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監獄街  作者: 俊衛門
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第十一章:6

 連が峨嵋刺を抜き、ビルの壁面を突いた。すると壁の一部が割れ、人一人分の空洞が開いた。『黄龍』本部ビルの脱出孔――レイチェル・リーによれば、そういうことらしい。ここを伝って内部に行ける、ということだ。まず小柄な連が先行、次に省吾が入り、最後に金が続いた。

「狭えなあ、オイ」

 入るなり、金が文句を垂れた。大柄な金にはつらいのだろう、省吾ですら、背筋や首が痛くなりそうだった。ずっと身を縮ませ、四つん這いで潜入する。

「もう少し進めば、広い所に出ます。それまでの辛抱です」

 連は右手に端末を握っている。液晶を見るに、どうやら本部内の経路が示されているようだ。本部内の脱出経路は、レイチェルと扈蝶、それと一部の人間しか知らないというが、それを惜しげもなく端末に打ち込むとは。

「豪気なもんだな」

 覗きこもうとするのに、連がフード越しに睨みつけた。

「あまり見ないで貰えます?」

「何故」

「気が散るんです」

「その程度で気が散るようならまだまだ、甘さが抜けない坊や」

 からかうように言ってやると、連は憮然としたように、端末に目を落とした。

 通路が切れ、やや広いスペースに出た。

「おっと、ようやく出たか」

 金が通路から這い出て、よろよろと立ち上がった。いかにもだるそうに腰を伸ばし、筋肉をほぐしている。

「まだこれからだ」

 省吾はそういうと、ライターの火を灯した。

 前方の壁に、タラップが備え付けられて、それが上に伸びている。ここから各階層へと行けるようだ。

「で、あいつがいるのはどこの階だ」

 省吾が訊くと、連は端末を操作していった。

「もし、ヒューイがレイチェル・リーの後継を気取っているなら、おそらく彼は最上階にいるものと」

「あの隠し部屋かね。面倒なことだ」

 最上階まで登るとなると、どれほどの時間と体力を使うか――いっそ、正面から堂々と入って、敵を蹴散らす方がよっぽど楽なのではと、思ってしまう。もちろん、そうすることが得策ではないことは分かっていた。

「行くか」

 そう告げるのへ、

「こいつを登るって、何の冗談だよ」

「冗談にしたけりゃ、ここに留まりなよ。別に俺は困らないからな」

 金は辟易したようにぼやいた。

「少しゃ、年寄りを労わって貰いたいぜ……」


 狭く、くねったダクトをすり抜け、ようやく目的の場所に着いた。金もう疲労困憊といった様子で、廊下に出るなり大きく伸びをした。

「よー、やっと出たか」

 そう、大きくは無い声で金がいうのに、省吾は睨みつけて黙らせた。敵地のど真ん中だ、慎重な行動が要せられる。

 連が持つ端末の液晶、その中央に紅く灯る光点。そこにヒューイ・ブラッドがいると思われる――レイチェル・リーを追い、まんまと玉座に座った男の。

 入り口には黒服二人が立っていた。服の上からでも分かる、異様に発達した筋肉。元軍隊か、あるいは何かしらの武術をやっているのか――省吾は連に目配せした。

 ――左を始末しろ。

 言外に、そう伝える。連は頷いた。峨嵋刺を取り、音も立てずに、素早く男の背後に近づいた。

 男が振向いた瞬間、峨嵋刺を首に突き刺した。悲鳴の変わりに、ヒュっと空気の洩れる音がした。

 一瞬のことだ。黒服は白目を剥き、泡を吹いて斃れた。

 もう1人は省吾が始末した。銃を構える暇も与えず、背後から口を押さえた。そして右腰から小太刀を抜き、腎臓に突き立てる。深く抉り、男の体が痙攣し、やがて動かなくなった。

「おお、やるな」

 金は歩み寄ると、死体を覗きこみ、驚嘆したようにいった。

「なるほどな、どうしてあの刀を使わないかと思ったら」

「ああ」

 省吾は死体を蹴飛ばしながら、小太刀を抜いた。日本刀の刃渡りはおよそ二尺と四寸、一尺足らずの小太刀は一見すると頼りない。だが狭い場所では、“焔月”のような打刀は不利に働く。故に、省吾が選んだ装備は一尺の小太刀と一尺九寸の長脇差。大掛かりな戦闘でない限り、これで事足りる。

 連は端末からコードを引っ張ると、ドアのロック機構に繋げた。メモリーカード状の端子を差し込むと、端末のキーを叩いて何やら打ち込み始めた。入り口という入り口は、特定の人間でしか入れないようになっている。省吾が見たときは、静脈照合で出入りするシステムになっていた。ここはそれよりは幾分セキュリティのレベルが低いようである。

 エンターキーを押す。ドアのロックが、外れた。連が先に踏み込み、省吾が続く。金が殿である。示し合わせたわけではないが、自然とこの形になる。

 中は部屋になっているかと思いきや、また通路が続いていた。更に狭い通路が、迷路のように入り組んでいる。急な襲撃にも耐えられるような造りなのだろう、と推測した。大挙して押し寄せても、敵をここで足止めできる。

 省吾は小太刀を逆手に持った。

 通路は3メートルおきにカメラが備え付けられている。通常ならば見破れない、小さなピンホールサイズのCCDカメラであるが、それらの位置も扈蝶が管理していた。カメラの位置を変えることは、扈蝶以外の人間がすることは出来なかった――あの小娘が、どうしてそこまでの権限を持っているのか分からないが、ともかくそういうことらしい。

(かといって、奴らが新たにつけていないとも限らない……)

 端末と照合しながら、カメラを見つける。カメラに写らないように、壁伝いに、またしゃがみこみながら進み、尚且つ新たにカメラを見つければそれに写らないようなルートを探す。新たなカメラは、以外と簡単に見つかった。CCDは大抵、壁の一部に埋め込まれている。壁をはがした後、または壁の一部が新しくなっていれば、大抵は別のカメラが埋め込まれている。罠の見つけ方も、先生に叩きこまれた生存術だった。

 通路の突き当たりに至ると、また扉があった。今度は静脈照合をするタイプのようだ。

「この手のロックは、本人の掌を翳さなきゃいけねえ」

 ドアロックの端末を眺めて金がいった。

「レイチェル・リーか、もしくは幹部連中しか使えねえ……こいつは静脈のパターンだけでなく、生きた細胞にしか反応しないんだ」

「無駄にハイテクだこと」

 《西辺》には金だけでなく、技術や設備も集まるようになっているようだ。この本部ビルだけでもどれほどの金がつぎ込まれているのか。

「で、これはどうするのです」

「まあ、見てな」

 連が問うに、省吾はナイフを抜き、腰だめに構えた。刃を上に向け、左の掌を柄頭にあてがう。一歩、下がったかと思うと、そこから勢いをつけて、体ごと突き刺した。刃が金属パネルを貫き、中の機器を滅茶苦茶に断ち切った。

 ナイフがある程度まで刺さったのを確認し、省吾は手を離した。今度は金が、刺さったままのナイフの柄頭に横蹴りを浴びせた。より深く、刃を押し込む。火花が散り、黒煙が上がった。

 がちゃり。音がした。ドアのロックが壊れる音だ。ドアを押すと、簡単に開いた。

「随分とまた、荒っぽい……」

 連が呆れたように呟いた。

「鍵が無ければ壊すしかないだろ。ここのロックは、造り自体は単純だって話だからな」

「しかし、これはあまりに目立ちすぎです」

 すると金が、連の頭をぽんぽんと叩いて

「バレたら、そん時はそん時だ。俺が守ってやるから、ビビんな」

 からからと笑いながらいった。連はむず痒そうに体をゆすって、しかし憮然としたように

「あまり、油断無きよう」

 そういって、さっさと先に行ってしまった。金は肩を竦めていた。

 ドアを潜ると、外とは打って変わってだだっ広い空間があった。殺風景な、灰色の壁と天井。いつか見た、豪奢な外観とは程遠い部屋だ。一瞬、別の所に出たのかと錯覚したが、間取りや窓に映る風景から、同じ部屋なのは間違い無い。かつて、レイチェル・リーが自らの保身のために用意した隠し部屋。ただ、調度品の類が、全て取り払われていた。

 中央に、人影があった。《西辺》のネオンライトが、黒く浮かび上がらせている。細い骨格、長い手足のシルエットが、何も無い床に伸びていた。

「ヒューイ・ブラッド……」

 その人物の名を口にする。ヒューイは応えず、首肯すらしない。何かしらの意思も伝えない――だが、それで十分だった。

「お前の用意した駒は、あまり役に立たなかったようだな」

「『疵面の剣客』……真田省吾、か。名前は響いていた。が――」

 ヒューイはつと、振向いた。

「言葉を交わすのは初めてだな」

「お互いにな。ここでは、実際に顔を合わすよりも、噂が広がる方が早い。あんたも、南じゃかなり轟いている。が、それも終りだ」

省吾は長脇差を抜き、突きつけた。

「来てもらうぞ」

 ふいに、ヒューイが含み笑いを洩らした。乾いた笑い。嘲りめいた目でもって、見下すような視線をくれる。刃を恐れる様子もなく、動じることも無い。

 省吾の背筋に、戦慄が走った。

「何がおかしい」

「少し、滑稽だな。お前がその科白を吐くとは」

「どういうことだ」

「貴様は、『千里眼クレヤヴォヤンス』とは違う。レイチェル・リーや、この街にいる奴らとは根本的に、な」

「何が言いたい」

 自然、刀を握る手に力が入った。少しでも不審な動きをすれば刺す、と。無言の圧力をかけるべく、刃先をヒューイの頚動脈につけていた。

圧倒的優位にあるのは省吾の方。それなのに。

「真田省吾、貴様がこの戦いに関わるのは何故だ」

 それなのに、目の前の男に慄いている自分がいる。説明のつかない、懼れを感じていた。何故そのような思いに捉われるのか。

「貴様に、何の得がある? ここで俺を斃し、それで何が得られる。『OROCHI』でも『黄龍』でも無い、それどころかひと月前まで、この街の人間でもなかった貴様が」

「何故、それを?」

 省吾は驚愕を以って訊いた。ひと月前、成海市に流れ着いたことなど、この男が知り得ているわけなどない。その筈なのに、まるで見てきたかのように言う。

 「真田省吾、貴様は人を探しているんだってな。レイチェル・リーが、その目当ての女と思っていたようだが、当てが外れて残念だったな」

 ヒューイがいう一言一言が、ますます省吾の心を乱した。戸惑う省吾を見て、ヒューイは楽しげに笑っていた。

「俺だったら、貴様の目当ての人物を探してやることもできる」

「出鱈目を……」

「出鱈目じゃない。あの連中の力を借りることになるだろうがな」

 あの連中とは、と省吾が口を開きかけたところに

「口が過ぎるぜ、ヒューイ」

 金が横から口を出した。

「これからバラすって相手にあんまり喋るなよ、『疵面スカーフェイス』。こいつはどの道、生きてはいられねえんだ。死人の足掻きに付き合うなよ」

 金がついと、目配せをした。連が電気銃テイザーを抜き、ヒューイの後頭部に銃口をつけた。

「しばらく眠ってもらいます」

 連がそう告げると同時に。

 火薬の爆ぜる音がした。電気銃テイザーの銃口からワイヤーが放たれた。だが、その先端はヒューイの首筋を掠めただけであった。

 逆に、連の体が、ゆっくりと床に倒れ伏した。体を折り、前のめりに頽れる瞬間、フードから明るい色の髪が覗いた。

 何が起こったのか、理解しかねていた。見ると、ヒューイの手には銃が握られていた。ベレッタ拳銃の先端から、細く、淡い色の煙が昇っていた。


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