第十三章:12
船上のコンテナが下ろされた。クレーンでつり上げられた箱がリフトに乗せられ、倉庫の中に運びこまれる。コンテナは、倉庫の中央に据え置かれ、黒服が合図するとともに立方体の一面が跳ね上がった。
「ひやひやしたよ」
と、彰はコンテナの中に入りながら言う。
「何故だ?」
レイチェルはというと、早速荷を改めんとターボライターに着火し、すっと掲げてみせる。淡い炎が、ぼんやりとした明暗を作り、果たして壁面の銃器類がかすかに照らし出された。
「斬り合い撃ち合いよりは、ずいぶん大人しい。穏やかに速やかに事を運べるなんて、滅多にないことだ」
「馬鹿を言うな。撃ち合いの方がまだ心が休まるよ。少なくとも、撃った弾は当たるからな」
コンテナの内部が、徐々に知れた。壁際に銃を納めたラックが備えてあり、それぞれ小銃と拳銃、機関銃と綺麗に分けられている。弾薬は弾薬で、どうやら別のコンテナにでもあるようで、それらしきものは見あたらなかった。
「しかし、商売がやりにくくなるってのは、どういうことだ?」
「あの連中には色々と貸しがあるんだ。連中、国連の規制をかいくぐって特区内にも手を伸ばしたいらしいが、さっき言ったように新規参入が難しい状況らしい。そこで市場開拓の礎を提供した、つまりはそういうこと。結構、投資しているんだよ」
「俺たちがこけると、その市場開拓の足掛かりを失うってことか」
「まあ失敗すればしたで、私の首を取った奴と取り引きしよう、と思っていたのだろう。だが、背後に『マフィア』の存在があるかもしれない、となればそうも行かない。連中、さすがに『マフィア』と手を組むのは嫌らしい。是が非でも私に勝ってもらわなきゃ困るって状況になったわけだ。なかなか計算高い奴らだよ」
レイチェルは銃を手に取った。ドイツ製の軽機関銃だった。ドラムマガジン式、鉄骨を組み合わせたような銃身。武骨なフォルムであっても、レイチェルの手には馴染んでいるようだった。
「こんなものでも、あいつらを仕留めるのは難しいかもしれないぞ」
「仕留めなくてもいい。銃は飽くまでも足止めに過ぎないんだから。機関砲もそれほど多くはなくて良い」
彰は反対側のラックにカラシニコフが掛かっているのを見る。カラシニコフは、今や紛争地帯でその姿を見ない時はないというほど普及しているが、その多くはコピー製である。目の前の銃も、ご多分に漏れず台湾辺りで作られた模造品だった。
「兵隊にはこいつを配備する。遊撃隊も、今のままでは不足だろう。あの弩に拘りを持っているってなら、また話は変わるが」
「まだあまり読めないな、お前の考えが」
「そうかい?」
彰、今度は拳銃に手を伸ばす。オーストリア製グロック拳銃の、一昔前のモデルだ。
「俺も実は、全部が全部イメージが出来ているわけじゃない。だから、直接来たかったんだ。あの機械どもを止めるための、最適な武装を確めたくて」
「私に言えばよかったものを」
「人任せにはしない」
試しにスライドを引いてみる。無機質な金属音とともに引き戻る。空っぽの薬室に、銃弾が送り込まれる時、再びの覚悟が試されるときなのだという予感を得た。
「連中のこと、まだ引きずっているのか」
決まりきった動作のように、レイチェルはラックに収まっている銃火器類を吟味するように、一挺ずつ手に取って作動を確かめていた。銃把を握り、照準を合わせ、ハンマーコック、トリガーの感触一つ一つを確認している。
「俺が動かなければ、遊撃隊の信用は得られないということだ」
クォン・ソンギの言葉がよぎった。自ら動かないものに、ついてゆくはずもない。一人、安全な場所にいるものが、矢面に立たぬものが、兵たちに「死ね」と命じる立場。
(そんなものに、誰かがついてゆくなど)
なぜ今までが、それなりの組織としてまとまっていたのかが分かった気がする。何だかんだと、雪久は危険な場所に自ら赴き、誰よりも多くの戦いを体験していた。他の誰よりも鉄火場の似合う男、それが和馬雪久という存在であり、それ故に『OROCHI』を引っ張ってこれたのだ。
「ようやく分かったよ。雪久も、あんたも。おそらく、金も。自ら先頭に立ち、火を被ってきた連中ばかりだ。本来、頭とはそうあるべきなんだ。後ろでふんぞり返っているようでは、誰もついてこない。当然のことだ」
「雪久はともかくとして」
自動拳銃をいじっていたレイチェルが、回転式に手を伸ばした。
「何でもかんでも火の粉を被るから良いというわけではない。人がやっているから、それが絶対に正しいということはないさ」
「でも、あいつらはそれを望んでいる」
「人が望めば、何でもやるのか? お前は。出来ることと出来ないことは厳然としてある、出来ないことを無理にやってもかえって悪くなるだけだ」
「出来ないこともないさ。あんたほど慣れてはいないけど」
「慣れないことはしないものだ……これはどうだろう」
レイチェルが掲げてみせたのはS&Wコンバットマグナムだった。2インチバレルの小ぶりの銃身に、おそろしいほどの破壊力を秘めたモデル。レイチェルは、すでにそれが自分のものであると証明するかのように、トリガーガードに指をひっかけてくるりと手の中で回した。
「なんか、いつも疑問だったけど、レイチェルって回転式しか使わないの?」
「自動拳銃は壊れやすい。多少弾数は劣っても、信頼性ではこちらの方が上だ」
「そう? 俺は弾数多い方がいいけどな。リロードも楽だし」
彰はベレッタとグロック、散々迷ったあげくにグロックの方をラックに戻した。型落ちだが、まだまだ現役だ。
「もっとも、姉御には銃なんか必要ないんだろうけど」
「買いかぶるな。銃があれば銃の方がいい。刃より銃、銃より砲、そういうことだ」
「へえ、以外に合理主義なんだね」
彰はベレッタ拳銃をホルスターに納め、ベルトに固定した。
「だが、戦うのは銃が戦うわけではない。肝心なのは、銃を持つ者の在りようだ。お前に覚悟があるのは分かるが、実際に火の粉を被るような戦い方を演じるには、別の覚悟が必要だ」
わざと突き放したような物言いだった。突き放して、その結果がどうなるのか見届けようという心づもりが透けて見えた。彰自身が試されている、けれど半端な覚悟を表すことなど許さないという、重々しい響きだった。
「覚悟ならね、出来ているつもりだったけど」
それだけ答えるのが精一杯だった。重苦しい雰囲気から逃れようと、コンテナから出たところに、別のコンテナから出てきた扈蝶に呼びかける。
「例のもの、すべてそろっているか?」
「こちらの方に。見ますか?」
「もちろん」
扈蝶が出てきた、やや小振りのコンテナの中に入り、フラッシュライトで中を照らした。最初に、危険を報せる印が視界に飛び込んだ。いかにも頑丈そうな箱が、天井いっぱいに積み上げられているのを目の当たりにする。箱を開け、品名と照合して間違いのないことを確認する。
「ずいぶん大量だな」
と、レイチェル。さすがに驚きを隠せない様子だった。
「機械には鈍器、でもそれだけじゃ足りないからね。こいつで吹っ飛ばすより他ない」
「お前には自作した例のあれがあるじゃないか? ヒューイを攫ったときだって――」
「もちろん、あれも使うけどね。だが必要な威力を出すのには、材料も揃わないし採算も合わないから」
「これで、奴らをやりこめることは出来るのか」
「出来なきゃ死ぬだけだ。俺は、あんた達みたいな覚悟は決められないかもしれないけどそれぐらいは分かる。出来なきゃ死ぬ、なら死なないための努力をするだけだろう。そういうの、覚悟の内には入らないか」
「お前がそう言うのなら、それが覚悟なんだろう」
そのときの、レイチェルの顔は。
「お前の中ではな」
暗がりで伺い知ることは、叶わなかった。
“シルクロード”の商船が出航し、夜の海に掻き消えてゆく様を、扈蝶と一緒に見送った。
「武器は、それでどうするのですか?」
扈蝶がそう訊いてくるのに、彰はタバコに火をつけ。
「あの倉庫にしばらく保管して、明日には仲間が引き取りにくる。地下経路を使って運び出すから、一度に大量には運べないけど」
煙を吐き出してそう言った。本当は地下経路の存在は『黄龍』に秘匿し続けたいところだった。それが知られるだけで『OROCHI』の優位性は崩れるのだが、この際気にしてはいられない。
「武器が全部運び出されたら、作戦行動を開始するのですか」
「そいつは、まだ何とも言えない。奴らがどこにいるか分からないし、十分な戦力を整えるにはまず内部を固めないといけない」
タバコを、船が消えた後の海に投げ捨てる。水音とわずかばかりの火が消える音がした。
「それに、戦力だって足りるか分からない。本当は、事を起こすまでに省吾とも連絡を取りたいんだが……」
「そういえば、真田さんは無事なんですよね?」
急に扈蝶が食いついた。心なしか息が上気している気がする。
「生きているよ。今は行方が知れないんだけど、何とか合流できないものかな」
「ダメですよ。あの人をスカウトしたいのは、私たちも同じなんですから。どさくさに紛れて仲間に引き入れようなんてしないで、ちゃんと真田さんの意志を確認するべきでしょう」
「あいつの意志なら、多分どっちにも入らないと言うんだろうけどな。あんた、そんなにあいつを引き入れたいのか?」
「そうですね。優秀な人材は必要ですから。私は長いことこの街にいますけど、あれほどの使い手はいません。それに、個人的にも興味はあります」
「個人的にとは」
「『黄龍』には同じ年代の人って、いないんですよ。話し相手に不足していたので」
本当にそれだけなのかどうか、いまいち判然としない。どこか本意を隠しているようで、だが何を問うても本心を割るつもりはないという意志が垣間見える物言いだった。だから彰も、それ以上は何も言わない。
「今は、どっちがスカウトするとかいう話でもない。そんなことは、事が終わってからだ」
時計の針が、零時を回っていた。もっと長いこと倉庫にいたような気がしていたが、はじめから終わりまで、およそ一時間といったところだ。
「それに、当の本人もいないしなあ……無事ならば、連絡だけでも寄越せばいいのに」
「真田さんは端末を持ってはいないのですか?」
「持っていても、俺たちには決してキーを教えない。そういう奴なんだ、あいつは。。最初から仲間なんて必要ない男だし、こっちから近づけば全速力で遠ざかるっていう寸法だから、あんたがいくらがんばってもなびかないと思うけど?」
「そう、でも諦めませんよ、私」
扈蝶は少し含むように笑った。いたずらを思いついた子供のような仕草だった。ならば、好きなだけ勧誘すれば良い、と思った。好きなように気を引いてやればいい、あの男の気を変えることが出来るなら――声には出さなかったが。
いきなり扈蝶が火を差し出した。そこで自分が煙草を取り出していることに気づいた。特に吸いたいわけでもないのに、体がニコチンを求めているのだろうか。勝手に煙草を取り出して、無意識に咥える。それがもう癖になってしまっている。
「件の省吾は」
煙草に火をつけ、煙を吐き出した。
「どこで何やっているのかね」
扈蝶から返答はなかった。ただ曖昧に空を眺めている。