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監獄街  作者: 俊衛門
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第十三章:22

「それで、《北辺》への捜索は効果ありと見るか?」

 彰は歩きながら話すのに、連はぴったり3歩離れて着いてくる。いつでもお前を狙える位置にいるのだぞと、脅迫されているような気分になる。

「半信半疑。あれではクォン・ソンギの心はなびかないでしょう。実際に金大人を助け出したのでなく、今の段階ではただの提案にすぎない」

「ま、そうだろうな」

 吸い殻を投げ捨てて、靴の裏で踏みしめる。最近では暇さえあれば必ず決まって煙草に手が伸びるようになった。安物の合成煙草とて貴重になっているのだから数を抑えなければとは思っているものの、作業をしていなければ煙草をくわえる、もうそれが癖になっていた。

「けど、俺らは何もポーズつけたいわけじゃない。同盟は金の判断だから、恩人でもあるわけだ。当然、恩人は大事にしなきゃね」

「どこまで本気なのやら」

 連がひとりごちたのを、彰は聞き逃さなかった。

(信用ないなあ……)

 無理もない話だ。元々敵同士で、こちらとしても『STINGER』の人員を手に掛けている。今日明日で和解できるはずなどない。

 今なら、りょうの言うことも分かる気がする。突撃隊は、命令とは言っても『OROCHI』の仲間を殺し、それですぐに仲間に、などとは雪久や彰は良くても他の者には到底受け入れられない話だっただろう。必ず軋轢が生まれる。恨みというものはそう簡単には消えてくれない。

「しかし、この同盟が決裂すれば、俺たちは共倒れだ。それが分かっているから、あんたも協力する気になったのだろう」

 歩きながら彰が言うのに、連は顔を見られるのを拒否するみたいに、ぐっとフードを引っ張った。

「薬の道は、『マフィア』の目をかいくぐって、やっと築き上げたもの。確かに、それを失うことは惜しい。金大人の判断は、つまりそういうことなのでしょう。ここで『黄龍』に潰されたら、ゆくゆくは『STINGER』も無事では済まないのは確かです」

 その事実がもたらす結果がどうあろうとまるで気にかけていないかのような、そんな話し方をする。あまり感情を出さないのも忍びと呼ばれる所以なのか、と妙なところで

感心してしまった。

「あんたを引き入れて正解だな。他の連中よりも話がわかる」

「誤解しないでもらいたい。私はあくまで『STINGER』の人間ですから」

「分かってるよ」

 廊下の突き当たりにたどり着いた。ステンレスの、すでに錆びてボロボロになってはいるが、今も現役で作動する。彰は鍵の束を取り出し、一番小さな鍵でその扉を開けた。

「ここに越してきたとき、いろいろと中を見て回ってね。最初はどれが何の鍵か分からなかったけど」

「何ですか、それ」

 連がのぞき込むのに、彰は微笑を浮かべて

「見れば分かる」

 扉自体が小さいのでくぐり抜けるような格好で中に入った。連がそれに続いた。扉を閉め、照明をつけた。

 果たして、連は感嘆の声を洩らした。

「これは……」

 おそらくそう滅多にお目に掛かることのない、連の驚きに満ちた表情だった。それほどの物が、そこにはあった。

 その空間は、元々は倉庫のようなものだったらしい。大体30メートル四方の広さはあるが、その壁際には先日仕入れたばかりの銃器を納めたラックが並んでいる。自動小銃と軽機関銃、成海に住まう難民風情が逆立ちしても手に入りそうにないものばかりが。

「全て搬入は終わったようだな」

 彰が声をかけると、ラックを見上げてノートになにやら記入していた胡蝶が振り向いた。

「集計作業してたのか。邪魔して悪かったな」

「もう終わりましたよ」

 扈蝶はノートを閉じた。そこで怪訝な顔をして、彰の背後にいる連の方を見た。

「あなたは、確か『STINGER』の」

「ああ、折角だから来てもらった。作戦は、彼女の存在なしには成り立たないからな」

 連は彰を一睨みしてから、銃器の山を見つめて言った。

「あの機械たちに、これで対抗するのですか」

「言いたいことは分かる。銃が効かないのは、先日証明されたばかりだからな。だから、こいつで倒すなんてことは言わない。ただ、だからって剣や槍みたいなクラシカルなものばっかりじゃあな」

「ならば、これほど大量には必要ないでしょう」

「これは本山、つまり《西辺》の本部を襲うときに使う奴も含まれている。それと、別に俺は機械ども倒すのに「全く使わない」なんて言ってないよ」

「そういう、変にもったいぶる言い方やめてもらえませんか」

 連の、抑揚のない声音に、やや不機嫌さが滲んでいた。

「じゃあ本題に入る。あんたには当分、隠密で動いてもらいたいことがあるんだ」

 何やら腑に落ちない様子の連に、彰は中央の机に古地図を広げてみせた。簡略的にブロック分けされた、《南辺》の地図には、大戦前の建物が記されている。

「正式なものじゃないから、ところどころ違うところがあるが。まあ大体同じだ。あんたら二人には、こいつを元に機械共の同行を見張ってもらいたい」

 二人、と聞いて扈蝶は明らかに狼狽していたが、彰は気にせず続ける。

「あいつらが攻めて来るのを待っていたら、『黄龍』の勢力を伸ばすだけだ。それよりはこちらから迎え撃つ。そのための下準備だ。連中が出没するところを、ピックアップしてもらいたい」

「あの、質問が」

 と扈蝶、遠慮がちに手を挙げる。

「何でしょうか、扈蝶さん」

「いやあの、それ私もやるのですか……?」

「レイチェルには許可もらっているよ。《南辺》について一番詳しいのはあんただって。ああ、雪久のことは大丈夫だってさ。レイチェルが見るからって」

 まだ何かいいたそうな扈蝶を押し切って、今度は連が口を開く。

「これは遊撃隊にはまだ?」

 何を遠慮する必要があるのかという確固たる口調。むしろどこか、責めるような意図すら透けて、少々気圧されてしまう。

「クォン・ソンギには、情報が整い次第、伝えるつもりだ。機械たちの出処と、出来れば潜伏場所。《南辺》にいつ、どのタイミングでいるのか。それが解かってから改めて攻める機を計る」

「居所なんて、そうそう簡単に掴めるとは思えませんが。それに、《南辺》に留まっているとも限らない」

 連が言うのに、彰は頭を振って、

「簡単に掴めないから、あんた達に頼んでいるんだろう。『STINGER』の隠密さんよ」

 彰は身を乗り出した。連が少しだけ上体を逸らして体を遠ざけた。フードから覗いた口元が、やや引きつったようにも見えた。

「あの、《西辺》の襲撃のときも。その前に燕を攫ってくれたときも。俺達は『STINGER』にまんまと出しぬかれた。この街でギャングどもとやり合うには、必然的に情報戦にならざるを得なくて、そして俺達は少なからず情報戦をちゃんと演じられてた。そういう淡い自信も、あのときすっかり打ち砕かれたんだよ。必要だ、その能力」

「あれは遊撃隊が全て仕切っていたこと。私個人の力ではありません」

「何、あんた一人でも充分。ユジンを救い出したときも、あんたがいなきゃあいつ、死んでた」

 彰はそう言って身を離した。彰が離れると、心なしか連はほっとした様子で胸を撫で下ろしたように見える。

「どこに、誰がいるのか。それさえ掴んでもらえれば、作戦の目処も立ちやすい。その情報を元に攻める道筋を立てて、改めてクォン・ソンギに提出する。それで遊撃隊に協力を仰ぐつもりだ」

 連はまだ納得行かない様子だった。この上なく疑いの目を、たっぷり30秒間注いでから、

「それについて、こちらに何か利はあるのですか」

「実は、ない」

 連の疑念めいた目が、呆れ返ったという視線となる。

「だったら――」

「これについては、あんたに頼むしかない。単純に、ただただお願いするだけだ」

 理解不能。そう如実に語る連の視線が、しかし同時に困惑をはらんでいる。「お願い」だのと、一番この街では聞きなれない言葉だ。彰自身も、おそらく連も。

「情報が入り次第、俺は遊撃隊に作戦を持っていって説得する。連中の動きも活発になってきているから、あまり時間はかけられない」

 最後は、頭を下げた。体裁など構ってはいられなかった。

「頼む。協力してくれ。それなりの見返りは用意するし、絶対に損はさせない。力を貸してくれ」

 連は腕組みしながら黙していたが、やがて溜息をついた。表情は、やはり伺えないが、先ほどよりも少し固さが取れたような口調で呟いた。

「あなたみたいな性格、損する事が多いですね。でも金大人が気に入っている理由が少しだけ分かった気がしますよ」

 気に入っているのは俺じゃなくて舞だろう――と訂正する間もなく、連が応えた。

「いいでしょう。金大人が手を切らない限り、同盟は続いている。続いている以上は、あなた達がやられたら共倒れになる。ならば、少しでも動かなければ」

 彰は顔を上げ、思わず連の両肩を掴んだ。いきなりのことに連が小さく悲鳴を洩らしたが、そんなことも構わず、

「有り難い、その言葉。恩に着るよ、恩に着る」

「ちょ、離して下さいっ」

 連は彰の両腕を振り払った。必死な様子で払い除けるが、ややあって自分の行いを恥じるようにフードを目深に被り直し、再び圧しつけるような口調で言う。

「と、とにかく。すぐには動けませんから今日は準備を。明日から動きます。通信は?」

「そんなに嫌だったかい」 

 と苦笑しながら、彰は通信端末を三つ、机の上に並べた。

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