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監獄街  作者: 俊衛門
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第十二章:12

「玲南……」

 はあっと一息つくと、急に脱力感が襲ってきた。緊張が解けて、膝から下の力がすうっと抜ける心地がする。意志とは反して、その場にへたり込んでしまった。

「なんだい、ここは感涙にむせび泣くとこだよユジン。白馬の王子様が来たんだから、抱きしめてキスして愛している! ってさ」

「いやよ、そんな趣味ないって。玲南が王子ってのも似合わないし」

「はっきり言われると傷つくよ?」

「はっきり言っとかないと、調子づかれても困るからね」

 そんなやり取りをしながらも、どこかホッとしている自分がいた。一人よりも二人――玲南が今いる、というその事実だけで、充分である。そんな根拠も曖昧な、安堵感を覚えていた。

「まあ、泣かないまでも助かったわ。ありがとう」

「その、ありがとうは」

 何の前触れもなく、背後から声がした。低く囁くような子供の声が、背中にぴったりと張り付いているかのような距離で沸き上がる。背から首筋にささくれるような感覚が走り、飛びのいた。

「無事に逃げてから、言った方がいいでしょう」

 紺色の姿をした子供が、立っていた。フードで顔を隠しているその人物が誰であるのか、訊くまでもない。

「連、って呼べばいいのかしら?」

「お好きなように。どうせ本名ではありませんから」

 唸るように喋る、と思った。まだあどけない、甲高い声をわざわざ喉を圧しつけるようにして低くしているので、それがやけに凄みを帯びている。

「それで」

 とユジンは言って

「ここからどうすればいい?」

 連は懐から、自らの端末を取り出すとユジンの目の前に差し出した。暗い液晶の画面、その中央に赤い点が明滅していた。

「それは、GPS?」

「これであなたの端末を追うことができます。ただし、敵の位置はこれでは掴めません」

「で、あたしが目視で確認して逐一連に報せていた。さっきのはそういうことだ」

 玲南が横から口を挟んだ。なるほど、アナログな手法とはそういうことかと得心する。

「ここから先は、私が先行します」

 決然と連が言い放つと、ポケットを探った。黒いコードを一巻き取り出したかと思うと、ユジンに差し出す。

「これをつけてください」

 連が持っているコードの先に、小さなマイクが付随している。端末に付けることでマイクを通じて会話し、尚且つ相手の音声をイヤホンで拾うという代物であった。

「これで敵の位置を報せます。最適なルート、あるいは敵を倒せる位置へと誘導します」

「え、ああ……うん」

 わけも分からぬままマイクを受け取って、言われるがまま装着した。端末は腰のベルトに手挟む。階下では、また喧騒と足音が駆け上がってくるのが聞こえる。

「早く。あと、これも持って行ってください」

 そう、連が閃光弾を3本投げて寄越した。

 階段を昇った雑兵が、回廊に飛び込んでくるのを目にした。銃口が一斉にこちらを向き、ユジンと玲南がほぼ同時に身構えた。

 連が閃光弾の導火線に火をつけ、投げ込んだ。

 突如、光が爆ぜ、刹那の間の後に薄桃に着色された煙が視界を覆いつくした。衝撃で方向感覚を失った雑兵達の影が、煙の向こうにぼんやりと見える。

「先、行くぜ」

 玲南が声をかける。二人して煙の中に飛び込んだ。

 始めに標が走った。玲南が投げつけた縄標が先頭の男を貫く。続き、ユジンが踏み込んだ。棍を担ぎ、目の前の兵に向け降り下ろした。顎砕け、屑鉄めいた歯を撒き散して二人同時に倒れる。地に落ちるとき、駄目押しでもう一度叩きつけた。

 玲南が縄を手繰る。縄が生きているようにうねって、標の先端が旋回した。宙で複雑な螺旋を描き、次に一直線に飛ぶ。ちょうど回廊を渡ってきた男の頭蓋骨を砕き、脳漿をまき散らせ、また手繰り寄せて玲南、縄を背面に回して再び投げつける。大柄なアフリカ系の頭を吹っ飛ばして、黄色いシャツをオレンジ色に染め上げた。

「5人」

 悦に入ったように玲南が、口笛を軽く吹いた。自分の前にあるものには、何ら影響を受けないと思っているかのような余裕を、露わにしている。

「どんどん来るよ、気張れ。ユジン」

「わかっている!」

 階段を駆け下りる。すぐ下で雑兵たちが待ちかまえていた。踊り場で身を潜め、後ろ向きに閃光弾を投げ込んだ。光が弾け、白煙が立ち込める。その先へ、ユジンは飛び込んだ。

「はあっ!」

 一気に薙いだ。棍が撓り、苛烈な打ち込みで白煙が切り裂かれる。先端が4人分の面を打ち抜いた。顎と首を砕かれて、男たちが血を霧状に吐き出した。4人崩れ落ち、血が地面を浸した。

「ひゅー、走ってんね。ユジン」

 玲南が遅れて駆けてきた。

「絶好調じゃん、何かいいことあった?」

「さあね、それより連は?」

「ん、あれ」

 ユジンが問うのに、玲南は上を指差した。ビルとビルの間を、影が横切ったのを目にする。連の姿は空にあった。狭いビルとビルとを易々と飛び移り、飛び越えて、まるで空を駆けているようである。

「あいつが逐一報告するから、上から行くんだって。ついでに屋上の連中片付けるんだってさ、良かったねー楽できて」

 丁度、ビルの屋上から悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴が連なって、やがて兵の頭上からの攻撃が止む。確かに楽だ、と思いながら連の影を見上げる。

「随分身軽ね、彼」

「あいつはうちの忍びだよ。情報戦とか、暗殺とか、大体あいつの役目。それよりユジン、いま“彼”って言った?」

「え、うん。言ったけど」

「ふーん、まああいつにしちゃそういう扱いの方がいいんだろうけど」

「なにそれ、どういう――」

 銃声が響いて、会話が中断した。3時の方向、雑兵たちの気配がする。玲南が閃光弾を投げ込む、白光が弾けた。兵達の足が止まった隙に、路地に逃げ込む。

「一応さ、あんなナリだけど」

 と玲南が走りながら言った。

「あいつ、女だぜ?」

「そ、そうなの?」

 正面、いきなり黄色い姿の兵が飛び出した。銃を向けた、その瞬間。ユジンが棍をしごき、玲南が標を投げ打った。喉と水月にそれぞれ突き刺さり、男が倒れた。その骸を飛び越えて走る。

「女っていう程の歳じゃないけどさ。あいつ女扱いされるのが嫌だから、顔も見せないんだよ。前に囮で娼婦役やったときも、すっげえゴネて。娼婦が嫌ってより、女のカッコするのが嫌だってんで」

「はあ……」

 通りの方で火薬の爆ぜる音がする。銃では無い、閃光弾の破裂するときのものだ。一つ、二つ。方々で、弾ける。連が投下しているものだろうか。

『次の角を左です』

 イヤホンから連の声。従う。路地は人が2人分通れるかどうかという幅しかない。

『そこで待機してください。それから、玲南に余計なことを言うなって伝えてください』

 聞こえていたようだ。苦笑する。

 ちらりと、通りの方を見た。ネオンライトの採光が垣間見える――どうやら『夜行路』に近づいているようだった。大通りに出れば、人ごみに紛れて逃げる事が出来る。だが。

「ユジン、あいつが連中追い込むから、ここで数減らすよ」

「ここで?」

「いや、次の角。そこの路地に連中が来たら、上から爆撃があるから。飛び出すよ」

 そう言って玲南が、標を短く持ち、

「GOっ」

 走り出した。

 角で、白炎の閃光が弾けるのを目にした。数瞬置いて煙が覆いつくし、兵たちの怒号めいた悲鳴が聞こえた。角を曲がり、煙の中に飛び込む。頭上で棍を旋回させた。

 手応え。円形に振るった棍の先端が、男たちの顎を捉えた。すぐさま棍を中段に戻し、突きの体勢を取る。正面の男の水月を穿ち、さらに背面に回して打ち払う。右の男の腕を折った。

 煙が、晴れる。一人が銃を向けた。ユジンは閃光弾を取り、片手でライターを繰り、火をつける。投げつけた。

 円筒の物体が顔面に当たり、至近距離で爆ぜた。顔をマグネシウムの火炎に焼かれ、男が声を張り上げた。顔を押さえ、悶え、うずくまる姿も、やがて立ち込めた煙によって掻き消される。

 銃火が、すぐ脇で弾けた。腕に灼熱を覚えた。その箇所を押さえると、べったりと掌に血がついた。撃たれた。

 歯を食いしばる。駆け上がってくる痛みを喉元で押し留めるように。棍を斜めから振り下ろし、男の頭蓋を砕いた。さらに別の兵が横から銃を突きつけるのに、棍を側面で回転させて、下から掬い上げるようにして顎を打つ。男の身体が吹っ飛んだ。

 前後から、ナイフを持った男が飛びかかった。体を捻り、体を回転させ、勢いをつけて棍の両端で薙ぎ払う。ナイフの切っ先が届くより先に、男たちの横面を打った。同時に2人吹っ飛び、そこで煙が完全に晴れた。果たして足元に、雑兵の骸が折り重なって倒れているのを、目にする。

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