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監獄街  作者: 俊衛門
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第十一章:18

 空を斬った。孔飛慈が直前で跳躍していた。空を泳ぎ、剣穂を手繰って剣を引き戻す。空中で一回転、雪久の背後に降り立った。

 振り向いた。剣が、眼前に差し出された。上体ごと仰け反らせて避ける――頬の肉を削った。

 孔飛慈、体を沈めた。雪久の足を切り払った。脛に斬撃を受ける――堪らず、崩れた。倒れたところへ、さらに突き。転がりながら避ける。剣は、地面に突き立った。

「ご立派な目ん玉だねえ、でもそれだけ。あんた、動きもド素人。ホントにあんた、青豹ヤッたの? 信じられないけど」

「貴様が死ねば信じるかよ?」

 雪久、突っ込んだ。左足を踏み込む、力を溜める――右脚で上段蹴りを打った。

 手応え。少女の顎を捉える。が

「んで?」

 孔飛慈、まるで意に介さないというように、平然と立っていた。普通、顎を打たれれば脳を揺らされる。立ってなどいられない、まして相手は年端もいかない少女。だというのにこいつは――

「つまんない男」

 と孔飛慈。唇を舐めながら。

「何だって、こんなド素人とヤらなきゃなんないの、あたし。もう1人の『疵面スカーフェイス』は哥哥にいさんが取っちゃったし? あたしは外れ? 運がないってか」

「『疵面スカーフェイス』だ? 省吾のことかよ」

「んーなんというかね、まあもう言っちゃうけど、あんたら2人をヤれっていうんだけど。レイチェルや金はヒューイがヤるって、残った『疵面スカーフェイス』と『千里眼クレヤヴォヤンス』ってさ、あたしらの担当。笑っちゃうね? 残り滓で満足する? それでも、疵の方は楽しめそうだったのにね。こっちはホントに滓じゃん?」

 雑音がする――孔飛慈の声。抗い難い、不愉快さ。掻き消してやりたいという衝動が生まれた。

「俺が省吾に劣るってのか、貴様」

「さあ、だって疵の方だろ? 『鉄腕アイアン・アーム』ぶっ殺したのって。何かレイチェルにもヤられて、それでのこのこ帰ってさ、あんたホントにすごいの? 蛇の大将ってけどさ」

 まるで歯牙にもかけないというように。雪久を既に「敵ではない」と決めつけていた。舐めきった態度。

(クソ野郎)

 ふつふつと沸いてくる、怒り。拳を握る。

「あんたの名、聞こえて来ないね」

「そうかよ」

 衝動的に飛び出した。ナイフを逆手に。

「なら覚えてもらう!」

 叩きつけた。

 刃がU字の軌跡を描く。孔飛慈の首を狙う――紙一重、掠めた。孔飛慈の足取り、舞踊めいて軽い。ステップを踏み、後退して捌く。

「はっ、やってみなよ!」

 孔飛慈、手首を返して剣を突き出した。雪久が上体を大きく傾けて避けるのへ、もう一度突く、二連撃。肩を掠めた。

 ナイフを交差する。右と左、同時に斬り付けた。孔飛慈の首、鼻先を掠めた。

 長穂剣が伸びた。雪久、ナイフを順手に持ち替えた。腰だめに突き。

 刃が交錯する。鉄が触れ合う、眼前で弾ける、火花。衝撃を得て、刃が流れた。少女の酷薄な笑みが、網膜に焼きつく。背筋が粟立つ。

 剣が突き下ろされた。斜めより。雪久が横に飛ぶのも間に合わず、顔に灼熱を得た。耳を斬られる。

 痛覚に焼きつく。血の筋が、空中に曳いた。

 雪久、一足飛びで間合いの外に逃げた。そこへまた剣が伸びる。まさかと思う距離。すかさず、左のナイフで剣を弾き落とし、右脚で前蹴りを放った。足裏が少女の胸を捉える――固い乳房が押しつぶされる感触。孔飛慈が下がったところ、右のナイフで水平に斬った。

 空を裂いた。孔飛慈の姿が消える。目標を失い、ナイフが流れた。

 孔飛慈の体――下にあった。膝を屈曲し、深く沈みこむ、少女の体。雪久の膝の高さまで、身体を落とした。

「やっ!」

 猛然と下から突き上げた。顎下に伸びてくる。上体を逸らして避け、反動を利用して孔飛慈の顎を蹴り上げた。

 手応え――固い石を蹴ったような。ふと見やる。雪久の蹴りを、孔飛慈が受け止めていた。左手一本で。

 孔飛慈、薄笑い。雪久の足を握りこんだ。まるで万力で締め上げられているように、脚の骨が軋んだ。

「放せ、このっ」

 少女の握力とも思えない。手を振り払うことができない――孔飛慈、雪久の脚を高く振り上げ、投げ飛ばした。空中に雪久の体が躍り、地面に叩きつけられた。

「終りかい? 歯ごたえないね」

 挑発めいた声。雪久立ち上がり、マシェットを振るった。縦横に斬りこむ、全てかわされた。

「あんたの目、便利だね。あたしも好きだよ、綺麗な紅い目」

 鼻先で刃を見送る。前髪に刃が触れた。

「少し黙れよ」

 左のナイフ、横に振る。ナイフが袖に触れ、繊維を散らす。さらに右で突いた。

 孔飛慈が跳躍した。雪久のナイフを避け、高く飛び上がる。気づけば孔飛慈は頭上にいた。

 頭上から降る、刃。銀色が照りついた。直線の軌道が幾つも生まれ、襲う。慌てて退避する――背中に傷を受けた。孔飛慈が着地、血濡れた刃を振り抜いた。

「穴だらけだよ、『千里眼クレヤヴォヤンス』?」

 いたずらめいた笑みを振りまく――孔飛慈は遊んでいた。雪久を標的とも認めていない、ただ戯れるだけといった風情だった。触れさせない、触れられないことのもどかしさ。白衣を血で染めてやりたい衝動ばかり募る。フラストレーション。

「こっちだよ」

 孔飛慈が跳躍した――その瞬間、背筋がぞっと凍り付いた。

 銀色が瞼に焼き付いた。鋭角の刃が突き出され、眉間に伸びた。

 首をひねる。刃はこめかみをよぎり、顔を裂いた。

 一瞬の間。赤い煙が昇った。

 くそ野郎。

 ダガーナイフを振り回した。右の刃で突く――少女の髪に触れた。続いて左で。掠りもしない。

「どったの? 酔ったんかい、あんた」

 いたずらめいた笑い。孔飛慈、ステップを踏みながらナイフを避けた。

「ぜーんぜん、なってないよ? 『千里眼クレヤヴォヤンス』。剣の使い方知らない? 知らないんだ、可哀想」

 孔飛慈が、足を止めた。一気に退いて、身を沈める。刺突の体勢だ。身構える。

「剣ってのは突くもんだよっ」

 孔飛慈がいった、瞬間。体ごと突っ込んできた。少女の無邪気な顔ーー同時に凄惨さを湛えた笑みが、近くなる。剣身が伸びやかに突き込まれ、気づけば胸元に迫っていた。

(間に合わない……!)

 ほぼ反射的に身を反らした。上体を折り曲げて、後頭部が地面に到達するほどに深く体を折る。

 果たして剣は、胸骨の辺りを裂いた。布地を斬り、血が吹き出た。

 上体を支えきれず、後ろに倒れた。後頭部をしたたかに打ちつけた。

 仰向けになった。コンクリートの梁、錆びた送風ファンと裸電球が写る。最後に、孔飛慈が見下ろしてくるのを確認する。

「これで、おしまい」

 そういって、孔飛慈。剣を逆手にもって、振り上げた。切っ先が、雪久の心臓を狙っていた。

 咄嗟にナイフを突き出した。ダガーナイフ、少女の顔と手元。狙いなどつけられない、本能的なものだった。

 孔飛慈、反射的に身をのけぞらせた。剣が止まる、その隙に雪久飛び起きた。飛び起きながら、少女の腹を蹴った。跳び蹴り、少女の体がわずかに傾く。

 わずかな間が生まれた。雪久は蹴り足を戻さず、回し蹴りに変化させる。少女の手元を打った。

 剣を、叩き落とした。孔飛慈、意外そうな顔で見た。雪久、体を沈め間合いから離脱する。構えた。

「なあに、逃げ回っていちゃおもしろくないじゃん? 蛇の大将、怖じ気付いた?」

「うるせえ、この狸が。さっきから何かおかしいと思ったらお前」

雪久、ナイフを拾い上げた。右手で持って、前につきだした。

「今観た、貴様人間じゃねえな」

「デリカシーのない奴ね? あたしの体ん中、見たってか?」

「必然的にな。骨格があまりに似ているから、最初はそうとわかんなかったが。最近のは精巧に出来てんだな、随分」

 いって、ナイフを投げつけた。ダガーナイフが半回転、少女の頬をかすめた。孔飛慈、避けなかった。

 薄く刻まれる傷。柔肌を裂く、血は滲まない。代わりに金属の地が覗いた。

「機械か、貴様」

 『千里眼』に写る、異質な骨格を目の当たりにする。皮膚の下に収まる、機械部分のサイバネティックな部品、金属肢。ほぼ人体の作りを踏襲しているものの、モーター駆動の関節と有線接続の回路がちらついた。

「それも全身くまなく、かよ。ビリーとは違うか」

「へえ、飾りじゃないってんだ。眼」

 孔飛慈、意味深な笑みを浮かべる。

「正解、あんた冴えてる。目ん玉限定でさ」

 その笑み、見るものによってどのような意味でとられてもかまわないという意図の下に成されるようにも見えた。あるいは表情に意味などない、まるで最初から笑うことをプログラムされた、機械人形。

「ヒューイの野郎……」

 噛みしめる。痛みよりも屈辱、ヒューイ・ブラッドの嘲笑を思い浮かべた。仕組まれていた、ヒューイの手の中で踊っていた、俺は――

「聞きたい? あたしがこの体になったの」

 孔飛慈は剣先を提げた。誘っているようにも思えた。

「どうせろくでもねえ、理由だろう」

「そういうなって、冥土の土産にさ」

「ほざけ」

 雪久、身を低くして飛び込んだ。

 剣が伸びた。眉間に突き立つ、直前。雪久が首をひねった。切っ先を外す、さらに奥へ踏み入る。

 懐に潜り込んだ。雪久がダガーを突き出すに、孔飛慈は剣で受けた。二連、三連に突き刺すが、孔飛慈は巧みに剣身で受け、流した。

「はっ」

 奇声を発する。孔飛慈が剣を、水平に斬った。雪久、上体をそらして、危うい距離で見切る。前髪が散った。続き、孔飛慈の刺突。

 身を逸らしたまま、空中で宙返りした。胸を基点にして、後方捻転。剣の間合いから逃れた。

 それを、孔飛慈が追う。

 足下に散乱した石、コンクリートの塊を投げつけた。

 孔飛慈がひるんだ、その隙に。部屋の端まで一気に移動した。壁を背にする。

「バッカねえ、あんた! 自分で逃げ場潰して」

 孔飛慈が追う。鋭い切っ先が、一直線に突き込まれる。

 身を低くした。足下、一番手慣れた武器――そこにあるだけでは何の役にも立たないガラクタ――を拾い上げた。

 金属が触れ合った。細身の剣に交じわる、鉄パイプと噛み合う。孔飛慈の目が、見開かれた。

「そうか?」

 対して雪久、笑う。パイプで剣を、跳ね上げた。孔飛慈がひるんだ隙に、切り込む。

 鉄パイプの先端が、孔飛慈の肩をとらえた。大きく、傾ぐ。

「く、っそ……」

 孔飛慈、距離をとった。パイプで殴られた箇所が、陥没している。

「思った通り、機械ってのは衝撃には脆いんだな。固いってのも、いろいろ難儀だねえ、ちょっと強く殴りゃへこんじまう」

 鉄パイプを両手で持つ。両手の握りをぴったりとくっつけた、攻撃重視の手の内。省吾の、剣の握りとは違う。ただ殴り、我を通す為だけに在る、我流の形。

「やるか、鉄野郎」

「抜かせ、生身」

 孔飛慈の纏う空気に、変化がみられる。挑発の色が消え、代わりに瞳に浮かんだ、明確な殺意の色。プライドを傷つけられた、屈辱と、それにたいする怒りが滲んだ。それが、孔飛慈の本来のものと予感させる。

(本気になったか)

 身を低くした。伏せる獅子のごとく、獲物を狩る獣と同じくに。

 両者、とびこんだ。

 剣が伸びやかに突き込まれた。眉間、体を開き、避ける。体を転換させ、孔飛慈の肩口に歩を進めた。

 鉄パイプを叩きつけた。頭。孔飛慈が首をひねって避けるのへ、さらに一撃。首筋に、先端を掠める。孔飛慈の人造皮膚に触れた。

 孔飛慈、間合いの外に逃れる。力を溜め、再び突き込んだ。

 剣先が閃く――10連、20連に繰り出される刺突、的確に、縫うように、急所を狙った。体をひねり、鉄パイプを切り替えしつつ、捌き、流し、攻撃の隙を探る。

 剣戟が止んだ。間隙を突き、雪久水平に打ちつけた。少女の胴に。

 孔飛慈が飛んだ。上空に。鉄パイプが、空を切った。流れる。飛び上がり、手足を撓らせ、雪久の背後に降り立つ。

 振り向く、同時に。閃光が瞼に突き刺さった。剣先が迫る、顔面。首をひねる。耳元で、風鳴りがした。

 飛びすさび、鉄パイプを構え直す。短く持つ、杖を持つように。剣が突き出されるのへ、鉄パイプの中程で受けた。切っ先を流し、先端で打った。少女の顎を掠める、少女の体がよろける。

 水平に打った。孔飛慈の頭を捉える。

 孔飛慈、呼吸を合わせ、体を沈み込ませた。膝を屈曲させ、深く、地を擦るような体勢。絶句する。

 猛然と突き上げた。孔飛慈の剣、一直線に、水月に伸びた。飛び退く――間に合わず、胴体に一撃、食らう。左胴に深い切り傷が刻まれる。痛みを、奥歯で噛み殺した。

 膝が落ちる。そこへ、孔飛慈が間を詰めた。猛然と突き下ろす、突き上げる、刺突の連撃。捌ききれず、手首と肩、腿を傷つけた。

 鉄パイプを叩きつける、無茶苦茶な軌道。孔飛慈が大きく、飛び退いた。

「野郎!」

 大きく踏み込む。鉄パイプを袈裟に振り抜いた。孔飛慈は避けながら、剣を投げつけた。

 剣が突き立つ、1秒。雪久、飛び上がり、剣を避けた。孔飛慈、剣穂を繰り剣を回収した。

 空中で身をよじった。着地を待たず、蹴りを打つ。弧を描く、右脚。孔飛慈の前髪に触れた。

 蹴りが流れる、同時に着地。すかさず打つ、後ろ蹴り。顎を蹴りあげる、孔飛慈がのけぞる。更に、身を低くし、鉄パイプで足を払った。

 孔飛慈、重心を崩した。体が傾いた。

 立ち上がる、殴打する。孔飛慈、腕で防いだ。金属が触れ、鈍い音を立てる。

「この――」

 振り上げた、瞬間。腹に衝撃を得た。孔飛慈の膝が、水月に突き刺さっていた。胃がせり上がる、内蔵が悲鳴を上げる。雪久、体を折った。そこに突き。孔飛慈の剣が差し出された。

 とっさに避ける。剣が、右腕を貫いた。骨の砕ける音、神経が毟られるような感覚があった。

 孔飛慈が剣を抜くと同時に、崩れ落ちた。膝をつく、地面が近くなる。孔飛慈にかしづくかのように、手をついた。

「これで、終わり」

 頭上から声。孔飛慈が見下ろしてくる。剣を逆手に、振り上げた。剣先、その延長上に雪久の首がある。白刃の煌めきが、少女の酷薄な笑みを際立たせた。

 突き下ろす。

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