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監獄街  作者: 俊衛門
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第十三章:7

 ユジンは玲南の両肩から手を離した。状況についていけないといった様子の玲南だったが、ややあって我に返り、口を開く。

「遊撃隊がいなきゃ、何も出来ないのにか?」

 皮肉を含んだつもりだったのだろうが、いまいち真に迫ることができない表情だった。よほどユジンの行動に驚かされたのか、まだ玲南の眼には狼狽の色が残る。

「遊撃隊は、街のゲリラ。だけどゲリラだけで撃破出来るものではないわ」

「あんた達が本隊だって言いたいのかもしれないけど、あの様子じゃあね」

「でも、事実あなた達だけでは「黄龍」に勝てないんじゃなくて?」

「そんなことはないよ。別にあたし達、同盟組まなくてもよかったけど、あんた達がどうしてもって言うから組んだんだ。そうしなくたって、あんた達と「黄龍」が互いにツブしあってくれるのを見てても良かったんだよ」

「でも、組んだ。何らかのうまみがあるから、『OROCHI』と『黄龍』が相討ちになるよりも『OROCHI』が『黄龍』を完全に打ち負かす方に賭けたはず」

 玲南が、ぐっと言葉を詰まらせた。それ以上何かを言えば、完全に自分の立場が危うくなるという態度だった。

 ユジンは続ける。

「同盟の条件が何だったか、なんて私は知らない。その条件があなた達にとってどういうメリットをもたらすのかも。でもそれでもいい、ただ私はどちらにも利がある方法を選びたい。そのためなら、何だってする」

 言いたいことを言って、反発を食らうのもその一つだった。同じ方向を向いていないのならば、無理矢理にでも同じ方を向く。遠慮などしていたら、目的など果たせない。

「嫌われたって、言うよ。私は」

 じっと見据えるユジンの眼差しに、玲南はため息を以て答えた。

「そりゃ、同盟の条件に、うちにとっての益はあったけど。でも賭けたのは、まだ「千里眼」が健在のうちだ。「千里眼」ならば可能性はあったけど、今はどう? あいつ無しでも益があるか? あんた達に。機械の連中まで出てきてさ。最初とは、条件は違ってきているんだよ。それでもつき合ってやっているってのに」

「雪久は死んでいないよ」

「そうは言っても、あの状態じゃ……」

 玲南が再び煙草の箱に手を伸ばしかけたが、思い直すようなそぶりを見せ、手を止める。

「韓留賢と組めないというなら、それでいい。でも今あなたに降りられたら困る。もし、私達だけで頼りないというなら、そこは改めるから」

「口で言うのは簡単さね、ユジン」

 玲南は横柄に肩をすくめた。

「意見を交わすっていうのは、対等だから出来る。和馬雪久を欠いたあんた達は、今の段階じゃ明らかに対等とは言えないんだ。そこら辺、分かった上で行動してよね」


 良い返事も聞けぬまま、ユジンは部屋を出た。玲南の合意は得られず、話は進展しないまま。しばらくは隊内のぎくしゃくした空気は戻らないということが決定的となり、当分は説得に追われることとなる。その事実を思えば、気が滅入るのもやむを得ないことだった。

(まずは彼らの信頼を得ること……)

 雪久に代わって彰が指揮を執るようになってから、あからさまに『STINGER』の面々は、態度を硬化させている。

 信頼。互いに抱く疑念。本当に味方なんてことがあり得るのかという、至極自然な懐疑だった。人がもっとも最初に抱く警戒が、本当に何でもない発言でも疑念は確信となる。韓留賢は、実は警告したつもりなのかもしれないが、玲南が仲間を侮辱されたと感じたのも、まだ『OROCHI』に対する不信感が拭えないから――

(そして、もう一つ)

 どうすれば、信頼を得られるか。それよりも、先にやらなければならないことがあった。その足で広間に向かい、まだ数人の少年達がたむろしている中、全員によく聞こえるように鋭く、一言発した。

「韓留賢はどこ?」

 珍しいものでも見るみたいに、視線がユジン一人に注がれた。大声を出したことなど一度や二度ではないはずなのだが、普段のユジンはあまり主張する方ではなく、皆にはよほど奇異に写ったようだ。

「会議はもう終わったんじゃねえんか、ユジン」

 一番端の方で、朝鮮将棋に興じていたイ・ヨウが言った。駒の置き場所を決めかねる手つきをそのままに、頭をもたげ、

「今度ぁ、何だよ。また召集ってなら、これが終わるまで待てよ。今いいとこなんだ」

 イ・ヨウ、ぱちりと『包』の駒を、相手方の「楚」の手前に置く。

王手チャングン

 相手のヨシがうなった。『漢』と『楚』を王として戦う朝鮮式将棋は、項羽と劉邦の争いになぞらえている。盤上では今まさに漢の軍が取り囲み、文字通りの四面楚歌の様相を呈していた。

 ヨシ、考えた挙げ句、『楚』の駒を下げた。突破するには至らない。

「期待はしねえでよ、ユジン。取り込み中だや、あいつ」

 勝負を見ていたディエン・ジンが、ウィスキーボトルを煽り、アラブの訛りが混じった濁声をひねり出す。

「電話が鳴って、慌てて出てったけ。ありゃ、女だ」

「マジかそりゃ」

 退屈そうに寝そべっていた黄が飛び起きた。

「黄、あなた雪久のところにいるんじゃないの?」

「リーシェンに行かせてるんだよ。それより本当かよ、それ」

 鼻息荒く聞き出そうとする黄を、若干うるさそうに顔をしかめてディエン・ジンは言う。

「あいつぁ、ここんところ誰かと話してんから。女じゃねえかって聞いたらそんなとこだって、本人が言ってたからな、間違いはねえだろ」

「そりゃまたうらやましい限りだこと」

 イ・ヨウ、まるで興味の欠片もないというように適当に相づちを打った。ヨシが駒を下げたのを見て、再び別の駒を突きつける。王手。完全な詰みである。

「俺の9連勝な」

 イ・ヨウはにんまり笑って、手を差し出した。ヨシはため息をついて、ドル札を二、三枚差し出す。

「こっちの将棋にはまだ慣れないな。駒の再利用が出来ないなんて」

「甘ぇよ、ヨシ。そんな甘いルールはねえ」

 ヨシがぼやくのに、イ・ヨウは今まで分捕った賭け金を揚々と数え、最後の一枚を指で弾いた。

「さっきのことか? ユジン」

 一息付けようと煙草に火をつけ、ヨシが言った。

「韓留賢を説得するつもりか? 彰が言ってもあいつ、聞き入れるつもりはないみたいだったけど」

「別にあなたにそんな心配されるつもりはないよ。韓留賢、いないのなら呼んできて」

「いや、あいつの居場所なんて知らないし……」

「いいから早く」

 訳もなくこの場に漂う倦んだ空気に我慢できず、つい大声を出してしまった。断固としたユジンの口調に、ヨシの表情がこわばる。

「何でそんなにカリカリしてんだよ。らしくないね」

 最大限に白けたというように、ヨシは肩をすくめた。

「そんなにすぐに用事があるなら、端末で呼び出せばいいじゃんか」

「無駄だ、韓留賢は誰にも番号教えない。彼女専用だろうよ」

 イ・ヨウが将棋の駒を一つずつ拾い上げて言った。一つ拾っては木箱に落とし、ひどく緩慢な動作で片づける。

「輪にかけてよ。いつものあんたと違う」

「だったら何よ」

「や、別に」

 イ・ヨウは肩を落とし、黙々と駒を片づける。一本足りない指が頼りなく駒を探り、拾い上げ、木箱の中に落とすという動作を繰り返す。駒を全部拾い上げたところで、盤を畳もうとした。

「苛ついてんなあ、ユジン。ちっとばかし、苛ついている。もうちょい、肩の力抜けばいいのによ」

「分かった風な口、聞かないでよ。端末で呼べないのなら、誰か呼んで来て頂戴。大至急」

「なら、自分で探しに行けよ、お嬢ちゃん。人に頼るな」

 挑戦的でもなく、イ・ヨウは淡白だった。激昂せず、むしろ嗜めるような口調だった。

「言うことは聞けないと?」

「そう言うことじゃないんだが。当り散らされるよりは、自分でさっさと探しに行ってもらいたいもんだな、黙って」

「何、その言い方は」

「突っかかるんじゃねえよ、いちいち。迷惑だ」

 挑戦的ではないが、はっきりと否定された。果たしてユジンは、声を失った。激昂と戸惑いが同時に襲ったような心地だった。投げかけられた非難が、胸の内を抉るようであり、加えてその言葉を投げかけたイ・ヨウに対する怒りと、自らに向けられた矛先を持て余す。複雑に入り混じった感覚だった。

「あんた――」

「おう、来たぜ」 

 ユジンの言を遮って、イ・ヨウが発するに、皆が一斉に入り口を振り向いた。例外なく、ユジンも。長身の男が無表情のまま広間を睥睨するような眼で見回している。

 誰もが予期しないことだった。故に誰もが言葉を失っていた。当然、ユジンもその一人だった。完全に声をかけるタイミングを外してしまっていた。誰かが声をかけるのを待っているが誰も自分から均衡を破ろうとしない、微妙な空気の中、韓留賢は悠然と歩を進めた。

 ユジンが何かを発する前に、韓留賢は何に配慮することなく、平気な顔で入ってくる。

「もう、いいのかよ」

 イ・ヨウが最初に発した。まるでその場の空気だとか配慮という概念もないというような気軽さだった。韓留賢はそれに応えるわけでもなく、イ・ヨウが片づける盤を珍しそうにのぞき込む。

「チャンギか。懐かしいな」

 韓留賢が言うのに、初めてイ・ヨウが顔を上げた。

「あんたもやるのかい? 韓留賢」

「一通り駒の配置と動きを知っているという程度だ。率先してやるということはない」

「今度、相手してやろうか? レートはそっちが決めてくれ」

「手持ちがないから今は無理だ。稼ぎも良いわけでもないからな……まあ」

 ちらりと視線を傾ける。韓留賢はユジンとヨシを見比べ、先にどちらを見極めるような顔をした。

「それで? 何かあるのか。よほどの火急の件だと言うのなら仕方ないが、俺はこれでも忙しい」

 ありったけの不満を内包して、どうにか堪えている物言いだ。まるで自分が呼び出されることが、そのまま大事に繋がるとでも思っているような不遜な態度だった。くだらないことで呼び出すなよ、というわけだ。無性に腹が立って、しかし怒鳴りつけてやりたい衝動を堪えた。

「さっきのことよ、韓留賢」

 忘れたとは言わせない――断固とした口調で詰め寄った。 

「何かあるのか」

「ええ、あなたと話がしたくってね。色々とつもる話も」

「それはそれは。あんたが雪久にも言わないで、直々に俺に話を持ってくるとは光栄だね」

「茶化さないで聞いて」

 言いながらヨシの方を見やると、狼狽したような表情が見て取れた。明らかに険悪な空気を感じ取っていた。

「ヨシ、人払いを」

「何故? そんなに込み入った話になるのか」

 韓留賢は、本気で分からないという表情をしていた。そんなことをする意味などない、それこそ深刻な話などならない。そう信じきっているようにも見える。

「そういう訳にもいかない。さっきのことで話があるんだから」

「さっきのことねえ……それなら、別にここでなくともいいだろう」

「俺らには構わなくてもいいぜ」

 と、黄。まるで空気感など気にしないという風情で言う。

「出ていけってなら出ていくしよ、俺らは」

「何、こちらの都合だ。こいつと話をするのならば、ただでは済まないだろうしな」

 ついてこい、というように韓留賢は背を向ける。まるで自分の意志が無条件で通るかのように。

「ちょっと、どこに行くのよ」

「話が、あるのだろう。俺は別にお前に用はないが、どうしても話をしたいのならば」

 言うことを聞け。そういう振る舞いだった。ユジンの意見などすべて無視しても余りあるという態度だった。

(何なの)

 少し腹が立ったものの、どのみち韓留賢に話をする必要があることに変わりはなかった。

 ユジンは後を追った。


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