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監獄街  作者: 俊衛門
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第十二章:13

「やったか、おい」

 声の方に振り向くが、視界がフィルター掛かったように輪郭がぼやけて見える。目を擦り、瞼を押さえた。

「どったの、急に」

「何か……目が」

「あんな間近で閃光弾破裂させっから。大丈夫かよ」

「ん、平気」

 二、三度瞬きすると、少しだけ視界が戻った気がする。玲南の訝しむような顔が、確認できた。

「もうちょっとすれば、治るわよ」

 ユジンは左腕の傷に目を移した。二の腕の肉が抉れている。骨には達していないが、相当に深い傷だった。縫わなければならないかもしれない――

「そんで、どんだけ減らせたんだ、敵」

 玲南が言うのに、ユジンは振り向いた。倒れた兵達の骸の中、紺色の姿が立っているのを確認する。手の中には血に濡れた峨嵋刺が納まっている。良く見れば雑兵たちの喉は正確に貫かれ、切り裂かれていた。

「連……」

 連が羽織ったパーカーが少しだけ乱れ、フードの端から素顔が覗いた。淡い色の薄い唇と細い顎の輪郭見え、鋭い眼差しがフードの奥から見据えていた。白い肌――青ざめるほどに透ける肌に、返り血の紅が、映える。

「どうやら増えています」

 連は乱れた衣服を直し、フードで顔を隠した。どれほどのことがあっても動かされることはない、という常なる意識を感じ取る。

「どうする? 黒服連中とか来たら面倒だよ」

 そう、玲南がぼやいた。黒服――寄せ集めの私服兵とは違って、『黄龍』の主力を担う。数はそれほど多くないが、ギャング連中とは根本的に違うのだ。軍や特殊部隊上がりが多い。

「もう少しで『夜光路』です。そこで、遊撃隊と合流します。そこで、討つ」

「そこで、って……人に紛れて討つって事?」

 ユジンが訊き返した。

「まあ、それが安全かもしれない」

 玲南が手ぬぐいで返り血を拭い、布を捨てた。手馴れた動作だと思った。

「大通りじゃ、群集が邪魔になるから銃も撃ち辛い。その合間を縫って撃つなら、こっちの身の安全も保証できるってことさね」

「人の群を、盾にするの?」

「何か問題あるかい?」

 何を当たり前なことを、という口ぶりだった。玲南の蔑むような視線が突き刺さり、目を伏せた。

「その腕、固定した方がいいかもね」

 玲南が、ユジンの傷を見て言った。

「神経、やられているかもしれない」

「別に、平気よ」

 ユジンはシャツの裾を裂いて、傷口を縛った。血が通わなくなるほどきつく縛り、無理やり血を止める。

「では」

 連が小さく息を吐いた。ユジンは棍を構え、玲南が低い体勢を取る。銃声がどこかで響いた。

「行きます」

 連が壁の凹凸面を足がかりに、ビルを駆け上った。瞬く間に屋上に辿り着き、ビルからビルへとまた飛び移ってゆく。下から見上げれば、さながら鴉か蝙蝠の飛び交う様子を思わせた。

「こっちも走るよ」

 玲南が促すのに、ユジンは駆け出した。すぐに玲南からの指示がイヤホンから聞こえた。

『もうすぐ、敵が追いつきます』

 それまでに、大通りに出なければならない――失血のせいか、頭がぼうっとしてきた。連や玲南の声も遠くなってゆく心地がする。薄れる意識を無理やりこちら側に引き戻すように、傷口を握った。痛みが、正気を呼び起こす。

 兵達が駆けてきた。構える。

 空間を銀色の筋が四つ、切り裂いた。上空から降りかかる刃が、次々に兵達の首筋に突き立った。上を見ると、連の小柄な影が導電線を飛び越えビルの狭間に消えて行くところだった。

「余計なことしなくてもいいのによ、連の奴」

 玲南が舌打ちする。兵の首に突き刺さったものは、峨嵋刺だった。白兵戦で使うと共に、標のように打つことが出来るのが峨嵋刺の特徴でもある。

『その路地を抜ければ、通りに出ます』

 連の声。さすがに疲労を隠せないようで、若干息が切れていた。

「ラストスパートだ、突っ込め」

 玲南が叫んだ。ユジンは血の唾を飲み下し、視線で応えた。

 正面、兵の声がした。

 玲南が声を上げた。

「来る、来やがるぞ」

 そう、叫び、玲南が先行した。玲南が曲がった角を、曲がろうとした。

 その時だった。雑兵が一人、前方に飛び出した。ショットガンを携えて、砲口を向ける。暗闇が、口を開けた。

 飛び込む。棍を振り上げた。男が引鉄を引いた。棍を水平に打ち、銃身を打ち払った。

 衝撃。銃火が至近距離で弾けた。緑色の炎の華が裂く。上向いた銃口から散弾が吐き出され、頭上の看板に着弾してネオンを砕いた。その、ガラス音響。破片が降り掛かる。

 衝撃音が連なる。発射煙が立ちこめ、視界を塞いだ。男がショットガンのポンプを引く。ショットシェルが舞い上がり、男がもう一度照準を向ける。

 飛び込んだ。ショットガンを持つ手元に向け、打ち込む。男が銃を落とした、間髪入れずに横薙ぎに転じる。首を打ち据え、男の体がぐらりと傾いだ。

 静寂が戻った。土煙が晴れた後、そこにいたのはユジン一人だった。

「玲南?」

 はぐれたのか、どこにも玲南の姿はない。端末を取ろうと腰に手を伸ばしたが、無い。1メートル先に、端末が転がっていた。拾い上げて、耳に当てた。

「連?」

 反応はない。良く見れば、液晶に皹が入っていた。落としたときに壊れたのだろうか。舌打ちして、投げ捨てた。

「どこに行っちゃったのよ、ったく」

 男の骸は、首が90度曲がって骨が皮膚から突き出ていた。口の端から血の泡がこぼれている。

「玲南、どこ」

 成海、特に《南辺》は構造物体が迷路のように入り組んでいる。少し目を離せば、迷う。声を上げようかと思ったが、周りにどれだけの敵がいるかを思えばそれは自殺行為である。

「全く、また一人になっちゃったじゃない……おまけに、厄介ごとも増えたみたい」

 肌に突き刺さる不愉快さを得た。視線の先、明らかな敵意が、構造物体の陰に潜んでいる。膨れ上がる殺気が、三方向――背後と左右から。ユジンが向き直った先に、影が3つ、確認できた。

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