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監獄街  作者: 俊衛門
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第十三章:1

「不用意だな」

 彰が口にするのに、ユジンはうっと声を詰まらせた。

「不用意すぎる。何を考えているんだか」

 ミーティングルームである。遊撃隊とともに帰還した後、彰を相手にことの顛末をすべて話し終えてのことだった。玲南や連と合流するまで、合流して夜行路を目指すも途中ではぐれ、三人組の少年に襲撃され、さらに孔翔虎、そして灰色の女。

 相槌も打たず、黙りこくったまま聞いていていきなり、である。さすがにユジンも腹が立って、やり返した。

「悪かったわよ、命令破って接触して。でもしょうがないじゃないの。助けもらっておいて言うのも気が引けるけど、もう少し早く隊を動かしてくれればこんなことには――」

「ユジンに言っているんじゃないよ。そこの」

 と、彰は傍らの玲南を指し示した。

「は? あたし?」

 唐突に矛先が向いて、玲南は手を止めた。灰色の女に関節を極められ、腕の筋を伸ばしたというので孫龍福が調合した湿布薬を貼り、肘を固定するように包帯を巻いている。本人は大したことはないと言い張るのだが、今は戦力を少しでも保ちたい、大げさすぎるくらいでも丁度いい、というユジンの言葉に玲南は渋々従った。

「あたしが何をしたってのさ」

 玲南が食ってかかるのに、彰はもはや言葉もないというようにため息をついた。ペットボトル入りの合成水を口に含み、刺々しい声で問い詰めた。

「得体の知れない奴の、襟首をつかむなんてどんなだよ。そんな不用意な真似、どこぞのギャングでもやらない」

「はぁ? うっさいよ、ド素人がえらそうに」

「その、ド素人に指摘されるお前さんは何なんだ? 別にお前がどうなろうと知ったことじゃないけど、それでも今は一応、うちの預かりなんだから。もう少し考えてくれないと困る」

 いつぞやのお返しとばかりに彰がまくし立て、玲南は憮然とした面もちになった。ひどく悔しそうだが、的確過ぎて言い返すことができないようだ。

「まあ俺は確かに素人、かもしれないが。それでもあの女に、そんな大胆な真似はしないと思うけどね」

「何か、知っているような口振りね」

 ユジンが訊くのに、彰は当然とばかりに肩を竦める。

「俺の知っている灰色の格好した女なんて、一人しか思い浮かばない」

「その一人って?」

「あの『飛天夜叉』様と互角に渡り合った、と言えば凄さはわかるかな?」

 『飛天夜叉』とは、レイチェル・リーの異名だとは聞いていた。そのレイチェルと互角ということは。

(相当のものだわ……)

 立ち回りの妙、気迫、全てにおいて別格だった。自分など及びもつかない存在であることが、思い知らされた。レイチェルと互角というのも、頷ける話だ。

「いつか、舞が拉致された時に遭遇した女だろうな。話に出てきたように、灰色の格好だった」

 彰はペットボトルに満たされた水に手を伸ばして口に含み、一息ついてから、また口を開いた。

「そのときは無手だったけども。あの女、かなり出来る。機械を相手に、それだけ立ち回れるってのも、やはり一人しか思い浮かばないな」

 ボトルの水を飲み干すと、彰は空の容器を投げ捨てた。ボトルは放物線を描き、部屋の隅に置かれたポリバケツの中に吸い込まれてゆく。

「その女が、省吾の関係のもの、って言ったと」

「うん。それで、省吾から言付けだってことで」

「“俺が倒す”ってね。省吾がそんな台詞を? 何か、怪しいなあそれ。第一、どういう関係だよ」

「そりゃ、あれだよ」

 今まで会話に入り込めなかった玲南が、ようやく機を得たというように口を挟んだ。

「何よ、あれって」

「男と女だぜ? それでどういう関係って言われりゃ一つしかないだろう」

「それって、つまり……」

 声がうわずりそうになるのをなんとか堪えながら、ユジンは聞き返した。

「文字通りだよ。あり得ないことじゃあないだろ? むしろそうと考える方がふつうだ」

「まさか、そんなこと。だって今まで、一度もそんなそぶりは……」

「まあ、ああいうカタブツは往々にして隠すもんだよ」

 玲南の中では、もはやそれは厳然たる事実となっているようだった。あくまでも可能性、だけどもそれは必然であり、規定事項だとばかりの、断定口調。見てもいないのに、何故そこまで断ずることができるのか、不思議というよりも釈然としない思いを、抱いた。

「しっかし、あの男も趣味が悪いっていうかなんというか――」

「そんなわけない」

 突如として否定の台詞が、玲南の言を遮った。それが自分から発せられたことに気づくのに、数秒かかった。

「……あ、いや……あの」

 弾みだった。まるで意図せずに出た言葉は、しかし確固たる意志を持つかのように響いた。あまりにはっきりと、ともすれば喧嘩口調であるかのように、強い。

 取り消そうにも、口にした以上引っ込めるわけにもいかず。

 果たして玲南は、底意地の悪い笑みを浮かべた。

「なあに、ユジン。そうなっちゃ困る理由でもあるわけ?」

 男友達にそうするように肩を組み、にやりとして顔を近づけた。

「や、あのそういうわけじゃ」

 弁解しようとして、しかし何を言っていいかわからず喘いでいると、玲南が耳元で囁くように言った。

「そう妬くなって。冗談だから」

「誰が妬いているのよ。馬鹿なことを言わないで」 

 いい馬鹿馬鹿しくなった。玲南の腕を引き剥がし、しつこく追求してくるのをかわす。

「妬いているとかいないとか、そういう考えはやめてよね。私はそういうつもりで言ったんじゃないんだから」

「じゃあどういう意味だったんだ? 鬼気迫る勢いだったけど?」

 どういう意味と問われても、自分でもどうしてそんなことを口走ったのか分からない。ほとんど無意識に言ったことだった。深く考えもせず、しかし真っ先に否定の言葉が飛び出たのは、自分でも説明がつかないから。つかないから、困る。つい30秒程前の自分に聞いてみたいぐらいだ。何を思っての暴挙なのかと。

 言い訳の言葉を考えていると、玲南は熱っぽい目で覗き込んでいる。すっかりこの状況を楽しんでいた。早く何か言わなければ変な誤解を与えてしまう――のだが、焦るほどに言葉が出ない。それどころか頭の中が真っ白な霧で覆われてゆくように、思考が掻き消えてしまう。

 やがて玲南がユジンの肩を軽く叩いた。

「OK、分かった。とりあえず落ち着こうぜ、な? 落ち着いて今後のこと、ゆっくり話すんだよ」

「それぐらいにしておけ」

 彰が苦笑しながら諫めた。

「あんまりいじめてくれるなよ」

「いじめてないよ。可愛がってんだよ。いい子いい子って、撫でてやってんじゃん」

「お前がやると絡んでいるようにしか見えないんだよ。いいからやめろ」

「へいへい、分かりましたよっと」

 玲南は投げやりな口調で言うと、ユジンから離れた。これ以上、追求など受けたら何を言わされるか分からない――そう思っていたので、正直、彰には救われた。

「まあ省吾の無事が確認されたならいいが、果たして奴が本当に孔翔虎を倒せるのか。過度の期待は禁物だ、それに孔飛慈……そして謎の女、か。問題は山積みだな」

 本気でお手上げというように彰が天を仰いだ。

「そもそもあの連中、何が目的? ヒューイの意志に従っているのかしら」

 咳払いをして、気を落ち着けてからユジンは訊いた。

「さあな。ただ、あの連中について、レイチェルは何かを知っているようだったけど」

「レイチェル大人が?」

「あの女と立ち会った、と言っただろう? そのとき、レイチェルはあの女の面を拝んでな。それに、妙なことを口走っていた。機械どもについても」

「何を知っているって?」

 玲南が身を乗り出したが、彰は力なく首を振った。

「俺が訊いても答えもしない。おそらく、まだ話すべきかどうか、決めかねているようでね」

「……あ、っそう」

 玲南最初から期待していなかったかのような冷めた声で言った。机に頬杖をついて、わざとらしく舌打ちする。

「っんと、使えねえ。『飛天夜叉』だかなんだか知らねえけど、いっちゃん怪しいのあいつじゃねえの」

「そう言うな。『黄龍』と《西辺》の情報は、あいつに頼るしかないんだし」

「そうは言ってもねえ……」

 やはり、信用できない。玲南の次に来るであろう台詞は、しかしユジンも抱いていることだ。雪久と彰と顔見知りであったとしても、ユジンやほかの者にとっては、つい最近まで「敵」だった女である。直ぐに信用しろと言っても信用しきれないのも、無理からぬ話だった。

 そうでなくとも、レイチェルにはどこか超然とした感がある。達観していて、こちらの思惑など最初か見透かされているのではないかという不安感を、抱かせるのだ。

「それで、その『飛天夜叉』さんは何してんだよ?」

「上にいる」

 と彰は言って、

「今頃、お楽しみだろうよ」


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