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監獄街  作者: 俊衛門
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第十三章:8

「あそこで、話をするというのはな、ユジン。さすがにどうかと思うが」

 韓留賢、廊下を歩きながら言う。数歩遅れてユジンが追った。

「どこまで行くの」

 いい加減歩き疲れて聞いた。もう20分ほど歩いているが、地下施設の広さを思い知らされるばかりで、全く目的地につく気配がない。補給基地の、倉庫や、今では意味を成さない整備室、誰も使っていない宿直室――そうした諸々の部屋も全て通り過ぎて、さらに奥に向かって進んでいる印象だった。ユジンも、普段足を踏み入れない、基地の最奥部。

「場所を改めるといっても、こんなに奥まで行かなくてもいいじゃない」

「奥だから良いんだ」

 韓留賢は振り向かずに言った。

「なにをする気よ」

「心配せずとも、取って食おうというわけではない。そんなことをすれば、あの男に殺されるだろうしな」

 冗談なのかそうでないのか分からない、真意を隠した口調だった。

「ただし、真面目に話をしようというなら、何もあんなところでする必要もない。それどころか、お前のしたことは不用意に他の連中を不安に落としいれることだ。そこの所は分かっているか」

「しょうがないじゃない。あんたはすぐに、どっかに行っちゃうから」

「それで済むならばいいがな」

 やがて突き当たりに至る。韓留賢は足を止めた。行き止まりの壁にはめ込まれるように鎮座する、アルミの扉に手を掛けた。薄暗く照明も殆どない通路の終着点にあるその扉は、壁そのものと一体化しているように存在感が無い。

「ここは?」

「俺が見つけた。手頃な広さで、音も聞こえにくい。最適な場所だ」

 言って、韓留賢が扉を開ける。油の足りない軋み、金属の擦りあわされる不愉快さを奏でて扉が開き、韓留賢に続いてユジン、中に入った。

 照明が灯った。そこでようやく全体を見渡すことができた。中は以外に広く、普段ミーティングで使う広間と遜色ない。奥行きも高さも、申し分なく充分な、しかし足りない照明のせいでその広さも半分ほどにしか見えない。天井に備わった、時代物の蛍光灯は既に光を失い、局所的にしか照らさない。四隅には影を落とす。

「元は食糧庫だったというが、当然今は食糧などない。長い間放置されていたようだが」

「こんなところに電気が通っていたなんて」

「基地の奥は、進んで誰も来たがらないからな。だが……」

 韓留賢がいつの間に手にしていたものを見る。一方に木刀――普通の物よりもかなり長く、刀身だけで四尺は越えようという「太刀」だ。いかにも大陸仕様といった、大掛かりな倭刀を模した木刀。

 そして何故か、韓留賢。左手には六尺棒を携えている。丁度、ユジンの棍と同じ長さだ。

「お前の言いたい事は大体分かる」

 その棍を、ユジンに放り投げた。ユジンが棍を取るのを受け、韓留賢は木刀を諸手で握り、少し剣先を下げた構えを取る。下段に近い格好だ。

「大方、俺を説得しようというのだろう。あの女と同じように」

「まあ、そうだけど。でも、それが分かっていて何なの、これは」

 棍は、撓りの少ない白樫製だった。普通大陸の棍は、柳などの撓りのある材質を選ぶものであるが、手の中の棍は幾分固く、どうにも手に馴染まない。しかし、棍の具合よりも、今この状況こそが、ユジンにとっては最重要の命題だった。

「まるで果たし合いでもするみたいに」

「そうさ」

 やおら、韓留賢。左足を半歩下げた。ゆっくりとその太刀を、頭上に掲げて、腰を落とす。

「何、何の真似――」

 時間など与えるつもりはないというように、韓留賢が飛び込んで来た。太刀を横薙ぎに振るい、撫で斬りに斬りつけた。

 紙一重だった。ユジンが半歩下がるに、目の前を木刀の切っ先が通過した。空気が裂ける音が遅れて到達し、風が塊となって顔にぶつかる。

「説得、などとまだるっこしいことは要らない」

 韓留賢が太刀を構える。真半身に構え、刺突の姿勢を取った。

「今は身内同士だ。話なら、こいつで聞く」

 剣先を、ユジンの方につける。

「何言っているの。意味が分からないよ」

「そうか」

 韓留賢、踏み込んだ。轟然と木刀が突き込まれた。喉の一点を狙った、明白な攻撃だった。ユジン、棍を旋回し掬い上げる。剣先と衝突した。

 木刀の切っ先が跳ね上がった。太刀の軌道が逸れ、一瞬、韓留賢の身が晒された。その機を逃さず、ユジンが踏み込む。

 蹴撃。韓留賢が前蹴りを見舞った。使い古された功夫靴の裏側が見えた、かと思った瞬間、顔面が弾かれた。倒れる――もつれる――どうにか踏み堪える。構えを取った、そこに太刀が振りかかる。

「破っ」

 気勢とともに振り下ろされる。太刀の袈裟斬り。ユジン、後退し、躱す。韓留賢、木刀を廻し、転じ、二の太刀を見舞う。捉える、顔面――またも紙一重。剣先がユジンの目の前を通過した。

「どうした。掛かってこないのか」

 既に次撃を見舞うべく、韓留賢は剣を中段につけていた。ぴたりと動かない剣先は、こちらの出方如何など関係無いというような威圧感を放っていた。

「待ってよ。何でこんなことしているのよ。私は、あなたと構える気はないんだけど」

「何てことはない。手合わせ、稽古の一環と捉えてくれれば良い」

「稽古と言ったって」

 今しがた、骨も砕けよとばかりに剣を振るい、蹴足を見舞ったばかりなのに、どうしてそれが稽古であるなどと言えるのだろうか。いくら得物が木刀であっても、明らかに手合わせの域を超えている。第一、手を合わせることに、何の意味があるのか。

「力だ、ユジン」

 不意に、口を突いた。そんな印象だった。木刀を胸の前で保持し、切っ先を向けた韓留賢の言葉は、かぼそく弱々しいものに聞こえた。

「力?」

「この街で生きる、絶対のルールだ。お前はそれを見失っている」

「それが、この状況と関係あるの?」

 ユジンも構える――左半身。槍のように棍の先端を向けた。

「お前は、あの女と遊撃隊を説得しようとしている」

「それが一番だと思ったから」

「それが、甘い」

 にじり寄る、わずかに半歩分。韓留賢はいつでも飛びかかる事が出来る。間合いの外側に身を置きつつも、その間合いはすぐに縮めることが出来る。そういう、微妙な匙加減の間にいる。

 ユジンは更に低く、構えを取った。

「説得など、連中にはあり得ないことを先ず知るべきだ、ユジン。例え目的を同じくするのだとしても、最終的にその目的にたどり着くまでには必ず綻びが出て来る。それらをいちいち、お前は説得して回るのか」

「それは」

「否だ、ユジン」

 突として、韓留賢の木刀が唸った。間など、何の問題にもならぬという思い切りの良さだった。慌ててユジン、下がり、半身に切りつつ、木刀を弾き落とした。

 木刀が転回した。右側面で廻し、勢いのついた剣先が横薙ぎに払われる。ユジン、下がるが、背面に壁を感じる。

 ガンッ。音がした。剣先を避け切れず、棍で受け止めてしまった。果たして韓留賢は、嘲りの色を浮かべる。

「真剣なら、棍ごと斬れたな」

「うるさいっ」

 馬鹿にされた、と思った。ユジン、韓留賢の胴に膝蹴りを打ち込んだ。韓留賢がひるんだ、その隙に壁から離れた。極端に距離を取り、刺突の姿勢を保ったまま向き合う。

「何故、説得など試みるのか」

 木刀を構え、韓留賢は言う。

「協力を仰ぐ、ということは少なからずこちらが下手に出る事を意味する。それは弱みを見せることに他ならない」

 木刀に手を沿わせ、両手を大きく張り出し、真半身に取る。次撃を、狙うのではなく、己の身が欲するままに打ち出す。そういう余裕が垣間見える。

「それは、相手に付入る隙を与えるということだ、ユジン。お前だって、この街の構造を知らないわけではないだろう。力を以ってしか、力を従わせることなど出来ない。力を乞うなど最悪だ」

「敵ならば、そうでしょうけど」 

 出方を伺う。棍の先、延長線上に韓留賢の喉を捉える。本気で迎え、本気で打つことしか、もはや選択肢は無い。

「味方でさえ、そうだ。しかも、同盟相手に味方も何も無い。目的を果たすなら、力で従わせるべき。玲南も、そして俺自身も」

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