第二章:4
省吾vs雪久。結構力を入れました。長いかもしれません。
左の虹彩が、不自然に紅く光っていた。つや消しの深い闇色が消え、鮮血にも似た「紅」が浮かぶ。静かな光線は、万物を射抜く冷たい矢となって省吾の胸に突き刺さる。
薄暗闇に縁取られた、黒い人影にアクセントのように光る紅い目……それはかつての祖国での、幼い記憶と被る人工の「眼」と同じ輝きを放っていた。
「それは、まさか」
「見覚えあるか? だよなぁ当然。難民を追い回した機械兵の中にも一機ぐらいはこんな「眼」のヤツがいたはずだ」
雪久はアンバランスな色に染まった顔を歪ませた。
「お前……機械なのか」
「この「眼」だけな。昔、移植手術を受けてな。以来便利だから使っている。なかなか快適だがなぜかうちの奴らは皆嫌がるんだよなぁ……」
そう言って、ちらりとユジンのほうを見た。紅い目を向けられたユジンは、唇を噛んで下を向いている。
「ま、知ったこっちゃねえけど」
「そうか……なら分からせてやろうか」
内より湧き上がるものが、言葉ににじみ出た。声と刀を持つ手が、震える。
(あの目は、先生を殺した「眼」……あの野郎!)
その途端。
すべての感情が全身からにじみ出た。師を殺した機械に対する殺意、憎悪。師を助けられなかった自分に対する怒り、悔恨。そして蹂躙された師が感じたであろう無念……
それらを刀にこめる。感情は火炎となって、刃を包み一気に炎上した。
黒い熱が、気流となって渦を巻く。まるでそれは感情の高ぶりに呼応し、嵐となって吹き荒れているかのようだ。
「なんか、アツくなっているようだけど」
雪久は相変わらずだ。自然体で上から見下ろすように、立っている。紅い光の下に照らされた雪久の笑みは、より禍々しく、狂気に満ちている、ように見えた。
「やめといたほうがいいぜ。お前もこの「千里眼」の特徴は知っているだろ?」
戦中、試験的に投入された特殊マイクロスコープ、通称“千里眼”――史上もっとも優秀な小型光学兵器、と称される。直径わずか数十センチの機体に、赤外線や暗視スコープなどあらゆる光学機器を詰め込んだ現代兵器の最高傑作である。
加えて、千里眼に備わるもう一つの特性――それは「動体補足システム」だ。もともとミサイル防衛用に開発された代物だったが、それが千里眼にも搭載された。
動く目標をすばやく捉え、照準を合わせて正確な攻撃を加える。さらに飛来するミサイルや弾丸を捕捉し、弾道を予測することで迎撃、回避することも出来る。
当初は通常兵器に搭載されていたが、小型化が進むにつれ、機械兵にも装備できるようになった。といっても、一部の兵士にしか搭載されなかったが。
「そんなレア物手に入るなんてよっぽど金持ちなんだな。しかも人間に移植する辺り、趣味の悪さにも程がある」
唾を吐きかけ、気に食わないと省吾は吼えた。
中段の構えから、だらりと刀を下げて下段に持っていく。相手の様子をうかがう、守りの構えだ。感情に任せて斬りかかるような真似はしない。相手が得体の知れないものであれば、まずは「見」に回る。
「んじゃ、さくさくっといきますか」
雪久は軽く、その場でステップを踏んだ。地面を蹴ってこちらに突進してきた、と思ったら。
次の瞬間には、省吾の視界から消えていた。
「……なっ」
どこだ――と辺りを見回すが、すぐに上から迫る雪久の気配を読んだ。
雪久は、空を駆っていた。省吾から3メートル以上はなれた場所から跳躍し、省吾の遥か上空を舞っていたのだ。空中で回転し、蹴りを食らわそうとする。
「ちい、この!」
下段から右脇構えにもって行き、上空に切り上げた。その刃を雪久は靴の裏で受ける。刃筋が、甘い。
一度、刃に着地するような形を取った後、空中で一回転して省吾の背後に着地した。その雪久に、振り向きざまに胴払いを食らわす。だが、そんな省吾をあざ笑うかのように、スウェーバックでその刃を避けた。
逃げる雪久に息つく暇を与えない。歩をつめ、刃を返して袈裟斬り、胸突きを続けざまに浴びせる。これも雪久、難なくかわした。ビュッと、白刃が唸る。
「野郎、ちょこまかと!」
ふと、雪久の足が止まった。それを好機とばかりに、振りかぶって思い切り打ち込んだ。雪久の額に刃が食い込み、そのまま臍まで斬りおろした。
両断。だが、手ごたえは皆無。
斬ったのは雪久の残像だった。その虚像は煙のようにたなびき、消えた。
――しまった。
「バーカ」
左肩から気配。振り向くと、雪久の顔が肉薄していた。嘲るように顔を歪ませた。そして。
「がっ……!」
わき腹に一撃。同時に首を打たれた。目に火花が散り、多々良を踏む。
何とか体勢を整え、構えを作った。そこへ追い討ちをかけるように迫る雪久のミドルキック。それを刀の柄で受け、間合いをとって右面に打ち込んだ。雪久は体を開き、それを避けた。そしてその場で跳躍した刹那。
省吾目掛けて飛び後ろ回し蹴りを放ったのだ。雪久の右足は空中で大きく弧を描き、かかとが顔面に突き刺さった。靴を噛まされ、歯を二,三本撒き散らしながら省吾は吹き飛んだ。
苦悶の表情を浮かべ、地面にのたまう省吾。血が、コンクリの床を濡らした。
「ほらほら、ネンネの時間にゃまだ早い」
雪久が追撃してきた。起き上がり斬りつけて応戦しようとするも、それより先に膝蹴りを入れられ、仰向けに転がされた。雪久はすかさず、省吾の腹に止めの突きを放つ。肝臓を打たれ、省吾はピクリとも動かなくなった。
「あっけねえなぁ」
雪久は息一つ、乱れていない。腕を後ろで組み、あくびを一つした。
省吾は起きてこない。口から、血と泡を吐き、横たわっている。
「ま、それなりに楽しめたよ。それなりだけどな」
背を向け、去ろうとしたその時。
「刃を避けるとはな。さすがというべきか、千里眼」
血を拭いながら省吾が立ち上がった。息を切らしながらも刀を拾い上げ、握る。
「まだやるのか? やめとけ。何度やっても俺の「眼」は全部お見通しだ。銃弾すら見切ることが出来るこいつに、刃を向けても意味ねえ。スローモーションで見えんぜ」
ケタケタと余裕の表情で笑う雪久に対し、意外に省吾は冷静だった。
確かに、不利である。相手は機械で自分は生身。ここで勝負する必要などない。
だが、なぜかやめる気にはなれなかった。
刀を水平にし、切っ先を雪久の心臓に向ける。
「ならやり方を変えるまでだ」
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