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監獄街  作者: 俊衛門
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第十章:14

「さて、役者が揃ったな」

 雪久は三人の顔を見回していった。

「偶然にも、南と西の顔役。そしてもう一人」

 もう一人、というのは省吾のことだろうか。その他扱いかよ、と省吾は

「どうするんだ」

「俺の合図で飛び込んでもらう。俺の眼によれば、姉御は2時方向、省吾は10時方向に進めば弾には当たらない。んであんたは……」

 雪久、そこで金の方に目を向けた。

「よお、旦那。このたびは御苦労さん」

「もうちょい、いうことがあろうが『千里眼クレヤヴォヤンス』」

 不満げに、金がいった。

「最初にいっておく。お前のために同盟を結んだんじゃねえからな。うちは一人、られてんだ。本当ならこんな話、呑むこたなかったんだ」

「なら、何故乗った?」

「てめえの女に感謝しろよ、今どきいねえぜあんな娘は」

「手ぇ出すんじゃねえぞ、髭野郎」

「出すか、白髪野郎」

 なにやら険悪な雰囲気が漂った。二人して敵方そっちのけで、互いに睨み合った。

「落ち着けよ、二人とも」

 レイチェルが間に入った。溜息混じりに。

「雪久、一軍の将たるものもっと堂々と構えるものだぞ。昔から変わらないな」

「昔から、こうだったのか?」

 省吾が訊いた。レイチェルは肩を竦めて

「ああ。向こう見ずで、傲慢で、強情っぱり。あの3人の中では一番手を焼いたものさ」

 そう語るレイチェルは、懐古の念を覚えているのか。目を細めて、空を仰いだ。

(呑気な連中)

 敵の只中にあって、かたやにらみ合い、かたや昔を懐かしみ、戦いの最中にやることではないだろう。それが、西と南を制した者の余裕というものだろうか。

 ようやく、雪久が思い出したようにいった。

「敵はあとひと押しで崩れる。一気に、カタをつけるぞ」

「おい、俺はどうするんだよ」

 金がいうに、雪久はしばし考え込んだあと

「12時だ」

 短く告げると、あっという間に群衆の中に飛び込んだ。数百の銃口が細かい炎を吐き、鉛の暴風が注いだ。省吾、レイチェル、金はそれぞれ指示された方向に飛んだ。レイチェルはともかく、金も迷いなくいわれた方角に進むとは。一応、信頼しているようだ。雪久のことを。

 耳元を銃弾が掠める。空気が破裂する音が、直に鼓膜を震わせた。頭のすれすれを銃弾が通り、また足元にもいくつか着弾した。すでに剛性繊維のコートを切り裂き、皮膚からは薄く血が滲んでいた。

 この銃弾が肉を抉り、骨を潰し、臓物にまで達したとしても止まらない――少々の痛みで、刃振る手を休めることはないだろう。それほどまでに、高揚していた。鼓動が刻みつけるたび、体の奥底から湧き上がるものがあった。歓喜、興奮、抑えきれない衝動を刀に乗せる。その刀が、敵の骨肉を断ち切るたびに、また気が昂る。

 火炎瞬く、30連射。省吾、身を低くして、地に足を滑らせた。並び立つ敵を逆袈裟に切り上げ、返す刀で両断にせしめた。

 だがそうしている間にも、新手の兵が立ち並ぶ。周囲の小銃が、一斉に向けられる。万年筆めいた砲門に、省吾は対向さしむかった。

 その時、男たちの喉に銀色の標が突き立った。男たちは一様に、倒れこむ。標は両端が鋭角になっており、さらに中央には指に引っかけるリングが――峨嵋刺だ。

「お前!」

 上空から小さな影が降りたった。『STINGER』の紺色パーカー、フードを目深にかぶったその人物は

「詰めが甘いですよ、『疵面スカーフェイス』」

 ぼそりと呟いたそいつは、確か連と呼ばれている少年だった。「そういや、お前さん『STINGER』だったな。お前にやられた傷がまだ消えなくってよ」

「そういう話、あとにしてくれません?」

 初めて、声を聞いた。まだ声変わりもしていないらしく、甲高く、鈴の音を思わせた。

 連は省吾と背中合わせになって、峨嵋刺を抜いた。「可愛げのねえやつ」

「別にあなたに気に入られたいとは思いません。むしろ、不愉快ですらあります」

「嫌われたもんだな」

 そうこうしているうちに、二人の周りを雑兵たちが取り囲んだ。連は声を潜めて

「私が道を拓きます。あなたは近くの敵を退けてください」

 連は両の手に、峨嵋刺を束にして持っていた。今日は投擲武器として、使うつもりらしい。省吾は頷いた。

「少し肩を借ります」

「肩?」

 と返した瞬間、連が跳躍した。そして省吾の肩を踏み台にし、さらに飛んだ。空高く舞い上がり、空中で身を捻りながら峨嵋刺を投げつけた。

 鉄が、放射状に放たれた。頭上で拡がった軌跡から、一瞬傘が開いたかのような錯覚に陥る。省吾の周りにいたもの全てに降り注ぎ、喉と眼球を射抜いた。

「ほう」

 思わず、唸った。投擲武器というものは、真っ直ぐには飛ばないものだ。重力が存在する限り、必ず放物線を描く。故に、一度に複数を投げ打っても、正確に射抜くことは非常に難しい。

 省吾も動いた。脇構えから袈裟に斬り、踏み込んだ足を軸にして体を回転させる。その勢いを利用して、刀を水平に振りぬいた。剣先は円の軌道を描き、周囲の人間を薙ぎ払った。ぱっと赤い狼煙が上がり、その血煙の中に連が舞い戻ってくる。

「身軽だな、随分。軽業師にでもなればどうだ」

「無駄口たたく暇はないですよ。次行きます」

「了解」

 省吾は左の袖から手裏剣を抜いた。釘を削った、即席の棒手裏剣だ。正面の敵に、対した。

黄色の男が引き金を引いた。

 省吾、水平打ちに投げ打つ。

 空間で銃弾と手裏剣が交差した。競り勝ったのは、省吾の放った剣だった。男の眼球に手裏剣が突き刺さり、銃弾は省吾の頬を掠めた。

 ひるまず、刀を振るう。左右の敵が銃を向けるのに、素早く切り返す。二人分の手首を断ち切った。さらに刀を返して、斜め後ろから迫る敵に突き刺した。

 連は跳躍し、峨嵋刺を7本、投げた。近くの敵に対しては、つま先から刃を出して蹴り飛ばしている。省吾を散々、苦しめた仕込み刃だ。喉や眼球を重点的に狙う辺り、どうやら心得ているようだ。突きは基本的に、柔らかい部分を狙う。胴体はすぐに筋肉が緊張し、刃が抜けなくなるからだ。喉や眼、金的が効果的だ。

 省吾、脇構えから上段に変化させた。

 連は峨嵋刺を両の手に抜いた。

 雑兵たちが銃を構えた。

 影が散り、銀光が刹那、煌めいた。銃声が響くより先に、群衆に向けて斬撃と刺突が矢継ぎ早に繰り出された。

 果たして、倒れたのは銃を持った男たち。血にまみれて絶命し、苦悶の表情を浮かべて地に伏した。

「接近戦なら、刀の方が早いってもんだ」

 見れば、『黄龍』の雑兵たちは散り散りになっていた。敗走してゆく兵に向けて、『OROCHI』と『STINGER』が銃弾と矢を浴びせている。

 省吾は刀を見た。あれだけ斬ったというのに、刃こぼれは皆無だった。ただ、血が巻いてさすがに切れ味が悪くなっている。あとで手入れする必要があるな、と刀身をなぞった。

「どうやら、勝負はついたようですね」

 連がそういって、峨嵋刺を仕舞い込んだ。二人の周りには、敵はいなかった。

「驚きました」

「何が」

「先日、対したときはそれほど脅威を感じなかったのに。徒手の時と刀を手にした時では、動きが格段に違う」

「それはつまり、素手の俺は弱いってことかよ」

 褒められているのか酷評されているのか分からぬ気分だ。剣と拳は表裏一体、一心無涯流ではそういうことになっている。つまり、半分しか出来ぬ省吾は未熟ということだ。

「かなわんな……」

 頭を掻いてぼやいた。まだ、修行が足りないということか。

「おう、片付いたか」

 雪久が、声をかけてきた。

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