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監獄街  作者: 俊衛門
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第十章:7

 地下を下った先に、倉庫のような空間が広がっていた。コンクリートむき出しの部屋。天井が低く、おまけに底冷えする。『OROCHI』が拠点とする地下補給路よりもさらに、殺風景さに磨きがかかっている。省吾は、石の箱に無理やり詰め込まれたような錯覚を得た。

 照明は数えるほどしかなく、全体的に薄暗い。そんな中、紺色パーカーの集団が、壁際に張りつくようにしていた。フードの奥からじいっと、突き刺さる視線をくれる。不気味な連中だ、と内心毒づいた。

「よお、待っていたぜ。『OROCHI』の使者」

 金が、例によって挑発を含んだのんびりした口調でいった。集団の真ん中で、ふんぞり返っている。

「宮元舞と申します」

 丁寧にお辞儀をして、舞が名乗る。

「あんた、どっかで見た事あるなあ。いつだ?」

 金がいうのに、省吾は襲撃を受けたときのことを思い出していた。そう言えばあの時だったか、金と初めて会ったのは。

「ほう、これは」

 金は省吾の方に、視線を移した。

「久しいなあ、『疵面スカーフェイス』。こちらの軍門に下る気になったか」

「冗談」

 省吾はそう吐き捨てた。こんな穴倉に棲むくらいなら、補給基地の方がマシだ。

「彼は護衛ですよ、金大人。今日だけは私の物なので、手を出さないで下さいね」

 舞はそういって、微笑みかけた。私の物、って。その物言いが、何となく気に入らない。

「護衛、護衛ね。女の影に隠れて見えなかったなあ、あまりに小さくて」

 金がいうに、周りのパーカーの集団が笑った。顔あわせるたびに、何か挑発めいたことをいわないと気がすまない性格らしい、こいつは。その髭面の真ん中に手裏剣の一つや二つ、ぶち込んでやろうかとも思ったが、ここは抑えることにする。後ろに控えている連中の手には、さりげなくクロスボウが握られていた。こんな障害物のない所で狙い打ちされたら、ひとたまりもない。よしんば省吾一人逃げおおせたとしても、舞は確実に餌食になる。それが分かっているから、金の挑発にも乗らないで黙していた。

「まあ座りなぁ、大体の話は『千里眼クレヤヴォヤンス』の小僧から聞いている。休戦の申し込みだろう?」

 金がいった。省吾はようやく理解した。

 なるほど、ヒューイ・ブラッドが『黄龍』を掌握し、共闘することになった今、雪久はレイチェル・リーを追い詰めるのに必死なはず。とてもじゃないが、『STHINGER』とも戦火を交えるわけにはいかないだろう。そこで一時停戦、というわけだ。

 まあ、妥当な考えといえよう。《南辺》に火種を抱えたまま、《西辺》に繰り出すわけにもいくまい。

「休戦、ですか。それも、悪くないですね」

 舞がいった。省吾は内心、首を捻った。停戦の申し込みではないのだろうか。舞は続けて、いった。

「今日、お伺いしたのは休戦を願い出るためではありません。あなたがたと同盟させていただきたく、ここまで来ました」

「え」

 と声を出したのは省吾だった。意外すぎる一言であった。多分その場にいた全員が――後ろの連中は顔が分からなかったが――固まった。金でさえ、驚愕を隠せないようだった。

「あんた、舞っていったっけ。朝鮮語上手いな、ネイティブみたいだ」

「私の血の半分は、韓民族のものです」

「OK、じゃあ半分同胞の嬢ちゃんよ。もう一度だけ、聞かせてくれるか」

「ですから、同盟です。あなた方と、私達と」

 同盟、という言葉を強調する。やはり聞き間違いじゃなかった。

「聞き間違いじゃ、無かったようだな」

 金も、同じ事を思っていたらしい。深く息を吐いて、しばらく黙したあと

「随分と思いきった……いや、何も考えていないのか? それは『千里眼クレヤヴォヤンス』の案か?」

「ええ。私はあくまで使者です。主の言葉を伝えるのが、私の役割です」

「ま、それもそうか」

 と金は、居直って

「聞こう」

 舞は静かに、息をついて、やがて話し始めた。

「『黄龍』は、今までのゲリラ戦法が通じる相手ではありません。彼らの組織力、機動力、そして最大火力を以ってすれば、この《南辺》を落とすことは造作も無いことでしょう」

「だが、その『黄龍』と組んだのだろう、貴様達は」

 やはり知っていたか、と省吾は内心唸った。“Xanadu”でも思い知らされたが、どうしてこいつらはこうも情報が早いのか。独自のネットワークを持っているのだろうか。

「ヒューイ・ブラッド、あのレイチェル・リーの腹心が主を裏切ったことは知っている。レイチェル・リーが《西辺》に潜伏していることも」

「もし、ヒューイ・ブラッドがレイチェル・リーを仕留めたとして……その後のこと、考えたことありますか?」

 舞が問うに、金の目の色が変わるのを見た。幾分、関心を持ったようだった。どういうことか、と金が訊く。

「彼が目指しているものは、おそらくこの街のギャングスタ全てが望む絶対的な地位。『皇帝エンペラー』になるために、レイチェル大人を裏切った。レイチェル・リーの理想は人種共存、ヒューイの理想とは異なります」

 省吾は、『黄龍』の本部で聞いたレイチェルの言葉を思い出していた。共存、共栄。難民達を飼い殺す『マフィア』に反抗し、産業基盤をつくりあげる、という理想。『皇帝エンペラー』の存在を疑問視していたのも、レイチェルだ。

(成るほど、相容れないか)

 成海で生きるのには力が絶対と信じるヒューイと、力以外で変えてゆこうとするレイチェル。

 ヒューイの考えは、雪久や街のギャングと同じ考えだ。むしろ、レイチェルの考えこそが異端なのだ。そうなれば、ヒューイが『黄龍』の雑兵たちを丸め込み、異端のレイチェルを排斥しようとする動きになるのも、無理からぬ事だ。

「ヒューイがレイチェル大人を排斥すれば、実質的にも『黄龍』は《西辺》を掌握することになります。そうなれば、次の標的は《南辺》、そして《北辺》へ――最終的に『マフィア』と対抗するという寸法でしょう。その途上で、『OROCHI』や『STHINGER』と必ずぶつかります」

「ヒューイが、『OROCHI』を裏切るというのか?」

「近い将来。彼が『皇帝エンペラー』を目指しているならば。そうなる前に、我々が結託し、ヒューイを倒すべきです」

「待て待て、お前」

 と金が、話を遮った。

「おかしいぞ、その話だとつまり……お前達は、手を組んだばかりのヒューイを討とうとしているのか? うちと組んで。お前達、ヒューイと共にレイチェル・リーを斃そうってんじゃないのか?」

「素直に、取っていただければそうなりますね」

 つまり、雪久はヒューイと手を組んだふりをして、裏では『STHINGER』と組んでヒューイを裏切ろうとしている。

(どうして、また……)

 あいつはレイチェルを目の敵にしていたはずだ。それなのに、これではまるでレイチェルを助ける、みたいだ。金も、さすがに混乱したように唸っている。

「なんだか……普通にヒューイと手を組んで、レイチェルを打ち果たした後にお前達がヒューイを暗殺するなりなんなりすればいいんじゃないか? なんでこっちに話を持って来る?」

「ヒューイ・ブラッドの、圧倒的な戦力です。いくらヒューイがレイチェル大人の腹心だったとして、彼個人の力で戦力を集められるとは考えにくいです。レイチェル・リーを失脚させ、『黄龍』を乗っ取るほどの戦力……短期間で、彼が揃えたとしたら」

 舞がいうのに、省吾はハンドラーの言葉を思い出した。例の奴らが絡んでいる可能性がある、確かにそういっていた。

 例の奴ら。この街に介入する、何らかの意思。省吾が突き止めるべき相手。機械の体をこの街に流している、かもしれない連中。彼らが、ヒューイに何らかの支援を行ったとするならば

「……その戦力は、《南辺》に棲む俺達にとっても脅威となる、と」

 知らず、口を突いていた。言ってから、慌てて口を塞いだが遅かった。金は省吾の方に目を移して

「お前、『OROCHI』じゃないっていってなかったか?」

「や、何。俺の私見だ。気にするな」

 省吾はそういって誤魔化した。金はまだ何かいいたげだったが、再び舞に向き直った。

「まあ、大方真田さんのいう通りです。我々としましても、レイチェル・リーを一晩で唯の人に貶め、『黄龍』の勢力図を塗り替えたヒューイ・ブラッドの実力を脅威と見ています。今はまだ、レイチェルにその矛先が向いていますが、それがいつ《南辺》に向くかわからない。そこで、あなた方の力を借りたいと思ったのです。“Xanadu”で『OROCHI』を出し抜いた情報力、『黄龍』を蹴散らした駆動力を、我々は評価しています」

 そこまで言い切って、舞は黙った。その場を、沈黙が支配した。

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