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監獄街  作者: 俊衛門
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第十章:3

 コンクリートの箱、と呼ぶのが良いか。雪久が個室として使っているそこは、パイプベッドが一つ備えられただけの簡素な部屋だった。どういうわけか雪久は、狭苦しいコンクリート打ちっぱなしの部屋を好んで使う、らしい。省吾が入ると、雪久はベッドから半身を起こして

「お前か、何の用だ? 俺の軍門に下る覚悟が出来たとでも?」

「悪かねえな、それも。てめえの下に就いて、寝首をかいてやるのも面白いかも」

「はっ」

 と雪久がいって

「何をしている?」

 省吾が訊くと

「戦力分析だ」

 見ると、パイプベッドの上には書類が散乱していた。寝転がりながらそれらのひとつひとつに目を通して、所々朱が入っている。

「奴らの、おおよその武装や人員、あと潜伏場所や……そういった類のものか」

「奴らって」

「いうまでもなく」

 『黄龍』か。そう続けるに、雪久は書類を投げて渡してきた。

「親切にも俺らに協力してくれる、って御仁がいてな。おおよその部隊配置は、だいたいこいつに」

「誰だよ、その協力者って」

「部外者にゃ教えらんねえなあ……」

 雪久は茶化すようにいって、身を起こした。首を鳴らして、だるそうに欠伸をした。

「まあ完全に信用したわけじゃないが、そいつの持ってくる情報は正しい。気前よく銃まで融通してもらったからな、あとは奴らをツブして――」

「その、相手だが」

 と省吾は話を遮った。雪久が不満そうに顔をしかめた。主導権を奪われることを、死ぬほどいやがる男なのだ、こいつは。省吾は書類の山を一瞥すると

「お前は多分、誤った」

「はあ?」

 怪訝そうに訊き返してくるのへ、

「そもそもの発端は、あの時――俺と彰と、あと『ファング』の妹を襲撃してきた連中だろう」

「それが何か? 黄色を身につける奴らはこの界隈じゃ『黄龍』の雑兵だけだ」

「雑兵って?」

「あっこの連中にゃ、黒服着込んだ奴らと私服の奴らがいる。黒服は主に、レイチェル・リーや幹部連中の護衛。昔から『黄龍』にいた連中だ。一方、私服の雑兵は、かつて《西辺》の界隈に生息していたギャングスタどもだ。『黄龍』が西を平定したとき、組織に取り込まれた。黒服が命令を下して私服の雑兵が動く、って図式だ。どこも同じだな」

 確かにクラブにいた連中と、レイチェルや鉄鬼の周りにいた黒服たちとは毛色が違う、気がしていた。黄色を身につけたカラーギャング、黒服の兵隊――支配するものとされるもの、どこも一緒か。

「そういうわけで、舞に手ぇ出したのは龍の雑兵しかあり得ないって事だ」

 なんだか酷く個人的理由で動いている、気がするのは考えすぎだろうか。要は、自分の女が的にされたからという私怨で動いている。

 省吾は、しかし、と言葉を切って

「あの雑兵は『ファング』の妹を狙ったわけじゃないかもしれない」

 省吾がいうに、雪久は渋面を濃くさせる。

「あいつらは初めから俺を殺そうとしていた。最初から俺を……『疵面の剣客』を狙っていた。“Xanadu”ではっきり、そう言ったんだよ」

「何でまた」

「そいつは分からんがな」

 本当は分かっていたのだが。どこかで潜入のことが露呈し、『マフィア』の連中が嗅ぎ付けたのだろうということ。その事を以前、ハンドラーに報告したら「シラを切れ」ということだった。奴らはカマをかけているに過ぎない、と。

 省吾が黙っているに、雪久は不審がっていたが

「ま、どうせ避けては通れねえ道だ。あの女、ツブすのは」 

 書類を放りながら、

「お前がどうこういう、ことでもない。俺らは俺らでやるさ、そうだろう? 」

「だが」

「お前はそこで見てればいいさ、そうやって自分だけ蚊帳の外でさ」

 雪久が言うのへ、

「どういうことだ」

「そういうことだよ。関係を断ち切るでもなく、かといって踏み込まない中途半端なのは自分が可愛いからだろうが。傷つくのを怖れ、失うのも恐い。俺らと距離を取りつつ、そうやって口出すのは何故だろうね?」

「俺はただ、忠告しているだけだ」

「その忠告がウゼえってんだ。人のやることに干渉しやがって、それでいて自分は安全地帯? 笑わすな」 等しく、胸の底を抉られた気がした。そんな風に言われたのは初めてだった。

 傷つくことを恐れている、俺が? 

 馬鹿な。

「どうしてそんなこと、分かるんだよ」

「青豹潰した時……あー、まあいいや」

 雪久は、もう終り、とばかりに諸手を上げて

「とにかく、お前は『OROCHI』じゃねえんだから。余計な口出しはすんな」


 俺は臆病なのか――と、廊下を歩きながら思う。 確かに、関わらないと決めたのにこうしてユジンや彰とつるむというのは、おそらく傍から見れば妙な光景に写るだろうが。しかしそれは、省吾の意思でそうなっているのではなく

(偶然だ)

 と思う。そもそも、『BLUE PANTHER』の一件以来、距離を置いていた。自分だけの領域に収まっていたにも関わらず、彰と舞が無理やりに踏み込んできたんだ。だから、金だとかレイチェル・リーだとか、あんな連中と関わることになったのだ。一旦、接近し過ぎたからまた離れようというだけ。

(それのなにが)

 そう思って、ふと気づく。

 何故、それならば最初の段階で――『BLUE PANTHER』の時に、手を引かなかったのか。何故、奴らが100人の兵隊を差し向けたときに、共に戦ったりした? なぜ『突撃隊』がユジンを攫ったとき、助けに行ったりした?

 俺は、何をしている。

 そのとき、通路の向かいで、何やら言い争う声がした。荒そう、というよりも一方的に誰かがなじっているようだった。

 ユジンの声だ。

 声のする方に足が向く。救護室から、声がした。

 何事か。耳をそばだてる。

 時折、わめく声がした。声は2人分、大声がユジンでもう1人は、どうやら舞だ。『ファング』の妹が、何故。

「この――」

 ユジンが何かを言った。舞の息を飲む声がした。数秒開けて、何かが破裂するような……頬を張ったような、そんな音が――

 急に、救護室の扉が開いた。小さな体が飛び出して、省吾とぶつかった。

 その人物を見るに、省吾は絶句した。舞が、泣き腫らした目で見上げてきた。右の頬が赤くなっていて、やはり殴られたか。

「お、おい……」

 ぎこちなく声をかける。舞は目を伏せて、通路の向こうへと駆けて行った。

 恐る恐る、救護室の中を見やる。ベッドに腰かけている人物を認めた。

「ユジン」

 その人物に声をかけると、ユジンが振向いて

「来てたの」

「まあな。それより何だよ、今のは」

「男が口出す問題じゃないわよ」

 ユジンの傍らには、やけに古い型の狙撃銃があった。共産圏のAK、半ば分解されている。

「ちょっと揉めただけ」

「そうかよ」

 どうも、のっぴきならない事情があるらしい。詮索するのはよそう、女の世界はいろいろあるみたいだし――などと思いつつ、分解された銃身を手に取った。

狙撃手スナイパーにでもなるつもりか?」

「雪久にあてがわれたの。対『黄龍』用に。私は目が良いからって」

「お前は突入員シューター向きだと思うけどね。狙って引き金を引けば良い、ってもんじゃねえぞ狙撃スナイピングってなあ」

「まるで知っているような言い方ね」

「まあな」

 古い銃だが、何故かスコープは赤外線の暗視装置だった。無駄なところに、金かける。よほど資金が有り余っているようだ、雪久の「協力者」とやらは。

「だから練習するのよ。今、銃の構造を覚えているところ」

 というユジンの手には、銃のマニュアルがあった。銃にマニュアル、というのもおかしな話だが。

「慣れない武器は、使うものじゃねえぞ。俺には刀、使えとかいってたくせに」

「使えなんていってないわよ、別に。それより何しに来たの? あなた」

「その、刀のためだよ。長脇差一本、余ってないかなって……」

 咄嗟にそんな嘘が口をついた。別に誤魔化す必要などない、やましい理由などないはず。なのに、どうして嘘をつくのか。

「ここにはないわよ」

 ややあってから、ユジンは

「狙撃に詳しいなら、ちょっと練習に付き合ってよ。来週までにこれ、ものにしなきゃならない」

 銃を組み立てながら、いった。

「来週?」

「そう」 銃身を組み込んで

「来週、決行するんだって」



 ひとり、泣いていた。

 張られた頬が痛む。舞は殴られた右頬を押さえた。熱を帯びて疼く皮膚に、自分の手の冷たさが沁みて、それが余計に惨めさを増す。

 涙が、滲んできた。

 やはり、自分はここにいてはいけないのだろうか、と。

 雪久は、多分本気で、自分のことを思ってくれている。彰も、そうだ。けど、他のメンバーとはどうしてもそりが合わない。それは仕方の無いことだ。まだ、舞のことを『突撃隊』の頭を張っていた、『ファング』の妹という目で見られている気がする。

 敵の妹、なのにあいつも――

 雪久に優しくされる分だけ、彰に労わられる分だけ、のしかかる。宮元梁の妹であるという事実。昔のよしみというだけで厚遇を受ける、舞の存在が許せないのだろう。今まではそれでも、そうした感情は水面下で蠢いているに過ぎなかった。それが今日、初めて実態となって舞自身に降りかかることになろうとは。

 ユジンがいった言葉が、耳に、いつまでも残った。

 分かっていた。そういうことを言われるということは、分かっていた。あの売春窟に押し込められて、何も無かったわけが無い。そうした烙印は、一生ついて回るのだ。だから覚悟はしていた、していたはずなのに。

「兄さん……」

 かぼそく、呟いた。どうして私を、連れて行ってくれなかったの、と。彰によれば、兄、宮元梁は雪久に託したのだという。

妹を、一番信頼できる男に。でも、真意はそうじゃないんじゃないか、もしかすると自分は捨てられたのかも――そんな風にも、考えてしまう。自分みたいな妹は、いても足手まといだから。 それだから、梁は舞を連れて行かなかったのではないか、と。必死にその考えを打ち消すけれども、どうしても浮かんでしまう。

「兄さん」

 そう、いった時。

「舞、ちょっといいか」

 声がして、慌てて涙を拭った。雪久が壁に寄り掛かるようにして、腕を組んでいた。

「何か……」

「どうした、その顔は。腫れてんぞ」

 雪久がいうのに、舞は顔を背けて

「何も、ないです」

 ユジンにやられた、なんていったらそのままユジンを引き回しかねない。思い出されるのは、かつてこの男が燕に向けた、底無しの狂気だった。

 雪久は怪訝な顔をしたが、まあいい、と言葉を切って

「お前に、少し頼みたいことがある」

「私に……?」

 意外だった。雪久が自分に「頼みごと」など。ショーケースの中に閉じ込めた、お人形の自分に。

「重要なことだ。今後の俺らの、命運を分けることになる。危険も伴うだろう」

「そんな大事な事を、私に」

「お前しか出来ないんだよ、こういうことは。まあ危険が伴うかもしれないから、護衛をつけよう。そうだな……」

 といって、しばらく思案したあと

「この辺で、一番腕が立つ奴を、つける」

 いって、笑った。



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