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監獄街  作者: 俊衛門
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第十一章:7

「貴様!」

 叫ぶと同時だった。省吾は長脇差をヒューイの首に押し付け、金が蹴りを浴びせた。

 刃が沈む、刹那。ヒューイが身を沈めた。刀はわずかに逸れ、蹴りが虚しく空を薙いだ。ヒューイはしゃがみこみながら、銃口を金に向けた。

 3連発、轟いた。金の胴に銃弾が全て吸い込まれ、間髪入れずにヒューイは、省吾に銃を向けた。

 反射的に動いた。ヒューイが引き金を引くよりも早く、省吾は左手で、銃を持つ手を取った。体を引き寄せ、手首を捻り上げるに、骨が軋む衝動を得る。腕を極めたまま、前方に投げ飛ばした。ヒューイの体が空中で回転し、背中から地面に落ちた。

 倒れたヒューイの首に、刃をつけた。

「お前には、今の場所は狭すぎるぜ『疵面スカーフェイス』」

 ヒューイは薄笑いを浮かべていた。手首を極められ、刀を押し付けられても笑っている。この余裕は何なのか。

「黙れよ、ヒューイ」

 圧し付ける声で、省吾はいった。

「あの連中なら、お前の望むものを与えてくれるだろう。俺がそうだったように」

 その言葉の前に、一瞬だけ、かき乱された。それがいけなかった。わずかに緩んだ省吾の手を振り払い、ヒューイが立ち上った。と同時に銃を向け、発砲した。省吾の肩を掠め、背後のガラス窓に着弾。四散した。

 省吾は刀を脇構えに、飛び込んだ。ヒューイが2発目を撃つ。首筋に灼熱感を得た。

 踏み込み、左脇から逆袈裟に斬り上げた。ヒューイの右手首を捉えた。

 手ごたえを感じた。鉄の衝動だ。手首を切り落とすはずの剣が、ヒューイの左腕で止められている。

篭手こてを巻いているのか)

 そう悟ったとき、銃口が目の前に突きつけられた。咄嗟に、首を捻る。銃声が耳元に響いた。脳を揺さぶる轟音に、気を失いそうになる。

 だが

「破っ!」

 刀を返し、逆胴を斬った。ヒューイが後ろに下がるのに、右片手でもう一度、水平に斬る。ヒューイは上体を仰け反らせて刃を避け、その勢いを利用して省吾の顎を蹴り上げた。骨響く衝撃を得、たまらずに膝を折った。

 そこへ、銃が迫る。

 意識せず、剣を叩きつけた。無我夢中だった。太刀筋も何も無い、出鱈目な剣。本能的に斬り上げた刀が、銃身に当たった。

 銃身が跳ね上がった、と同時に発射炎が瞬いた。

 緑色の火炎を、間近に。瞼を焼き、網膜に閃光が刺さる。こめかみに焼きつく痛みを得て、柄握る手に鉄の衝撃を最大限に受けた。

 かきん、という音と共に長脇差が半ばから折れた。切っ先が空を舞い、3メートル先の床に突き刺さった。

 省吾は小太刀を抜き、斬りかかった。斜め下から、振り上げる。

 ヒューイの左腕が伸びた。刃が到達するより早く、手刀でもって省吾の腕を叩き落とした。呆気にとられる省吾に構いもせず、その手を取り、省吾の体を引き寄せた。体を密着させ、腰と腰をあわせる。瞬間、ヒューイが身を捻り、省吾の足を払った。

 柔道の投げ技である。下半身をそっくり刈り取られ、省吾の体が反転した。世界が回ったかと思うと、次には目の前に、地面があった。

 激突の直前、省吾は首を曲げた。両手を着き、前転しながら受身を取る。勢いを殺すと、瞬時に立ち上がった。

「やってくれるな、おい」

 ヒューイが溜息混じりにいった。今しがた省吾が弾いた銃を差し出して見せた。銃身にひびが入り、スライドが外れかかっている。斬ることは叶わなかったが、どうやら銃の無力化には成功したようだった。

 最も、こちらの損失も激しい。手の中にあるのは、小太刀一本。省吾は斜に構え、小太刀を前に突き出した。

 ヒューイは銃を捨てた。右手右足を前にし、彼もまた、右半身の構えを取った。腰の位置は高く、また膝も曲げない。近代格闘技の、サウスポーの構えに似ていた。

 いざ――

 予告無く、両者が同時に動いた。

 省吾が刀を上段から斬りかかる。ヒューイは体を真半身に切り、右脚で省吾の水月を抉った。脚を引き戻すと、今度は指先をそろえ、一直線に突いた。リードハンドから繰り出される標指ビルジーだ。蹴りから突き、それらが一挙動で行われた。

 反応できず、まともに目潰しを食らった。指先が右の眼球に触れ、一瞬だけ視界が消え去った。慌てて後退するが、ヒューイの右手が省吾の髪を掴んだ。そして、頭を引き寄せるとともに、膝蹴りを放った。

 メチ、と鼻の潰れる音がした。膝が顔面にめりこみ、意識が一瞬飛んだ。目の前に閃光を生じ、口の中に鉄の味を含む。声にならない呻きが洩れ、たたらを踏んだ。

そこへ廻し蹴り。

(二度目はない)

 とばかりに、飛び込んだ。前進し、左手ヒューイの脚、その膝頭を抑えた。それだけで蹴りの威力は完全に殺される。ヒューイが脚を戻すに、さらに奥深く踏み込んだ。間合いを侵食し、互いの距離が詰まった。

 同時に手を出した。省吾が突き、ヒューイは掌を差し出した。

 わずかに、ヒューイの方が早かった。ヒューイの右外腕が、切っ先を外に受け流した。剣先が外れたところへヒューイ、縦拳を叩きつけた。

 息が洩れた。

 呼吸をあわせ、省吾は膝を抜いた。自由落下にも似た体感覚を得る。身を沈め、ヒューイの拳が頭上で空振りした。間髪入れずに左足を踏み込み、左掌をヒューイの胸に押し当てる。全身の力をみなぎらせ、掌の一点に集中し、打ち抜いた。

 瞬間、ヒューイの胸郭がたわむような心地がした。ヒューイは体を折り、唾を吐いた。その首に向けて、斬撃を繰り出した。

 頚動脈を切り裂く直前、ヒューイの左篭手に阻まれた。金属の噛み合う衝撃。すかさず刀を戻し、突きに変化させる。ヒューイは上体を逸らし、後転し、避けた。

「ほう……」

 打ち抜かれた胸を押さえてヒューイが呟いた。

「寸勁か。あの女と、同じ技を遣う」

「こんなのは、ただの当身だ」

 などと言いながら、息が上がっていた。肺が爆発しそうだった。胸骨が自分の意思とは関係無く上下し、疲労した筋肉は真綿のよう。それはヒューイも同じであった。全身で呼吸をして、じりじりと間を詰めてくる。

 一歩、ヒューイが跳んだ。間合いの外から、右半身から横蹴りに蹴りこんできた。省吾は真半身となって蹴りを外し、ヒューイの背中側に足を踏み込んだ。

 入身、完全な死角。

 ヒューイの目には、省吾が消えたように写ったはずだ。好機とばかりに、無防備な背中に斬りつけた。ヒューイの右肩から左腰まで、斜めに傷が走った。スーツを斬り裂き、その下のボディーアーマーまで断つ斬撃。剛性繊維が、舞った。ヒューイはしかし、ひるまなかった。右足を軸に、裏拳を叩きつけた。首筋に打撃を受ける、鉛の塊をぶつけられたような衝撃だ。

 ヒューイは向き直り、省吾の右手首を取った。そのまま脇を固め、背負い投げに転じた。一瞬の浮遊感の後、背中を地面に打ちつけた。

 全身の神経が震えた。針を押し付けられたような痺れが、指先にまで蔓延する。呼吸器官や消化器官、あらゆる臓器が悲鳴を上げた。呼吸が乱れ、胃液が喉元まで込み上げた。

立ち上がる気力もない。だが、気づけば立っていた。本能によるものだった。

 そこへ、ヒューイの爪先が飛び込んで来た。

 顔面が弾かれた。口の中で折れた歯が暴れ、血とともに吐き出した。意識が切り取られ、仰向けに倒れた。慌てて起き上がろうとするのへ、踏みつけられる。完全に、体を押さえられた。

「良く頑張ったな。アーマーを着ていなければ、やられていた」

 ヒューイの右足が、腹に埋っている。まるでピンに貼り付けられた虫のように動けない。

「だが貴様は俺には勝てない。貴様には確たる理由が無い、そういう奴は何度やっても負ける気はしない」

 ヒューイが足を上げる、と同時に省吾の横っ面を蹴った。たまらず、地面に伏した。

 終りだ、と告げられた気がした。髪の毛を掴まれて、無理やり立たされた。

(畜生……)

 抵抗したくとも、体が動かない。感覚を断ち切られ、いまや省吾の身は人形も同然だった。糸の切れた、傀儡。自らの意思を、伝える事も出来ない。

 ヒューイの指が、喉にかけられた、その時。ヒューイの背後で影が立った。

 影の主は、金だった。撃たれたはずの金が、いつの間にか立ち上がっている。ヒューイが振向くのへ、その顔面に上段蹴りを浴びせた。ヒューイの顔が弾け、省吾は唐突に解放された。

さらに前蹴り。ヒューイの水月を抉る。ヒューイは体を折り、後ずさった。

「このタヌキめ」

 押しこめた声でヒューイが唸った。痛みをこらえているようだった。

「さあ、どうする」

 挑発じみて、金がいった。左半身に構え、軽くステップを踏み、手招きしながら

「形勢逆転だぜ」

「ほざけ」

 ヒューイは体勢を立て直し、構えをとった。右半身。金とは体を向きあわせる格好となる。

 金が飛び込んだ。左足を軸に、長い脚を振り出した。

「イヤァッハァ!」

 奇声を発し、廻し蹴り。当たる直前、ヒューイがすっと、身を沈めた。金の蹴りを左篭手で防ぐ。が、勢いは殺せず、よろめいた。

 次の一手、金の二撃目。右足を下ろさず、左の軸足を蹴り足に転じさせる。跳躍し、後ろ廻し蹴りを打った。

 金の左足裏がヒューイの胴に刺さる。ヒューイが膝を折った。止めとばかりに金、前蹴りを放った。

 だが同時に、ヒューイが一歩踏み入れた。前蹴りを右掌で打ち落とす。蹴りが流れたところに、ヒューイが右足を差し出した。地を擦るような低空の蹴り。金の膝を真正面から、蹴り払った。

みしりと骨が軋み、膝が逆方向に折れ曲がった。くの字に曲がり、骨が裏側から突き出た。軸足を破壊され、金の体が傾いた。

 金は朝鮮語で何事か喚いた。尖った骨の断面から、神経がほつれた糸のようになって垂れている。血が満たし、倒れ伏す。金の脚、唯一の武器は、完全に粉砕された。

「野郎」

 金が睨みつけるのに、ヒューイは見下ろしていた。血の中でもがく金を嘲笑うでもなく、冷たく睥睨する。何かしらの反応も示さず、ただ一瞥しただけで、踵を返した。

「待て、貴様」

 よろよろと省吾が立ち上がった。

「このまま終るとでも」

「貴様らの負けだ」

 ヒューイがいった、時。出入り口のドアが、乱暴に開いた。黄色を身に着けた雑兵たちがなだれ込み、二人を囲んだ。手にはライフル、SMGの鈍色が、八方狙いをつけている。

「貴様らの失敗、潜入後直ぐに俺を仕留めることが出来なかったことだ。連行しようとせず、有無を言わさず殺すべきだった……それが出来ないようなら、どこかで誤るもんだぜ」

「警告かい、そりゃ」

「はなむけとでも思ってくれれば良い。地獄への」

 ヒューイは踵を返した。もう用は無いという、意思表示であった。今、ヒューイにとっては省吾や金は終った人間となった――そうはっきりと、告げられたのだ。過去に用は無い、死に行く者には計らわない。この街で当たり前に繰り返されたことである。省吾自身も、ずっとそうしてきたことだ。

 それが、される立場になった。

「待て!」

 省吾はヒューイの背に掴みかかろうとした。が、雑兵たちに取り押さえられ、地面に伏せられた。ヒューイは振向かず、歩を止めることもなく。


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