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監獄街  作者: 俊衛門
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第十一章:5

「右に曲がれ」

 ソム・レイは小さな端末を見ながらいった。端末には、支部の内部構造をインプットしてある。レイチェル・リーが、ムスリムの商人から買ったものだ。

「玲南、行くよ」

 そう声をかけるのへ、

「あたしに指図すんな!」

 そう言って、ユジンの先へ行ってしまう。溜息を洩らしつつも、いっそのこと玲南に全部片付けてもらった方が楽なのではという考えが、頭をもたげた。

 ――リーダー失格だわ。

 内心で苦笑しつつ、AKで発砲し、銃床を叩きつけつつ銃剣を突き刺した。背後からはソム・レイとクォン・ソンギが、交互に矢を番え、射出していった。二人は特に合図など無しに、手際よく雑兵を片付けて行く。『STHINGER』の射手は皆、示し合わせたように眼球か喉を狙ってくる。それは誰かにそうしろと命じられたわけでなく、経験的にそうすることを知っているようであった。

「そこを左に行くと、事務所がある」

 ソム・レイが告げ、ユジンは頷いた。

「玲南、そこ左だって」

「うっさいな、聞こえているよ」

 先を行く玲南は縄を振り回し、前方に思い切り投げ打った。標が兵の右目を突き、脳髄にまで達した、かのように見えた。

「あんたが行くまでもない、あたしが全部片付けるさ」

 いうや、ドアをぶち破り、何の警戒もなく飛び込んだ。ユジンが数秒遅れて、飛び込んだ。

 標的を捕捉する、10人。狙いを定めた。

 発射炎が細かく5回、散った。照準の先で、兵たちが倒れた。残り5人は、変幻に飛ぶ標に貫かれ、また砕かれ、果てた。

「クリア」

 そう、玲南が勝ち誇ったようにいった。得意満面、といった様子だ。

「クリアじゃないわよ、一人で先走って……」

 ユジンは溜息をついた。縄標はある程度間合いを取れるが、それでも銃ほどではない。銃を相手にすれば圧倒的に不利なのに、まるでそんなものは怖くないというように突っ走る、この女は。見ている方が、肝が冷える。

「そっちはどう?」

 ユジンは端末に向かっていった。

『上部の階層は全て制圧した。以外とヤワだぜ、こいつら』

 タイ人のパークリック・ムアンの、訛りの抜けない声が聞こえた。奇襲はどうやら、成功したようだ。

 だが。

「ちょろいな、『黄龍』も大したことねえわ」

 笑いながら、玲南は縄標を仕舞い、ソファによりかかった。

 本当にそうか? 所詮、寄せ集めに過ぎないこの部隊が、どうしてここまで奮闘できるのか。大体、抵抗だって大した事はなかった。

 そんなことを思っていた、時。背筋に悪寒めいたものが走った。凍りつくような気がした。

「気づいているか、ユジン」

 クォン・ソンギが、声を押し殺していった。クロスボウに、次矢を装填している。

「敵が潜んでいる、まだ。いや、むしろこれが本命――」

 そういう、クォン・ソンギの手が汗ばんでいる。ユジンは銃口を水平に向けた。

「玲南」

気をつけて、とユジンがいうよりも先に。

 いきなり、天井が割れた。 

「え?」

 何が起きたのかを理解しかねた。目の前で天板がバラバラと崩れ落ち、上から黒い影が落ちてくるのを見かけた。丁度、玲南の真上から。

「玲南!」

 叫ぶと同時だった。落ちてきた影が、玲南を突き飛ばしたのだ。瞬間のこと、おそらく玲南自身も、何が起こったのか気づかなかっただろう。

 ユジンは近づいて、玲南を抱き起こした。左の胸がどす黒く内出血していた。気絶、している。

 ユジンはその方向に、向き直った。

 暗がりの部屋の中央に、大柄な男がいる。青紫のを纏い、鋼の胴を着けている。黒い長髪を、満州族の伝統的な髪型である、弁髪にまとめていた。

手には青龍偃月刀、長柄の大刀だ。どうやら玲南は、柄尻で打たれたらしい。男の刃は、まだ血で濡れていなかった。

 男は青龍刀を大きく担ぎ上げ、振り下ろした。轟然と刃の衝動が、咆哮を上げた。

 玲南を連れて逃げるか否か――二者択一の判断が、ユジンの思考をゼロにした。気づいたときには、刃が頭上に叩きつけられるところだった。

 ――間に合わない。

 感じた刹那、ユジンの前に、ソム・レイが飛び出した。青龍刀の刃が、レイの肩に食い込み、胸元まで斬り下げた。

 おびただしく血が噴き出、ユジンの顔を叩いた。鉄の味が充満する。

レイはひるまず、男の胴に蹴りを入れた。男が吹っ飛び、その反動で刃が抜けた。

「ソム・レイ!」

 崩れるレイを支えた。左肩から斜めに斬られ、断裂した筋繊維が垣間見えた。黄色い脂肪の層と脈打つ臓器、それらが滔々と溢れる血で満たされ、覆い隠された。

「しっかり、今手当てを」

「止しな……そんなことは無駄だ。それよりも……」

 息も絶え絶えに、レイはそれだけいった。首をわずかに傾けて、男の方を顎でしゃくって、それで終り、だった。あっさりと事切れてしまった。

 男が立ち上がるのに、ユジンはゆっくりと立ち上がり、相対した。

「クォン・ソンギ。二人を頼む」

 そう告げるのへ、ソンギは黙って頷き、二人を担ぎ上げた。それを見届けることもなく、ユジンは男の前に立った。

「あなたみたいなのがいるって、聞いていない。ヒューイに飼われているのかしら?」

 切っ先は、男の喉を狙っていた。一歩突き出せば、あるいは引き金を引けば、決まる距離にあった。いくら青龍偃月刀の間合いが広いからといって、銃よりも速いわけがない。

 速いはずはない――だから、待ち伏せていたのだ、こいつは。おびき寄せられて、勝った気でいて。

 本当に、リーダー失格だ。

 声に出さず、噛み締めた。そのせいでソム・レイを死なせ、玲南を傷つけた。

 ――私の責任だ。

 男が両腕を、掲げた。青龍刀の幅広の刃が、窓から差し込む明かりで鈍く光った。

 命の責は、己が身で償う――

 男が咆哮を上げた。突進してくる刹那、引き金を引き絞る。小銃が火を噴いた。

肉を貫く手ごたえを予想した。だが、銃口の先に男の姿は無く。

「な、え?」

 いつのまにか、消えていた。いや、消えたように、見えた。気づいたとき、男の姿は空中にあった。高く飛び、天井ぎりぎりのところで滞空している。降りて来ると同時に、男が刀を打ち下ろした。

 咄嗟に銃床を突き出し、防ぐ。鈍い刃が、銃床を粉々に砕いた。

 また、刀が振り上げられる。二度目は無い、とばかりに銃口を突き出した。単射で2発、撃つ。

 何と、男は首を傾けただけで、銃弾を避けた。その事実に慄然とする。男は長柄を繰り、右斜めから刃を振り下ろした。反射的に銃床を失った銃身で受け止める。金属が鳴り、衝撃が痺れとなり、手から全身を駆け巡った。肌の上を蟲千匹が灰回るような感覚、だがそれ以上に、銃弾を避けたということの方が衝撃であった。

「な、なんで――」

 その先を口にする前に、男の前蹴りが水月に刺さった。鉛をぶつけられたようだった。たまらず体を折るのへ、男が刀の長柄をかち上げた。銃身で受けるも、勢いは殺せず、体ごと吹っ飛ばされた。背景が二転三転し、窓に叩きつけられ、路上に転落した。

 幸い、一階であったので大したことはない。よろよろと立ち上がり、銃を構えようとする。が、度重なる打撃で銃身はひしゃげ、もはや武器としての役割を果たせそうになかった。

 ユジンは銃を捨てた。

 壁を破り、男が姿を現した。威嚇するように青龍刀を掲げ、切っ先を向ける。男が左半身に構えているのに対し、ユジンは右前に構えた。少しでも急所を遠ざけたいという、本能によるものだった。

 弁髪にまとめた髪が、風に煽られ、揺れた。男が顔を上げた瞬間、見た。

 男の双眸が、急に赤く光り出したのだ。人の目ではない、LEDの光源のように、紅く、燃える。禍々しくもあり、またルビーライトめいて美しくも感じられた。だが、その光。

「まさか、それは」

 ユジンが目を瞠ると同時だった。雄たけびを上げ、男が刀を振り下ろした。後ろに飛び、その一閃を避ける。すぐさま切り替えし、斬り上げた。刃の先が肩を掠める。ユジンは倒れこむように右に動いた。膝を抜き、自重を利用した体の捌きだ。地を蹴り、跳梁するよりも効率よく移動できる。

 だが、それだけだ。今のユジンには、何もかもが足りない。武器、腕力。そして――

(『千里眼クレヤヴォヤンス』?)

 男の両目にあるそれは、和馬雪久の左眼に宿る、『千里眼クレヤヴォヤンス』に違いなかった。そうでなければ、銃弾を至近距離で避けたことの説明がつかない。

 男は長柄を首で回し、刀を持ち変えた。右前の構えに変化し、刀を突き出す。ユジンは飛び退き、難を逃れるも、壁を背にした。好機とばかりに、男は水平に薙ぎ払った。首を刎ねる寸前、ユジンは身を屈め、地面を転がり、避けた。刃は壁を砕いて、大小の石を散らした。

 間合いを取り、石の破片を拾い上げ、男の頭に投げつけた。当たる直前、男はまた首を振って、それを避けた。

 ――やはり、見えてる。

 あの男、『千里眼クレヤヴォヤンス』を備えている。しかも両目ともに。

 男は長柄を短く持ち、間を詰めた。狭い路地、後ろは行き止まりだ。ユジンは、追い詰められた。

 どうしてあの男に『千里眼クレヤヴォヤンス』が――そんな疑問は、今は何の意味も持たない。両目ともに、それが備わっている。その事実こそが絶対であり、そしてこの状況をどうするか、それが先決だった。

 男は、じわりと歩を詰めた。ユジンは息を飲んだ。

「雪久……」

 赤い光源が、雪久に重なって見えた。味方にすると頼もしいが、敵に回すと、手強い。

省吾。今度はそう、呟いていた。省吾、あなたならこの場合どうするの? 一度、『千里眼クレヤヴォヤンス』と対峙し、しかしそれすら切り抜けたあなたなら――

「省吾……」


 ユジンの声がした、気がした。

「どうした、『疵面スカーフェイス』」

 金が声を掛けるのに、何でもないと首を振った。ハマーから金と連が飛び降りるに、省吾も後に続いた。

 第2ブロックにいた。《西辺》は騒がしく、また毒々しい色で塗られる。第6ブロックで騒ぎがあったという噂話が飛び交ってはいたが、基本的に今までどおりだった。省吾は以前、初めて《西辺》に連れて来られたときのことを思い出した。街は、あのときと変わってはいない。金の匂いに満ちた、見せ掛けの熱気。

 路地裏に至る。かかるビルを見据え、深く、息を吐いた。見上げると龍の彫刻が、牙を剥いているのが目に入る。『黄龍』の本部潜入、それが省吾たちの任であった。

静かに脈動し、丹田に満ちる、力。

 呼吸は一心無涯流の基礎にして、極意だ。戦いは、呼吸一つで如何とも変わる。左腰に差した長脇差を背中側に回し、潜入に備えた。

「ユジンと一緒じゃなくて残念だなあ、『疵面スカーフェイス』よ」

 金は同郷の気軽さからか、もう「ユジン」などと呼び捨てにしている。その事に不愉快さを感じつつ、訊いた。

「何が残念?」

「お前」

 と金が、いたずらっぽく笑っていった。

「あの娘に惚れてんだろう?」

 顔が熱くなるのを感じた。

「な、な」

 金がいったことを、判りかねていた。耳元で心臓の鼓動が直になり、眩暈すら、する。金がにやにやと髭面を崩しているのに、

「何を根拠に、そんなこと」

 やっとの思いで、これだけいった。多少、声が上ずっていたが。

「“Xanadu”での、俺らの攻撃のとき。お前、身を呈してあいつを守っていたじゃねえか」

 そういえば、そんな事があった気がする。クロスボウの矢を、空中で掴んで。右の掌に刻まれた切創は、まだ薄く残っていた。

「あの時は、夢中だったから」

「そうかい。で、実際の所はどうなんだ?」

「どうって。別に何も。それにあいつは――」

 あいつは雪久に惚れているんだ――そう、言おうとして、だが言葉が出て来ない。喉が、言葉を発することを拒むように、収斂した。

「それは……いや」

 言葉を飲み下し、それ以上は何もいわなかった。それを金はどうとったのか、ぽん、と省吾の肩に手を乗せた。

「まあ、悩むがいい少年。こういうことはな、勝負と同じで先に手を上げたものが勝つんだ。なに、見込みが無いわけじゃねえさ」

「何の話だよ……ったく」

 跳ね上がった鼓動を落ち着けるべく、再び息を吸いこむ。雑念を呼気に乗せ、吐き出した。折角気を整えたのに、また最初からやり直しだ。

「どした、怒ったのか? 折角俺が、年長者としての――」

「ボス、下らない話をしてないで、行きますよ」

 先を行く連に、遮られた。金のからかいは、下らない、の一言で片付けられてしまった。

「つれねーな、連。お前にも、男と女の何たるかを教えてやろうかね」

「結構です」

 冷たくあしらわれ、金は肩を落とした。部下にまでいわれて、金はがっくりと肩を落とした。

「馬鹿な事いってんな」

 そんなことを言いあっていると、ビルの裏手へと来ていた。

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