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監獄街  作者: 俊衛門
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第十二章:14

 東南アジア系――幼い、顔立ちの少年がいる。まだ10代前半、ユジンよりも大分年下であるように、思えた。体格も顔つきも三人ともが同じに見えるが、それも幼さゆえだろうか。未熟な肢体を晒している。

「ヒューイの飼い犬? 見ない顔だけど。あなた達も機械?」

 少年たちは黙って、各々の武器を構えた。

 正面の少年が、両手に刀を携えている――鉈のような直刀だ。二人目、左の長髪の少年。三尺ほどの棒を二本、これも両手に。フィリピン式のカリに似ていた。もう一人。黄色のバンダナを巻いた、タイ人のような顔立ちの少年が右に立っている。ショートパンツから伸びた褐色の脚には、ワイヤー製の脚絆が巻かれている。

「見た所、銃ってわけじゃないみたいだけど。それで私を倒すの」

 じり、と少年たちがにじり寄った。ユジン、棍を構える。左半身。

 一斉に、飛びかかった。最初に正面の少年が斬りかかった。二つの刃が同時に襲いかかる――ユジンは大きく飛び退く。前髪に刀が触れた。続き、左の刀。身を逸らす、刃が鼻先を通過した。

 左から、半棒。細く黒い棒が打ち下ろされた。棍で受ける、衝撃を得る。

 体を入れ替えて、棍を薙ぎ払った。少年は左のカリで受け止め、右のカリを水平に打つ。屈み込み、カリの打ち込みをやり過ごす。

 右から迫る――少年の一人が飛びかかった。脚絆を巻いた足が眼前に迫った。仰け反る、避ける――距離を取る。さらに蹴りを繰り出す、二連撃。

「やっ!」

 棍を薙いだ。少年の顎を捉える、寸前。少年が飛び退いた。棍が空を切る。

 左右から影が飛びかかった。カリ棒と刀が同時に襲う。身を捻って刃と鈍器を避ける。棍を長く持ち、体を回転。棍を旋回させ、打ち払った。

 三人同時に飛び退いた。先端は掠りもせず、やはり空を掻く。すぐさま三方向から影が飛びかかった。刀とカリが前後から振り下ろされる。棍の両端で打ち払い、攻撃に変化させる。背面、即方で反転し、二人の少年に打ちつけた。少年二人が後方に飛んで難を逃れる。

 背後から、殺気。振り向いた、途端。目の前で蹴撃が閃いた。紙一重で躱すが、再びの蹴りが飛ぶ。鞭のような廻し蹴り、突風が顔を叩いた。

 距離を取る。少年が間を詰める。ユジン、棍を腰だめに取り、突き出した。少年はわずかに首を捻っただけで刺突を避ける。

 いきなり、少年が飛んだ。空中で体を躍らせ、後ろ蹴りを放つ。踵が完璧な弧を描き、蹴りはユジンの左腕、傷口を穿つ。激痛が走った。

「……痛っ」

 思わず傷を押さえた。じわりと布から、血が滲み出す。多々良を踏んで後退したところ、地を這うような下段蹴りに両足を払われた。膝から下が刈り取られ、天地が逆転したような心地になる。転倒したところに、カリが叩きつけられた。飛び起きて打ち込みを避ける。カリの打擲がアスファルトに亀裂を生じさせた。

 刀の閃きが眼前に差し出された。まるでユジンがそこに来ることを予測していたかのような、正確な斬撃。

 仰け反る。直刀がU字型に空を裂いた。少年の手元を打ち払うが、棍が届くより先に少年が後退。

 長髪の少年が迫った。またカリが、今度は左右の棒で挟みこむように打ち込まれた。打撃を棍で受け、受け流し、真下から掬い上げる。だが、触れることもできず、少年は一足飛びで間合いの外に逃げた。

 少年たちが動く。三方向同時に襲いかかってきた。刃と棒、後ろから蹴りが、風切る音とともに飛来する。ユジン、棍を長く保ち、振り回した。先端が刃と脚を打ち払い、返す棍でカリを受ける。

 胴に衝撃を受けた。長髪少年が持つ左のカリが、横薙に打ち込まれたのだ。肋骨とその奥の肺にまで痛みが伝播する。息が詰まる。さらに少年がカリを振りかぶるのに、ユジンは棍を押しつけ、少年の胴に前蹴りを入れて引き離した。休む間もなく次撃――二本の刀が、背後から切りかかってきた。棍の中央を基点に回転、左右の刀を弾き返す。二連、三連――手首を撓らせ、連続で斬り、突き刺す。棍の両端と刃がぶつかり、弾き、鈍くもまた乾いた衝撃を響かせる。ユジンが突いた棍を少年は左に捌き、右の刀を撫で斬った。

 間を取り、刃を避けたユジンの顔面に、褐色の脚が唸りを上げて飛来する。慌てて受け止めるに、棍が大きくたわんだ。受けきれず、体勢を崩す。長髪の少年が飛び跳ね、上段蹴りを宙で放つのに、顎を引いて避けた。少年の爪先が額を掠める――摩擦で、皮膚に熱を受ける。

 また三方から。無我夢中で棍を振り回し、少年たちを薙払った。各々が棍を避け、掻い潜り、懐に飛び込んだ。刀と棒と蹴りが同時に襲いかかる。

 ユジン、跳躍した。その場で高く飛び、少年たちの攻撃から逃れる。身を捻り、空を舞ってユジンは少年たちの背後に着地。少年たちが振り向くのに、ユジンは向き直り構えを取った。

 しばらく睨み合った。じり、と三人が歩を詰めた。ユジンを取り囲もうと左右に広がり、ゆっくりと移動する。ユジンは構えたまま一歩も動かず、目だけで少年たち個々の動きを追う。誰か一人でも動き出せば、迎え討つ心構えはできている。だが三人が三人とも、予測もつかない動きをするので、攻めあぐねていた。誰かに打ち込めば、ほかの少年が攻め、防御に入れば三人が同時に来る。目に見えない糸が少年たちを結びつけて、ユジンはその糸に絡め取られてゆく――そんな感覚を、得る。

(どうすれば……)

 じり、とまた間合いが詰まる。少年たちが取り囲みつつあった。相手が刃と棒を打ち鳴らし、右方でバンダナの少年がステップを踏んでいる――いつでも跳べるというように。

 息を飲み、息を深く吐いた。

(このままじゃ繰り返しだわ)

 一人が、飛び出した。正面、長髪の少年の――カリ。

 ユジンは背を向けて走り出した。戦うことを放棄したようなその行動に、三人共顔をしかめるが、すぐに追った。三人がついてくるのを確認して、ユジンは路地に逃げ込む。狭い、入り組んだ小径を走り、少年たちが自分を見失わない速度で駆けた。

 立ち止まる。行き止まりに行き当たった。三方は共同住宅の、金属管が這う古びた壁がそそり立ち、建物の合間のわずかな空には三日月がかかっている。

 三人が追いついた。ユジン、向き直る。

「あら、追い詰められたかしらね」

 挑発めいて、ユジンは言った。本来ならば動揺するか、慄くかの状況であるにも関わらず余裕すら浮かべた態度。無表情だった少年たちが、わずかに違和感を滲ませた面を見せた。

「早く来れば? 長く苦しむのはイヤだし。ひと思いに――」

 少年が動いた。カリの少年、振りかぶり、たたきつけた。ユジンが棍で払うと、そこに刀の少年が――

 どん。音がした。カリの少年の肩と刀の少年の肩がぶつかり、それ以上前には進めない。バンダナの少年が同じように攻撃を仕掛けようとするが、やはりカリの少年の体が邪魔をする。狭い路地では互いの身体が接触し、同時に飛びかかる事が出来ない。

 その時ようやく、悟ったようだった。少年たちが忌々しげな渋面を作る。対してユジンが薄く笑った。

「理解した?」

 棍を水平に構える。ぴたりと中段に付け、その切っ先が少年の心臓に向く。狙いを付けた。

「簡単には死なないよ。一人ずつ、来なよ」

 カリの少年が動いた。二本の棒を回転させて、二連打ち込む。棍の先端ではじき返す、少年が下がる。ユジンが間を詰め、棍を下から掬い上げた。少年がカリを交差させて受けるのに、ユジン、棍を返して即方で回転。上から打ちつけた。少年が下がり、棍は地面を打ちつけた。

 バンダナの少年が動いた。カリの少年の肩を足がかりにユジンの頭を飛び越え、背後に降り立った。

「へえ、考えたわね」

 軽口を叩く、暇はない。バンダナが前蹴りを打ち、カリの少年が棒を突き込んだ。

 棍の末端を掴む。息を吐き、そして旋回。

「はっ」

 棍が、縦回転した。先端が遠心力を得、空を切り裂き、蹴りとカリ棒を跳ね上げた。二人の少年が体を崩すのに、ユジンは後ろの――バンダナの方に目を向けた。

 一気に踏み込む――二歩分。棍を短く保持して、少年に突き出した。少年が下がるが、壁に突き当たる。逃げ道はない。

 少年が飛ぶ――壁の配管を掴み、宙で身体を捻った。脚を空中で踊らせ、二連蹴りを放った。ユジンが慌てて屈み、避ける。少年はユジンの頭を飛び越えて壁側を脱した。

 刀の少年が迫る。左右の壁を足がかりに、長髪とバンダナ二人の頭を飛び越え、ユジンの頭上から刀を振り下ろした。半歩下がり、刃をやり過ごす。刀が掠め、前髪が散る。少年が手首を返して、左右同時に突いた。半身に切って刃を躱し、棍を押し出した。

 棍の先端を少年の左の脇に差し挟んだ。今度は右刀で斬りつけるのに、ユジンは少年の右手首を取る。両腕を封じ、身体を密着させた。少年は狼狽して腕を引こうとするが、腕を固められた状態では刀を碌に使えない。しかも、刀剣は間合いを潰してしまえば機能しないものなのだ。少年は身動きが取れず、何とか身体を引き離そうともがいた。その腹に向かって、ユジンは膝蹴りを打つ。少年が身体を折って、崩れた。

 その身体を飛び越え、バンダナの少年が迫る。

 前蹴りが放たれる――眼前に足の裏が突き出された。首を捻って蹴りを避け、棍を突き出した。少年の蹴り足、その膝の裏に当て込む。

 脚が、完全に宙吊りになった。少年の顔が初めて、驚懼を表した。脚を引き戻そうとするが、ユジンが押し込めた棍に邪魔されて身動きが取れない。

 カリの少年が飛んだ。バンダナの肩を借りて跳躍、ユジンの背後に降り立つ。着地とともに、二つの棒を打ちつけた。

 身体が勝手に動いた。腰を沈め、後ろ蹴りを放った。丁度、少年の顔面を捉え、少年の身体が大きく傾ぐ。バンダナの少年の足を払い、少年を転倒させてから、ユジンは棍を抜いた。カリの少年が体勢を立て直すのに、棍を突き出す。先端が少年の水月にめり込んだ。

 呻き声を漏らす。少年はがっくりと項垂れ、前のめりに倒れた。続き、バンダナの方に向き直る。少年が間を詰め、飛び込み、前蹴りを打った。棍の先端で打ち払い、そして突きを放つ。少年の薄い胸部に、深く刺さった。

 めり、と胸骨が鳴った。少年の顔が苦痛を表した。地面に膝をつき、恨めしそうに見上げたが、やがて斃れた。糸が切れたように、呆気なく。

「さて」

 残る一人と対峙した。刀の少年がよろけながら起きあがる。その表情――両目をかっと開いて、血走った眼球で見据えてくる。歯を食いしばり、眉間と首筋に静脈が浮き出ていた。憤怒を刻み込んだ、感情を露わにした形相を見せる。

「少しは、見れるようになったじゃない」

 棍の先端を下げた。下段につけて、出方を伺う。

「その方が、ずっと人間らしい」

 対峙する。少年が右の刀を中段につけた。左の刀は切っ先を下げ、下段に。

 右の刀が、ゆらりと揺れた。切っ先が、幻惑するように左右に揺れ動く。ゆるゆると誘うような動きを見せた。その、刀までの距離は、およそ五歩といった所。棍も、刀届かない距離である。ユジンは半歩、前に踏み出した。

 ふいに、少年が刀を投げつけた。回転し、ユジンの顔面めがけて。左手に持っていた刀だ。右に気を取られて全く気にしていなかった。

 咄嗟に棍で防いだ、その瞬間に少年が踏み込んだ。

 右刀を突き出す――防ぎきれず、首を捻る。刃が耳元を通過して、風切り音を間近で響かせた。刃の冷たさが肌を刺激して、過ぎ去った後に灼熱を残す。

 少年が刀を返す。水平に切った。ユジンが身体を仰け反らせるに、刃がユジンの髪をばっさりと撫で切った。そのまま少年は刀を腰につけ、刺突の体勢を作った。

 半歩下がる。刺突が襲った。刀がわずかに逸れ、ユジンのジャケットの繊維を散らす。外したと見るや、少年はすかさず刀を振りかぶった。

 棍を突きだした。少年の右手、刀を握る指を穿つ。少年が刀を取り落とした。棍を持ち変え、ぐるりと回転させ上から打ち据えた。先端が少年の肩を捉える――少年が膝を落とす。そこへ、突き。

 棍が少年の水月に、深々と刺さった。内臓ごと打つ刺突に、少年が目を裏返し、反吐をぶちまける。棍を引き抜くと、前のめりに倒れた。

 静寂が、支配した。疲労が身体の奥から込み上げて、熱にうなされた筋肉が緊張を失い、一気に支えを失う。視界が、ぐらりと傾き、頭の血が引けて意識が遠のく心地がした。身体が、意志とは裏腹に傾いた。

 壁に手を突いた。そのまま壁に身体を預け、溜まった空気を吐き出した。限界まで吐ききって、肺の中を空にする。そうして、ゆっくりと息を吸った。ようやく、頭がはっきりとしてきた。

 足下の少年たちをみた。血を流し、折り重なっている姿は、彼らが生身であることを示している。もっとも、機械であるならたかだかあの程度の打撃で倒せるとも限らないが――

「殺さないのは、慈悲か」

 何の前触れも無く声が響いた。

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