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監獄街  作者: 俊衛門
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第十章:16

 汚水に口をつけそうになりながらも、一同は身を低くして溝を進んだ。先頭に省吾、次に扈蝶、殿(しんがり)は韓留賢が務めた。

「ひどいですよ、真田さん。忘れちゃうなんて」

 と扈蝶が文句をいうも、省吾は

「いちいち覚えてられるか。しかもあんた、敵だったし」

「今は違います」

「今はな。これからどうなるかわからん」

 裏切ったり裏切られたり、なんてよくあることだし――いいながら、溝から顔を、少しだけ出した。

 溝を辿ると、ビルの背面に回り込んだ。狙撃手スナイパーが移動していなければ、一応は安全な箇所だ。完全に死角に入り込んではいる、けれども。

「どうやって見つけるか、だけどもな」

 韓留賢が溝から這い出ながら、ビルを見上げた。脆く風化した壁面をした巨大な墓石が、いくつも建っているような錯覚に陥った。この寂れた雰囲気が、どことなく《南辺》に似ているから、そう思うのか。

 ビルの裏口に駆け寄った。

「どうだ」

 端末に向けて、小さくいった。電話の向こうで、かすかな息づかいを感じた。多分、探している。やがて、ユジンの声が聞こえた。

『前方、1時方向のビルの……3階部分に影……ライフルの銃身部分が、少し……』

「服装とか分からないか? もっと目印になるようなもの」

『無理……全然、隠れてて……』

 そこまで聞いて舌打ちした。だが、考えてみれば敵方だってそう簡単に発見されては困るわけだ。カモフラージュを施し、敵の目を欺くのが常である。

「わかった。とりあえずそちらの方に」

『あ、待って。隣のビルにもいるわ。5階部分から銃身が見える』

「何だって?」

 どうやら、同じような格好のライフルが、それぞれ別のビルから伸びているようだ。敵は複数か、あるいは

デコイ、かもな」

 韓留賢が唸った。

「戦場じゃあ、良くあることだ。おそらくそのうちのどちらかが偽物だろう」

「もしくは複数潜んでいる、ということもありえますね」

 と扈蝶が続けていった。

「そうなると、ひとりずつ当たるか。あるいは……」

 省吾はひとりごち、再びビルを見上げた。前方には同じような高さの構造物が3つ、そびえている。この人数で、ひとつひとつ掃討していったのでは時間が足りなくなる。悠長なことをしていれば、また新たな犠牲が増える。

「少し、金に代われ」

 端末越しにいうと、すぐに受話口から金の声がした。

射手アーチャーを何人か、もう一つの方に向けてくれ。俺たちは最初に見つけたビルの方に回るから」

『ああ、いいだろう。それならすぐに』

 頼んだ、と告げ省吾は刀を抜いた。逆手に持って、左手に手裏剣を携えた。韓は銃のボルトを引いた。扈蝶は右手にサーベル、左にはイスラエルのマシンピストルを持った。そんな扈蝶に省吾は

「銃か剣か、どちらかにしろよ」

「別にいいじゃないですか。真田さんこそ、刀で大丈夫なんですか?」

「俺はこっちの方が、慣れている」

 意を決して、建物の中に入った。端末を耳に当て、ユジンと逐一連絡を取り、誘導に従って少しずつ、前進する。

 ズン、となにか地響きのようなものが聞こえた。

「何だ?」

 省吾は振り返る。韓留賢は肩をすくめて

「爆発音みたいだが……どこかで爆弾でもあったかな。音からすると、この建物じゃないみたいだけど」

 爆発音、狙撃手スナイパー以外にも、まだ残っているのだろうか。今、立っているこの場所は敵地のど真ん中なんだ。何が潜んでいるのか、そんなことは誰にも分からない。

「旦那、あんたの武器は間合いが取れない。俺が先行する」

 韓留賢がいうと、省吾の許可も得ず先頭に立った。小銃を下に向けて壁に背をつけて、辺りを警戒する。

「では私も」

 扈蝶はそういって殿についた。省吾は二人に挟まれる形となった。何となく、守られているような心地がして、少し情けないような気がする。

「守るさ、そりゃ。あんたがいなけりゃ、俺ら立ち行かないんだし」

「部外者に対して、随分と優しいんだな」

「いい加減、その部外者とかそういう考えから離れなよ。少なくとも今は、チームだろう? 立場違ってもさ、俺ら同じ――」

 韓はそこまでいいかけて黙った。足を止め、後続の省吾と扈蝶に手のひらを向けた。

「気配がする」

 気づけば、ユジンが最初に見つけたポイントに到達していた。通路の突き当りに、部屋がある。

 省吾は端末の電源を切った。

 韓は小銃のフラッシュライトを点灯させた。

「まず、俺が見てくる」

 言うが早いが、韓留賢は壁伝いに走った。部屋の入口に背をつけ、中を伺う。やがて手招きした。省吾と扈蝶が続き、同じように背をつけた。

 部屋の奥、窓際に黒い影を確認した。狙撃手スナイパーだ。黒い布を頭から被って、伏していた。銃は、ボルトアクションの古いタイプのライフルだ。

 全員、顔を見合せて頷く。

 一気に、突入した。韓は右に、扈蝶が左に回り込み、省吾は正面から突破する。韓留賢、扈蝶が銃口をつけた。省吾は刀の切っ先を向けた。

「立てよ、両手を頭につけて」

 そう告げるも、反応がない。

「おい、何とかいえよ」

 韓はフラッシュライトを、そいつの顔に向けた。

 顔、は無かった。

 それは銃に布をかぶせただけのものだった。人間はいない。代わりに等身大の人形が伏せていた。つまり

「やられたな、デコイか」

 韓留賢が息を吐いた。

「そうなると、向こうの方が本物か」

「どうだか。あっちはあっちで、始末できたんだろうかね」

 省吾が布を取り払おうと手を伸ばした、そのとき

「真田さん、動かないで」

 急に扈蝶がいった。省吾のすぐ後ろで、普段の3倍ぐらいは声量上げているんじゃないかというぐらいに声を張り上げた。

 心臓が止まりそうになった。

「なんだよいきなり」

「足元、見てください」

 そういわれても、暗がりにあってよく見えない。韓がすかさず、フラッシュライトで足元を照らした。

 ぞっとした。省吾の足元に、ワイヤーが何重にも張り巡らされていた。

トラップか」

 ワイヤーは部屋の隅の方まで延びていた。パッと見ただけでは分からないが、グレネードに直結している。簡単なブービートラップだ。

「迂闊」

 と歯ぎしりした。こんな初歩的な罠、どうして見破れなかったのか。というよりも、なぜ罠の一つも仕掛けられているだろうという考えに至らなかったのか。

(俺もいよいよ、ヤキが回ったか)

「なるほど、掃討しにきた連中をここで仕留めようって腹か」

 韓留賢がいうに、

「以前、『黄龍』が《西辺》を平定したときも同じ戦法をとったんです。その時のことを、知っている人間ですね」

「あんたがいて助かったよ」

 などといいつつ、韓はワイヤーに触れないように慎重に足を抜いた。

「もしかして、さっきの爆発音は……」

 省吾は端末の電源を入れた。

「ユジン、こっちは囮だ。それでもう一方のはどうなった?」

『爆音があってから、射手アーチャー部隊と連絡がとれないでいるわ。何かあったのかしら』

 やはりな、と省吾はくちを噛んだ。向こうは引っかかったのだ、同じ罠に。

「おそらく、永久にとれないぜ連絡。なにせ吹っ飛んじまったんだからな」

『吹っ飛んだって』

「最初からやり直しだ。俺たち、一回出るからまた探してくれ」

 いって、目くばせした。韓留賢と扈蝶が、頷く。


 また一人やられた――と端末の向こうで、ユジンがいった。

「連中、笑ってんだろうな」

 韓留賢が、疲労の色を浮かべながらぼやいた。確かに滑稽かもしれない、奴らにしてみれば無駄に歩き回って徒労を重ねる自分たちの姿など。もっとも、どこかで見ているならば、という前提のもとでならば。

「他のとこにゃいないのか?」

「これだけビルがあれば、どこに潜んでいるか分からんからな。『STINGER』の射手アーチャー、また何人か回したそうだけど」

「そうやって、戦力を削るのも彼らの手口ですよ、真田さん」

 扈蝶は背後を警戒し、省吾と背中合わせになっている。扈蝶は声をひそめながら

「持久戦には慣れていますから、『黄龍』の雑兵は」

「誰に似たんだかね」

 皮肉のつもりか、韓留賢は扈蝶の言葉に被せるように厭味ったらしくいった。扈蝶は眉をひそめて、不快感を表した。

「何でそんなこといわれなければならないのですかね、あなたに」

「別に。誰に似たといって、その“誰”が何なのかとはいってないぜ?」

 何やら二人で言い争いを始めた。それだけ、疲労が溜まっているということだ。相手のちょっとした言動にも過剰に反応し、苛立つほどに。省吾は溜息をついて

「喧嘩なら後にしろ」

 ただでさえ足並みが揃わないのだから、突っかかるのも無理はない。

 早い所、敵を駆逐したいところだが――そのとき、通信が入った。端末を取り、受話ボタンを押した。

「見つかったか?」

 耳につけるや否や、そう発した。

『省吾、最初に入ったビルから出ていない?』

「ああ。今のところは」

『なら聞いて。そのビルの10階部分で、無帽の射手を確認したわ』

「確かか」

『影が動いたから、間違いない。一番端、西側に』

 当たりか。

「そのまま監視、続けろ」

 省吾は二人の顔を順ぐりに見て

「行くぞ」

 一言発すると、10階に急いだ。風化したコンクリートの階段を二段飛ばしで駆け上がる。韓と扈蝶が後を追った。

 10階部分に着くと、省吾は端末の電源を落とした。微かな声でも、命取りになりかねない。

 韓留賢が、先行する。ユジンが誘導した場所へと走った。

「GOっ」

 扉を蹴破り、韓を筆頭に突入した。省吾は手裏剣を手に、飛び込んだ。

 窓際にいた狙撃手が振り向く。韓留賢が小銃を構えた。それより半呼吸速く、狙撃手の男がドラグノフの長い銃身を差し向けた。

 銃声。

 果たして、倒れたのは韓の方だった。男が放った弾が肩を貫いた。韓が撃った弾は背後の壁に着弾した。

(早い……!)

 狙撃手が銃口を、省吾の方に向けた。反射的に身を翻し、倒れこむように射線から逃れる。銃声とともに、すぐ目の前を弾が通り過ぎた。省吾は左に回り込むように走りこみ、手裏剣を打った。

 わずかに外れ、ライフルの銃身に当たる。

 扈蝶がその隙に右から近づいた。マシンピストルを向ける。そして発砲。炎上がり、マシンピストルの銃身が手の中で暴れた。反動を支えきれず、銃口が跳ね上がった。扈蝶は銃を再び構え直すも――そもそも、片手で連射フルオートなんて撃つものではない――狙撃手の男はライフルの銃底ストックを使って、扈蝶の手にある銃を弾き落とした。慌てて扈蝶、サーベルを抜くがそれより先に男が蹴りを放った。水月にまともに入って、扈蝶は体を折った。

「野郎っ」

 刀を逆手のまま、省吾は男に斬りこんだ。男はライフルを盾にして防いだ。刃が銃身に食いこんで、金属音を奏でた。

 省吾はすばやく左手でナイフを抜き、男の脚に突き刺した。瞬間、男の顔が苦悶に歪んだ。

「扈蝶!」

 省吾が叫ぶと同時に、男の背後で扈蝶が立ち上がった。男が振り向くと同時に、扈蝶のサーベルが斜めに走る。背中に、斬撃を浴びせた。

 男の体が、大きくかしいだ。好機だ。

 省吾、刀を順手に持ち替える。諸手に握り、男の首を真横に切り裂いた。刃が加速し、一文字に、閃く。鋭利な剣先が頸動脈を裂いた。断面から血が吹き出して、視界が深紅に燃えた。男の首がゆっくりと傾いた。裂け目から流れる血が、コンクリートの灰色を鮮やかなものに変えてゆく。鉄の匂いが充満した。

 その凄惨さに扈蝶は耐えられなくなったのか、顔を背けた。

「クリア、でいいのかな」 

返り血を拭いつつ、省吾はひとりごちて韓留賢を助け起こした。

「大丈夫か」

 と声をかける。

「すまん、出遅れた」

 韓が申し訳なさそうにいった。それには応じず、省吾は傷口を見る。弾は貫通していた。下手に体内に残るより、ずっと良い。

「扈蝶」

 省吾は顔を背けている扈蝶に声をかけた。血に、怯えている。顔面蒼白であった。赤くなったり青くなったり、忙しい奴だ、と

「血見るのは初めてじゃかろうよ」

「ちょっとびっくりしちゃって……」

 扈蝶はサーベルを納めて、無理やり笑みをつくった。

「無理すんなよな、おい」

 大丈夫です、とやや頼りない声で扈蝶が答えた。 

 省吾は頭を振って、刀の血を拭った。綺麗に拭い去ると、表面の、火炎のような乱れた刃紋が蘇った。月明かりに照らされて、一層幽玄なものにする。

 これほどの刀、そうはお目にかかれまい。いい造りだ。

「“焔月”と名づけよう」

 刀身を翳していった。

 

 下に着くと、『OROCHI』の少年が3人駆けてきた。孫龍福が、韓の傷を診て

「骨には異常はないですね。すぐまた動かせるようになりますよ」

 安心させるようにいった。

「それよりも、彼の方が重傷ですね」

「彼?」

 孫は壕の近くに寝せられている人物を示した。その人物は背中を撃たれたらしく、血の気が失せていた。

「自分で囮になる、っていって飛び出したんですよ。そのおかげでユジンが発見できたのですけど」

 横たわる人物を見て、声を上げた。

「ヨシ、か?」

 まさしく、それは数週間前に、己を無力といって嘆いていた、ヨシだった。背の肉が抉られて、斜めに傷が走っていた。ヨシは少し顔をもたげた。省吾の姿を確認し、口を動かしたが何もいえず、顔を伏した。あの傷では、喋れないだろう。

「応急処置が終わり次第、怪我人を運びます」

 孫龍福はそういうと、少年たちに韓を連れてくるように指示した。少年二人が韓留賢の肩を支えてやる。おおよそ止血はしたので、それほど出血はひどくなかった。

「雪久は?」

 省吾が聞くと、孫は

「とりあえず、大事無いです。ユジンさんが、ついていますから」

「ユジンが……」

 雪久が撃たれたときの、ユジンの取り乱した様を思い浮かべた。あの時、押しとどめても雪久の元へと駆けつけることを望んでいた。自分が撃たれるかもしれない、という思いはなかったのだろうか。

 どうしてあいつは、雪久のこととなればああも必死になるのか。“Xanadu”のときもそうだった。雪久がそうしろと言ったからそうする、と。それが、ユジンにとっての理想に、一歩でも近づくことなのか。仲間のためとか、雪久のためといって、自分の身を顧みずに。  その瞬間、胸の内が急激に冷えていくような感覚が襲った。尖った氷に胸を突かれたようだった。急激に熱が消え、痛みに支配されるようであった。仲間のためといいつつ、実際は雪久の手足となっている。だが、雪久はユジンの思いなどおそらく、知らない。ユジンだけじゃない。舞のことも、ヨシことも、彼らの気持ちなど、雪久は微塵も意識していないに違いなかった。そうでなければ、どうしてこうも強引な作戦を取れるのか。

 省吾は踵を返した。後ろから孫が何かをいってくるが、耳には入らない。今は、何も考えたくはなかった。


 鮮血に濡れた月は、天頂に差しかかっていた。



第十章:完


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