でも殺し合いを演じたということはつまりはそういうことなのだ。共通の敵がいるとしても、それを理由になかなか一つになどなれない。どこかで、敵は敵だと思い、絶対に味方になどならないのではという危惧は、確かにある。
「それでも」
と彰は、煙草をくわえ、しかし火を点けそうになるのを押しとどめた。
「それでもやるしかないってことだ。こっちが信用しなければ、向こうも信じてはくれんだろう。俺たちが相手にしているのは、今までみたいな腐れギャングどもじゃない、巨大な組織と強大な敵、見たこともない機械どもと一戦構えなければならない。ここでもたついている暇はない」
「もっとあなたは、冷静な人かと思っていましたが」
呆れたように、扈蝶は肩をすくめた。
「何か焦っていますよね」
「焦るさ。逆に焦らない方がどうかしている。だからあんたにも、もっと焦ってもらわないと困るんだよ。どうも元『黄龍』組は、のんびりしすぎていけない」
お前の主人とか、とは言わなかった。レイチェルがどういう意図があるのか、彰にはまだ分からなかった。今、雪久を鍛え直すことにどういう意義があるのか、などとまるで見当がつかない。
だがレイチェルはレイチェルで動いている。ならば、そちらに頼らず自分で何とかするしかないのだ。しかしそれには自分一人で動こうとしても失敗する。周りを固めてゆかなければならない。
焦ってはいけない。しかしやはり、焦らなければならない。そんなジレンマを抱えても、それを表に出してはならない。
「明日から、お前さんにももっと働いてもらうからな。呆けている暇はない」
「呆けてませんって」
憮然として扈蝶は言って、ため息をついた。
「レイチェル大人からは、あなたの言うことを聞くようにと言われていましたので。大抵のことには従いますよ。この戦争の、原因作ったのは私たちですからね。口を出す権利はありませんよ」
「そんなことはどうでも良いんだけどさ。まあ、あんたには他にもやってもらいたいことはある」
「これ以上無茶しろっていうのは無いですよ」
扈蝶は食傷気味にぼやいた。自分がこんな目にあうのは納得いかない、というようだった。
「あの人と組むのだって、相当の覚悟が要るのに」
「別に組むわけじゃない。隠密はあくまで単独行動だから、連絡は取り合ってもらうけど基本は一人だ」
「そうですか、まあいいですけど」
扈蝶はふてくされたように言って、
「危険なことには変わりないが、他に頼める者もいないからな。頼むよ。それに、捜索続けていりゃもしかしたら、省吾に会えるかもしれないよ」
「じゃあ見つけたら、即うちに引き込んでもいいのですね?」
「それはまた別問題」
まだ何か言おうとしている扈蝶を無視して、彰は端末を取り出した。非常召集の連絡をユジンと他数人に打ち込み、画面を閉じる。
「ここから先は」
最後は、自分に言い聞かせた。
「やるしかないって、そういうことだ」
壁際のラックに収まった銃器を目にする。昨日までは想像もしなかった戦力の結晶を、手にすればもう後戻りは出来ないという予感はあった。もはやストリートのガキ共ではなく、『黄龍』と渡り合う以上はもっとも強固な組織でなければならない。そして今、後戻りなどという選択肢は存在し得ないのだ。
ならばやるしかない。もう一度唱えた。それが実感としてのしかかるまで、何度でも唱えるつもりだった。言葉にすることで覚悟が固まるなど甘いことだと、わかっていても口にせざるを得なかった。
成海の夜は更ける。次の闘いまでの日取りを数えて、今にも爆発しそうな熱が、街の至る所に潜んでいる。それに備えて深まる覚悟を、抱いて。
再びの戦いへ向かうために。
第十三章 完