第二章:1
南辺第4ブロックよりさらに南に下ったところにある《放棄地区》。かつての大戦時激戦区である。戦中は軍事施設が集中していたため、真っ先に狙われ、被害にあったところでもある。
崩れた壁と、朽ちた兵器の数々は前時代の遺物である。散らばる白骨の兵士が、戦場の凄惨さを物語っていた。
不発弾が眠るとされ、再開発時に放棄された地区でもある。今も、ここに足を踏み入れる者はいない。そんな事情も、ならず者達にとってはいい隠れ蓑になる。
「大丈夫かよ、こんなところに入って」
省吾は慎重に歩を進める。うっかり地雷などを踏んでしまわぬよう、足元を棒でつつきながら歩いた。
「私の歩くところを歩けばね」
他のところは保障できないけど、とユジンは付け加えた。
やがて2人は、半壊したあるビルにたどり着いた。
「地下鉄……なのか?」
ビル内から地下へと伸びる階段を降りた先に見たものは、広い空間に敷かれた、さび付いたレールの列だった。濃緑の無骨な電車が数台、レールごとに乗っている。先頭車両には旧軍の、星のマークがプリントされていた。
「軍の補給用に作られた、軍用の駅ね」
ユジンが電車を指し示した。
「一般の地下鉄とは別に、こうした軍用の地下鉄が作られていたみたい。戦前、戦時は一般人は入れなかったけど、もうセキュリティシステムは働いていないから存分に使えるわけ」
ここには不発弾はないし、と笑った。
2人は、駅の奥にある銀の扉の前に立つ。するとユジンが、小声でなにやらつぶやいた。広東語のようである。省吾には聞き取れない。
やがて、扉が――開いた。
何もない、コンクリートの空間がそこにあった。
だだっ広い、石の壁と天井。照明が照らされているものの、隅の方には光が及ばず、暗い影を落としている。
「ここは……」
「物資を保管してあった、倉庫みたいな所だね」
その倉庫の中央に、人の群れが出来ている。
あの「赤い上着」を着込んだ男、いや少年達がいた。人数にして30人ほど。各々、鉄パイプや長脇差を持っている。座り込んだり、腕組みしたり、タバコをふかしたり、と。
その群れの真ん中に……いた。他の少年とは明らかに違う空気を放ち、座っている。 それは省吾の記憶のままの容姿をしていた。
銀色の髪が、少ない照明に当たってキラキラと反射している。瞳は、どこに白目があるのかわからないほど黒い。つやめいたユジンのそれとは対照的に鈍く、重たく、濁っていた。白い顔は、あどけない雰囲気を残しながらも口の端を吊り上げ、狂気をはらんだ笑みを浮かべていた。
(細いな……)
そんな印象を受けた。
なで肩、薄い胸板、柳のような腰。男子の体とは到底思えず、ユジンといい勝負では、と感じた。
もっとも、白のタンクトップから覗く腕は細いながらもしなやかな筋肉がついているのが見て取れる。痩せ型ではあるが、貧弱ということはない。
(あいつが、リーダー。ええと、たしか和馬雪久といったか?)
「ユジン、そいつか。電話で言ってたヤツって」
中央の少年が、口を開いた。
「そうよ。真田省吾。あなたと同じ倭人よ」
「倭人じゃない、日本人だ。いつも言ってるだろ」
不機嫌そうに言った、その声は少女のように甲高い。
雪久は座ったまま、省吾を顔を眺めながら言った。
「お前……どっかで会ったような」
「“クロッキー・カンパニー”だ。あんたらがそこを襲ったとき、俺もいた」
「クロ……ああ、思い出した。そういえばあんた、あの豚工場長に踏んづけられていた工員か! なるほど。へー」
じろじろと、省吾の全身を見回した。不快感をあらわに、省吾は睨みつける。
「それにしても、あんな豚に転がされるようなヤツ、本当に強いのか? ユジン」
「さあ。でも私が見たときは青坊主2人を一気に倒してたけど」
「ふーん、あっそう。そんぐらいうちのチームのヤツは誰でも出来るけどね」
冷めた口調。人を小ばかにするような話し方に、省吾は苛立ちを感じていた。だから、
「なんか失礼なヤツだな、あいつ。本当にお前の仲間なのか?」
そうユジンに聞いたその言葉に、イラついた心情がにじみ出てしまった。
「なにか気にいらないことでも?」
「大有りだ」
省吾は、少年に歩み寄った。
「お前、リーダーなんだってな。ということは蛇の頭か」
雪久に、彼の母国語で話しかけた。雪久はそれに答えるかのように頭をもたげる。
「そういやお前、日本人なんだってな。大方、難民船につまれてやってきた口だろ」
「それを言うならお前だって同じだろう」
「俺は、違う。お前らと一緒にすんな」
ふっと、目を細めて雪久は言った。
「俺は自分の意思でこの成海にやってきたんだ」
「自分の意思で、だと?」
そんなことが出来るものか、と反論した。
「日本難民は、すべからく捕らえられたはずだ」
「俺は特別だからな。全くご苦労なこったな、泥水すすって、ゲロにまみれて」
「貴様……」
目の前の男は、終始省吾を見下すような態度に徹した。虫けらを見るかのような視線をくれる。
「同じ日本人なら、少しは同朋意識も湧くかと思ったが不思議なくらいにそんな気はおきねえな」
「哀れなお前らと同胞なんて、迷惑だ。どうだ、悲惨だったか? “ウサギ狩り”にも遭ったりなぁ」
「なんだと?」
拳を硬く握り締め、ぎりと歯を軋ませた。
頭に血が上る。目の前が血に染まったかのように思えた。
「売ってるなら買うぞ、この白髪野郎」
「頭がいきなり相手はしねえさ……チョウ!」
広東語で呼びかけられた、その少年が立ち上がった。
迷彩のズボンをはいた少年がいた。上半身は裸で、褐色の肌が汗で光っている。顔中にピアス、頭には赤いバンダナを巻いている。
「入団テストだ」